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レオニス

ある日、レオニスへと呼び出された。

ポラリスの始祖たる魔術師の生まれ故郷。


まるで塔のような高層建築が立ち並び、ここがスバルとは違う異境なのだとはっきり認識させる。

街を囲う巨大な壁。

その壁よりも高い建物は、街が富み、そして富裕層が増えた事で、街の中からでも外の景色が見えるような住居を求める人々が増えた事によってなされた。

銀星門でこちらへと渡り、その塔のような建物の中のひとつを目指す。


切り出された石が整然と並ぶ美しい道を歩き、辿り着いたそこはスバルのメンテナンスのある建物を思わせた。

あそこと違うのは、その高さだろう。

広さはスバルよりは狭い。

しかし、高さはこちらの方が断然高い。

スバルには地下部があって、そちらの方が広大だ、などという噂もあったが、見かけとしてはこちらの方がはるかに大きく見える。


見上げていても首が疲れるだけだ。

さっさと中へと入り、受付で用件を告げた。



「デッドアイか。良く来てくれたね。ゴーレムだ。よろしく頼む」


ゴーレムと名乗った男は、その頭が見上げた先にある巨体だった。

2メートルはあるのではないだろうか。

求められて握った手から、強靭な筋肉がその黒い軍服の下に収まっている事が分かる。

まるで古代の英雄の石像を思わせる立ち姿だ。

顔には幾筋かの傷が残っている。

歴戦の勇士。

普通に振る舞っていても、隙の無い挙動。

きっちりと刈り上げられ、整えられた髪型が体つきに反して几帳面そうな雰囲気を見せた。


「よろしく。デッドアイです」


こちらも着ているのはスバルの軍服だ。

武器は携行していない。


どういう風聞が広まっているのか、デッドアイと名乗ると奇異の目で見られる事が多かった。


魔物を操って魔物を狩り、人を殺す。

不吉の隻眼。


さすがにポラリス内部では半人以外の魔物を扱う事も知られてきていた。

ポラリス内部では既に隻眼の半人使いから、不吉の隻眼へとあだ名は変わっているようだ。


しかし、ゴーレムは特に気になる事は何も無いようで、広いテーブルの中央に座ると、その対面を勧めた。

そんな相手をちらりと観察しながら席に着く。


十数人が集って会議出来そうな部屋に、ふたりきり。

エージェントやオペレーターではなく、戦力たる者同士で話をするのは初めての事だ。

そう、この男もレギュラーのひとり、そしてどうやら自分よりも評価されているエースのひとりのようだった。

ちらりとその名前だけは聞いた事があった。


「適任者を紹介して欲しいと聞いたら、ある人から君の事を強力に推薦された。私も君の事を耳にした事はあったし、興味があったから、こうして会えて嬉しいよ」

「それはどうも。レオニスの方にまで私を知る方がいるとは驚きです」

「そう畏まらなくても大丈夫だよ。この階級は飾りだ」


ゴーレムの服には大佐の階級章。

自分よりも多くの成果を上げてきたのかもしれない。

しかし、これは自分と同じくただの偽装だろう。

レオニス軍の作戦に加わって、功績を築き上げた結果では無い。

今いる建物とて、別に軍の庁舎ではない。

ポラリスの秘密施設、そのひとつだった。


「それで?一体どうして俺が?」


そう言いつつも、察しがついていた。

きな臭い噂は耳にしている。


「そう、実は今度大規模な作戦が実施される事になってね。私がその作戦の現場指揮を任される事になった」


表向きはレオニス軍主導の軍事作戦。

実際にはポラリスが主導する、粛正。

そんな予定があるようだ。


レオニス軍も動かすが、それに混じってまた魔術の実戦テストを行いたいらしい。

そのために相当数のレギュラーが配置されるようだった。


「戦争は許されないんじゃなかったのか?」


この世界から人と人が争う戦争は無くなった。

少なくとも名目上はそうなっている。

そのはずだった。


「誰が許さないのだ?」


ゴーレムが手を広げて話す。

その顔は笑っていた。

力を持つ者としての自信に満ちあふれている。

そして満ち足りた顔をしていた。


「そう。我らこそがポラリスだ。ポラリスが許せば誰も裁く事など出来ない。そうだろう?デッドアイ」

「……そうだな」


ポラリスこそが世界の真理。

それには誰もが従わなくてはならない。


ゴーレムは、それを心の底から信じている目をしていた。


その目を見て、おめでたい奴だな、とちらりと思った。



アルフェラス。

レオニスの隣国のひとつ。

とは言え、都市国家同士なので、お互いの距離は遠い。

間には危険地域として名高いレグルスの庭と呼ばれる平原が横たわっていた。

レグルスの庭には魔物が湧き出す。

ポラリスによって管理されたそれではなく、未だ見ぬ迷宮の何処から。

なので、お互いに地続きに侵攻する事は不可能だ。

作戦は間違い無く門を使っての電撃作戦になるだろう。


そのアルフェラスが大規模破壊魔術の研究を進めているという。

完成すればアルフェラスから巨大な光の槍が直接レオニスへと降り注ぐという。

馬鹿みたいな話だ。

大戦力を直接敵国へと送り込める金星門の事を考えたら、そんな規模の攻撃魔術も有り得ないとは言えなかった。


アルフェラスにも門はある。

ただし、銀星門だけだ。

金星門はポラリスの支柱たる4国にしか存在しない。

そしてその金星門の位置は俺も知らない。

以前は地表に堂々と置いてあったというそれも、現在では厳重に秘されている。


アルフェラスには現在、戒厳令が敷かれていた。

銀星門は既に半封鎖状態で、ひとたび転移すれば厳重な取り調べが待っていると言う。


槍の魔術の完成と同時に銀星門を完全封鎖。

槍をレオニスへと降らせるつもりでいるらしい。


そこまでをエージェントが掴んできたようだ。

しかしそのエージェントは現在、全員が消息不明。

実際のその大規模破壊魔術の詳細、具体的な研究所の位置、大規模魔術に必要な装置の場所などは、敵のみぞ知るという。


アルフェラス側はある程度の情報漏れを承知で今この瞬間も事を進めている。

銀星門を封鎖しても、ポラリスが本気になれば金星門によって、いつでも攻撃出来るのにも関わらず。

いつ現れるとも限らないレオニス軍を相手に出来るだけの、何か秘策があるのかもしれない。


ゴーレムから依頼されたのは、アルフェラスへの潜入だ。


消えたエージェントの捜索、ならびに救出。

大規模破壊魔術の詳細情報の入手。

ひと月後に実行される侵攻作戦までが期限。

期限が来たら、つまり実際にレオニス軍が侵攻してきたら、その混乱に乗じて脱出。事前に大規模破壊魔術の詳細が手に入っても、侵攻を待てというのだから業腹だ。


万が一にもポラリスに敗北は許されない。

それは、今の安定した世界を壊しかねない。


にも関わらず、先制攻撃はしないようだ。

ここまで情報を掴んでいるにも関わらず、事前に対処する気はまるで無いらしい。

不審に思って聞くと、にやりと力強い笑みとともに答えが返ってきた。


「その期限よりも先に大規模破壊魔術とやらが完成、先制されるという事は無いのか?」

「有り得ないな。仮にあっても君が心配する必要は無い」


どうやら何らかの確信があるらしい。

そんなゴーレムを見ていて、気付いた。


ゴーレムは、そしてポラリスの上の方は、今の状況を良い機会と考えているのだ。

自らの持つ絶対的優位な力、それを最も効果的に喧伝する機会だと。


どんなに強大な力を得ようとも、ポラリスはそれを叩き潰せるだけのより強大な力を持っているのだと喧伝したいのだ。


そしてポラリスの知らない先進魔術があるのならば、それを知ってからでも遅く無いし、こちらはいつでも攻撃できるのだから焦る必要は何も無いとすら考えているのだろう。


もしかしたら、その大規模破壊魔術が発動した後ですら、対処出来るだけの準備が既に出来ているのかもしれない。


結局、俺にはそうした作戦の詳細は何も知らされなかった。

潜入の過程で万が一、俺が掴まって、作戦の情報を漏らせば作戦に支障が生じる。

知らないものならば、他に漏れようが無い。

詳細が知らされないのはそうした理由からだろう。


消えたエージェントの資料と、いくつかの拠点情報のファイルを渡され、その日の内にスバルへと帰った。



5日後の夜に、準備を終えて、スバルのメンテナンスへと顔を出した。


「来たか、デッドアイ」


室長が出迎える。

用意されていた戦力は、ピクシーが2体、女郎蜂が3体、それにマイア。


アルフェラスは現在、戒厳令下にある。

軍が街の隅々まで目を光らせているようだった。

いくら手持ちの装備の中で最大戦力とは言え、マイアのみで一国の軍を相手にする事など不可能。

むしろ、そうした相手にどうしたら見つからないかを常に考えなければならない。


「装備はこれを使え」

「これは?」


室長から渡されたのは、鎧では無かった。

いやに硬い黒い布で作られたジャケット。

手に取ると重い。

中に何か鉄板でも仕込んであるようだ。


「中に赤錬鉄が仕込んである。勿論、全体を守る訳じゃないが、心臓をひと突きで終わりなんて事だけは避けられる」


赤錬鉄の板は急所を守るように仕込まれていた。

決して厚くはない。

しかし、赤錬鉄が使われているのなら、それこそ同じグレードの剣でも無い限り、そう簡単に破られはしないだろう。

布自体にも新開発の金属繊維が織り込まれているようだ。


色々とよく考える。

感心し、思わず口元が緩んだ。


「まあ、過信はするな。生地自体に魔術抵抗は付いていないんだからな。それでも鎧を着込んで動き回るよりはマシだろう」


確かにこれならばあまり目立たないだろう。

通常の衣服よりも重いと言っても、鎧に比べれば遥かに軽い。


「今回の作戦は今までとは違う。支援は無い。例え敵にどう思われようとも、生き汚く見えようとも、生きて帰ってこい」

「勿論そのつもりです」


室長にそのまま案内されて向かったのは、地下だった。

そこから長い通路を歩かされる。

そのままどこぞの迷宮にでも繋がりそうなほどの距離を進んだ。


既に何度も曲がって自分がどの方角を向いているのかすら分からない。

そうして進んだ先に、小さな部屋へと行き当たった。

入った中にあったのは、黒く小さな門。


「金星門」

「ああ。そうだ。これが世界中のどこへでも転移を可能とする人類の至宝だ」


驚く程に小さい。

それこそ人がひとりくぐれる程度の小さな石の門が一組。


金星門という名でありながら、その色は真っ黒だった。

一切の光を吸い込むような、そんな深い黒。


しかし、その門から溢れ出すコードの量に俺は思わず目を逸らした。

分かる。

この門から世界中に向けてコードが伸びていっているのが。

ひとつひとつは細い。

おそらく外に出てしまえば日の光に溶けて見えなくなってしまうような細さだ。

それがこの門へと集束しているので、まるで光の柱のようだった。


金色の光の柱。

これが金星門か。


おそらくは、いくつかある内のひとつなのだろう。

こんなに小さくては大軍を一度に送り込む事など絶対に不可能。

実験装置の類いを送ったりするのにでも使っている物なのかもしれない。


室長が、俺の感心にかけらも気付かないように、気楽に言った。


「もう調整は済んでいる。潜ればすぐにでも敵地のど真ん中だ」


転移先はエージェントがぎりぎりまで確保していた隠れ家。

その安全が今も確保されているのかは怪しい限りだ。

それでも中の警戒態勢がまるで分からない以上、どこに転移しても同じようなものだった。


行ってしまえば、自分自身の力で何とかしない限り、帰ってくる事の出来ない片道切符。


傍らにはマイア。

ベルトにはピクシーと女郎蜂の入ったポシェット。

袖にナイフを隠し、腰に下げるのは一振りのショートソード。

味方の支援など期待のしようもない場所に行くのには、心もとない装備だ。


それもいつもの事。

いつだって最低限の装備で戦ってきた。


そして生き延びてきた。


デッドアイ。


名前に死が入っていながらも、未だその時は訪れない死に損ない。

今更、惜しむ命など持っていない。


片道切符を掴むように、門へと手を掛けた。


「それじゃあ、また」

「ああ。またな」


室長の声を聞きながら、門を潜った。


瞬間に訪れたのは、浮遊感。

まるで足下が抜け落ちたかのような落下感。


耳鳴り。

目眩。


それに堪えるように目を瞑り、そして開いた。


そこは真っ暗な闇の中。

身じろぎひとつせずに、待った。


やがて目が慣れる。

窓からはささやかな光が射している。

人工的なそれではなく、おそらくは月の光だろう。


がらんどうの部屋だった。

家具ひとつない。

木の床は所々めくれている。

壁紙が剥がれかけて、だらりと垂れていた。


廃墟の中のようだ。


マイアを後ろに従え、窓へと近づき、外を見る。

まるで街ごと眠ったかのような静けさ。

街灯の明かりが低い所を点々と照らしている。


見ていると、6人で隊列を組んだ鎧姿の軍人が下の道を通り過ぎた。

戒厳令下というのは本当のようだ。


とにかく、暗い内に動いておきたい。


そう思い、振り返った先に人影があった。


ぎょっとし、身が固くなった。

まるで気配がなかった。


その影は俺の事をじっと見つめていた。

影が真っ暗な部屋の片隅から1歩、また1歩と踏み出す。

そして声を掛けてきた。


「久しぶりね、デッドアイ」

「……メアリ」


そこにいたのは金色の髪の女。

どこの国の物なのか、見慣れない軍服に身を包み、ニコリと笑うメアリだった。


ザジはお留守番。

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