第5章 毒殺者が料理する
1週間が経った。
リオンは少しずつ回復していた。
記録作業は続けている。1日10人ずつ。
今は1300人目まで到達した。
母は優しく見守ってくれている。
父は、まだ少し距離を置いている。
仕方ない。リオンは受け入れた。
今日、母が言った。
「リオン、お手伝いしてくれる?」
「何を?」
「料理。野菜を切るの手伝って」
リオンは頷いた。「うん」
台所に向かう。
母がまな板と包丁を用意している。
野菜が並んでいる。人参、玉ねぎ、じゃがいも。
「これを切ってね」
母が優しく言う。
リオンは包丁を手に取った。
小さな手。でも、しっかり握る。
人参を切り始める。
順調だ。
次は玉ねぎ。
包丁を入れる。
その瞬間、頭の中で何かが動いた。
毒殺者セリアの記憶。
リオンの目が変わる。
『この野菜では毒にならない。別のものが必要だ』
リオンの手が止まる。
『待て……これは料理だ……毒を作るんじゃない』
だが、セリアの知識が溢れ出す。
『庭に生えている草。あれとあれを混ぜれば即死の毒』
『ダメだ! そんなことしない!』
リオンは自分に言い聞かせる。
だが体が勝手に動き始めた。
包丁を置く。
台所を出る。
母が声をかける。「リオン? どこ行くの?」
リオンは答えない。答えられない。
庭に出る。
草が生えている。
普通の草に見える。
だが、セリアの知識では違う。
『これは毒草。触れるだけで皮膚が爛れる』
リオンの手が伸びる。
『やめろ! 触るな!』
自我が叫ぶ。
だが手は止まらない。
草を摘む。
次の草。
『これも毒。混ぜれば効果が倍増する』
摘む。
ポケットに入れる。
『何をしてるんだ! 俺は!』
リオンは必死で抵抗する。
だがセリアは止まらない。
台所に戻る。
母が振り返る。
「リオン、手に何持ってるの?」
リオンがポケットから草を取り出そうとした瞬間。
母が悲鳴を上げた。
「それ触っちゃダメ!」
母が駆け寄り、リオンの手から草を奪い取る。
「どこで摘んだの! これ、毒草よ!」
母の顔が恐怖に染まる。
リオンの意識が戻る。
セリアが引いていく。
「え……」
リオンは自分の手を見た。
少し赤くなっている。
「なんで……こんなもの……」
母が膝をついて、リオンの目を見る。
「なんで知ってるの? この草がどこにあるか……」
リオンは答えられない。
涙が溢れる。
「わからない……俺、また……」
母が抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫よ」
だが、母の手が震えている。
怖いのだ。
自分の息子が。
リオンは母の胸で泣いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も謝る。
母は何も言わない。
ただ、抱きしめている。
だが、その腕には力がない。
夜。
リオンは窓から外を見た。
村人が二人、家の前で話している。
声が聞こえる。
「あの子、変だよ」
「毒草を摘んでたんだって」
「3歳なのに、どうして毒草の場所を知ってるの?」
「悪魔憑きじゃないか」
「怖いわ……」
リオンは窓を閉めた。
カーテンを引く。
暗闇。
ベッドに座る。
拳を握る。
「俺は……化け物なのか……」
6666の声が答える。
「そうかもしれない」
「違う」
「お前は普通じゃない」
「でも、お前は俺たちだ」
様々な声。
リオンは頭を抱えた。
「どうすればいいんだ……」
制御法はまだ見つからない。
記録は進んでいる。
でも、それだけじゃ足りない。
実践的な方法が必要だ。
リオンはノートを開いた。
『制御法の仮説』
ページを作る。
『1. 人格を呼び出すキーワードがあるかもしれない』
『2. 封印する方法があるかもしれない』
『3. 訓練が必要かもしれない』
仮説を書き連ねる。
明日から試してみよう。
一つずつ。
リオンはペンを置いた。
窓の外、月が見える。
静かな夜。
でも、リオンの心は静かじゃない。
村人の囁きが耳に残る。
「悪魔憑き」
そう呼ばれる日が来るかもしれない。
いや、もう来ている。
リオンは毛布を被った。
「それでも……諦めない」
つぶやく。
6666人を制御する。
必ず。
そして、普通に生きる。
家族と。村で。
それがリオンの願いだった。




