天職
宿場町へと辿り着いた僕らは早速宿を探すことにした。どうせなら一週間くらい滞在して路銀を稼ぎたいところだ。商人の街での出費が未だに尾を引いてるため何とかしなければならない。
そこで僕らは行動に制限のない神様ことカーミラさんに『出来るだけ安い宿』を条件に宿探しにでてもらった。動行動半径の制約で僕らが動くには必ず全員セットでなければならないし、その為には馬宿が必須になる。こういうときに自由に動ける人がいると本当に助かる。頼って申し訳ないが闇雲に動き回るよりも神様からの報告を大人しく待たせてもらおう。
「お待たせ~?候補を見繕ってきたよ!早速いこ!」
流石神様、頼りになる。
「まずここね、お城みたいで立派じゃない?しかも圧倒的に安いし!どう?」
ご休憩とか書いてあるんですけど……これってアレじゃないですかね……
「いやここは宿っていうかちょっと違うんだよ……寝泊まりするには違いないんだけどさ……僕らで泊まるにはちょっと……」
そもそもこの世界にも有ったのか……気になるけど駄目だ、とにかく駄目
「えー?そうなの?じゃ次ね!――――はい!ここ!オリエンタルな雰囲気でよくない?」
和風というか中華風の建築で、入口からすぐお座敷がありど真ん中にお婆さんが座っている、その奥には妙に薄着のお姉さん達が横に並んでこちらを見ていた。
これそもそも宿じゃないよ……
「カーミラさん……これ宿じゃないです。色々と怖いところなので深入りせずに次に行きましょう……ね?」
宿場町だからなのだろうか?そういうサービスのお店もあるようだ……もちろん僕には利用する勇気などないが。
「うーん?じゃあ最後ね――――はい!ここ!ぱっと見安そうでしょ?」
男性専用サウナと書かれている
「カーミラさん、書いてあることくらい読みましょうよ……そもそもなんでその手のお店ばっかり選んでくるんですか……」
「その手のお店って?うーん、ここもお宿じゃないのかぁ……難しいね!宿探し!」
無自覚だったのか……それはそれでちょっと……全く頼りにならないので本通沿いで適当に探すことにした。
流石宿場町というか、価格競争が激しいらしく一般向けの宿はなかなかリーズナブルな値頃感だ。これなら一週間くらいは余裕で滞在できるだろう。本通は平民向けの安宿が立ち並んでいるが、先程のように裏道に入るといかがわしい空気が漂っていたり、街の北側には貴族の別荘らしき立派な建物や富裕層向けの豪華な宿が立ち並んでいる。街の中央あたりには平民にも使える公衆浴場もあるようだ、あまり臭わないが温泉でも湧いてるのだろうか。個室風呂でもあれば行ってみてもいいかもしれない。
宿賃はほぼ横並びなので食事の有無や馬宿代を比べてとにかくコストパフォーマンスの良さそうなところを厳選した。彼女達は、そんな僕をみて守銭奴と思うかもしれないが旅を維持するためにも、お金は節約するに越したことはない。
僕がピックアップした宿の中から彼女達の希望で最も食事が充実しているところが選ばれた、まあ一週間まずいものを我慢して食べるよりは割高でも美味しいものの方がいいだろう。
早速、宿を取り僕とさっちゃん、そして神様は仕事探しに出掛けることにする。クロエは見た目が未成年のためお留守番となった。
神様は自由に動けるので好きな仕事を選べるが僕らは200M以上離れることは出来ない、とりあえず神様には胡散臭い地区には行くなと念押しして僕らは南のほうの商業施設が建ち並ぶ地区に向かった。神様には強めに言っておかないと見た目からして怪しい店にスカウトされかねない、それにホイホイついていかれるとただでさえ足りない神聖性が地に落ちることになる。
商業地区を見て回っていると鍛冶屋を見つけた、その隣は仕立屋か……旅の街を思い出すな。さっちゃんの顔をみると機嫌良さそうにニコニコとしている。同じ気持ちなのだろう。そのまま仕立屋に向かい仕事がないか尋ねてみるとアッサリと決まった。これでさっちゃんの方は解決だ。
次は僕の番、鍛冶屋はここの親方と思われる中年の男が一人いるだけで他にはだれもいない。
「親方さん、僕は旅の街で鍛冶見習いしていたんですが、こちらで一週間ほど使って頂けませんか」
「はん?鍛冶見習いだぁ……?うちはガキにやる仕事はねぇんだ、帰んな」
そう乱暴に言う親方さんの表情は何だか悲しげにみえた。何か事情でもあるんだろうか。
「お邪魔になるようなことはないと思います。旅の街では根性はないがそこそこ器用だと言われてました、それなりの仕事はこなせるつもりです」
「ん……根性無しか……まあ下手に根性なんざあっても録な事にはならねぇもんだ……そうかまあそれなら仕事をくれてやってもいい。ここまで食い下がるんだ、なんか訳があんだろ?聞きはしねぇがな」
職人さんというのは、その道でかなりの努力を積んできた人達だ。まして自分で店を構えるとなると殊更努力がいる。故に物事に厳しいのは勿論だけどやる気のある人間を無碍にするような人などいない。
この親方さんもそういう人だ、手を見ればわかる。きちんと頼めば汲んでもらえる、僕にはそれがよくわかっていた。
幸いにして僕もやりなれた鍛冶仕事につけることになった、さっちゃん共々明日からだ。
宿に戻ると先に仕事が決まったのか神様が機嫌良くクロエと話をしている。クロエはなんだか呆れたような顔してるな、何を話しているんだろうか。
「あっ、おかえりリュウくん、サニアちゃん。仕事見つかったよ?ほらこれ制服」
やたらとスカートの丈が短いメイド服のような制服だ……胸のところも異様に開いてるように見える。明らかに胡散臭い店だ……クロエの呆れ顔はこのせいか。
こんなものを着て動いたら色々と丸見えになるんじゃないか……?
「あっ、リュウくん疑ってる?怪しいお店じゃないよ!バーで給仕のお仕事なの。接客したり踊ったりしたらお給料のほかにチップが貰えるんだって。」
想像よりソフトな内容だったが胡散臭いことには変わりなかった。神様は今も祈っているであろう信徒にどう顔向けするつもりなのか。
「さっきまで着てたのよこれ。リュウには見せられないから着替えさせたの。説得に骨が折れたわ……」
本当に何なんでしょうね、この神様
頭の温かい神様のことは放っておくとして、僕らは久し振りの文化的な食事を堪能し、仕事に備えて早めに床についた。
鍛冶屋で働きはじめて三日が経った、この店では宿や料理屋が多い土地柄の為かナイフ類の研ぎの依頼が多く大変忙しい。これを親方独りでやっていたのだから大変なことだ。
僕が研ぎの大半を担当することになり、親方は鋳造や鍛造のほうに集中している。そんなときに僕が炉のほうに近付くとしこたま怒られるのだった。
「親方、炉のことを気にしてるみたいですが何かあったんですか」
「説明すんのが面倒くせぇな……いいからおめぇは炉に近付くんじゃねぇぞ、わかったら返事だ」
やはり何かあったのだろう、僕が炉で事故でもあったのと想像していると、視界の片隅で何かが動いていることに気が付いた。視線を向けるとそれは像を結び形となる。
クロエのときに経験したそれだった、僕より二~三若そうな少年姿で、鍛冶屋の息子と名乗った。
彼が言うには鋳造の仕事を習っているときに溶けた鉄を足に浴びてしまい大火傷が元で死んでしまったそうだ。それ以来親方は人を雇うことはせずに独りで切り盛りしている。
彼の願いは父に無理をしてほしくないと伝えたいとのことだ。それなら僕で役立てる。まずは親方自身から事故のことを話して貰えるくらいには僕のことを信用してもらう必要があるように思う。あと数日でなんとかなるかは不安なところだけど頑張ってみよう。
そう決意したものの、進展がないまま最終日となってしまった。このままだと誰も救われない。どうしたものだろう。
「おめぇも今日で終わりか確かに根性はねぇが小器用なやつだったな。おかげさんで俺も自分の仕事に専念できたぜ」
「僕も研ぎの腕が大分上がった気がしますよ。故郷に帰ったら自慢できそうです。」
「旅の街だったか、お前の腰に下げてる得物はそこのもんか。随分とすげぇ業物だな。誰が打ったんだ?ちょっと見せてみろ」
「これはうちの親方が打ったもんです。旅にでるときにこれで連れを守れと言って僕にくれたんですよ」
「ふぅむ、随分と気に入られてたみてぇだな。しっかし大した仕事だなこりゃ。さすが旅の街ってわけか、ここいらも鍛冶屋が忙しいところでな、うちの評判も上々なんだが旅の街にはかなわねぇみてぇだ」
やはり凄いダガーなんだな、職人さんを唸らせるだけの出来栄えか。僕も真面目に鍛冶に取り組めば作れるようになるのだろうか。
「実はな、俺には息子がいたんだ。生きてりゃお前くらいの歳だろうよ。俺の店を継ぐんだといってそりゃあもうクソ真面目にやってたもんよ。俺ぁこんなに嬉しいことはなかったな、息子は俺の誇りよ。ただそんな息子が鋳物の練習をやってる最中に溶けた鉄を浴びて大火傷をしちまってよ、三日三晩苦しみぬいて、そして死んじまった。」
親方のダガーが心を開いてくれたのだろうか
宿場町の親方は俯いたまま静かに語り始めた
「それから人を炉に近付けるのが怖くてしょうがねぇのよ。熱さでのた打ちまわる息子の顔も、何日も苦しんで苦痛で歪んだ息子の顔も忘れらんねぇ。お前を炉に近づけたくない理由はそんなところだ。お前は真面目にやってりゃいい鍛冶師になれるかもしれねぇ、だからこれからも続けていくんなら事故だけには気をつけな。俺が面倒みたやつで、これ以上死人がでるのは沢山だからよ」
「だからって父さんが無理を続けていいもんじゃない、そうだろ?父さん」
親方の話が終わるころに彼は僕の横に現れた。今度は自分が話すといい僕の手に触れたのだ。
「お…おめぇ…なんで……」
「信じられないかもしれないけど俺、父さんが心配でずっとみてたんだよ。頼むから独りで無理をしないでくれよ。これじゃあ俺だって成仏できやしないよ」
「ああ……ああ……すまねぇな……すまねぇ」
「泣くなよ父さん、元気で無理せずやってくれ。そうしたらまたそのうち会えるんだ。母さんだってきっと心配してるぜ……今はこの兄ちゃんのおかげで話せてるがそれもこれっきりになる。いいかい父さん、長生きしてくれよ。母さんと仲良くな。それじゃあな」
「ああ……また……あの世でな……」
親方はうなだれたままだった、家族を失う辛さは僕にもわかるはずだ。記憶さえあればの話だが……こうして霊と人との橋渡しをしながら僕は僕自身が会いたい人に会えずにいる。
「親方、僕はそろそろ行きます。息子さんの言う通り無理はしないでくださいね。また来ます」
「おめぇは何者なんだ?聞いても理解できる気はしねぇが……まさかあいつにまた会えるなんてな……とにかくありがとうよ……」
「僕はただのお節介焼きですよ。困っていたら幽霊でも人間でも心配になるだけです。それじゃあ親方お元気で」
「ああ、おめぇもな」
僕は親方達と別れ鍛冶屋を後にする、親方やクロエのことを見ていて思う。僕も妹にきちんと別れを告げられたらよかったのにと。突然の死が受け入れられず記憶を閉ざして忘れる事しかできない自分が情けなかった。妹の死を悼んでいることを伝えたい、そして引き裂かれたままでなく、きちんと別れを告げて送り出してやりたいと思う。彼女の冥福を祈るために。
この街での最後の仕事を終えて宿に戻った僕は途方もなくやるせない気持ちでいた、僕とさっちゃんの一週間分の給料を足しあわせても神様のチップ一日分にも及ばなかったのだ。
世間の不条理を噛み締めつつ明日に備えて僕らは眠った。




