145話 ”ジン”
我が領地でノエルとのんびり釣りしたり、領民と触れ合ったりしているとあっという間に時間が過ぎた。
広大な畑にノエルが興味を示した途端、領民の方々が空いている土地があるから興味があるならやられてみては? という提案があり、これにノエルが頷いた。実は以前から農業に興味があったらしい。
手紙でもそれっぽいことを記してた文面はあったが、ハッキリとこうして口に出すのは初めてだった。
「ノエルがそんな趣味を持っているだなんて知らなかったよ。早く言ってくれればよかったのに」
「だって……ハチ様の邪魔をしたくないですから。こんな素敵な土地が入るのならば私だって少しはわがままを言いたいです」
「わがままだなんて。このくらいのことなら、いつだって俺が叶えてあげるから、今後は我慢しないように」
小物にだって、嫁さんに大きな畑は与えられるんです。豪邸ってなると話は変わるので、その時は姉さんたちに相談させて頂きます! きっと姉さん達なら羽振りよく支払ってくださることだろう。おねだりは小物の十八番なので、お任せください。
「ありがとうございます、ハチ様。ノエルは本当に幸せ者です」
「それは俺も同じだ」
「ハチ、あんたは本当に強い運を持っているね。その強大な運を分けておくれよ。あたしにも少しばかり優しくしちゃくれないかい?」
馬上から風に美しい藍の髪の毛をなびかせ、煙管を満足気な表情で吸いながら姿を現したのは、ノエルに会うための旅路でお世話になった座長さんだった。
一座の姿は見えないが、座長だけこの地にやってきている。人を呼んで馬を預けているのを見るに、一人でやって来たらしい。
彼女はクラウスに領地を請求したらまさか通っちゃった系幸運ガール。どのような貴族位が与えられるかはわからないが、俺以上のものはあり得ないだろう。
「座長さん!」
俺は結構嬉しい再会だったのだが、ノエルは少し怯えて俺の背中にそっと隠れる。人付き合いの得意なノエルにしては珍しい反応だ。
この地にやって来た時も、領民のみんなに分け隔てなく明るく接している姿を見て来た。ノエルらしい、明るい姿。
ギュッと俺の袖を握るあたり、緊張もしているらしい。
「おやおや、ハチ。あんたのパートナーはあたしの本性に気づいているらしいね」
「本性?」
座長さんは食い倒れていた俺を救ってくれたお人だ。
少し強欲なところがあるみたいだが、俺はこの人のこと嫌いじゃない。しごでき女性って感じで格好いい大人だしさ。一座のみんなにも人望あったんだよね。人望とういうか、もはや忠誠に近いものすら感じたりもしていた。
「ノエル、こちら俺がお世話になった座長さんだ。ほら、昨日少し話しただろう? 見た目は不良だけど、結構いい人なんだよ。2週間も一座に置いてくれて、劇の仕込みまでしてくれた」
本当に沢山お世話になった。旅の中で一番楽しかった期間だった可能性すらある。
「おやおや、ちゃんと恩義を感じてくれたのかい? あんたに食糧庫を空にされた時は、流石に追い出そうか悩んだけどね。結果的に置いておいて大正解だった訳だ」
「領地を貰えましたもんね。俺に飯を奢ると良いことが起きるのは、有名な話です」
そういうことにしておこう。知らんけど。
「……ハチ様がお世話になりました」
お礼だけ述べると、ノエルはやはり俺の後ろの隠れた。
自己紹介もしないだと!?
ノエル、風邪か!?
この地は春の訪れを感じさせるような心地よい土地だけれど、逆にそれで体がびっくりしちゃった?
ノエルらしくない行動の連続に、こちらが戸惑ってしまった。
「何を戸惑っている、ハチ。あたしの本性に気づいたと言っただろう? お前さんよりさぞ賢く、直観に優れているだけさ」
「本性って何さ。不良以上に何かあるの?」
「あるよ。そうさな、例えば、いつかあんたのこの豊かな領地を奪ってやろう、とかね」
あら、びっくり。そんなことを考えていたの!?
これにはハチもびっくりですわよ。
目をパチパチと開け閉めして表情に出てしまった。
この泥棒猫! 出て行きなさい!
「近くにある領地とは思えないくらい痩せた土地ばかり。クラウス・ヘンダーの言っていた通りのハズレだ。調べてみると、かつて魔獣が暴れた土地らしい。まったく、あたしの人生はそういうのばかりだね」
クラウス……お前ほんまに俺たちだけに素晴らしい土地を与えたんだな。お前、ちゃんと友情とかそういう感情を理解できる生物だったのか。ごめんよ、ずっともっと違う生物のように扱ってしまってて。
「だからかつての信条通り、あたしはあたしのプラン通りに進むって訳さ」
「信条ってなにさ」
「聞くかい?」
「うん、聞く」
だって悲しそうな表情をしているから。折角領地を貰えた幸運な者同士だよ。間違ったことを考えているなら、正してあげたい。
「“パンは奪いあうもの”。あたしはそう思っている。この世は奪い合う過酷な世界なのさ」
「うーん」
とても悲しい信条だった。
でもさ、突っ込まなければならないことがある。
「俺にパン、分けてくれたじゃん」
倒れていた俺を助けてくれたのが一座だ。きっと最後に判断を下したのがこの座長さん。随分と言っていることとやっていることが違いますねぇ。ニヤニヤ。
「狙い合ってのこと。実際、あんたに感じていた感覚は正解だったみたいで、領地まで得たんだからね」
「そうかなぁ」
やはり俺はこの人のことをそうは思えなかった。
「ハチ、あたしの名をまだ名乗っていなかったね」
座長さん座長さんって呼んでいて、今更名を知らないことを知ってしまった。これは失敬。
「リュカ・ヴェルシア」
「灰哭の地ヴェル=シア……」
すぐさま反応したのはノエルだった。彼女は俺と違って博識だ。座長さんの家名について何か知っているみたいだった。
「ハチはピンと来ていないようだね。無理もない。むしろ知っていたお嬢さんの方に驚きさ」
「ノエル、ヴェルシアって?」
ごくりと唾を飲み込んだ音がした。
その視線は座長さんに向けられており、説明してもいいかと伺っているようだった。
「あたしから切り出した話題さ。知っていることを好きに話しな」
「神に滅ぼされた土地、ヴェル=シア。その地に住む者はほとんど死んだと資料では記されていましたが、まさかあなたはヴェル=シアの生き残り……それだけでなく、領主の一族なのですか?」
そうなの?
二人を交互に見て、重要な情報の整合性を確かめる。
「正解。良く知っているね、お嬢さん。ほとんど死んだのは事実だが、生きている者も確かにはいるよ。彼の有名な神殺しゼルヴァン団長もうちの領地の出身さ」
「あの人が!?」
「そうさ。ちなみに、うちの一座のみんなもヴェル=シアを故郷に持つ者たちさ。あたしたちは辛い過去を乗り越え、強いきずなで結ばれている」
なんだか、凄く納得いった。
一座に感じていた強い団結力は、そういった背景を元にしていたのか。
「あたしには強い野望がある。ヴェル=シアの民に故郷を与えること。そしてとある男を必ず殺すこと。そのためにはどんな苦労も、どんな障壁だって乗り越えて見せる。それがせめて、故郷を滅ぼされた領主一族の務めだからさ」
なんだか、彼女の信条があんなものになってしまった理由がわかってきた。話を聞いただけで薄っすらと体感した気になれるんだ。実際にそれを味わった彼女たちの痛みは一体どれほどのものか。
「パンは奪い合うものか……、なんだか悲しい信条だ。俺は好きじゃない」
「別に構わないさ。何も今日喧嘩しようって訳じゃない。むしろ、さっき敵対するようなことを言ったが、当面はあんたと協力しようとしているのさ。お互いの野望のためにもね。あんたの噂はこの地に入って随分と聞こえてきているからね」
「俺の野望は……パンをみんなで分け合うことだ」
「野望の行きつく先はそこなんだね。面白い男だが、悪いが今のあたしには共感できないね」
「じゃあ時間をかけて分って貰うまでだ。幸いに、領地は近いわけだしね」
「恵まれたあんたには一生分からないさ。あたしたちの痛みはね」
これ以上議論し合っても無駄な気がした。
けれど、俺は諦めるつもりはない。とっさに言葉に出た野望だが、確かに俺の信条はそこから大きくずれていない気がした。むしろかなりストライクゾーンを行っているんじゃなかろうか?
「決めた!」
「どうなさいました? ハチ様」
俺が急に大声を上げたばかりに、ノエルを驚かせてしまった。
「ノエル、うちの領地では大量に小麦を清算するぞ。本当に驚くくらい生産しちゃう!」
「なるほどですね」
ノエルは一瞬にして理解してくれたらしい。
「この豊かな土地で小麦を大量に生産する。パンも焼き続けるぞ。だからさ、あんたたちが足りない分、いつでも取りに来なよ。別に奪う必要なんてない。正面からやって来な! あんたがもういらないって言うくらいまで俺がパンを作ってやんよ!」
どうだ!
と言わんばかりに言い切った。
座長さん、リュカはそれを聞くと、ケタケタと笑い始めた。シニカルな笑みを浮かべることはよくあったのだが、こうして本当に笑っている姿を見たのは初めてかもしれない。
「流石におかしいね。笑いを我慢できなかった」
「嘘だと思うか?」
「いいや。あんたが言うんだ、本当にやるんだろうね。でも、世界はそんなに単純じゃないよ。パンを沢山焼けば世界の問題が解決されるとでも思っているのかい?」
「そうだ!」
真っ直ぐにその瞳を見つめて言ってやった。
そうしたら、また彼女は笑い出してしまった。
どう受け取られてもいい。けれど、俺はやるし、彼女に一時の安らぎを与えられたのならこの発言に後悔はない。小物は例外なくケチだ。高級なものはくれてやれないが、パンならいつだって取りに来な!
「……今日は負けを認めようかね。気に入ったよ、あんたのこと。また来るとしよう」
「その時は漬物持って来て。うちのパンと一緒に食べよう」
「ああ、そうするよ。漬物位なら、あのやせた土地でも作れるだろうからさ」
ならば良し。一方的な奉仕に見せかけて、漬物をゲットするという高等テクニックも発揮したことだし、新領主同士の良い交流になったのではないだろうか?
「それじゃ、楽しませて貰ったしそろそろ帰るかね。お嬢さんにいつまでも警戒させるのもかわいそうだし」
「うん、わかった。またいつでも来てよ」
「あいよ」
人を呼んで、自身の乗って来た馬を連れて来させるリュカ。彼女は人を使うのが上手い。生まれ持った素質のような感じだ。
一座でも彼女が人に命じるときって、なんだか圧とか無くて凄い自然なんだよね。俺はあまり知らないが、ヴェルシア家というのはかなり大物貴族だったのかもしれない。
「そうだ」
馬に跨って今にも駆け出しそうだったのに、振り返ってこちらを見て来た。
「あんたらに聞いておきたいことがある。というか、新しい土地に行くと必ず聞くことがあるのさ」
「知っていればなんでも答えましょう。情報は減りませんからね」
そこら辺に関しては羽振りいいですよ!
「“ジン”という男について。あたしたちはその男を殺すために旅をしていた」
げげげっ。
分かりやすく血の気が引いていく。
体温が2度くらい落ちた気がした。背中からどっと汗が噴き出す。
めっちゃ知ってて草。
ジン、お前命狙われているよ!! しかも元領主や領民たちの大勢から!
「し……知りません? 全然、知りません?」
「おや、そうかい。なんだかあんたは知ってそうだと勘が働いたんだが、流石にそう簡単にはいかないか」
知りません? 本当に知りません? もう自己暗示とかかけちゃおうっかなぁ。
「あのさ、復讐良くない。知らんけど、偉い人も言ってた。物語の格好良い爺さんたちも良く言ってる。復讐だめ、絶対」
「もう止まれないのさ、あたしたちは。あの男は何が何でも殺す」
うわー、全然説得に応じてくれそうにない。信条より帰るのが難しい気さえした。
「……ちなみに、そのジンって人は何をしたの?」
パン泥棒でしたら俺が償います。
「故郷の惨劇を招いた男さ。あたしら生き残りは二つに一つ。神を恨む者、もしくはそのジンを恨む者。惨劇を招いた神はもう死んじまっているしね。恨むに恨めないよ。この溶岩のような熱き憎しみは、どうしてもあの男にぶつけなければならない」
「神殺しジン。ヴェル=シアの神討伐に失敗し、惨劇を招いた男……ですね」
「そうさね。またもお嬢さんはお詳しい。では、伝えることも伝えたし、あたしは行くとしよう」
そう言って、馬に乗って、のんびりと歩を進めさせる。
穏やかな天気で、のんびりと歩く様子からは彼女の怒りなど微塵も見えてこないのだが、内心は違うんだろうな。
……どうしようかなぁ。ジン、お前とんでもない過去があったんだね。
――。
「ぶえっくしょん!!」
激しいくしゃみをした男がいた。
年齢はもう60を超えていそうな男で、顔中に白髪交じりの無精ひげが生えている。
粗末な衣類を身にまとい、雑草を気にすることもなく丘近くで陽を浴びて寝転ぶ。
不思議なことに、この男の傍には鳥も虫も近寄らない。本人にその気は一切ないのだが、野生は彼の脅威を本能で察しているようだ。
静かに寝ていても、野生動物のように近くで音がするとすぐに意識が向く。隙だらけに見えて、全くそうではなかった
馬の蹄が大地を揺らして駆けてくる音にも当然気づく。もっと微細で、忍び寄って来る足音だったとしてもこの男なら聞き逃しはしないだろう。
刀を手に取ることなく、駆け寄って来る人物たちにそれ以上気を回さず、のんびりと陽を楽しむ。
「ここにいられましたか。勝手な行動をされては困ります。あなたは此度の作戦の最大戦力なのですよ!? ご自覚をお持ちください」
「困るのはあんたらの大将だ。俺じゃない」
「……ぐっ! しかし、あなたは王子に借りがあるはず。多くの者から命を狙われている状況を同情して王子があなたをかくまったのですよ。多少の恩義を感じて貰わねば困る」
「別に脅威を感じたからじゃない。毎回毎回返り討ちにするのに少し疲れただけだ」
助けて貰ったわけじゃない。あくまで、面倒ごとを片付けて貰っただけだと主張する。
「作戦が成功すれば、あなたには領地が与えられます。そこには追手などいない、安らぎをくれる安住の地となるでしょう」
「……そうかね」
「ええ、王子は約束を守るお方です。しかし、そのためにはあなたが先に約束を守って下さらなければなりません」
「はいはい」
ようやく刀を手にして老人の域にそろそろ足を踏み入れた男が立ち上がる。寝ていた時の細身からは意外なほど身長があり、骨格も相まって立ち上がるだけ迫力があった。
伸びをして両手をあげれば、呼びに来た兵士たちを後ずさりさせるだけの迫力があった。この男が刀を抜けば、それだけで相手の戦力を奪うことになるだろう。
「……では、参りましょう。再度申し上げますが、今回の伯爵領占拠作戦にあなたは不可欠なのですよ。盾持ち、その他猛者をあなたが始末するのです。……伝説の元神殺し“ジン”殿」
「その肩書で俺を呼ぶな。一度は許すが、二度目はないぞ」
ただの忠告だが、刃物を急所に突き付けられるような緊迫感があった。穏やかな表情で言っているのに、兵にはなぜかそう感じたのだ。
けれど、それ故に確信する。
この男“ジン”が味方する限り、ロワ・クリマージュの未来は明るいと。





