レミナス
目の前に聳え立つレミナス山をネロは呆然と見上げる。
まるで巨大な柱のようにも見えるその山は雲を突き抜けており、頂上はスキルのイーグルアイを使おうが見ることができない。
一体どこまで続いているのか、どれくらい時間をかければ山頂にたどり着くのか、それは自力で登った者がいないので誰にもわからない。
ネロはなんとなく感じていた、この山が持つ独特な雰囲気と神聖さは元々人が登れないように作られているのではないかと。
まさに神鳥と呼ばれる生物が住むにふさわしい場所である。
「……よし」
意気込むようにそう呟くと、ネロはレミナス山へと向かって動き出した。
……ネロは山の見える方角へと足を進める、しかし肝心の山を登るための登頂口の場所を知らなかった。
――そういえば、登頂口にはレミナス教会の総本山があるんだっけ?
レミナス山を目標にしてからネロは何度もレミナス山について調べていた。
その調べたところによれば、レミナス山への入り口はこの世界の信仰団体の一つであるレミナス教会が管理しているとのことだった。
レミナス教会は名前の通り女神レミナスを信仰している宗教団体で、女神レミナスとは三英雄物語の最も古い物語である『聖剣物語』に出てくる愛の女神である。
『聖剣物語』はかつて女神が人々と交流があった時代に突如現れた魔神、シリウスを倒すため、女神からの寵愛を受けた少女メリエールが、女神から授かった力と聖剣を手にシリウスを戦うという王道的な物語だ。
そのため、三英雄物語でも一番の人気と知名度を誇り、それを元に作られたレミナス教会は世界各国に広まっており、現段階で最も信者の多い宗教団体でもある。
そしてそんなレミナス教会の総本山のある場所というのが、このレミナス山の登頂口ということだった。
――総本山ってことは人がいるってことだよな……
そう考えると、ネロは一度その場で立ち止まり目を瞑る。
「心眼!」
剣技の一つである心眼を使い人の気配を探る、するとここからは少し離れているが山の周辺に人間らしき一つの気を見つける。
「ここか」
気が一つしかないのが気になるが、他にそれらしき場所もないのでそこを目指すことにする。
目を開けると同時に技を使った反動で強い立ちくらみに襲われ、ネロは症状が治まるのを待った後、先ほど気を感じ取った場所へと向かって走り出した。
そして、それから見落としがないように詮索しながら走り続けていると、山のふもとにポツンと小さな一つの教会を発見した。
――ここがレミナス教会の総本山……なのか?
巨大宗教の総本山なだけにもっと大きな建物やたくさんの信者がいると思っていたが、建物はその教会一つだけで、人は見当たらない。
その規模の小ささに少し呆気を取られるが、その教会の隣にはレミナス山の続く道が見えていた。
――ということはやっぱりここだな。
それを確認すると、ネロは早速許可を取るために教会の中へと入る。
中には入った瞬間に、つい目がそちらに向かうほどの巨大なステンドグラスと、その下に置かれた等身大の木彫りの女神像があり、その像の前には神父の恰好をした一人の女性が祈りを捧げていた。
「……」
ネロはその女性をしばらく無言で見つめる、女性は祈りを終えるとネロに気づいていたのか、そのまま振り返りニコリと微笑む。
「ようこそてレミナスの地へ、なにか御用でしょうか?」
「えっと、レミナス山へ登りたいんですが?」
「どうぞ、構いませんよ」
「え、いいのか?」
あっさりとした返答に思わず素の言葉で聞き返す。
てっきり、寄付金でも要求されると思っていただけに少し拍子抜けしてしまう。
「ええ、別にレミナス教会が管理しているというわけでもありませんから。レミナス山は女神の山、我々人間が管理していいものではありません、ですが、もしよろしければこの女神像に祈りを捧げていってください。」
まあそれくらいならとネロは承諾すると、女神像の前へと行く。
そして前に立つとその女神像をマジマジと見つめる。
「……」
「いかがなさいました?」
「……いや、別に。」
女神像を見るとふるどこか懐かしく感じたが、前世でも今世でもレミナス協会にまったくもって興味のなかったネロは今まで教会になど行ったことがなく、女神像など見たこともなかった。
多分似たような人物と出会ったことがあるのだろうと考え気にしないようにすると、ネロは目をつぶって跪き祈りを捧げる。
――『……いで……ス様』
――っつ⁉
その瞬間、キーンという耳鳴りとともに何かが頭に流れ込んでくるような感覚に襲われネロは目をあける。
しかし、目を開けると同時にその感覚は消え、まるで夢のようにそれがどんな感覚だったのかも忘れてしまった。
――……なんだったんだ今のは?
以前も同じような感覚を感じたことがあったが、どこで感じたか、どういうものだったのかも覚えていなかった。
釈然としないが、ネロは本来の目的を思い出すと気にするのをやめて、立ち上がり改めて女性の方に目を向ける。
「これでいいですか?」
「ええ、有難うございます、あなたに女神レミナスの加護があらんことを……」
そう言って。女性はネロに対しても祈りを捧げる。
「……ところで、ここはレミナス教会の総本山なんですよね?」
「ええ、そうですよ。」
「なんだが、その割には人がいないなあと思って。」
ネロがふとここにきた時に感じた疑問を尋ねてみる、
「ああ、ここ周囲に住む魔物は非常に恐ろしいですからね、人々が暮らすには少々大変なのですよ。ですが、レミナス様を信仰するものとしてはここを拠点とする以外考えられなかったので、ここには教皇である私だけが残り他の方々はここより少し離れた場所に本堂を構えて暮らしております。」
――少し離れた場所?
その言葉が少し引っかかる。
先程心眼で人の気を調べた時周囲には人の気などここ以外には感じられなかった。
「あんたは大丈夫なんですか?えっと……」
「クレアーヌと申します。私は大丈夫です、こう見えて強いですから。」
クレアーヌの名乗った女性は笑顔を崩さずそう告げる。
「でもここに一人で暮らしてるんですよね?寂しくはないんですか?」
「まあ、寂しくないと言えば嘘になりますが、教皇になると決めた時にそれは覚悟はしていましたから、それに時折貴方のようにレミナス山目当てでここに訪れる人も少なくないですから大丈夫です、実はこの前も一人とあるお方が訪れてきました。まあ、あの方の目的は別のようでしたが。」
「別の目的?」
その言葉が少し引っかかった、ここに来るのは大体信者かレミナス山への登頂を目指す者くらいだろうが今の彼女の口振りからするとどちらも違うように感じる。
しかし彼女はそれ以上は話すことはなく、話を切り上げるとネロに背を向ける。
「さて、少し引き止めすぎましたね、名残惜しいですがお話はこれくらいにして私は仕事へと戻ることにしましょう。最後に一つ、レミナス山を登った人間で帰ってきた人はいません、ですが私が山に登ることを止めることも嘆くこともしません。全てはレミナス様が導いてくださりますから。」
クレアーヌは最後に教皇らしい言葉だけを残し奥の部屋へと去っていく。
ネロもその背中を見送りその場で一人になると、外へ向かう。
そして、外を出るとレミナス山の山道に目を向ける。
――大丈夫、やれることはやってきた、後はここを登るだけだ。
誰一人上りきったことのない山への挑戦に流石のネロも緊張を隠せずにいるが両手で頬を叩き気合を入れると、最後の冒険へと歩き出した。




