146話 伯爵家の重責
クラウスからの呼び出しがあった。
ずっと抱えていた問題の相談がしたいんだってさ。
ノエルには聞かせられない重要な話らしく、俺だけが伯爵家の屋敷へと招待された。
さすがは伯爵家。
専用の馬車で迎えられ、また遠くに見える屋敷のでかさに驚かされる。
家ってか、巨大な城だな、あれは。
実際に屋敷に辿り着くまでに橋を三度は渡った。川が防衛のとなっているのだろう。地形や建物の昨日からしても、伯爵家の者を守る城として役割当然ありそうだ。
これだけ入り組んでいると、道を覚えるのも大変。そこら辺に屈強な兵士が配置されているし、忍び込むのは至難のわざだ。まあ、忍び込まないけど。
実際に敷地内に入れても山上に聳え立つ城内部の構造もわからないし、多分これだけのお貴族様なら秘密の脱出ルートとかもありそう。何故か襲撃犯の思考をしているのは、積もりに積もったクラウスへの不満がそうさせているに違いない。
いいなぁ、実家にそんなワクワク装置があって。
俺が伯爵家の御嫡男なら、日ごろから脱出ルートを使って遊んでいるに違いない。
そんなことを考えていると、正門前までようやくたどり着いた。
最後に本人かどうか確認されて、身体検査なども受ける。大きく口を開けて舌を見せるように言われたのは、何を見ていたのだろうか?
確かに学園の同期には姿を変えるスキル持ちもいたが、口を開けて何か見破るスキル持ちでもいたのだろうか? 伯爵家の人材面の厚さを考えれば、それもあり得ない話ではないだろう。
「ハチ・ワレンジャール卿、ようこそおいでなさいました。クラウス様がお待ちです」
執事っぽいナイスダンディなおじさまに卿呼びされた。え、俺卿?
卿ってマジ?
なんかすんごい伯着いちゃった感じがする。卿か……卿! うん、ハチ卿誕生です!
卿ってなんだろうって疑問は置いておいて、かなり気に入りました。
流石は大物貴族家に使えるエリート様。言葉一つで俺を天に昇らせるとは、なんたる有能さ。クラウスのご機嫌を取れた暁には、ナイスダンディおじさまの昇給を願い出てやろう。
「あら、ハチ君。ヤッホー」
クラウスの元へと通される道中、城内を自由気ままに歩いている素敵な女性に出会う。
げっ。
美女の出会ってこんな反応をするのは失礼だが、人物が人物なので致し方ない。
「ポルカ・メルメル!」
「今は次期伯爵夫人だよ~。うちの実家の領地を救ってくれたらしいね。ありがとねー」
「軽いなぁ。お前って確かにそういうやつだったけど、かるー」
「だって、ハチ君がいたからなんとなく大丈夫ってわかってたんだよね」
「そうなのか?」
この女は学園にいた時から不思議なものを持っている人物だった。
まさか伯爵夫人にまで上り詰めようとは。けれど、不思議とミリアちゃんほど媚びを売りたい相手でもない。なぜならあんまりにも奇想天外な人物だからだ。
「ハチ、どうやら君にはまだまだ試練が圧し掛かるみたいだよ」
「なんだよ、それ。お前が言うと本当に起きそうで怖いんだよな」
「ははっ。ごめん、ごめん。話半分に聞いてくれていいから」
ってことは、半分は信じた方が良いって事じゃん。
「でも覚えてて」
「ん?」
「“彼”があなたの命運を握っているかも。だから“彼”があなたを信じられるように、あなたも彼を信じてあげて。そうそれば、どんな困難もあなたたちには適わないかもね」
相変わらず自由人で、それだけ言い残すととっとと走り去っていった。彼女の後ろを追いかける三人組のメイドたちも走って追いかける。
なんだか、メイドたちの気苦労を感じ取れるシーンだった。
「なんだあれ」
まあいいや。
変なのに出会ったが、ポルカ・メルメルの存在は忘れよう。あんなやつの言葉を真に受けていると気になって夜も眠れない。
いよいよ本命のクラウスの部屋へと通される。両開きの3メートルはありそうな巨大な扉前に立ち、ナイスダンディなおじさまがノックしてクラウスに来客を告げる。
「クラウス様、ハチ卿がただいま到着なさいました。扉前でお待ちです」
「おおっ、待っていたぞ。すぐに通せ!」
室内から興奮した様子のクラウスの声が聞こえて来た。
あいつ、なんだか昔から俺のこと好きなんだよな。馬鹿め、信頼できるやつってのは意外と嫌なやつなんだぞ。俺みたいな自分の利益しか考えていないご機嫌取りにたぶらかされやがって。
扉が開かれると、高級ホテルの最上階ワンフロアごと貸しきられたような室内が視界に入り込む。
壁一面が巨大なガラス窓となっており、まるで外にいるような開放感がある。室内の家具はプロのコーディネーターが拵えたのだろう。高級感はマシマシなのに、嫌味が無く、自然と心を寛がせる効果があった。
なんだこれ……。
こ、これが真の金持ちってやつか。
「すっげー、巨大な窓だ。これ割れたら修理代いくらすんだろうか?」
修理費が気になるようでしたら、このハチが出張致しますよ。相場の2割引きでお引き受けいたします。いや、初回でしたら半額でも! なんたって俺はスキルで修理できるので、経費が交通費くらいなんですよ。
「ははっ、そんなやわな代物じゃあないさ。賊が割ろうとするならば、大砲でも持ってこなければこの特殊な窓ガラスは割れやしない。それに、これは外からは壁に見えているため、窓だとすら気づかれないだろう」
「はえー、どこまで高級なものなんですね。造った人に頭が下がる思いです」
「伯爵家は多くの腕の良い職人を抱えているからな。資源も豊富で、人材も集えば、このようなものなどいくらでも可能だ」
めちゃくちゃ凄いな。
窓に手を当てると、その頑丈さが伝わって来る。外がクリアに見えるから薄いガラス化と思いきや、手で触った感じだとかなりの厚さを感じる。
改めて、伯爵領って財力や兵力だけでなく、こういった文明の面でも発達しているんだなと実感させられる。田舎の我が家と比べるのもおこがましいが、本当に凄いや。
それに、なんだかクラウスの発言がちゃんと伯爵領のことわかってそうで、次期伯爵様って感じがした。
友達としては全然認めてやれないが、案外クラウスも良い領主様になるのかも。まあ、道を逸れそうなときは、このハチが必殺太鼓連打で軌道修正してやろうではないか。伯爵領も、そのおこぼれに預かる俺たちの未来も明るそうだ。
「さあ、座ってくれ。何か食べたいものはあるか?」
「えーと、普通は遠慮するべきでしょうけど、伯爵家で一番おいしいものをお願いします。俺とクラウス様の仲ですから!」
俺とお前の仲ですやん! なあ!
肩は組まないが、心の中では肩組ませて貰うわ。
てか、本当はただ飯食べたいだけ。
今朝はノエルの手作り料理を食べたのだが、馬車の移動時に普通にお腹が空いた。
これだけの城で、クラウスの部屋だけでこの豪華さだ。一体、一番うまいものは何が出て来るのか。今から顔がにやけて笑いが止まらない。
「ふふっ、やはりハチだな。その通り、僕たちの間に遠慮は無用。ライリー、“あれ”をハチに。あれ程のものはない。旨い物は宵に食えって言うだろう、タイミングも良い」
「時価ものですか。うっひょー、これは楽しみです」
店でなら絶対に頼まない時価もののメニュー。しかし、クラウスの奢りとあれば腹いっぱい食べるのが常識。むしろここは高級なものでも遠慮なく食べるのが、礼儀と言えよう。相手は伯爵家の次期領主様。いやはや、食欲旺盛って訳じゃないですよ。クラウスの顔を立てて、高級なものを食べるだけですので。
「喜んで貰えて何よりだ。ハチにはこれから大事な話があるからな。その対価にこの程度では申し訳ない程だ」
「何を言いますか。領地を下さいましたし、俺とクラウス様の仲ですから」
俺とお前の仲ですやん! なあ!
好きなだけ相談しな。どうせあれやろ? なんか家が広すぎて夜トイレが怖いとか、幽霊っぽいものが出るとかそんなんやろ? たまになら泊りに来るから、一緒に行ってやるって。
「ライリー、食事の準備と人払いを。絶対に人に聞かれてはならない話だ。厳戒態勢を取れ」
「はっ」
相当信頼を置いているのだろう。ナイスダンディおじさまに命令し、扉を閉めさせる。
かなり作りの良い建物だというのに、廊下の方からバタバタと足音がする。きっと兵たちが動き回り、人払いをしているのだろう。
そんなことをしなくてもこの部屋の会話など漏れるような安い造りではないと思うのだが、まあこれが大物貴族の重要案件の正しい対処なのだろうね。
実家で父上が隣の小物領主と商売の話をしていたときは、庭で遊んでいた俺にも声が聞こえるくらいガバガバだったぞ。
「好きなところに座ってくれ、ハチ。ティーポット内の茶はまだ熱いから少し待ってから注ぐと良い。菓子はいくらでもあるから好きに食べてくれ。まあ、あんまり食べるとこの後の馳走が入らない可能性もあるから、程々にな」
「わかりました」
程々に、全部いただきます。
バリボリバリボリ。
少し音がしちゃうし、緊張感も薄れるが、緊張して良いことなんてない。どれだけ大事な要件でもリラックスが一番ですから。
それに俺とお前の仲ですやん! なあ!
「ハチ、例えばの話だが、君が僕になれるとしたら、どうする?」
「俺がクラウス様に!?」
絶対嫌なんですけど。死んでも嫌だわ。
俺は自分が大好きだし、この人生に満足している。
ノエルがいて、尊敬すべき姉上たちもいる。友達にも恵まれている方だと思っているし、領地持ちで、しかも健康だ。
悪いが、王子と変わってくれって言われても断るレベルなのに、クラウスかよ。絶対嫌だわ。
けど、そんな率直に言えるはずもなく、少し間を置く。悩んでいる風で、ただ菓子を貪る時間を作る。悩んでいる風だと合法的に間を潰すために食べていることを装えるからね。
「……非常に悩ましいですが、辞退致します。俺にはノエルがいますので! 俺が急にクラウス様になったら、誰がノエルを守りますか」
「ははっ、そうだな。君はそういう男だったね。僕としたことが、変な質問をした」
二度とするな。次はないからな。
「変な切り出し方をしたが、本当は君が僕になれる訳じゃないんだ。しかし、僕に近い身分は得られる……かもしれない」
「つまりは、俺が伯爵に?」
「その通りだ」
おっと、風向きが変わったぞ? 宝くじにでも当たったか? クラウス。
「実は、とある高貴なお方から重大な案件の相談があった。俺はその提案の返答をずっと保留にしており、先延ばしにしている。そろそろ返答しなければ、と思っていた矢先、君が来たんだ」
一座の人間に紛れてばばーんと祝祭の夜に登場。
ノエルに感動の涙を流して貰おうとした試みは、見事クラウスの心を射抜き、俺たちの仲はまた望まないのに深まることとなった一件である。
「とある高貴なお方ね。クラウス様の口からそう呼ばれる人物なんて、俺の中で数名しか心当たりがありませんよ」
「隠しても無駄だし、そもそも全てを明かすために君を呼んだのだった。……勇気をもって、全部話そう。頼むハチ、僕は今助言が欲しいのだ。もっとも信頼できる人物の助言が」
それで俺か。
随分と評価が上がってしまったものだ。
以前はただのテンションを上げる太鼓持ちの達人だったのに、今じゃ重要案件の相談人か。素敵な領地を貰ってなきゃ適当な返事をするところだったが、仕方ない。真面目に聞こうか。
「貰うものを貰いましたし、ここの茶も茶菓子も気に入りました。何を怖がることがありますか。クラウス様にはこのハチがついています。恐れる者などない。全部話してみてくださいな」
「……泣いちゃいそうだ。ハチ! 君という親友がいて良かったよ!」
その目が潤んでいた。普通に泣いてるやん。
鼻につく性格じゃなきゃ、意外とピュアでいいやつなんだけどな、クラウスって。
「実は、話を持って来たのはロワ・クリマージュ第二王子なんだ」
「ロワ様から!?」
二人はあまり仲良くないと思っていたのだが、なんだかんだ親交があるようだ。いや、俺とクラウスみたいな悪縁と言った方が正しそうか。うん、そっちの方がしっくりくる。
「ああ、彼は今、第一王子リュミエールに対抗する戦力を集めている。そこで目を付けたのが、我が伯爵家の『盾持ち』。その戦力を借りて、王位継承権を勝ち取るんだとさ」
「んな、無茶な」
「え!? 君はそう思うのか!?」
だって、自分の王位を勝ち取るのにクラウスの家の力を借りるって、そりゃあんまりにも都合がよすぎるぜ。
「伯爵様はなんと?」
「この件は僕に一任するらしい。なぜだ、なぜこんな重大案件を父上が決断してくれないのだ。父上なら正しい答えを持っているはずなのに」
「ふーん」
なるほどね。
クラウスが腹を痛めているのも、伯爵が彼に決断を任せたのにも、なんとなく理解できるところがある。
「父上はこの件を自分で乗り切るようにと。けれど、信頼できる人物に相談することは認めてくれた。信頼できる人物の力は、そのまま上に立つ者の力と同義だと父上は考えておられる」
父が子に与えた試練ね。
伯爵はやはり優秀だ。
領地の発展、人材の育成に留まらず、息子の育成まで手厳しく、そして正しい。
「第二王子の持つ財力を全て我が家に投じる予定だと聞いている。彼の母上の実家は王家と近しい貴族で、非常に財力がある。それに美味しい話はまだあるんだ!」
ゆっくりと話を聞いてやることにした。
「王位継承権を勝ち取れば、ロワ・クリマージュが王となる。その暁には、我が家は新たな領地を得て、しかも侯爵への昇格が約束されている。おまけに、協力してくれた部下にも褒美があるんだ。そう! ハチ、君にもだ」
「聞きましょう。俺に何があるんですか?」
おっと、少し欲が出てしまった。
「全面的な協力があればの話だが、君に伯爵の地位を与えようと思う。というより、僕は縮小されるレ家の領地に入る。今の伯爵家の領地をそのまま君に任せようと思うんだ」
なるほどね。それで俺がクラウスになれるならどうするかって話か。
先日貰ったばかりの素敵な領地だけではない。広大な伯爵領、それにクラウスのこの豪華な部屋も俺のものに、ね。
クラウスが揺れるのも無理はない。こんな美味しい話をぶら下げられて、揺れないのは無理ないだろう。
「ハチ、君の意見を聞かせてくれ。これは一世一代の大勝負な気がする。この王位継承戦に勝てば、僕の人生にも意味があるってもんだ。なあ、そう思うだろう?」
「目を覚ませよ、クラウス」
冷たく突き放すように伝えた。
「……えっ!?」
初めて呼び捨てにしたことに驚いたのだろうか。それとも冷たい声色がそうさせたのか。まあどちらでもいいや。
「伯爵様は、王位継承に勝つために伯爵領を発展させたのか? 盾持ちたちは、ロワに利用されるために毎日死ぬほど厳しい訓練をしているのか? なあ、違うだろ」
あっけに取られているクラウスの反応をまたず、畳みかける。
「伯爵様は伯爵領に住む民の幸せを願い、盾持ちたちは彼らを脅威から取り除くために日々頑張ってるんだ。誰一人として、欲に目がくらんじゃいないよ。みんな、目の前の幸せを守るために、精一杯頑張ってるんだ。お前は、それを一番近くで見て来たはずだ」
「ハチ……」
随分と追い詰められていたらしい。ようやく大事なことに気づいたクラウスは目から涙を流していた。しょうがない、今日くらいは抱きしめてやろう。
「答えは明白だろう? クラウス様にレ家の領地は不要だし、俺にも伯爵領は不要だ。こんな小物に、この広大な領地は重すぎる」
「ハチィィイイイイイイイ!!!」
我慢が限界だったらしい、俺の胸に飛び込んできて……はいはい。いつものあれね。俺の胸元は、いつも通りクラウスの鼻水で満たされました。後でクリーニング代請求しますね。俺たちの仲でも、鼻水はちゃいますから。
「僕は愚かなミスをするところだった。……不思議だ。なぜこんな当たり前のことが分かっていなかったんだ。今日返事をしよう。そうだ、すぐにでも。ロワのやつめ、僕をたぶらかしやがって。よかった、ハチがいて良かった。僕は取り返しのつかないミスをするところだった」
「しなかったんですから、それで良いんですよ。伯爵様もおっしゃっていたじゃないですか。部下の力は、そのままクラウス様の力になると」
「ああ……父上はやはり偉大なお方だ」
すっかりと胸の内がすっきりしたクラウスは、扉を勢いよく開け放し、使用人を呼ぶ。
「ライリー、ライリーはいるか! 馳走を運べ。僕の親友ハチが腹を空かせている。今すぐに全部持ってい参れ!」
「はっ!」
やはり傍に控えていたナイスダンディおじさまのライリーさんが部下たちに命じて、熱々の料理を運ばせる。
凄い段取りの良さだ。
いつでも食べられるように調理を進め、保温までしていたとは。
「クラウス様、お心は決まったようですね」
「ああ、すぐに父上に知らせてくれ。それとこれも例のお方に送ってくれ」
既に二通りの返事を用意していたのだろう。片方をライリーさんに渡して走らせる。
やれやれ。
クラウスが変な道に走らなくて良かった、良かった。さてと、俺は久々にちゃんと良いことをした気がするので、その褒美は頂く予定だ。
伯爵家で最もおいしいもの。その実力を見せて貰おうか!
「巨大カタツムリの香草バター焼き、でございます」
「黒キノコと干しトカゲの濃厚スープ、でございます」
「丸焼きコウモリの蜂蜜がけ、でございます」
「中身トロトロ、巨大甲虫の甲羅揚げ、でございます」
「最速鳥の血のソースで和えた根菜、でございます」
「発酵豆の強烈な酒漬けゼリー、でございます」
料理名を述べて、次々に運び込んでくれる給仕たち。
「どれも珍しい食材だ。滅多に手に入らん」と嬉しそうにクラウスが述べた。
「……でしょうね」
手に入らなくていいやつです。
こいつら、いいもの食べすぎてズレちゃったやつだ。
……金持ちの家の御馳走は信じるな。俺は大事なことを学んだ。





