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地下の墓標

しばらくは特に作戦行動の無い日が続いた。

自らの体を鍛え、傀儡の腕を磨く日々。

そんな日々の中で、ふと思いついた事があった。

オペレーターに掛け合い、少し無理を言って許可を取った。


ブレアデス第3区。

かつて左目を失ったその場所へ。


あそこには何があったのか、今更ながらにそれを自分の目で見たくなった。

既にその辺りの調査が終わっているのは知っている。

それでも自らの足で歩き、そして確かめたかった。


点々と灯りが通路を照らしている。

傍らには全身をマントで覆ったマイアが歩く。

他の調査部隊に出くわして、魔物だなんだと騒がれても困る。

そのための偽装だった。


マントの下には鎧を着させている。

武装は刃を大きくした短槍のみ。

自分も鎧をまとい、腰に剣を下げている


鎧が立てるわずかな金属音と、足音だけが薄暗い通路に響いていた。

やがてあの分岐へと出る。

以前は真っ暗だったその先も、今では灯りが敷設してあった。


不意に新堂の言葉が思い出された。


「さあ、自らを試す時だ。頼るべきは己の腕であり、手にする武器であり、そして共に戦う仲間だ」


かつての隊長の言葉を口にしても、それに応える仲間の姿は無い。

無言で佇むマイアと共に、先へと進んだ。



あの日を思い出すように進んでいき、やがてあの渡れなかった川へと辿り着いた。

ここまできちんと灯りが敷設されている。

そして既に川には橋が架かっていた。


しっかりとした鉄橋だった。

なんとはなしに橋の上から川の中を覗き見る。

緩やかなようで、十分な水量があるその流れは力強い。


うっかり落ちたりでもしたら大変な事になるだろう。

先に進めるようになっていても、特にそちらには用は無い。


いや、元々確たる用があってここまで来た訳では無い。

つい遠回りするようにここまで来てしまった。

やはりあの場所に近づくのは気が重い。


それでも、こんな所をいつまでもぐるぐるしていて気が軽くなる訳が無い。


来た道を引き返し、あの場所を目指した。



細い通路を抜ける。

念入りに狩り尽くされたのか、魔物の姿は無い。


既に最前線、後方、その線引きも変わっている。

ここも既に最後方の一部と化して久しいようだ。

これならひとりで来ても良かったかもしれない。


通路を抜けた。


広い空洞へと出る。


そこには銀星門があった。

小型の、一度にひとりかふたりが抜けられる程度の小さい門だ。

機能を停止させられているので、今は何のコードも感じない。

ただ、必要な時に備えて多少の魔力が溜められているのがうっすらと門の下の地面から伸びる光る糸で分かる。


その姿はU字の磁石が逆さに刺さったようでもある。

他には何も無い。


最初からここへと転移してきても良かった。

ただ、それだとあまりにもあっけない気がした。

あの日のルートを辿る事、それが自分にとって必要な儀式のように感じていた。


結局、ここには何も無かった。

休眠していた巨大種などなく、小規模のゴブリンの群れ、それの寝床となっていただけだったらしい。


探索部隊が何も無いはずの通路を進むと、そこには休眠中の巨大種。

そして見渡すばかりの眠る子の姿。

探索部隊に配属されると必ず聞かされるおとぎ話。

そう、おとぎ話だ。

気を引き締めろ、そう警告するための教訓をお話にして聞かせただけ。


ポラリスの記録に、確かにそういう出来事の記載はあった。

それは随分と古い話だ。


そんな話があったと言われて散々脅された新兵時代の記憶はなかなか消える物では無い。

慣れたつもりだったからこそ、そんな話を思い出して、余計に恐れていただけだ。


門の脇を抜け、空洞の奥へと進んだ。

空気が澄んでいる、と感じたのは何て事は無い。

空洞の先、そこの壁際には先程の川の続きが流れ込んできているだけだった。


要は、それで多少気温が低かったのか、それで空気が違うと感じただけだろう。

これほど広ければ、においだってこもらない。

あの日の感情のかけらが蘇った。


焦り。

冷静であろうとする意志。

怒り。

そして痛み。


先程の川よりも支流なのか、水深は浅い。

手を突き入れ、すくってみた。

冷たい。


しばらく流れる水に手をさらした。

冷たいと感じたそれにもすぐに慣れる。


そう。

今の自分にも既に慣れた。

デッドアイ。

それが今の自分。

私、はもういない。

かつての仲間にはもう会えない。

そもそも顔が変わっているのだから、すれ違った所で気が付かないだろう。


あの日、確かに小太刀リョウはここで死んだのだ。


死んだ小太刀リョウを弔いに。

そのためにここまで来たのかもしれない。


ここに来た明確な目的は無かった。

ただ来ようと思いついただけだ。

それでもここに来た目的をそんな風に、たった今、思った。


小太刀リョウは死んだ。


それに佐藤リョーマも。


立ち上がり、振り返る。


そこにあるのは銀星門。

まるで墓標だ。

俺の、そして佐藤の墓。


それがここに立っているように感じた。

そんな墓標の傍らに、所在なげにマイアが立ち尽くしている。

先を促されているように感じた。

マイアの顔は見えない。

彼女は何も言わない。

ただそこにいた。


目的は果たした。

もうここに来る事も無いだろう。


先にマイアを歩き出させた。

コードを操り、そしてその通りにマイアは進む。

振り返る事無く。


それに付いて俺も進む。


もう振り返るべき事は何も無い。


小太刀リョウは死んだのだ。


通り過ぎる瞬間、軽く手で門に触れた。


それは川の水のように冷たくて、本当にそこに自分達の死体が埋まっているような気がした。


手を離す。


「デッドアイ。進め」


自分自身に命じた。


自分自身を操れ。


自分自身のコードは自分で動かせ。


誰のためでもなく、自分のために前へと進め。


本当に自分を傀儡にしたつもりになったのか、おろそかになったマイアが立ち止まっていた。

その脇へと並び、それから歩調を合わせて進み出す。


歩く。

先へと進む。


「さあ、自らを試す時だ。頼るべきは己の腕であり、手にする武器であり」


マイアの顔をふと見た。

マイアは何も言わない。


何故かその口元が笑っているような気になった。

改めて見ると、その口元はやはり何も語らない素のままの形で止まっている。

どう考えても、俺の妄想だ。


笑った。


「そして共に戦う仲間だ」


マイアの腕を上げさせた。

そこに俺自身の腕を合わせた。


鎧と鱗があたって硬い音が響く。


帰ろう。

戦場へ。


今の俺が帰れる場所は、そこしかないのだから。


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