お誘い
「結婚?」
オルダの戦乙女と言われたミーファス・テッサロッサから告げられた予想外の言葉にネロはポカーンと口を開けながら聞き返す。
実は言うと初めに言われた時にはそう聞こえていたが、戦乙女なんて通り名がついた女性がそんなこと言うはずないと思い、決闘と思い込んだがどうやら聞き間違えではなかったらしい。
改めて聞き返したネロの言葉にミーファスは今度はうむ、と強く頷いた。
「悪いなネロ、実は今回の援軍に応じてくれたの見返りをテッサロッサ殿に尋ねたらお前を紹介してほしいと頼まれてな。」
そう言って軽く謝罪をするカラクに対し、ネロは無言でジィッと視線を送るが、島を救ってくれた見返りと言われれば文句も言える訳もなく、ネロはそのまま何も言わず小さく溜息を吐く。
「……わかりました。しかし、どうして私の様なものに?」
年齢はまだ未成年、彼女とは歳もそこそこ離れている、そしてまともに話などしたこともない。
とてもではないが、結婚を申し込まれる要素などは見つからない。
「簡単な話だ、私は強い男が好みだ。そしてそなたはとんでもなく強い。理由はそれだけで十分だろ?」
実に至ってシンプルな理由であった。
「正直に言えば私自身も驚いている、結婚を申し込むなら自分と同等、もしくはそれ以上の相手と考えていたから相手は熟練の戦士の年離れた男性になると思っていたからな。それがまさか年下になるとは……あ、勿論そなたには婚約者がいる事はカラク王から聞いているぞ、しかし、ミディールも我が国も多妻制が認められている国だ、問題ないだろう。」
「……多妻制?」
ミーファスが付け足す様に言った言葉で、ネロは今初めてその制度の存在を知る。
ネロの周りの大人に複数の妻を持つ相手などいなかったから、ネロはその制度について全く気付いていなかった。
そしてそれは恐らくエレナもだろう。
「まあ、そういうことだ、得はあっても損はないだろ?とりあえず一度一緒に出かけてみたらどうだ?」
「と言ってもなあ……」
カラクは意外にも勧めてくるが、ネロはそれ以上に唯々戸惑っていた。
そもそも、ネロはこの世界に転生してからはエレナ以外の相手にそういう感情を向けられたことはなく、またネロも考えた事すらなかった。
「まあ、エレナからは俺からも話しておくからさ。」
「いや、やはりそれも私から言わせてほしい、何せその方は第一夫人となる方、ならば仲良くしておかなければならないからな。」
――俺が縁談を断らない前提で話が進んでいるな。
しかし現状断る理由もない。
ミーファスはあまり女性に関心のないネロから見てもかなりの美人だ。
肩まで伸びた綺麗な金髪の髪に淡い緑の瞳、騎士をやっているだけに引き締まった体をしており、そして騎士ならではの堂々とした振る舞いにはネロも少し一目置くところもある。
少し歳は離れているが、逆にそれがエレナにはない魅力を放っている。
「で、その婚約者殿はどこにおられるのだ?」
――そういえば放置したままだったな。
ネロがその事を思い出し、エレナと別れたところに目を向けるが、そこにエレナは既にいなかった。
「ああ、それならあそこで踊っている少女だ。」
「……踊っている?」
カラクの指差す方にミーファスと揃って目を向けると、そこには言葉通り、見知らぬ男とダンスを踊るエレナの姿があった。
――
――えーと……どうしてこうなったんだろう?
エレナは訳も分からず踊っていた。
ネロが呼び出されたあと、ダルタリアンで助けたエリックに声をかけられ、そしてダンスの誘いについ反射的に承諾してしまった。
「流石、素晴らしいステップですね。」
「あ、ありがとうございます」
エレナは苦笑いを浮かべながらも、エリックと二人で華麗に踊る。
エレナの社交デビューはまだで、踊るのはこれが初めてであるが、昔から練習はしていたので一通り踊れることには踊れる。
そして更にネロ達との冒険で得た経験により、身のこなしが上がっていたエレナのダンスは目を張るものがあった。
――本当はネロと踊りたかったけどなあ。
本来社交デビュー前に踊るという事自体は他国ではマナー的に禁断ではあるが、この自由国家を掲げるミディールはそう言うことに関しては非常に緩い。
ただ、それでもデビュー前に踊る事は稀で、更に踊る相手は大体は親しい間柄が多い。
――まあ、ネロはこういうのは興味ないからいいか。
そう割り切ってエレナはエリックに合わせて踊る。
そして、ダンスが終る頃にはいつの間にか、二人に注目が集まっていた。
――
「……」
その後、パーティーが終わり二人が合流すると、そのままお互い無言で部屋まで歩いていた。
エレナは隣に並ぶネロの様子をちらちらと窺う。
ネロは怒っている……と言うわけではないが、何やらずっと考え事をしている様で、無愛想な表情をのまま無言で歩き、エレナもそんなネロに話しかけられず、黙り込んでいた。
そして、部屋に戻ったところで、その沈黙を嫌ったエレナが話を切り込んでくる。
「そ、そう言えば、ネロはなんの用事だったの?」
思い切って尋ねたエレナに対し、ネロは淡々と答える。
「ああ、なんかオルダ王国の女性騎士との縁談の話だった。」
「へぇ、そうなんだ……って、えぇ⁉︎」
その一言にエレナが思わず声を上げる。
「そ、それで!どう返答したの?」
「ん?まあ、急いで決める必要はないと言われてな、とりあえず明日二人で出かけることになった。」
――そ、それってデートじゃない!
自分がデートを誘うのに数年掛かったのに対し、相手は出会ったその日にデートの約束を取り付けた、その事にエレナは酷くショックを受ける。
「そう言うお前は誰かと、踊ってたな。」
今度はネロがエレナに対し尋ねてくる。
「あ、あれはエリック様でつい話の流れで踊っちゃって……」
エレナがまるで言い訳するかの様に答えるが、話を聞いたネロはふーんっと、関心がなさそうに相槌を打つ。
「あ、あと、私も明日エリック様にお茶に誘われていて。」
「そうか……なら、明日は別行動だな。」
「そ、そうだね……」
エレナの報告はネロの嫉妬心を煽ることもなく終えると、再び何とも言えない空気が流れ、その日はそのまま眠りについた。
――
そして、次の日。二人は初めて別々の男女と共に街へ出かけることとなった。




