134話 建国の神のお気に入りは誰
「出せっ! 僕にこんなことをしてタダで済むと思うなよ! 本当にやばいことになるからな! 僕は凄い男なんだぞ!」
牢獄内で騒ぎ立てるのは王立魔法学園の生徒、オルカである。
大きな声をあげても看守すら取り合ってくれず、薄暗い部屋に一人閉じ込められていた。この港町にいる間だけの拘束だ。この後、王立魔法学園の教師が迎えに来ると説明されている。どの先生が来るか想像するだけで恐ろしいのだが、どの先生が来ても事態が良くなる可能性が無さそうなのが辛いところ。
今更に、自分の行動の愚かさを実感し始めていた。
しかし、もしもあのハチという男がいなければ、もっとましな結果になっていた気もする。
なぜだ、なぜあの男がここに来たんだ。あの男は一体……何者なんだ。
時間が余っているためか、ハチのことばかり考えてしまう。あの忌々しい男め。あのニヤついた表情が気に食わない。あの男のことを考えるだけではらわたが煮えくり返る思いだ。しかし、考えないようにしても、ニターと微笑んだいやらしいハチの顔が脳裏に過り続ける。たまに脳裏で勝手にダンスまでしてくる。やめろ! まるで呪いの様だ。
もしもここを出られたら、今度こそギッタギタにしてやると憎悪の念が耐えない。
オルカは、未だ相手との力量差を把握できない様子。
昼時が近づいた頃、その港町の地下牢に、カツカツと足音が反響する。
まだ昼飯の時間には早い。訪ねて来る客に心当たりはないが、威厳のあるその足音は港の監督官ロベールを連想させた。
もしや、何か温情でも与えられるのかと期待したが、鉄格子越しに現れたのは、見覚えのない強面の落ち着いた雰囲気の壮年の男だった。
屈強な体は、地下の空間が随分と手狭の様で、鬱陶しそうしながらその場に腰かけた。薄暗くて気づくのが遅れたが、右目から頬にかけて大きな傷が走ったその顔に、オルカが「ひっ」と怖がる声を漏らす。
「そう驚くな。この傷も随分と有名になっちまって、今時そんなに驚いてくれる者も減ってしまったぞ」
渋い声に落ち着いた雰囲気。そしてその有名すぎる傷は、リュミエール王子が軍に加入する際に与えた名誉の傷として知られている。
リュミエール王子が軍に入るときには、多くの反対もあったため、その実力を示すために王国正規軍の将軍との一対一を行った経歴がある。
将軍の右目を奪った王子のスキルは、今尚リュミエール王子の伝説となって語り継がれている。あまりの人気具合に、同時に、傷を受けた側もなぜか箔が付いてしまっていた。
「もしや……その傷の持ち主は、わわっ、王国正規軍将軍、アルノー様!」
「今は将軍補佐官アルノー・ブレザックである。軍の全権を握る将軍の立場はリュミエール王子にある。間違えるでない」
思わぬ大物の登場に、オルカの気持ちが跳ね上がる。
嬉しいやら、怖いやら、どういう感情か自分でも正確につかみ切れていないのだが、とにかく舞い上がっていることに違いはなさそうだ。
伯爵領の『盾持ち』と並ぶ、王国最強軍の実質的なトップがこの地にいる。リュミエール王子は王族の公務も兼任しなくてはならないため、現場の指揮官として働く機会はアルノー様の方が多いと聞く。
そんな大物が、今目の前で腰かけて自分を見つめていた。
「アルノー様がどうしてこのような場所に!? ……ああっ、なるほど。そういうことか! クラウス様が働きかけて、あの『槍持ち』を呼び寄せてくれたのですね!」
アルノーはまだ見えている方の目、左目を閉じ、首を左右に振る。
その表情はあまり心地の良いものではなかったが、興奮しっぱなしのオルカはそれに気づけない。
「その名前で呼んでくれるな。『盾持ち』に対抗して自分たちも格好いい二つ名を持とうという流れに押し負けて付けた名だ。由来も情けないし、それにセンスもない」
盾持ちに対抗して槍持ちだ? あまりにも後追いすぎるし、対抗の仕方が正面過ぎる。自らの軍に最大の誇りを持つアルノーだが、これを唯一の汚点だと感じていた。
「それにおかしな話だと思わんかね。クラウスといえば、ヘンダー伯爵領の嫡男だろう。もしもあれがお前さんを助けたいなら、送って来るのは『盾持ち』の連中だろう」
「……そっそれはそうだが、クラウス様なら『槍持ち』を動かせても不思議じゃない! あのお方はそれ程の大物なのだ」
これにも首を振る。
悪いが、伯爵の命令ですら従う道理はないのに、その息子の命令なんて聞くほど自分たちは暇じゃない。
「この場にワシがやって来たのは、というより我ら槍持ちがやって来たのはお前さんなんかのためじゃないよ。悪いが、一人の王立魔法学園の生徒がどうなろうが知ったこっちゃない。そんな小さいことに構っていられるほど、今の王国には余力がない」
小さい事と切り捨てられてオルカはムッと頭に血が登る。しかし、目の前で覇気を放ち続けるアルノーの気迫に気圧されて、暴言を口にすることはできなかった。
押し黙るが、それでも小さな不満を絞り出すだけの勇気はあった。
「じゃあ、なぜこんな場所にきた。僕に用がないというのなら、アルノー様程のお方が何をしに!」
ガサゴソと胸元のポケットに仕舞った紙を漁るアルノー。そこから出て来たのは、しわくちゃになった手紙だった。
「ギヨム王子の黄金世代、153期の『消えた天才』の名を調べていたのはお前さんだろう? オルカ・デュフォール」
自分の名前を知られているばかりか、ハチという名が気になって、それを学園側に問い合わせたことも握られていた。
というより、まさしく、手紙を握りつぶされていると言った方が正しいか。
「学園への手紙を勝手に握りつぶしたのか!? グラン学長にバレたらタダじゃすまないぞ!」
「いや、これは学園側に到着した後にリュミエール王子派閥に属する学園職員から提供されたものだ。勝手に郵便物を全て検閲している訳ではないため、グラン学長にはバレぬだろうさ。この件は以前よりリュミエール王子派閥にて最重要事項とされていたため、急ぎ調査が入った」
強面の顔がほころぶ。
「いろいろな方面を当たったが、ようやく発見した。『消えた天才』ハチ・ワレンジャールを」
「ハチ・ワレンジャール……だと!?」
まず驚くのはその家名。
ワレンジャール姉妹を知らぬものは、もはや王国内には一人としてないという程、その勇名は広く知れ渡っている。
同じ家名を持つ血縁者というだけでただならぬ存在だとわかるのだが、ハチ・ワレンジャールという何にも聞き覚えがあったことに、自身で驚く。
「まさか……153期の消えた天才というのが、あの男……港で働くハチだとでもいうのか!?」
「その通り。我々もそう踏んでこの地にやって来た。先程の戦い、見させて貰ったよ。あれは、間違いなく本物のハチ・ワレンジャール。とんでもない大物に喧嘩を売ってしまったな。命を奪われずにすんだこと、幸運に思うが良い」
手が震えだし、次いで脚も震え、まともに立てもしなくなる。
その震えが全身に伝播し始め、徐々に強烈な嗚咽感が胸の辺りを刺激して、今朝がた食べたパンをゲーと豪快に、牢内にぶちまけた。
「今更に誰に喧嘩を売ったのか理解したのか。さっきも言ったが、生きているだけで運が良い。あれは、ワシが本気でやっても勝てるかどうか怪しい大物だ」
王国正規軍、元将軍の言葉である。その重みは一般人とは段違い。ハチの正体を知った今じゃ、余計に重く圧し掛かる。
「……僕は、僕はこの後、ハチ・ワレンジャールに殺されてしまうのか!? あわわわわっ、とんでもないことをしてしまった。まさか、クラウス様がたまに口にしていた男の名が、あいつだったなんて!? 終わりだ。クラウス様以上の才能を敵に回してしまったなんて、そんなことがあっていいのか!? 良い訳がない! あああああっ!!」
「おい、少しは落ち着かんか。あれは別に根に持つタイプじゃないし、何より、お前さん程度のことなど目にも入っておらんだろうて」
自尊心を刺激するアルノーの言葉のおかげというか、不機嫌さがブワッと湧き上がって、一旦狼狽した状態は脱した。
確かにあれからハチ・ワレンジャールからのアプローチはない。全く、何もなかったと言わんばかりに後腐れないような状態だ。
しかし、それでも安全が確保されたとは限らない。手のひらの上で弄ばれている気分だ。生殺与奪を握られている感覚。
涙が流れて来る。これからの自分の運命に不安しかない。
「じゃあ、あんたは何しに来たんだ。ていうか、ハチ・ワレンジャールを見つけて何をする気だ?」
「お前さんに礼を述べに来た。お前さんの手紙がなければ、未だハチ・ワレンジャールを見つけることは出来なかっただろうからな」
「お礼?」
お礼ならせめてここから出せ! と要求しようとしたタイミングで、その考えを先読みされた。
「ここから出してやることは出来ないが、せめて我らが何をしようかくらいは教えておいてやる。そうしたら、お前さんの気持ちも少しは楽になるだろうからな」
「何をする気だ?」
王国正規軍の実質トップが直に脚を運び、こんな小さな港町にまでやって来た。もしや、スカウトか? ハチ・ワレンジャール程の大物ともなると、アルノー様が直にスカウトに来るものなのか?
「我らの仕事は……ハチ・ワレンジャールの暗殺である」
「暗殺……」
ハチ・ワレンジャールを誰よりも憎んでいたはずなのに、決意に満ちた表情のアルノーから出た言葉にゾッとする。この男は本気だという決意に満ちた表情が、自身の魂を震え上がらせる。憎悪とは違う、使命感に満ちた言葉。
「メルメル領アサギリの港町を、今現在我が軍2000名が包囲しておる。軍はあくまでもハチ・ワレンジャールを逃がさないためのもの。あの男の暗殺は、このアルノー一人でやり遂げる。刺し違えるつもりでやれば、まあ、やれぬ仕事ではないと思っている」
返事が出来なかった。
予期していなかった事態に、理由もわからなければ、動機も手段も何もかもが気になって仕方がない。
「どうしてって顔をしておるな。お主へのお礼として、全部説明する予定だ。盛者必衰という言葉がここ数日よく頭を過る。繁栄を極めたクリマージュ王国だが、今、建国以来の危機に陥っておる。その最大の原因は、激情の神カナタ様が自身の死期を予言したことから始まる」
激情神カナタ様の死期?
そんな話、聞いたことは無いが、聞こえてこないのも当然。そんな大事な話が国中に広まれば、国民の不安をかき立てるだけでなく、国の危機を公表するも同然で、他国に侵略の機運を与えてしまいかねない。豊かな王国の領地は、他国から見れば宝の宝庫のようなものである。
絶対に漏らしてはならない情報を、アルノー様が自分に告白している。もしや、自分はこの後消されるのでは? とそんな心配が心を過る。
「カナタ様は間もなく建国の神としての使命を全うして死ぬ。『建国の神の器』にある神は、現在この国において確認されているのは、2神。一人は言わずもがなカナタ様であり、もう一人は自我も定まっていない3歳の赤子だ」
「建国の神がもう一方いるのですか? ならば、何が国の危機なのか!? 建国の神が誕生しただけでも、奇跡に近いのに、クリマージュ王国では2神もいるというのか!? 危機どころか、繫栄が約束されたも同然じゃないか!」
国を作るとき、その背後にはいつも神の存在がある。クリマージュ王国もカナタ様の強大な力があってこそ、数百年にも及ぶ繁栄を享受するに至ったのだ。人だけの力で、このような奇跡は適わない。
「新しき、偉大なる力を持つ建国の神が誕生した、それこそが問題なのだ。カナタ様も国王も未だ後継者を定めず。それどころか、新しき建国の神にその役割を託すおつもりである。それでは……困るのだ!」
「まさか、あんたらは神の意志に背いて、自分たちで王を決めようというのか? そのために、邪魔になりそうな人物を消す。そういうことなのか?」
恐ろしい陰謀論に、オルカが再び震える。今日二度目の嗚咽がやってきて、もう残っていない食べ物の僅かばかりのカスを吐き出した。
「これは我ら正規軍の意志であり、リュミエール王子の意志ではない。あの方は正々堂々と王に名乗りを上げるお方だからな。だからこそ、万が一があってはならない。この国がこれからも繁栄と平和を維持するには、間違いなくリュミエール王子が即位する必要がある。間違いがあってはならんのだ。なれば、邪魔者には消えて貰わねばならない」
ここで疑問が沸く。
たしかにハチ・ワレンジャールは大物かもしれない。
しかし、それ以上の大物がいるだろう。ワレンジャール姉妹である。脅威と言うならば、彼女たちこそリュミエール王子の脅威になり得るのではないかと。
「なぜハチ・ワレンジャールなのだ? もっと脅威に思うべき人物はいるはずだが、正規軍が出払ってまで……」
「ハチ・ワレンジャールは最重要警戒人物だ。やつはカナタ様より神のパーツを授かりし者。そして、3歳の建国の神の器を持つあの小さき神とも縁があるとの噂だ。間違って、神があの男を支持してしまった場合、数百年続いたクリマージュ王国の歴史がひっくりかえって仕舞いかねない」
強い決意を持った男が語り終わると、ふう、と息を吐き、先ほどまでの覇気を離散させた。
鬼気迫る表情と、顔の傷が無ければ案外、人のよさそうな顔である。
人の上に立つ人物というのは、案外こういう優しい面があるものだと経験で知っていた。ギヨム王子もテオドール様もクラウス様もたまにこういう穏やかな顔を見せる。そして、あのハチ・ワレンジャールも……。
「お前さんに、こうして話したのは間違いなく良い方向に働かないだろうが、王立魔法学園を追放されるお前さんの話に耳を傾ける者も少ないだろう。ははっ、話に付き合って貰って助かったよ。随分と気持ちが楽になった」
「なんだよ、満足そうにしやがって。まるでこれで全部終わりみたいな顔しているぞ、あんた」
「その通り。ワシの生涯最後の仕事となる。ハチ・ワレンジャールの暗殺はただでは済まないだろうし、何よりも成功したとてワシは生きられぬ。あの男の姉たちは聡い。黒幕をすぐにあぶり出し、ワシを始末することだろう。むしろ、それでよい。あの姉妹の怒りがリュミエール王子にまで届かず、このアルノーで止まれば全て計画通りというものよ」
とんでもないことを聞いてしまった。
自分は今、とんでもなく大きな嵐の中心地にいる。
もしや、自分はこの事件を語り継ぐ運命を背負っているのか? そのために、自分はここに?
アルノーの決意に満ちた背中を見送りながら、少しばかり落ち着いた頭で、オルカは自分の人生の意味に思いを馳せるのだった。
――。
「おいおい、ワシは夢でも見ておるのか? こんな情報、全く耳に入っておらんかったぞ。どうなっておる、アトスよ」
ヘンダー伯爵の持つ最強の軍『盾持ち』の将軍が、メルメル領アサギリの港町近郊に到着したとき、全く予想していなかった軍を目の当たりにする。
「ふむ。これには流石に私も驚いています。王国正規軍に送り込んでいるスパイからも、一切この件に関する情報がないです。……まあ予想するに、あの曲者の老将アルノー・ブレザックが暗躍しているのでしょうね」
盾持ちの副官、通称眼鏡兄さんは冷静な表情と態度を崩さずに、事態の分析に入る。大方予想は当たっていたが、当然ながらに王国正規軍の正確な意図はわからず。
「かぁー、またやつか」
盾持ちの将軍、ローデリヒは失った片腕よりも、かつてアルノーから受けた胸の傷が強く疼いた。腕に比べたら大した傷ではないはずなのに、頻繁に痛んでは、あの曲者の顔が脳裏に浮かぶ。若き日からの腐れ縁だ。引退も近いというのに、またあれと揉めることになりそうだと辟易する。
「厄介なのが動いておると言うことは、何か大きな狙いがあるということ。しかし、このメルメル領アサギリの小さな港町に、なぜ奴ほどの大物が出て来る? 正規軍を2000も連れて、しかも一切の情報漏洩も無く……。おい、アトス! 何か思い浮ばんか!」
「そう急かされても、情報が足りなさすぎます」
全幅の信頼を置くアトスでも、流石に無茶な要求過ぎた。
ほんの数分前に偵察隊から王国正規軍の存在を知らされるまで、二人はメルメル領アサギリの街が包囲されていることなど夢にも思わなかったからである。
そもそも、二人がここに出て来たのは進軍のためでもなければ、魔獣の討伐でもない。盾持ちが動くというには、それなりの大きなイベントなのだが、今回は祝い事の類だ。
ヘンダー伯爵領の次期当主クラウス様が婚約を発表なさった。
相手は王立魔法学園の同級生であるポルカ・メルメル嬢。小さな領地の娘であり、身分はあまり釣り合っていない。伯爵領内部から多くの反対の声が上がったのだが、クラウス様本人が強く希望しているし、伯爵本人もその強い決意を受けて、許可を出したために正式に縁談がまとまった。
祝いの席がもうじき開かれる。王立魔法学園の卒業も近く、それも並行して祝われる予定だ。
ポルカ・メルメルのご両親をヘンダー伯爵領に招くため、最大限の敬意を示して盾持ちが動くこととなった。
しかし、伯爵領の防衛もあるため、当初は将軍ローデリヒも副官であるアトスも動く予定はなかった。
だが、とある人物の助言により二人が動くこととなる。婚約者のポルカ様が直々に二人に両親を迎えに行くことを要請したのだ。「きっと、面白いことになるよ」と意味深なことを述べて。
ポルカ様は学園の休日を利用して伯爵領に何度かやってきている。その人柄は知れ渡っており、わがままを言うタイプでないことは広く知れている。それと同時に、彼女には不思議な力が備わっていることも知られていた。
超幸運体質というか、神秘的な力が彼女には宿っている。
その彼女から「きっと、面白いことになるよ」と言われれば、将軍もアトスも簡単には無視はできなかった。伯爵にも相談し、盾持ちの軸である二人がこの地にやって来た。
二人が動くこともあり、盾持ちを2000名も引き連れてきている。ちょうど、王国正規軍の『槍持ち』と同数である。
これは偶然なのだろうか、それともやはりあのポルカ様には何か見えているのか。もう少し詳しく話を聞いておくべきだったかと今になって悔やむ。まあ、あの方がそれ以上を語ってくれるとは思えないが……。自由奔放な方なのだ。
「相手の陣形を見るに、街の内部に完全に意識が向いています。ネズミ一匹捕り逃すまいとするあの陣形……間違いなく狙いは街の内部にありますね」
「ということは、アルノーはワシらの登場を全く知らない?」
「恐らくそうでしょう。もしも我らの存在を知っていれば、あの陣形は可笑しいにも程がある。軽く突っついてやれば、いとも簡単に瓦解する。こちらも『槍持ち』の存在には驚かされましたが、おそらく我らに気づいたら、あちらはあちらで10倍は驚くでしょうね」
「がっははは。それはそれで度肝を抜いてやりたい気もするが……しばし軍を伏せる! 偵察兵にバレぬように、最新の注意を払え。アルノーの狙いが分かるまで、我らは静観するとしよう」
「私もその案に賛成です。……それにしても、今更ですが『槍持ち』ってダサすぎません?」
「ダサすぎる! 終わっとる!」
まさか街の外で自分たちの名を貶されているとも知らず、王国正規軍『槍持ち』はアサギリの街を完全包装する。
内部への意識は一切の隙が無いが、自分たちが包囲されていることにも気づいていないし、気づく方法も無かった。
奇しくも、王国最強の軍が二つ、路銀を稼ぎに来ただけのハチがいる街を同時に包囲した。大きな嵐が近寄っていることを、ハチだけがまだ気づいていない。





