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第21話 その後の世界

 体が動くようになったのは、さらに3日後だった。


 腕が上がった。指が動いた。起き上がることができた。それだけのことが、3日かかった。魔力の全解放は、幼女の体にそれだけの代価を取った。


 アレンは毎朝、部屋に粥を持ってきた。私が食べる間、隣に座っていた。何を聞くわけでもなかった。ただいた。リーナが昼に来て、脈を診て、「順調」と言った。フィルが来るたびに玄関でゴルダに止められていたらしく、3日目の朝に「もういいでしょ!」という声が外から聞こえた。


 5日目の朝、私は自分で起き上がった。



 アレンが部屋に入ってきたとき、私はすでに布の上に座っていた。


 アレンが粥の椀を持ったまま、入り口で止まった。座っている私を見た。


「起きれたか?」


「起きた」


 アレンが椀を床に置いた。それから私の隣に腰を下ろして、椀を渡した。私は受け取った。


 匙を持った。食べ始めた。アレンが壁に背中をつけて、足を伸ばして、同じ方向を向いた。2人で同じ方向を向いて、私が粥を食べた。


 しばらくして、アレンが言った。


「外、出られそうか?」


「今日は無理だ」


「そうか」


「……明日なら、出られる」


 アレンが「そうか」と言った。それで終わった。


 椀の底に粥が少し残っていた。私はそれを全部すくって食べた。



 昼過ぎ、窓から外の声が聞こえてきた。


 フィルだった。今日もゴルダに止められているらしく、「なんで!」という声と、「もう少しお待ちを!」という声が交互に来ていた。リーナが「ゴルダさん、もういいんじゃない」と言った。ゴルダが「しかし——」と言った。シェイドが何か言った。ゴルダが「お前は黙れ!」と言った。


 私は布の上に座ったまま、それを聞いていた。


 賑やかだった。うるさかった。1247年生きてきて、こんなに賑やかな場所に長くいたことはなかった。


 戸が開いた。


 フィルが飛び込んできた。


「ディア!!」


 走ってきた。布の上に膝をついて、私の顔を覗き込んだ。目が赤かった。泣いていたのか、泣きそうなのか、判別がつかなかった。


「よかった」


 それだけ言った。


 私はフィルを見た。フィルは私を見ていた。


「……大げさだ」


「大げさじゃない」


「起き上がれているだろう」


「だって——」


 フィルが口をつぐんだ。唇を引き結んで、それから「よかった」と、もう1度だけ言った。


 私は答えなかった。


 答えの代わりに、フィルの頭に手を置いた。1秒。それだけにした。フィルが目を瞬かせた。


 廊下からゴルダの声がした。「魔王——ディアちゃん、お加減は……!」と言った。リーナが「入っていいって言ったでしょ」と言った。シェイドが「お邪魔します」と言って入ってきた。ゴルダが「なぜお前が先に……!」と言いながら入ってきた。


 部屋が、急に狭くなった。



 ゴルダが泣いた。


 声を抑えようとしていたが、抑えきれていなかった。「魔王様……ご無事で……!」と言って、床に手をついた。膝をついた。土下座になりかけた。シェイドが「ゴルダさん、また土下座ですか」と言った。ゴルダが「うるさい!」と言った。


 リーナが私の脈を診た。「昨日より全然いい」と言った。それから私の顔を見て、少し笑った。毒舌の顔ではなかった。


「よかった」と言った。


 フィルと同じ言葉だった。


 シェイドが部屋の隅から「魔王様、ご回復おめでとうございます」と言った。笑っていた。いつもと同じ顔で笑っていた。私はシェイドを見た。


「お前は」


「はい」


「次に余計なことをしたら、わかっているな」


「肝に銘じます」


 笑ったまま言った。銘じる気があるとは思えなかった。


 アレンが部屋の入り口に立っていた。中に入らずに、全員を見ていた。私と目が合った。何も言わなかった。ただ、少しだけ——目の端が、動いた。


 私は視線を外した。



 夕方、全員が帰った。


 フィルが「また明日ね」と言って走っていった。ゴルダが「魔王様、どうかご無理を——」と言いながら帰っていった。シェイドが「では」と言って消えた。リーナが「明日も来る」と言って、アレンに何か耳打ちして帰った。


 静かになった。


 アレンが夕食を作り始めた。包丁の音がした。火の音がした。私は布の上に座ったまま、その音を聞いていた。


 起き上がった。


 廊下に出た。台所の入り口に立った。アレンが手を動かしていた。気づいて振り返った。何も言わなかった。また手を動かし始めた。


 私は入り口に立ったまま、その背中を見ていた。



 夜、アレンが寝てから、私は1人で起きていた。


 布の上に座って、暗い部屋にいた。眠れないわけではなかった。ただ、もう少しだけこのままでいようと思った。


 1247年分の記憶が、今夜は静かだった。


 戦争の記憶も、倒された夜の記憶も、転生した朝の記憶も、全部そこにあった。消えていなかった。消えることはないだろう。ただ今夜は、それらが遠かった。


 復讐は——


 もう、いい。


 そう思った瞬間、何かが終わった気がした。終わったが、空っぽにはならなかった。


 私にはまだ、わからないことがある。


 温かいとはどういうことか。誰かのそばにいるとはどういうことか。1247年生きてきて、この3年でようやく、わからないことがあると気づいた。


 わからないまま終わるのは、気に入らなかった。


(もう少しだけ——ここで、学んでみようと思う)


 外から音がした。


 風だった。木の葉が揺れる音だった。遠くで、何か小さい生き物が鳴いていた。


 私は立ち上がった。


 廊下に出て、台所を通って、勝手口を開けた。夜気が顔に当たった。星が出ていた。


 明日、外に出る。


 アレンにそう言った。アレンが「そうか」と言った。


 空を少し見てから、家の中に戻った。


 扉を閉めた。


 布の上に横になった。


 目を閉じた。

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