不幸
周りに一切何もない広い空間で、カイルは微動だにせず立ち続けている。
聞こえてくるのは時計の針の音、風が窓を叩く音、そして部屋の外から聞こえる雑音だった。
心眼を使っているカイルには音から、周りの動きすら把握できていた。
――今爺は、部屋にいるのか、厨房ではまかないを作った料理人が皿を洗っているな、今外にいるメイドはサボりか?
これだけわかるならばどんな状況にも対応できる。カイルは更に集中力を上げ感覚を研ぎ澄ました。
――
目を瞑っているので時間はわからないが、結構な時間が立った。だが、一向に動きがある気配はみられない。
今は丁度真夜中なのだろう、屋敷にいるすべての使用人が眠りについている。
今、この屋敷で動いているものは誰もおらず、この屋敷内はとても静かだった。
カイルはこの時間に、ふと自分の生きざまを振り返る。思えば色々な事があった。
学校での平民との争いから始まり、自分の殺害を企てる反乱軍からの刺客との戦い、そして弟を後継者にするために暗殺しようとする義母との争い、他にも様々なことがあったが全て勝ち抜き、今では誰も彼に逆らおうとしない。
そして今度はこれからの事を考える。
まず十五歳の誕生日を切り抜けたらまず、誕生パーティーで有力者達を取り込み、親父と別の派閥を作り、親父の力を完全になくして国から追放まで追い込む。
その後は王女との縁談だ。王家主催のパーティーで何度か会っているが中々の美女である。だが美女だからと言って関係が上手くいくという訳ではないので、もし駄目だったら妾をとろう。幸いこの世界で愛人を作ることは珍しいことではない、むしろ貴族ならいない方がおかしいくらいだ。
次々と浮かぶ今後の計画。それを考えると、胸が弾む。カイルは一度も見たことない成人としての人生を過ごすため、改めて気を引き締めた。
――
一体どれくらいたっただろう?
全く微動だにしないまま時間が過ぎていく。
実は何も起きないんじゃないか?そう思った時、状況に少し変化が訪れた。
……ピトッ
突如聞こえた、何かが落ちる音。
まるで雫が落ちる音のようだが雫ほど大きくはない。
小さな一滴の水が地面に落ちる音が、ぽつぽつと聞こえ始めると、その音は大きくなり、やがて、耳を澄まさなくてもいい程の音にまで大きくなった。
――雨か
部屋の外から聞こえた雨音に、カイルは警戒心を強める。そして、事態は動き始めた。
ガタガタガタガタガタ
突如部屋が大きく横に揺れ始める、その揺れは徐々に大きくなり、まるで屋敷を持ちあげ、揺さぶられているかのように激しく揺れ、カイルも思わず目を開けてバランスをとる。
――これは、地震⁉
震度なんてものはわからないが、突如起きた地震にカイルは地震で連想する事故を思い浮かべる。
大抵は物が倒れて下敷きになるというケースが多いが、周りには何もない、となると……
カイルはすぐさま上を見上げる。
するとカイルの予想通り、天井が崩れ始め、崩れた天井がカイルへと降りかかる。
――来たか
カイルはすぐさま剣を抜くと、落ちてきた瓦礫を斬り付ける。
そして次々と落ちて来る瓦礫を剣術『隼』を使い、自分に当たる直前に石粒程度まで切り刻む。
地震は今だ続いており、バランスを崩しそうになりつつも必死で切り刻む。
一つ一つが大きいので一つでも切り刻めなかったらカイルに直撃し、大怪我は免れないだろう。
――落ち着け、慌てるな、いける。
カイルは自分にそう言い聞かせて冷静を保ちつつ、自分の持つ剣術で必死に防ぐ、しかしここからカイルにさらなる不幸が襲う。
自分が立っていた床も崩れ始め、カイルは、バランスを崩したまま足場を失い、仰向けの状態で空中へと放り出された。
態勢を立て直そうとするが、今度は上から巨大な瓦礫が降って来る。仰向けの態勢では切り刻めないため、カイルは瓦礫を破壊するために、天翔絶風の構えをとる。しかしそこでカイルはふと下を見た。
カイルの落下地点の場所には、まるで仕組まれたかのように尖った巨大な瓦礫が落ちてあった。
もし、上の瓦礫を壊そうとするなら尖った瓦礫に突き刺さってしまう。かといって着地を優先してしまったら上の瓦礫に押しつぶされるだろう。
――どうするどうするどうするどうする⁉
コンマ数秒の速さで頭を回転させる。
――クソクソクソクソクソ、そこまで俺を殺したいのか⁉
カイルは完全に油断していた。
自分は最強だから、自分が死ぬことなんてありえないと。
実際カイルは全種族の中でも剣を持たせれば、歴史上の中でも、三本の指に入る強さだ。
だがそれは相手がいた場合の話。
災害という敵意のない攻撃の前には、百万人をも殺せる剣術も自分を守ることにしか使えない。
一体どこから来るかも、何が起こるかも予想もできない不幸にカイルは自分の考えが浅はかだったことに気づいた。
そしてこうしている間にも瓦礫はカイルへと近づいている。このままでは上からの瓦礫も、下の瓦礫にも当たってしまう
「クッソオオオオオオオ!」
カイルは一か八かの賭けに出て、声を荒げながら気を集めるとそのまま天翔絶風を上に放つ。
上の瓦礫を爆発させた後カイルはそのまま地面へと落ちていった。
――………………
雨がまだパラつく中、カイルの屋敷は不自然にも右側だけが崩れ、瓦礫の山になっていた。そこの場所はカイルの命令により、いたのはカイル一人だけ。屋敷の使用人たちは大きな地震に怯え、床に縮こまっていた。
地震が収まり、すぐさまクラウスが家を飛び出し状況を確認すると、瓦礫の元へ行く。
「カイル様ぁー!」
クラウスが瓦礫に向かって叫ぶ……すると
「……ぷは」
崩れた瓦礫の中から腕が一つ飛び出たと思うと、そのまま中からカイルが現れる。
頭からは血が流血しているが、命に別状はない。
先程カイルは、とっさに空中で天翔絶風を放つと、そのまま回転して両方の瓦礫を壊した。
回転したせいで、上から落ちてきた瓦礫を全て壊すことはできなかったが被害は最小限に抑えられていた。
カイルは瓦礫の上に立つと雨に打たれながら空を見上げる。
雨が傷口に当たり痛むが、その痛みが、自分は生きていることを証明してくれていた。
「……た」
カイルが小声で呟く。
「勝ったあああああああああああああああ!」
そして今度は大きな声で叫んだ。
「勝った、俺は勝ったんだ!何度も乗り越えられなかった運命に勝ったんだ」
まるで奇行とも呼べる下品な笑い声をあげるカイルに、クラウスは茫然と立ち尽くした。
「これで俺は生き延びた、俺の人生はまだ続くんだ!」
しばらく高らかに笑っていたカイルだったが、ケガによる痛みに我に返る。
「おっといけない、出血多量で死んでしまったら元も子もない」
カイルが落ち着いたのを見計らうと、クラウスがカイルに声をかけた。
「ぼっちゃま、お怪我は大丈夫ですか?」
「おお!爺、いたのか、怪我は酷いが問題ない。とりあえず、エリクサーを持ってきてくれ、後、治癒術師も呼ぶように」
カイルの命令に、クラウスは大急ぎで屋敷に戻る。カイルも瓦礫の下に降りて、屋敷に向かうが、ふとここで自分の剣がないことに気づく。
剣士にとって剣は力、今回の不幸を乗り越えられたのもあの剣のおかげだ。
無くしたところで新しく買えば問題ないのだが、長年使いこんだあの剣よりも信用できる物はない。
カイルは剣を探すため、瓦礫の山を少し見回すと、そこに白く光るものを見つける。
よく見ると、自分の剣が瓦礫に刃が上に向いた状態で埋まっていた。
カイルはあったあったと言いながら上機嫌に剣に近づく、そして目の前まで来ると空から再び強まる雨とゴロゴロと鳴り響く音が聞こえてきた。
「雨が強まってきたな、雷もなっているし早く家にはい……」
――雷?
カイルはそこでふと当たり前のことを思い出す、それはかつての世界でも知っている常識。
雷は人に落ちてくるという事、そして、それに当たると死に至るという事を……
「ヤバ――」
カイルはとっさに上を見上げた、それが間違いだった。
すぐに避ければカイルの素早さなら雷を避けることも可能だったが、カイルは上を見るという動作をしてしまう。 上を見上げた時にはもう遅く、雷は自分に向かって落ちてきていた。
――何故自分は勘違いをしたのか?
まだ誕生日は過ぎていないのに不幸を乗り越えたなど、何の根拠もなかったのに。
地震で窮地を乗り越えたことがカイルの気を完全に緩ませていた。
瓦礫で怪我をし更に落雷を浴びたカイルは、満身創痍になり、そのまま意識を失いながら倒れる。
そして倒れる間際に視界に移ったもの。
それは今まで自分の力になっていてくれた愛用の剣。
カイルが倒れる場所に不幸にも刃が上に向いた剣が突き刺さっていたものだった。
ドスッ
意識が途絶えるその瞬間に聞いた何かが突き刺さる鈍い音と、それと同時に自分を襲った一瞬の激痛を受けると、カイルの意識はそのまま戻ることはなかった。




