覚醒
――私の大切な愛し子達、私の想いを知ればあの子達は怒るでしょうか、悲しむでしょうか。全ては私の愛なのです、どうか悲しまないで、どうか私を許して。
僕らは王都に向かって馬車を進めている、さっちゃんが言っていた通り曲がりくねった街道沿いに小さな集落がぽつぽつとあるだけで取り立てて何もない、退屈な路程だった。
宿場町以降の移動の不便さは、戦時を意図した防衛のためなんだろうと思う。街道を使えば無駄に歩かされるだろうし、進行方向を妨げるよう不規則に現れる集落は王都までの時間稼ぎなのだ。
集落はいずれも平和そのもので、人々はいざ戦争となれば自らが捨て石になることなんて夢にも思っていないと言わんばかりに幸せそうな様子で、僕は少し胸が痛くなるのを感じた。
平和な今だからこそ感じられる、この牧歌的で長閑な雰囲気を慈しみながら僕らは王都へと急いだ。
宿場町から三日目のこと、神様が体調を崩してしまった。神様とはいえ今は人間の身体なのだからこういうことも有り得るのだが、普段から病気や怪我とは無縁のゾンビや幽霊と旅をしている僕の配慮不足が原因だった。急遽、近くの集落へ引き返し、空き部屋を借りて神様の回復を待つことにする。幸いにして薬売りが集落を訪れたこともあり、体調不良に関しては時間が解決してくれるだろう。
「ごめんね……リュウくん。」
「いいんだよ、神様。慣れない人の体で初めて罹った病気だもの。辛いよね……」
僕は神様の手を取り、回復を心から祈った
「私はここにいるから、私に祈ってもだめだよ……ふふ……それよりリュウくん、私に祝福を頂戴?そしたら私きっと元気になれるから……こういうときは甘えてもいいんだよね…?」
ここ、と合図するように神様が前髪をあげて見せる。神様はこれまでどれだけの魂を祝福してきたのだろうか、そんな神様を祝福してくれる誰かは居たのだろうか。ただの人間である僕には想像も及ばないが、神という存在は孤独なのかもしれない。
「こういうときくらいはしょうがないよ、神様だって……今は僕らと同じ人間なんだから」
僕は神様を頭を一撫でし、額に優しく口付けた。彼女の熱が僕の唇を通して伝わってくる。
「肉の身体って不思議だね、外に立っているだけで色んな感覚がいつも雨のように降り注いでくるもの。その全てが神の身では感じられないものばかり、こうしてリュウくんに祝福してもらった柔らかで温かい感触も全て……初めて……」
「もうお休み……疲れるといけないからね……」
僕が立ち上がると神様は繋いだ手を惜しむようにゆっくりと離した。
そして神様は静かに頷き、そのまま目を閉じた。きっとすぐに良くなる、そう信じて僕らも身体を休めることにする。
二日が経ったころ神様の状態が一変した。
「リュウくんの熱い祝福が効いたみたいでもうすっかり元気だよ!心配かけてごめんね?」
「熱い祝福ってなに?!どういうことなのリューくん!!」
「『彼女が体調を崩したのは僕の責任だ!僕が看病する!』なんて言って息巻いていたのは、そういうことのためだったのね。呆れたわリュウ……」
やはり神様に関わるとこういう目に会うのか……
それから僕らは遅れた分を取り戻すため王都への道を急ぎ馬車を走らせる。王都周辺を巡回している薬売りに聞いたところでは王都まであと一日足らずの距離だそうだ。僕らの馬車なら一日どこかで野営をするか、どこかの集落で一泊した翌日の昼前には辿り着ける計算になる。
程なくして日も陰ってきたころ僕らは野営を行うことを決めた。食料はもう王都間近ということもあり残しておいても腐らせるだけなので、出来る限り消費しようと努力したが干し肉は噛んでいる時間が長いせいか少量でも食べた気になるので、結局半端な量を残すことになってしまった。
「カーミラさん寒くない?私たち体温ないからギュッてしても温かくはならないけど……」
「サニアちゃん……ギュッてしてくれるの?」
「うん、私たちも気付いてあげられなかったし……少しでも元気になってくれたら嬉しいから」
「優しい子……そうだね、してもらえたらもっと元気になれるかも。クロエちゃんもしてくれる?」
「私はそういうの割と好きだからしてあげてもいいわ」
馬車の中から仲睦まじい会話が聞こえてくる。
そんな優しい話し声を聞きながら僕はいつしか眠りに落ちていた。
明け方僕らは早めに移動を始める。神様も病み上がりだし早めに宿を押さえておきたい、王都での生活も考えて仕事や借家も確保したいところだ。
今まで以上に曲がりくねった高低差の激しい道を進んでいくと、遠目からみても巨大とわかる立派な城壁が見えた、王都だ。
旅疲れのせいか口数が少なくなっていた女性陣にも元気が戻る。
僕らは疲労の向こう側にあるおかしなテンションのまま王都へ猛然と馬車を走らせた。
さすが王都と言ったところか、街に入った僕らはその都会ぶりに驚いた。森の都も綺麗な都会だと思ったが規模が桁違いだ。
石造りの家々が建ち並び僕が知る世界の外国の風景とよく似ている。少しだけ前世の世界の香りを感じた僕は懐かしいような安らぐような気分に浸った。
街の入口付近に宿や厩舎が集中しているため、宿の確保も簡単に済み、僕らは早めの昼食をとる。そして真っ先に目的地である王立図書館へと向かった。
道行く人に尋ねながら辿り着いた先、正面の橋の先には王城の立派な城門があり、左手の林道の奥に王立図書館があるそうだ。橋の手前にいる衛兵さんに声をかけてみようか。
「旅の街からきたリュウといいます、森の都の領主様からの紹介でこちらの王立図書館に用があって参りました」
「市民か、森の都の領主様の紹介だな?紹介状を見せなさい」
「こちらです」
「うーん、本物のようだな。ちょっと待ってなさい。図書館に関しては王立協会の管轄になる。関係者に取り次げるか確認してこよう。この紹介状は預かるが問題ないかね」
手紙の封蝋に捺された印璽を入念に確認すると衛兵さんは僕らにそう申し出た。特に問題ないのでお願いする。
僕の知る物語ではこのあたりで王様と謁見し妙に気に入られたりお姫様とのロマンスがあるものだが、僕らには縁遠い話なんだろう。
やや暫く待つと先程の衛兵さんが戻ってきた。
「会長がお会いになるそうだ、すまないが急いでくれないか、早く話が聞きたいそうだよ」
簡素なもとは言え鎧を着込んでいる衛兵さんが軽快に走っていくのを見て少し驚いた。僕が着たら動くことも大変だろう。
僕らも慌てて後を追った。
城内は巨人でも住んでるのかと思うほど広々としており煌びやかな内装と調度品で彩られている。一国の城ともなればこうも派手やかになるものなのだろうか。
衛兵さんが手招きする先は応接間のような一室で僕らはそこで待つよう指示される、そして衛兵さんはまたいそいそと走り去っていった。多分会長さんを呼びに行ったのだろう。
ただの平民たる僕とさっちゃんは圧倒されっぱなしだが、流石貴族令嬢というべきかクロエは平然としている。神様は……あまり何も考えていなさそうだった。
僕が少しばかり緊張しながら待っていると対向にある扉から魔法使いのような出で立ちの老人が入ってきた。この人が会長さんなのだろうか。
「待たせてすまんね。年寄りは急いだところで高が知れるもんでな……」
「いえ、僕はリュウといいます。こちらは旅の街のサニア、カーミラ。この子は森の都のクロエです。」
口々に挨拶を済ませるも僕は余計な事を言ってしまったようだった。老人の顔が訝しんだものに変わる。
「んん……森の都のクロエちゃんとな?暫く前に亡くなった領主の娘さんと同じ名前じゃの。聞き及んでる容姿にもそっくりの美しい娘さんじゃ……」
僕はどう言い繕ったものかあたふたとしながら困ってしまった。なかなかこの窮地を逃れる方法が閃かない。
「まぁ、紹介状に書いてあるから大体のことはわかってるんだがの!ハッハッハッ!いやぁ不思議なこともあるもんじゃ、どれクロエちゃん、おじじのところに来ておくれ」
「お爺様、私は子供ではありませんのよ。今年で三十二になりますの。」
「そうかそうか!それはすまなかったの!どれどれ頭を撫でさせてもらおうかの。いやいや本当に触れるんじゃな!人の体の感触とは全く異なるが確かに何かに触れておる!」
クロエはくすぐったそうにはにかんでいる。
「してそっちの娘さんはグールやゾンビの類とな?」
「サニアといいます。野党に襲われて死んだ後、リューくんに助けて貰いました」
「ほほー!死んだら助かってはおらんじゃろ!面白いことを言うお嬢さんじゃの!」
「死んでますよ、ほら内臓です」
「はぁーっ!これは心臓に悪いの!いやいや本当に死んでるようじゃ。そっちのボインボインのお嬢さんも既に死んでるのかな?」
「私は風邪引いてるだけだよ」
「あ、それはいかんの。養生しなさい」
流石に神様とは名乗らなかったか……一瞬だけ不安になったが取り越し苦労だったようだ
会長さんは目の当たりにする魔法のような奇跡の存在に興味津々のようですっかり舞い上がっていた。
「あーすまんすまん、興奮したら動悸が……して図書館にどういう御用向きかな。」
「僕のこの力に関わる本があるそうなんですよ、それを探させてもらえたらと思いまして。僕にとっても未知の力というのは持て余してしまいますし、他人様の驚異になるようなことがないように理解を深めておきたいというのが理由です」
「なるほどなるほど、立派な心掛けじゃの。ただあそこの蔵書は概ね把握しとるがそんな本あったかの……」
「大丈夫、あるよ。私に任せて?」
「ふーむ……まあお嬢さんがそう言うなら探すのは構わんよ。国王にはワシからうまく言っておくから自由に使いなさい。一応平民には使えないことになっているから目立たんようにな」
「見つかった場合は……その」
「まあ国王はそんな事で目くじらを立てるようなお人ではないがの、貴族共がうるさいんじゃよ。とはいえ子供のすることじゃ、叱られる程度じゃろ」
投獄や処刑じゃなくて一安心だ……
「国王にはワシが目をかけている若者が使うと伝えておく、流石の国王も平民が見たがってるから見せてやれと言ってもウンとは言わんからの。あとはお主らが悪目立ちしなければ心配するようなことにはなるまいて」
「ありがとうございます、会長さん」
「なになに!取りあえず入館証を作るから、ここの名簿にサインしとくれ。」
僕らは一通り手続きを済ませて入館証を受け取る。名字が全員トージョーになってる……貴族のふりをするためか。
僕らは会長さんに感謝を告げて城をあとにした、その足で王立図書館へ向かう。
「入館証を拝見……トージョーさんご一行か。許可します、どうぞ。」
僕らは館内へ案内され、図書室へと足を踏み入れた。かび臭い独特の匂いが漂っていて長時間過ごすのは辛いものがあるな。
とても天井が高く、吹き抜けになっていて壁にそって天井までびっしりと本が積まれている。どうやら三階まであるようだ。
一階は本棚の迷路のようになっている。
「それじゃ皆で手分けして魔法関連の本を探そうか、さっちゃんは三階、クロエは二階、カーミラさんは一階の左半分、僕は右半分をそれぞれ担当することにしよう、いいかな?」
皆、頷くとそれぞれの持ち場へと走っていく。
「で、神様。その探し物は」
「あー、はいはい。こっちだよ」
神様が部屋の隅にある一際薄暗くかび臭い本棚の前で両手を広げ目を閉じる。
僕が黙ってその様子を眺めていると神様の手がうっすらと光っているようにみえた。
「あった!取り出すよ?」
そう言った途端、風のない室内に渦巻くような空気の流れが生まれ次第にそれは強くなる。あっと言う間に突風のような勢いへと成長した風は僕らや本達を吹き飛ばしてしまおうとしているようだ。とてもじゃないけど立っていられない。
「よし、これだよ」
そういって僕の前に突き出されたそれは真っ赤な装丁に黒く何かが印字された分厚い本だった。文字は視線を向ける度に違ってみえて、全く読めない。
「さっきの風はただの幻覚と錯覚だから心配ないよ、本の防御機構のひとつで警告みたいなものなの」
確かにあれだけの突風だったのに周囲に何の乱れもなかった。どうやら僕らの感覚に訴えかけてくるだけのものだったようで、さっちゃんやクロエ達は全く気付いていない。
「んじゃ、はじめるよ?まず私の肩に手を乗せて~」
「こうですか?」
僕の両手を神様の両肩にそっと添える
「うんいいよ、そのまま私を強く抱き寄せて~」
「神様、真面目にお願いしますよ……」
「あら~?んじゃ、目瞑るだけでいいよ。あっ、ちょっと届かないから屈んでくれる?」
目を閉じて屈む……なんか嫌な予感がするな
「そうそう、それじゃ先ずは御守り代わりの祝福ね。いくよ~リュウくん!気を確かにね!!エイッ!!」
額に柔らかな感触のあと、脳天にずしんと思い一撃が襲ってきた。目の前に星が飛んでいるようだ……いや比喩的な表現ではなく様々な光の煌めきが僕の目の前を流れていく。その一つ一つは『知識』――『言葉』――『想い』――誰かが紡いで残していったものの奔流が僕の中を駆け抜けていく。
どれも僕には掴み取れ無い、これらは僕の求めるものではないのだろうか、そうして光の川の流れに逆らって立ち尽くしていると、一際大きく光る何かがこちらへ向かってくる
それはまるで僕に呼び掛けるよう明滅し、他の光達とは違い僕の目の前で止まった
「何か伝えたいことがあるのかい……?」
僕は呼ばれているような気がして、その光にゆっくり手を伸ばす
触れた瞬間頭の中を掻き回すように言葉にならない言葉の濁流が押し寄せてきた、どれも聞き取れない……しかし……
「何だ……僕は……知って……沙……樹――――」
「リューくん!リューくん!大丈夫?!しっかりして!!」
僕を呼ぶ声がし、目を開けるとさっちゃんが居た、僕はあのまま倒れてしまったのか床に寝ている。辺りを見回すとクロエも心配そうに僕を見ていた。
「心配ないって言ったでしょ?サニアちゃん、クロエちゃん。リュウくんは目的の魔法の本を見つけたみたいだね!それじゃあ宿に帰ろうよ?お腹空いちゃった~」
そうなんだろうか、あの光の川の中で得たものは何だったのだろう。思い返してみようとするがさっぱり思い出せない。
「大丈夫、君は見つけて無事に帰ってきた。心配いらないよ。」
神様が僕にそう耳打ちする。人の身に過ぎた何かが起きて僕には理解は及ばない、そういうことなのだろうか。ひとまず神様の言うことを信じて僕らは宿に戻ることにした。
本当に僕は何かを得たのだろうか。まるで実感のないまま僕らの王都での一日は過ぎ去っていった。




