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流転

 禁書でゴン!事件からもう2ヶ月が経った。あれから僕らにはささやかな変化が起きている。例えばクロエ、彼女は僕から離れても実体を保てるようなった。クロエ自身は人目を忍ぶことができなくなって空の散歩を楽しめないことを残念がってはいたが、自分が幽霊であることを最も思い知らされる誰からも認識されない瞬間が無くなったことで彼女の表情はより明るいものになっていた。


 さっちゃんも同様に、僕から離れても自我を失うことはなくなり、女性陣だけで買い物に出掛けたりと自由を満喫している。クロエもさっちゃんも殆ど普通の女の子のようだ。


 僕は二人がこうして幸せそうにしているのを見るためにここまで旅を続けてきた、僕の旅の目的はここまでだ。後は彼女達の探し物を手伝おう。


 ひとつ心配事がある、あれからしばしば神様が体調を崩すようになった。風邪を引きやすくなったという程度のものだが、僕らの中でも一番騒がしかった彼女に元気がないというのは、どうしても気にかかる。


 とはいえ王都での生活は順調で幸せそのもので、滞在期間一ヶ月の予定がすっかりオーバーしてしまっているのもその為だ、制限がなくなったことから僕もさっちゃんも気兼ねなく好きな仕事ができているし都会だけあって手取りもよかった。

 次の旅の資金も潤沢になったことだし、再来月には南の街へ旅立とうかなと思う。


 仕事を終えた僕は皆で夕食に出掛ける約束のため、待ち合わせの場所へ急いだ。



 ――――私は油断していた、完全な慢心だった。いつも私達を大切にしてくれるリューくん、それに優しい皆。そうした人達に支えられて私はゾンビであること生者でないことを乗り越えて今この時も幸せでいられる。そう、普通の女の子のように。だけど現実には違う。私はゾンビだ。それ以外にはなれない。私の存在は生きている人達からすれば化け物なのだ。その事をたった今心底思い知らされた。


 待ち合わせ場所に着いたのは私が一番だった、皆を待ちながら今日の夕食を思い浮かべて胸を躍らせていた。

 そんな時だ、建物の二階から水を掛けられた。桶に溜めた水を窓からそこらに捨てる様子はこの街では度々見かける。私にちょっとした思慮深さがあれば何て事はなく回避できたことなんだ。


 普通なら、ただの女の子ならこの災難を仲間達と笑い合って慰めて貰って、それで楽しい夕食の一時を過ごせるんだ。

 私にはそんな『普通』がどれだけ強く望んでも、絶対に手に入らない。それが悲しくて悔しかった。


 化粧の剥がれた私を見咎めた人が悲痛な叫びをあげた、逃げ惑う人々、押し合いへし合いしなが逃げ去っていく。私はただ悲しさに耐えられず、泣きながらここに立っているだけなのに。


 逃げ惑う群衆の中から何人か、木材や手斧を持った男達が恐る恐る向かってくる。彼等はこの街を愛して守りたいと思っているだけの勇敢な人々なのだろう。彼等には何の罪もなかった。

 そんな彼等に私はどうすることもできない。


 私は逃げた、とても悲しくて辛い現実と向き合うことが出来なかった。その場でうずくまり泣き叫んだ、立ち去ることさえできずに現実から逃げ出した。


 今、私は吊し上げられ滅びを待つばかりとなった。男達が神官を呼べ、銀を集めろ、火を持って来いなど口々に叫んでいる。私は焼かれて死ぬのだろう。リューくんが繋いでくれた大切なもの……無くしちゃうんだ……


 私の身体に油が掛けられた、こうして私の恋も願いも夢も全て焼かれてしまうのだろう。


 神様……



 ――――カーミラがまた熱を出した、これから皆で夕食だと言うのに……可哀想なので栄養のありそうなものを包んでもらってお土産にしよう。そんなことを考えながらカーミラの身体を拭いてやり、着替えさてから私は部屋をでた。


 待ち合わせ場所まではそう遠くはないが、歩いて移動するのはやはり億劫だった。さっと飛んでしまえば楽なのに……そんなことをすればお祓いか何かで成仏させられてしまうかもしれない。


 そんなことを考えながら自嘲していると、待ち合わせ場所に人だかりが出来ている。お祭りかなにかだろうか。




 ――――僕が待ち合わせ場所につくとそこでは信じられない光景が広がっていた。さっちゃんがボロボロの姿で吊し上げられ今にも火にかけられようとしている。僕はその瞬間に理性の全てを捨て去った。


 叫びながら群衆に飛び込んだ僕は呆気なく組み伏せられた、言葉にならない叫び声をあげながら抵抗するも到底敵わない。


「離せぇえええ!!その子がお前らに何をした!!どんな悪いことをした!!何もしてない!するはずかないんだ!!」


 僕の叫びは誰にも届かない、どこか虚ろな目をした人達が一心不乱にさっちゃん向かって石を投げている。男達は怒声をあげながら松明を振りかざしていた。


 こんな恐ろしい光景は見たことがなかった、僕の力ではさっちゃんは救えないのか、情けなくて涙が止まらない。


「やめろ!やめろやめろやめろ!!やめろぉおおお!!殺すなら僕を先に殺せ!先に殺せって言っているんだよ!!こっちを向け外道共!!殺してみろよ!僕を殺せ!!」


 半狂乱になって叫んだ僕の声は、幾人かの耳に届いたようだ。斧をもった男が僕の前で得物を振りかぶっている。これで終われる、こんな地獄のような悲しみから。


「やめてぇ!!その人を傷付けないで!!お願い!!」


 クロエが泣きながら男にすがりついていた、男は無表情のままクロエの髪を鷲掴みにして放り投げる。そしてまた僕に向き直り斧をかざした。


「リューくん!リューくん!!いやぁあああ!!リューくんを殺さないで!!」


 僕が先に死ねば彼女達が苦しむことはない。ただ天に召されるだけだ。だがさっちゃんの最後の叫びが男達の気を変えてしまったらしい。


 僕に斧が振り下ろされるより前に、さっちゃんに向かって松明が投げこまれた。


「うわぁああああ!!さっちゃん!!さっちゃぁあああん!!――――沙樹ぃいいい!!」


 誰でもいい、誰か僕らを助けて……神様……


「ようやく切っ掛けを掴んだね?呼ばれて飛び出たよ!皆の愛する神様ちゃんだよ~!」


 ああそうか……神様って……この神様か……


「私の愛し子達、いつからあなた達はそんなにも悍ましい事を平気でやるようになっちゃったのかな?これはお仕置きが必要だね」


「神様!そんなことよりさっちゃんを!」


「サニアなら平気よ……松明なら全て叩き落としてやったわ。ほんと幽霊でよかった、火傷しなくて済んだもの……」


 クロエ……さっちゃんを守ってくれたんだな


「そんなわけで私からの神罰だよ!悔い改めなさい!!」


 神様が何かの言葉を唱えている、早口でまるで聞き取れない。

 理解しようとすると耳と頭の奥に刺すような痛みが走り、まるで僕を拒絶するようだ、これが神の力、魔法……なのか。


 唱え終わると神様の身体を縁取るように眩しく輝く、光の粒のようなものがキラキラと宙を舞って煌めいていた。

 光の粒が収まると、さっちゃんや僕らを取り囲んでいた人達は一人残らず消えていて、その場に残ったのは僕らだけだった。

 これが本当の神の奇跡……僕は初めて神様の神聖性を感じていた。


「あ~疲れた。ちなみに群衆の記憶を書き換えて家に帰しただけだから安心してね。それと人払いの魔法をかけておいたから暫くは安全だから。さて、私は少し休ませてもらうね……」


 この人は本当に神様だったのかと、僕は呆然と神様を見つめていた。普段の様子からは到底信じられない光景だ。

 ともあれ僕らは助かった……心の傷はゆっくり癒せる……あとは時間と僕らの絆があれば……


「リュウくん、ほら。サニアちゃん降ろしてあげて?」


「う、うん!さっちゃん大丈夫……?火傷してない?」


「リューくん……リューくん……大丈夫。クーちゃんが守ってくれたから。私……私……皆死んじゃうのかと思って……全部終わっちゃうんだと思って……もう……」


 そう言ってさっちゃんはわんわんと泣いていた

 僕もこんなにも傷付いたさっちゃんやクロエを見て子供のように泣き叫んだ


「リュウ!サニア!!カーミラが!!カーミラしっかりして!」


 クロエの叫び声で我に返った僕らは神様の異変に気付いた。

 力無く倒れた神様の身体が光の粒になって消えていく……


「どういうことなの神様……嘘だろ……」


「嘘もなにも、人は魔法を扱えない話はしたよね?あと人の身に過ぎた神威は身を滅ぼすとも教えたはずだよ」


 その結果がこんなことって……神様は僕らを助けてくれただけじゃないか


「ごめんね、悲しませて……どうか、許して……」


「そんなこと言わないでよ神様……秋の誕生日は一緒にお祝いするって言ったじゃないか……まだやってないのに……」


「リュウくん、私の愛しい産子。悲しまないで……どのみちこの身体は秋まで保たないの。急拵えだったから……色々足りなくて」


「カーミラさん……何で……何でこんなことに……!」


「サニアちゃん、私の愛しい産子。誰にも罪はないの、あなたも分かっているでしょう。唯一罪深いものがあるとするなら……それは私」


「カーミラ……いかないで?私のこと置いていかないで……もう一人は嫌……皆一緒じゃないと嫌なの……」


「クロエちゃん、私の愛しい産子。私達はいつも一緒だよ、誰もあなたを一人になんてしないから安心して……」


「神様……何ともならないの?もうどうしようもないの?」


「こればかりはね……それに当然の報いだから。私ね、こうなること全部知ってたの。あなた達が出会って旅をして、私と合流して、ここで悲劇にあうことも。全部知ってて皆を導いたの。」


「それって……」


「意地悪のつもりじゃないんだよ。あなた達の魂を癒やすのに必要な工程だった……それだけなの。」


 傷付いた魂を持つ人は、それを癒やすために生まれ変わると神様は言っていた。そのために必要なこと……?


「こんなことをしたって……皆悲しんだだけじゃないか……」


「リュウくん、君が叫んだ最後の言葉覚えてる?」


 何だろう……さっちゃんを呼んでいただけだったと思うけど……


「それが答えなの。あなた達の魂の傷は連綿と受け継がれてきた深い深い傷、その因果を清算するために必要なの。私の死も。」


「意味がわからないよ……神様」


「今から全てがわかるよ……私の身体が滅びる前に、私の魂を形見代わりにみんなにあげるよ。そうすれば全て思い出す……怖かったら断ってもいいけどね」


 僕らは返事なんて出来なかった、神様の死を受け入れるみたいで許せなかった。


「心が読めるって不便だね、あなた達のやさしさが辛いよ。だからこそ、受け取ってほしい……その先にある幸せのために……」


 僕らは消えていく神様の手を握り締めて、ただ泣いていた。僕達には為す術がなかった、無力で悲しかったんだ。


「リュウくん……私の産子……あなたがくれた祝福の温もり……忘れないから……」


 もうどこにも神様は居なかった

 そのかわりに僕の頭に心に魂に流れ込んでくる様々な記憶、目まぐるしく思い出される様々な情景、人、時代――これは僕自身が無くしていた記憶だけじゃない

 様々な人々の記憶……魂に刻まれた……記憶……この魂を受け継いできた全ての人の記憶だった。


「お兄さん……?」


「えっ……」


 そう呼ばれるのはゾンビになった時以来か……なんで今更そう呼ぶのだろう


「リュウ……兄さん……」


 僕の心臓が鷲掴みにされたように苦しく高鳴った

 まさか……そんなわけない……


「さ……沙樹……なのか」


「リュウ……サニア……?どうしたの……?」


 目の前にいるのはさっちゃんだ。サニアであって妹の沙樹ではない……沙樹……そうか妹の記憶も戻ってるんだな……


「リュウ兄さん……私……なんで……」


 そうか……『さっちゃん』という呼び名は子供の頃の沙樹の呼び名だった……まさか最初から僕らは……


 目の前が真っ暗になっていくのを感じる。

 何が変わろうと何も変わらない。僕達はそう無邪気に信じ過ぎていたんだ。




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