ルインの近況 反乱軍編
「そうか、モールズ卿が亡くなったか」
「は!連絡を受けた兵士に話によると、モールズ公爵家を襲ったのは反乱軍の旗を掲げていたとのこと。」
「我々はここしばらく動いてはいない、恐らく国王軍……オズワルトたちの仕業だな……わかった、ご苦労、下がってくれ。」
「は!」
王都ルインから遠く離れた辺境の地にあるのルインの反乱軍本部、その作戦会議室で反乱軍リーダー、ロイド・ルイスが報告を受けると、報告に来た若い兵士に下がらせる。
兵士は扉の前で一度立ち止まり部屋全体に対して敬礼をしてから部屋から退出する。
そして、この部屋にいるのはロイドを含めた反乱軍の幹部だけとなる。
元将軍グランツ・ブライアンの次男、レオン・ブライアンとその親友トード・グリン、ロイドの妹のであるロゼ・ルイス、そして反乱軍に所属しながらシスターを務めるオゼット・イクタスと幼馴染であるバジル・グレンツ。
皆、かつてカイルとの抗争で共に戦った仲間達である。
あれから十五年の年月を経て、幾多もの戦いを経験し、かつての面影をそのままに相応の実力を兼ね備えた大人へと成長していた。
「モールズ卿が死んだか……敵対していたとはいえ、やはり人が死を知らされるのはあまり気分のいいものではないな。」
「まーた、敵の心配とは相変わらずロイドさんは甘いっすね。」
ロイドの隣に立つ、レオンが腕を組みながら呆れた口調で言う。
「でもそれがロイド様の良いところですよ。」
愚痴るレオンに対し、オゼットはいつものように穏やかな笑顔でロイドの反応を肯定する。
対照的な二人の反応にロイドは苦笑いを見せる。
「ははは、まあこれが性分と言うもんだ、それよりオゼット、無事で何よりだ。」
「はい、ご心配おかけしました。」
ロイドがオゼットの帰還を改めて労うと、オゼットはゆっくりとお辞儀で返す。
「全くだぜ、もう少し心配するこっちの身も考えろよな。」
「大丈夫よ、私、バジルよりも強いから。」
バジルにだけ砕けた態度で接するオゼットが少し得意げに言うとバジルは言葉を詰まらせる。
戦闘にこそ参加はしないが、実際覚醒したオゼットの実力は軍の中では一二を争うほどなのでバジルは言い返せず項垂れる。
「それで、大会の方はどうだったの?」
へこんでいるバジルを他所にロゼがオゼットに尋ねる。
「はい、実は……」
オゼットは自分の目で見てきた大会での出来事を一通り説明した。
「……なるほど、やはりカイルの亡霊は偽物だったか。」
「良かった、もし本当に亡霊だったらどうしようかと思ったよ。」
話を聞いたトードがホッと胸をなでおろす。
「で、その正体は知っているのか?」
「はい、話によればどうやらアドラー帝国のスカイレス将軍だったようです。」
「スカイレス……度々耳にはしていたがやはり強いのか?」
その問いに同じ剣士として興味を持ったのかレオンとバジルがピクリと反応する。
「……はい。恐らく私達が全員で戦っても勝てないと思います。」
「え?それは僕達七人でって言うわけじゃなく……」
「はい、反乱軍全勢力で、という事です。」
オゼットが真剣な顔で告げると全員も一斉に言葉をなくす。
そんなバカな話と、普通の者なら思ってしまうが、この場にいる全員がカイルというかつて最強と言われた剣士との戦った経験があるため、その実力も容易に想像できてしまった。
「それほどか……」
「はい、ただ、私達が気にする相手ではないと思います、恐らく向こうはまだこちらに興味を持っていないようなので。」
「そ、そうか……」
それを聞くと強張った皆の表情に少し緩ませる。
「な、なぁ、それよりもう一つ気になる事があるだが……」
そう言ってオゼットの先ほどの話で出てきた人物の名に、一人ソワソワするレオン。
そんなレオンを見てオゼットはクスリと笑う。
「フフッ、グランツ将軍の事ですよね?安心してください、そっちは本物でしたよ。レオンさんの事も気にかけてました。」
「え?そ、そっか、ま、まあ?生きてるなら別にどうでも良いんだけどよ。」
レオンが頭を掻きながらぶっきらぼうに答えるが、顔に出ている喜びは隠せず皆がクスクスと笑う。
「あ、あと可愛い妹さんもいましたよ。」
「え!?い、妹ぉ!?おい、その話について詳しく――」
「いえ、私はそれよりも優勝したのは子供の方が気になるわ。」
「えっ――」
「だな。確か少年だったんだよな、どんな奴だったんだ?会ったんだろ?」
妹の存在を気にするレオンを放っておいて、全員の興味は今度は優勝した少年に向けられる。
「残念ですが、妹さんの話はまた後ということで。」
「あー、わかったよ!で、その少年とやらはどんなやつだったんだ?」
不貞腐れたレオンが投げやりに話を進めた。
「そうですね、彼は……」
その質問にどう答えようかとオゼットが少し考え込む。
すると、何を思い出したのかオゼットは不意に笑みをこぼす。
「ど、どうしたんだ?」
「いえ、すみません、なんでもありませんよ。そうですね……彼はですね、差別をしないモールズ様みたいな人ですね。」
その例えに皆が顔を顰める。
「なんだか?微妙な例えだな。」
「でもこれが、一番合っていると思います。」
「差別をしないモールズか……想像つかないな。」
「俺はなんだか想像つくな。多分レオンとは仲良くなれそうだ。」
ロイドは仲が良かった頃のカイルを思い出し答える。
「確かに。あの子、剣に関してはかなり貪欲だったしね。」
それに対しロゼも賛同する。
「そ、そんなわけないっすよ!だいたいモールズは――」
話の路線が徐々に逸れ始め、話題が優勝した少年からカイルの話に変わると、話題はそのまま学生時代まで遡っていった……
――
「お前、さっきから何笑ってんだ?」
ネロのことを語ってから笑みを絶やさないオゼットに バジルが尋ねる。
「ううんなんでもないわ、ただ、私のスキルも悪くないなと思って。」
「スキルぅ?お前のスキルって確か、覚醒と同時に身に付いた『触れた相手の心が読める』読心スキルだっけ?でもお前いつも人の心の内に秘めた思いを覗き込む失礼なスキルだって言ってなかったっけ?」
「ええ、そういう考えに関しては今も同じよ。でも、人にはいつも伝えたくても口には出来ない言葉というものをあると言うことを知ったのよ……バジルの私への想いのようにね。」
「な!」
オゼットが悪戯っぽくウインクすると、バジルの顔は真っ赤に染まる。
「いやいや、バジルのは言葉にできなくても顔に全部出てるから。」
「しかし、バジルも難儀だねぇ、幼い頃からの想い人が神に身を捧げるシスターになっちゃったんだから。」
「お~ま~え~ら~」
不意に会話に割り込み揶揄うレオンとトードを真っ赤な顔で追いかけまわすバジル、そして狭い部屋で騒ぐ三人を母親の様に叱るロゼ。
そんな光景を見てオゼットとロイドは笑い声をあげる。
今の眼に映る四人の姿は、反乱軍の幹部達ではなく同じ学園で過ごした級友たち、そしてその光景はかつて当たり前のように見られた学園の光景だった。
そしてその光景を見てオゼットは考える、もしカイルが今の考え方でいたならいたらどうなっていたのだろうと、きっとロイドの言う通りレオンと意気投合し、あの抗争も起こることなくカイルもこの光景の中に入っていたのではないかと。
だが、それと同時に思った、それは決して来ることのなかった未来だと。
カイルの今の人生、ネロ・ティングス・エルドラゴとしての人生があるから、かつて小さき暴君と呼ばれた少年は変われたということを分かっていたからだ。
――こんな考え、みんなに言えば、きっとまた甘いと言われてしまうのでしょうね。でも、考えられずにはいられないのです。
今のあなたを知ってしまった以上は……
口にできない想いを誰かに知ってもらいたい。そんな想いを胸にしまいオゼットはいつもの様に微笑みを見せるのであった。




