パーティー
「ネロ・ティングス・エルドラゴ将軍。前へ出よ。」
「はっ!」
静けさが漂うミディール城の玉座の間に、真面目な口調のカラクの声が響く。
名を呼ばれたネロもそれに見合った凛々しい態度で一歩、前へと出る。
「此度の活躍、誠に大儀であった。まさに将軍にふさわしい働きと言えよう。」
「はっ!ありがとうございます。」
城の兵士や貴族たちが見守る中、ネロが直立に立ち、胸に拳を当て敬礼をする。
「仲間の者達もよく頑張ってくれた、感謝するぞ。」
一緒に同行していたエレナ、ピエトロ、そしてエーテルにもねぎらいの言葉がかけられる、が、返し方がわからない三人はネロを見様見真似で敬礼をする。
「……ホント、よく頑張ったな。」
そして、戦いから帰ってきた四人の子供の顔を玉座から見たカラクは、最後に優しい笑みを浮かべ、周りには聞こえないほどの声でポツリと呟くように言った。
王としてではなく一人の大人として言ったカラクの一言に、子供たちは先ほどの言葉以上に嬉しそうな表情を見せた。
「さあ、皆の者!今一度この若き英雄たちを讃えよ!」
カラクの言葉にその場にいる者達から、四人に対し盛大な拍手と喝采が送られた。
――
バルオルグスとの戦いから十日が経っていた。
モンスターや山賊達の襲撃にあったガガ島は、リングの兵士や、ナイツオブアーク達の奮闘により、幸い島や住民への被害は少なく、わずか数日でいつもの賑わいを取り戻していた。
ネロ達はその十日間の間を故郷である島に滞在し、戦いの疲れを癒していた。
そして、全てがひと段落したところで、今回の一件の労いとネロの将軍お披露目を兼ねたパーティーが城で開催されることになり、招待されたネロ達は城へと来ていた。
「ふう、緊張したー。」
玉座の間から退出した後、四人しかいない客室で緊張を解いたエレナが息を吐く。
「ああいう場は中々慣れないよね。」
「うん、でもやっぱりネロは慣れた感じだったね。」
人前で一番注目を浴びながら終始堂々たる振る舞いをしていたネロを思い出し、三人がネロを見る。
「……まあ、俺はお前らよりも経験は多いからな。」
主に目立つことが多かった前世での経験による慣れだが、そこは伏せながら答える。
「ところで、本当にお前達はパーティーには行かないのか?」
ネロが話題を逸らすようにピエトロとエーテルに尋ねる。
「ああ、まだメリルが心配だし先に屋敷に戻ってるよ。」
「私も人目の多いところはちょっとね。一応外界じゃ幻の種族だし」
二人が違う理由でパーティーの不参加を告げるとネロは少し不満げにする。
「ちぇっ、せこい奴らだ、俺も断れるなら断りたいんだけどな。」
どうせなら顔も知らぬ大人達の多いパーティーよりも見知った者達で集まってで騒ぎたい、というのがネロの本音ではあるが、残念ながらそれは許されず、特に立役者であるネロだけは、このパーティーに強制参加となっており、その事を不憫に思ったエレナも一緒に同行することとなった。
「流石に主役が出ないのはおかしいからね。」
「そうだよなあ。でもめんどくせー」
ネロもその事に自覚があるが、なかなか受けられていない。
「大体カラクがなあ――」
そこから自分をやたらと持ち上げるカラクへの愚痴が始まると、ネロ達はそのままたわいも無い話をして時間を潰した。
そして、その会話は部屋をノックする音が聞こえたことで終わりを告げる。
「迎えが来たみたいだな。」
ノックの音に反応すると、途中ながらもネロは会話を止める。
「じゃあ、行ってくるね。」
「ああ、是非楽しんでおいで。」
「ネロ!エレナに悪い虫がつかないようにちゃんと守るのよ!」
「……善処はするよ」
二人の見送りの言葉に答えると、ネロとエレナは一足先に部屋を出た。
パーティー会場は行き慣れた玉座の間で、今いた部屋からも比較的近い場所にはあるが、マナーとして案内人の兵士に従いついて行く。
ネロは会場に着くまでの間に今一度身だしなみをチェックする。
二人が着ているのは正装とされる白い貴族服と真っ赤なドレス、ここ最近は着ていない服装のため、ネロは念入りに確認した。
そして、玉座の間の扉の前まで着くと、一度足を止める。
案内していた兵士とはそこで分かれると、代わって扉の前に立つ二人の兵士がネロ達のためにゆっくり扉を開けた。
するとそこには、すでに大勢の者が、あちこちのテーブルに並んだ豪華な料理を片手に交流していた。
「うわぁ、凄い豪勢……」
食べる前でもおいしいと思えてしまうほどきれいに並べられた料理に二人の喉を鳴らす。
「まあ、じゃ、行くか。」
「うん!」
エレナが大きく返事をすると、二人は料理が置かれたテーブルを順に巡り料理を嗜む。
その際にテーブル前で待ち構えている貴族相手に慣れない社交辞令と愛想笑いの交えた会話を交わして行く。
「きっと、バッカス将軍もさぞかし喜んでいられるでしょうな。」
――バッカス将軍か……
会話の都度貴族達の口から出てくる名前がネロの頭に残っていく。
バッカス……それはネロの父親の名前である。
自分が物心つく前に亡くなり、顔も知らない相手で、前前世から記憶のあるネロからしたら親父と呼ばれてもいまいちピンとこないのだが、ここ最近はそんな自分の父親に興味を持ち始めていた。
――帰ったらカトレアから話を聞いてみるか。
最後まで立派な将軍を演じ切ったネロは、一通りのテーブルを回り、ようやく落ち着けると思った直後、最後に一番関わりたくない相手がやってくる。
「ネロ、王がお呼びだ。」
将軍補佐のバルゴが来てそう告げると、ネロはとてつもなく嫌そうな顔を見せる。
「行かなきゃダメですか?」
「ああ、特に今日はな。」
そう告げられるとネロは観念する。
「あと、悪いのだが今回はエレナは遠慮してくれないか?」
「……え?」
――
ネロに同行しカラクの所へ向かおうとしていたエレナがバルゴに止められる。
「何か不都合でも?」
「……まあな。」
カラクはエレナも妹のようにかわいがっているので普通は決して拒むことはしない。
ネロの問いにも何故か言葉を濁すように言うバルゴにエレナは少し不思議がるも、指示に従いついて行くのをやめる。
そして、バルゴはネロを連れていくと、エレナは一人会場で取り残される形となった。
――えーと、どうしよう?
何をすればいいかわからず、エレナはその場で一人立ち尽くす。
「おや!あなたはエレナ嬢じゃないですか。」
そんな中、不意に声をかけられたエレナは、その声の方を振り向く。
するとそこにはゲルマの屋敷で顔を合わせたエリックがいた。
「あなたは、エリック様。」
「おお、覚えていてもらえたのですね、誠に光栄です。」
そう言うと少し興奮気味のエリックはエレナの手を包むように握った。
「え、あっ……」
「その真っ赤なドレス、大変よくお似合いですね!ダルタリアンで出会った時よりも遥かに美しい。」
「あ、ありがとうございます。」
余り男性から褒められることのないエレナはそのエリックの言葉に思わず苦笑いを見せてしまう。
「……ところで、あなた、お一人ですか?」
「え?えーと、はい。」
――今はだけど
「そうですか、ならば、もうすぐ社交ダンスが始まるのですが、その……良ければ私と踊っていただけませんか?」
「えーと……はい……えっ?」
――
「ネロ・ティングス・エルドラゴ、ただ今参上しました。」
バルゴに連れられ、カラクのいる玉座まで足を運ぶと、ネロは呼び出したカラクに対し露骨に嫌な顔を見せながら挨拶をする。
「おう、よく来た、弟よ!」
そんなネロの態度に動ずることなくカラクは普段通り兄バカに徹する。
「で?何の用だ?」
「ああ、実はお前に紹介したい人物がいてな。」
そう言うと、カラクは隣に立つ、綺麗な金髪を後ろにくくった凛々しい顔つきの女性を紹介してくる。
「こちら、オルダ王国から援軍に来てもらった、ヴァルキリア部隊の隊長を務めているミーファス・テッサロッサ殿だ。」
「ミーファス・テッサロッサって確か……」
その名前を聞くとネロは目の前の女性について思い出す。
「ああ、武王決定戦で貴殿に敗れた者だ。」
「そうでしたか、この度は我が故郷である島の守っていただき誠にありがとうございます。」
「いえ、同盟国であり友国であるミディール国を助けるのは当然の事ですので。」
互いに固い口調で挨拶を交わす。
「それで、だな。実はお前に少し提案があるんだが――」
とカラクが言ったところでその先の言葉をミーファスが遮る。
「すみませんが、こういう大事な事は私の口から……まどろっこしいのは嫌いなので単刀直入に言わせてもらいます、ネロ・ティングス・エルドラゴ殿、私はあなたに結婚を申し込みたい。」
「ほう、決闘ですか?」
――武王決定戦のリベンジという訳だな。
しかし、その問いに対しミーファスは小さく首を振る。
「いいえ、違います。結婚です。」
「ああ、結婚ですか……は?」




