旅の終わり
――獣人族との決戦前
妖精の国へたどり着いた直後、女王であるリリアナに三人で話がしたいと言われたネロとエレナは、エーテルとフローラを置いて人気のない場所へと来ていた。
「それで、話っていうのは?」
「はい、実はエーテルと約束しているフェアリーリングについてです。」
そのアイテムの名を聞くとネロは顔を引き締める。
元々ネロはそれが目的でエーテルをここまで助けて来た、いわばそれを手に入れることこそがこれまでの旅の終着点である。
「エーテルから話は聞きました、なんでもレミナス山を目指すために状態異常無効のスキルを手に入れたいと、そしてそのために王家に伝わるこのフェアリーリングを欲していると聞きました。」
「ああ。」
「そうですか……でも残念ですが、それをあなたに渡す事はできません。」
「そ、そんな⁉︎」
リリアナの言葉に対しネロより先にエレナが声をあげた。
そんなエレナとは反対に当の本人であるネロはその可能性もあらかじめ視野に入れていた事もあって落ち着いていた。
「やっぱりそれだけ大事なものなのか?」
「そうですね、確かに大事なものですが国を助けてもらえるのなら本来は喜んで差し上げたいところです。」
「ならどうして?」
「それはこのアイテムにあなたの求めている力はないからです。」
「なに?」
リリアナが頭に付けたティアラを外すとそれをネロ達に見せる。
「このフェアリーリングは名前の通り遥か昔の鍛冶師が妖精族の為に作ったと言われる古代道具です。これを継続的に身に着ける事によって我々妖精は驚異的な能力の向上、そしてスキルを進化させることができます。」
「あ……」
その説明に察したネロが不意に言葉をこぼす、リリアナもそんなネロを見て頷く。
「そうです、状態異常無効はこのアイテムの力により私達ハイフェアリーの持つスキル、毒耐性が進化したものでこのリングに備わってるスキルではありません。そして、このアイテムが力を発揮するには百年の歳月が必要となるのです。五百年生きる我々には大した時間ではありませんが、百年生きられれば長寿の人間の方達にはとても生きられる時間ではありません。」
「じゃあ……」
「はい、フェアリーリングでは状態異常無効は手に入りません。」
リリアナにハッキリと告げられるとネロはその場で硬直してしまう、それはネロのこれまでの旅を全て無駄にする一言だった。
そしてそれと同時にネロがエーテルを助ける理由も失うこととなる。
口には出さないがネロはエーテルの事を大切な仲間だと思っており、本来なら見返りなど気にせずに助けたいと考えている。
しかし理由もなく種族間の争いに加担することに抵抗のあるネロはその決断を決められずにいた。
そしてそれに追い打ちをかけるような言葉をリリアナが口にした。
「しかし、私達はそれでもあなたの力をお借りしたいのです、何故なら向こうの王であるバオスは私達では到底敵わない力を持っています。」
「……えっ、バオスさん?」
敵側に聞き覚えのある人物の名前が出てくる。
「はい、向こうはそう名乗っていました。」
――やっぱりか……
獣人族である以上関わりがあることは考えていたが確証がない以上気づかないふりをしていた。
しかし、これでもうその事実から目を背けることはできなくなった。
そして、敵側にも友人がいる以上どちらの味方にもつくことは出来ない。
――クソ、どうする?和解の方に持っていくか?
それができれば一番だと、必死に考えるが生憎ネロに戦争の和睦を出来るほどの交渉力はない。
――こんな時にピエトロがいれば……
ネロは必死に打開策を考えるも見つからず苦悩する。
そんなネロに対し、リリアナはそっと口を開いた。
「ですので、ネロさんにはオールクリアのスキルを報酬として獣人族との争いに力を貸して欲しいのです。」
「え?」
リリアナの言葉に俯き加減だったネロが顔を上げる。
「でもフェアリーリングにその効果は……」
「ええ、ありません。しかし私には備わっています。そしてネロさんには、死んだ相手からレベルのスキルを奪う力があると聞いています。」
「……まさか」
「はい、この私の命を引き換えにこの国を救っていただけませんか?」
――
「それが、私達との間で交わした契約です。」
「嘘……そんな……。」
これまでの話を聞いたエーテルは未だ信じられないと言わんばかりに顔を引き攣りながら笑う。
「ハ、ハハハ、じょ、冗談だよね?ネロがお母様を殺すなんて、そんな事しないよね?」
「……それが今回の報酬だ。」
ネロは顔を逸らしながら答える。
「俺はどうしてもオールクリアのスキルを手に入れなければならない。」
「ネロ!」
「エーテル、落ち着きなさい。」
「ウソよ!そんなのウソウソウソ!」
「エーテル!」
リリアナが叱る様に怒鳴りつけるとエーテルも聞きなれない母の怒鳴り声に子供の様に委縮する。
そして、リリアナがゆっくりエーテルに歩み寄ると、そのまま優しく抱きしめた。
「エーテル、私は嬉しいのですよ?本来ならばマナが尽きて何にも残らないまま寿命で死ぬのが大多数の中、私の娘の友人の力になって死ねるのですから。」
「お母様……」
「妖精の女王リリアナとして生を受けてから四百年、私はもう十分謳歌しました、これからはあなたとフローラでこの国を築いていってください。」
「お母様……」
抱きしめていたエーテルの身体から離れると、リリアナは次にフローラを抱きしめる。
「お母様、やっぱりあの泉の予言は……」
「ええ、予言通りになったわね、でもあなたが考えていたような事ではなかったでしょう?」
「それは――」
「これからはエーテルをしっかり支えてあげてね。」
「……はい。」
フローラから離れると今度はテレパシーを使って全ての妖精に呼びかける。
「皆さん、エーテルとフローラはまだまだ女王となるには未熟ですので是非力になってあげてください。」
妖精の脳内全体に響いた声に妖精たちがその場で敬礼して応える。
その光景に満足するとリリアナは後ろの方で見守っていた仲間達の方を見る。
「レオパルド、すみませんがお願いできますか?」
「……リリアナ、他に方法はないのか?」
「ありません、彼はレアードに会うためにレミナス山に登ろうとしているのですから。」
「……そうか、わかった、なら任せろ。」
リリアナの主語のない頼みをレオパルドは聞き返すことなく承諾する、そしてリリアナに近づくがそこでネロが待ったをかける。
「いや、俺がやるよ。」
ネロが二人の間に割り込み、そしてリリアナと向き合う。
「いいのか?」
「ああ、俺がやらなきゃいけないと思う。」
「ネロ!お願いやめて!お母様を殺さないで!他のお願いだったら何だってするから!」
エーテルが泣き叫ぶ様に訴えるが、ネロはまるで聞こえてないかのように無視をする。
「すみません、国を救ってくれた英雄にこんなことまでさせるなんて……」
「あんたからもらうこの力で、俺は絶対生き延びてみせる。」
「フフ、あなたに女神の加護があらんことを……」
リリアナはそう呟くと、思い残しなどない満足そうな笑みを浮かべてゆっくり目を瞑った。
ネロはそんなリリアナに向かって拳を振り上げた。
「やめてー!ネロォォォォー!!!」
――
…………
ネロは自分のステータスを確認する。
レベルは七十程度上昇し、幾つかのスキルも増えていた。そしてその中に、オールクリアの文字もしっかりと入っていた。
――ようやく手に入れた。
スキルを手に入れた事を確認すると、ネロはまだ整理のつかない複雑な心境を落ち着かせるため、一度小さく息を吐く。
「おい、坊主。」
すると後ろからレオパルドが話しかけてくる。
「お前さん、なんでもレアードに会う為レミナス山に登りたいんだってな。」
「ああ。」
「なら登る前に一度俺の国であるエレメンタルランドの火の国を訪ねてくれ。俺の知っていることをお前に全部話したい。」
「わかった。」
「話は終わったか?よし、では戻ろうか。」
フローラによって開かれた下界へつながるゲートにネロとエレナ、そして助っ人としてきた四人が乗り込む。
「どうして……どうしてこんな事……」
リリアナの死後、その場でしゃがみ込み涙を流し続けるエーテルがブツブツと呟く。
ネロはそんなエーテルを他所にゲートに向かう
「許さない……ネロなんて、大っ嫌い!」
が、泣きじゃくりながら発したエーテルの言葉にネロは一度足を止めてしまう。
「ネロ……」
「大丈夫、分かっている。すべて覚悟のうえで選択したんだからな。」
エーテルの泣き声が後ろから聞こえるなか、ネロは再び歩き出すとそのままゲートの中へと消えていった。
こうしてネロのおよそ半年に渡る旅は終わりを迎えた。
そして一年の時が流れる……




