運命の日まで……
「んー、やっと着いたぁ!」
ガガ島の中央にある島唯一の港町に本土からの船が着くと、船の中からリグレットが片腕を大きく空へと伸ばしながら島に足を踏み入れる。
「まあ、やっとって言っても高々数時間だけどね。」
「ん、他の島に行くよりもずっと早く着く。」
続いて降りて来たロールとリンスレットがリグレットの言葉に水を差す。
「私は1分1秒でも早く着きたかったのよ!」
「だったら風と同化して先に行けばよかったのよ。」
「わかってないなぁ、そんなの皆と一緒の方が良いに決まってるじゃん。」
「……そりゃどうも」
「えー、そこはもっと感動してよ!」
リグレットは口を尖らせながら文句を言うが二人は華麗にスル―をする。
バルオルグスの戦いから凡そ一年、リグレット率いる冒険者パーティー『ダイヤモンドダスト』はミディールに身を寄せていた。
昨年行われた武王決定戦でパーティーメンバーの一人であるブランの正体がルイン王国元将軍グランツ・ブライアンだと公になった事もあり、四人は活動拠点を帝国からミディールへと移していた。
理由はブランが帝国と長年敵対している国の将軍だった事への警戒と、それとは別に、単純に四人がミディールを気に入っていたことにあった。
そして今では国王からも信頼を寄せられる立派なミディールの冒険者として各地に知れ渡りっていたのだった。
「さて、ではちゃっちゃと目的地に向かいましょうか。」
「あ、でも少し露店見ときたいかも」
「私も、この島の果物好きだし。」
「なら、じっくり寄り道しながらちゃっちゃと目的地に向かいましょう!」
などと言いつつ三人は、港町の露店を探索しながら西側海岸沿いに建つ屋敷、エルゴラゴ邸へと向かった。
屋敷に着くとリグレット達は一階にある応接室へ案内される。
相変わらず掃除が隅から隅まで滞っている部屋で、特に目立ったものが置いてないにもかかわらず、思わず部屋が輝いて見えてしまうほどだ。
そして部屋の隅にはその綺麗な部屋を作ったメイド達が横一列に並びながらまるで人形のように待機している。その中には猫耳を生やした獣人族、マーレの姿もあり、今では立派な屋敷のメイドの一員となっている。
「流石、カトレアにいい教育されてるわね。」
「でもその割にはあの子は――」
などと話していると、部屋の扉がガチャリと音を立てて開き、大きな剣を抱えた小さなメイドが、細目のメイドに連行されるような形で入ってくる。
「制限時間は一時間です。」
「み、短くないですか?お客様ですからもっと時間にゆとりを――」
「あなたが部屋の掃除をほったらかして寝ていた時間を差し引いての時間です。その後は私が対応します。」
「うぅ……」
「エーコはブレないなあ。」
カトレアに怒られているエーコを見ながらリグレットが呟く。
エーコは少し不満そうにしながらもリグレット達の元へ行くと、背中に抱えていたなんとも勇ましい大剣をテーブルの上に置く。
「はい、頼まれてたやつ。」
「うわぁ、これはまた凄い代物を……」
剣を手に取ったリグレットが思わず感嘆の声を上げる。その剣は自分の背丈と変わらぬ大きさながら、まるで木の棒を持つかのごとく軽く、そして刃は軽く振れば屋敷のあちこちを斬ってしまいそうな程である。
「流石エーコ、匠の技ね。」
「そう?材料さえあればこれくらい誰でも作れるんじゃないの?」
「んなわけないでしょ。」
リグレットが彼女に渡した鉱石は最近見つけた特殊な鉱石で、王都に住む国一番の鍛冶屋のドワーフに持っていったところ、嬉しそうに工房に籠っていったが僅か三〇分で断念した代物だった。
「この子、本当何者なの?」
普段は些細な事で大きな顔を見せる癖に、これほどの代物を作りながら呆気らかんとするエーコに一同はなんとも言い難い目を向ける。
「まあ、いいわ。ところで、今日はあなた達のご主人様はいないの?」
「今日もいないわよ。」
「また、修行?」
「ええ、一年前に旅から帰ってきてからは朝から晩までずっと修行してるわ。」
エーコが答えると三人は少し真面目な表情を見せる。
この屋敷の主であるネロはまだ成人もしていない身でありながら一年前に伝説の双頭龍、バルオルグスを倒した実力者、三人の見た限り恐らく世界最強を名乗っていいレベルだ。
本人もその実力を自覚しており、強さを求めるような武闘家という訳でもない、そんなネロがこの一年修行に明け暮れているのだから普通の事とは思えない。
「カトレアは何か事情を知らないの?」
不意にロールがそばに控えるカトレアに話を振るが、カトレアは小さく首を横に振る。
「はい、私は存じ上げておりません。ですが……」
カトレアが少し目を開き、青白い瞳をみせ答えた。
「最近のネロ様は、すこし焦っておられるようにも見えます。」
――
「ハァ、ハァ……」
島の端、人里から最も離れた場所にある海へと繋がる森の中でネロは一人修行に明け暮れていた。
「この技を練習し始めて四ヶ月、ようやく操ることができるようになってきたぞ。」
ネロの手元には擦り切れるほどボロボロになったバオスから貰った獣拳の奥義書があり、ネロはそれを片時も離すことはなかった。
妖精界での戦いが終わった後、ネロは島に帰るとただひたすら獣拳の修行だけを行い技を磨いていた。
自分に才能がないことは分かっている、ならばその無い才能を努力で補えばいいとそのずば抜けたステータスを生かして努力を重ねてきた。
その成果もあって、ネロはこの一年で五つの技が使えるようになっていた。
数こそ見れば少ないが、その三つの技はバオスの奥義書の中でも最上位の技に当たる代物で、以前から何度も
使っては失敗してきた『鳳凰烈翔』ロールが使えるという事で少し指導を受けながら完成させた『月下兎蹴』、 そして最後にバオスが命を削ってまで使って見せた『夜猫爪』『牛鬼槍』『獅子爪爪』だ。
もっと他の技に挑戦していればより多くの技を習得できたであろうが、ネロはこの五つ、特に最後の三つにこだわり、全ての時間を費やして完成させてみせた。
「よし、出来た。」
最後にその技を海に向かって放ち、海が割れるのを見届けた後、そのまま地面へと座り込んだ。
「技というのは常に自分の意思で繰り出してこそ技と言える、ならもう習得したと言っていいよな?」
ネロはかつての師の言葉を思い出し 拳を握り締め喜びを噛みしめる。
――俺の誕生日まで、後三ヶ月……なんとか間に合ったな。
それは、かつては特別になれる日だと喜んでいた日であったが、今ではデッドラインとなっている。
「自分自身に対してはやれることは全てやった、後は山を登るだけだ。だが他は……」
ネロはしばらく考え込んだ後、その場から勢いよく立ち上がる。
――よし、やれることは全てやっておこう、後悔しないためにも。
ネロはそう決意を固めると、運命の日に備えるため修行を切り上げて屋敷への道を歩き出した。




