147話 友達増える
クラウスに失礼な発言をしちゃったかも! とドキドキしていたのだが、お咎めは無かった。それどころか、むしろ以前よりもかなり気に入られたようで、厚遇を受けて屋敷に滞在させて貰っている。
なんてことだろう。クラウスは非常に羽振りの良い、正しく大物貴族たる人物で、滞在中不自由をさせないとの宣言通り、専属の使用人が10名もついて俺の世話をしてくれた。
今は目に蒸した暖かいタオルを被せ、フカフカするリクライニングソファーにもたれかかり、肩と足を揉んで貰っている最中だ。ノエルには悪いが、バカンス気分で楽しんでいる。
忙しい身でありながらアドバイザーとしてここにいて貰っている友人、そういう触れ込みで使用人たちには伝わっているらしい。コンサルタント的なポジションなのだろう。まあ、俺はコンサルタントを名乗る人間が何をしているのかは一つも知らないのだが。
けれど、それこそが俺の正しい立ち位置かもしれない。一見格好良いようで、何しているかわからない人間(何もしていない)。俺はそういう男になる!
目にはホットアイマスクを付け何も見えていないが頭の中は南国そのもの。口にはストローを咥え、甘くて冷たい飲み物をチュウチュウ吸い取る。
あかん、人生ゴールしてしまったかもしれない。
幸せしかなく、何一つ不自由がない。
これが俺の思い描いていた未来……なのか?
幸せだが、不思議と心の中でまだやらなくちゃならないことがあるようなソワソワ感がある。なんなんだろうな、これは。
ふと思い出されるポルカ・メルメルの言葉。俺を助けてくれる人物って誰だろう。せまる試練も気になる。まあ、その重要人物がクラウスでないことは完全にわかっているのだが。あいつはいざという時に逃げる、俺と同じタイプだからね。
それにしても、クラウスはなぜ俺を引き留めるのだろうか。相談事にはビシッと回答を出したし、もう本人もスッキリした表情をしていた。
自称御馳走も食わせて貰ったことだし、俺としてはこの後面倒ごとが舞い込む前にとっととノエルの元に戻りたいものだ。
そんなことを考えていると、クラウスが頼りにしているライリーさんが俺の元にやって来て人払いをする。
「クラウス様より、早急に来て欲しいとの要望が出ています」
バカンス途中の俺の耳元で、ナイスダンディおじさまのナイスボイスが囁かれる。これも伯爵家のサービスのうちだろう。声フェチにはたまらないサービスである。
「俺に?」
「ええ、ハチ卿で御座います」
やれやれ。普段なら断っていたところだが、卿と呼ばれては動かない訳には行かぬだろう。腰が重いで知られる小物も、『卿』の一言にはエナドリ無しで背中に翼が生えるというもの。
「仕方ない。さてさて、次はどんなお悩みかな?」
どうせ気分が落ち込んでいるとか、そんな感じだろう。
占い本を少し齧っているので、それらしいことを言って励ましてやろう。
ただの移動にしても、クラウスの元に行くにも一苦労だ。何度廊下を曲がったことか。しかも廊下がいちいち広くて天井も高いので、この屋敷の建設費ばかりが気になって道をなかなか覚えられないや。
「こちらで御座います」
作りの良いで知られる伯爵屋敷であるはずなのに、案内された先の室内で激しい口論が起きているのが分かった。具体的に何を言っているかまではわからないのだが、振動だろうな。激しい声量だということだけが伝わって来る。
クラウスは気分こそ浮き沈みしやすいタイプなのだが、あまり声を荒げるタイプではない。となると、相当頭に来ているか、相手が特異な人物なのか。
とにかく、異常事態ってことだけはわかる。
ライリーさんがノックしても、声を荒げた感じは収まらなかった。
しばらく返事がなく、それが入室許可の合図となるのだろう「失礼します」とライリーさんが扉を開くと、中にはロワ・クリマージュ第二王子と顔を赤くしたクラウスが向き合っていた。王子はソファーに腰かけ、クラウスは興奮した様子で立ち上がって話している。
「もうあんたの言うことには従わない! 目を見つめて来るな! あんたが精神支配系スキルを持っているのはもう割れているんだ!」
凄い! あのクラウスがどうどうと超大物に立ち向かっているだと!?
「あんたなんて、もう怖くないんだよ。なぜなら……」
「なぜなら?」
冷たく、それも落ち着いた声色でロワ・クリマージュが相槌を打つ。
「僕には最高の助っ人がいるから! ハチ・ワレンジャールという名の親友が!」
ビシッと室内に入って来た俺を指差し、どうどうと威張るクラウス。それ、俺がやることなんですけど!? クラウスの威を借る小物、それ俺の仕事ですから!
そのタイミングでようやく俺たちが入室したことに気づいたらしい。ロワ・クリマージュが目を見開いて、明らかに驚愕した眼差しで俺の姿をその双眸に移す。
会った回数は少ないものの、彼がこれだけ動揺した姿を俺も初めて見た気がした。
「……ハチ・ワレンジャール、貴様、生きていたのか!」
先ほどの落ち着いた声色とは違い、ロワまで声を荒げた。
みるみるうちに赤くなる顔色からその心情が伺い知れる。かなり嫌われているのか、はたまた顔が赤くなるほど好かれているのか。後者はあり得ないだろうということは明白だ。
立ち上がり、小刻みに震えた手を後ろに隠しながら、俺のことを睨みつける。
「まさか、クラウスを説得したのは貴様だったのか!」
あかん、いきなりバレてる。
ヘイトがこちらに向いているのが分かる。肝心のクラウスは俺を盾にするというより、俺というあばら家で嵐を乗り切るつもりらしい。大丈夫か? その決断!
「またも……またも私の計画を邪魔しやがって! なぜそうまでして私のことを邪魔する! クラウスの、いいや、伯爵家の力が私には必要なのだ。我が覇道をいつも小石であるはずの貴様が、どうして邪魔をする!」
それは知らん!
邪魔した覚えなんてないです。
なんか偶然呼ばれて、明らかにクラウスに不利そうな条件だったので反対したまでのことだ。
それに過去にも因縁がありそうな言い方だが、こちらに心当たりはない。人違いではなかろうか?
「クラウスよ、侯爵位が欲しくないのか? 広大なレ家の領地が欲しくはないのか? 私についてくれば、それらが手に入るのだぞ。間違いなく、手に入るのだと約束する」
俺と話しても無駄だと思ったのか、クラウスに向き直って再び説得入る。一度断られてんだから、大人しく帰んな!
「あんたが有能なのは知っている。しかし、僕はもう決めたんだ。この伯爵領で仲間たちと暮らしていくって。ハチからもそう助言を貰って決意したんだ」
「愚かな。ただの小物にそそのかされ、正しき決断が出来ないとは。貴様に次期領主としての器はない。失望したぞ、クラウス」
「構わない。あんたの言葉はもう響かない。なぜなら、僕にはハチがいるから!」
すんごい暴論だよ、それ。
なんの助けにもならないよ、その小物。自分のことばかり考えて、いつでも逃げ出す準備をしているんだから。
「強がるなよ、クラウス。貴様は勘違いしているようだから、教えておいてやる。私につかずに、貴様は王位継承戦で誰につく? まさか、あのリュミエールにつこうとか思っているんじゃないだろうな?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「日和見か。言っておくが、そもそもあの男はお前の力を必要としないし、王位継承した際にはこの国の仕組みを根底から覆す気だ。やつは実力のある者以外認めない。大きな権力を持つ伯爵家であろうとも、お前に力が無いとわかれば、いずれやつの改革に飲み込まれることだろう」
「え……えっ……」
上手な揺さぶりに、明らかに動揺するクラウス。
しかもおそらくロワ王子に嘘はない。
リュミエール王子の見ている未来像は、ロワ王子の述べているもの通りなのだろう。あの人の性格を想えば、不思議でも何でもない。実力者にとっては素晴らしい時代かもしれないが、俺たち旨味だけ吸おうとしている怠け者層にとってはきつい時代になりそうだ。
「言っておくが、クラウス。お前とは昔から不思議と縁があったから最大限有利な条件を提示してやったのだ。まさか、私のためだけだとでも思っていたのか? 違う。あれは貴様の、そして伯爵家の未来のためでもあったのだ」
「そんな……」
「愚か者めが。貴様の愚かな決断で、全てを失ったのだぞ。気付けクラウス。貴様に必要なのは愚かな助言をする部下か? それとも素晴らしき時代を作る、未来の王か?」
視線をこちらに向けるクラウス。次にロワ王子を見ては、またこちらを見る。
動揺して、どうして良いかわからない様子がありありと伝わって来る。クラウスはまだ小物業界には入れてやれないな。小物はいくら動揺しようとも、ビビり散らかそうとも、堂々と取り繕うものだ。今の俺のように!
「優柔不断で、自分から決断できないお前に私が素晴らしい提案をしてやろう。お前の傍で佞臣が戯言をほざいているみたいだ。そいつを消せ。それがお前の未来に繋がるはずだ。そうすればまだ私の下に着くことを許そう。最後の譲歩だと思え」
ロワ王子のスキルは精神支配系スキル。クラウスが口にしていた情報は、俺もどこかで聞いたことがあった。
しかし、その力は思ったよりも万能じゃないらしい。
言葉巧みに相手の不安を煽り、そうして徐々に心に付け込み、最後にスキルの力をもってして完全に支配するのだろう。
つまり、今はその入り口。支配から抜け出すことも嵌まることも可能。クラウスは揺さぶられ、スキルの支配下に置かれようとしている。
「幸いにも獲物は虎の巣の中に入り込んだ。ここはお前の命令を聞く者しかいない。足りねば、私が連れて来た護衛を使っても良い。何としてでも、内部の毒を取り除くのだ。一致団結する我らに、不穏要素を残してはならない」
つまりは、俺のことを排除しろってことね。
こちらをゆっくりと向いたクラウスの目が、少し虚ろだった。
こんな簡単に支配されちゃうの!? ロワ王子の力が凄いのか、それともクラウスが支配されやすいのか。どっちなんだろう。どちらもありそうだ。
ロワ王子の表情は徐々に冷たく、しかし勝ちを確信しているのか、自身の満ち溢れたものになって行く。スキルが発動した自覚でもあるのだろうか?
「やれ、クラウス。やるんだ」
「僕は……ハチを……」
どう出る?
俺の目は、既に脱出口を探し始めているけど、信じているぞクラウス!
「……ハチを……切り捨てる……訳……ないだろ!! またも、僕の心に侵入してきたなロワ! 貴様、許さんぞ! ハチは僕の親友だ。貴様の言う通りには動かない! そう言ったはずだ!」
わっ、と驚かされた。
クラウスが自ら強力な精神支配を逃れ、ふざけた要求を跳ね返す。
その強く決心した眼差しは、まるでかつてのクラウスとは別人のようだった。
俺、泣いちゃいそうだよ。クラウス、お前会わない3年近い期間で、こんなにも成長していたんだな。
ならば、お前の勇気に俺も報いようじゃないか。
「クラウス様、御素晴らしい決断です。俺たちは、ロワ・クリマージュの派閥には加わらない! これが伯爵家とその配下にある貴族たちの総意だ!」
クラウス、お前は俺たちの盟主なんだ。俺の威なんて借りてどうする。お前が胸を張ってきっぱり言い切ったこと、誇りに思うぞ。
「愚か者め。私の元にいれば明るい未来があったものを。こうなれば、リュミエールが勝とうが、私が勝とうが、伯爵家に未来は無くなったぞ。クラウス、本当にそれで良いのだな?」
「それで構わない!」
凄いや。人って成長するんだね。
二人の様子を見ていると、ロワ王子もクラウスも手が震えていた。一人は怒りに、一人は恐怖に立ち向かっているのだろう。
クラウス、ありがとう。よくぞ俺のことを見捨てなかったよ。
でっかい借りが出来た気がした。
俺はこの借りを返すよ。……お前の友達だからね。
長い月日がかかったけど、結果としていいところに落ち着いたじゃないか。
「ではともに滅びるとよい。クラウス・ヘンダー、それにハチ・ワレンジャールよ」
「滅びるのはあんたかもね」
もう言いたい放題して帰って行きそうな雰囲気だったので、最後にストレスを与えるべくして言い返してみる。やーいやーい。言葉だけなら、負けねーぞ。
「王位継承権はもう一人持っているはずだ。第三王子ギヨーム・クリマージュが」
「ふふっ……そういうところが愚かだと言っているのだ。あれは野望も無ければ、支持する者もいない、お飾りの王子に他ならない」
「おめでたい王子だ。まさかギヨーム王子の真の力を知らないとは」
まあそんなものはないだろうし、あっても俺は知らないんだけどね。
けれど、ロワ王子の快適な眠りを邪魔するくらいの嘘情報にはなるだろう。
「……気に入らん。帰るぞ」
部下に命じると、ライリーさんの案内を待たずして不機嫌に室内から出て行ったロワ王子。
俺が変顔してその背中を見送っているとも知らず。
二人残された室内で、俺とクラウスが視線を合わせた。
何を話そうかと思ったが、これは言っておかないとな。
「クラウス様、でかい借りが出来ましたね」
「借りだなんて思わなくていい。それどころか、多分僕は君への借りを返しきれていない気がする」
「それこそ借りに思わなくていいですよ」
「そうか。でも、何かあったら僕を頼ってくれ。きっと力になれるはずだ」
「そうさせて貰います。では、俺はノエルの元に帰ります」
「ああ、またな……友よ」
「ええ、友よ」





