18.夢魔マレ戦! その2
石の扉を開けると、そこは壁にいくつもの絵画が飾られた部屋だった。
レーテの鳥の鳴き声で騒がしかった先程の部屋とは打って変わって、部屋には、息苦しい程の悲しみが漂っていた。
この、しんと静まり返った部屋の中に、一人の男がいた。
驚いたことにこの気味の悪い部屋で、男は椅子に座り、カンバスに向かって絵を描いている。何十匹もの大きな黒い犬が男を守るように寝そべっている。
「おや、お客さんですね」
初老の男は絵描きのような風体だ。
男は立ち上がり、ガンマチーム達に向かって丁重に礼をする。犬達はまだ寝そべったままだが、揃って顔をガンマチームに向けた。
男は、顔を上げると不気味な笑みを浮かべて言った。
「アルストロメリア侯爵の嘆きの展覧会にようこそ」
「嘆きの展覧会だと?」
ベルンハルトは眉根をあげる。
「そうです。私は嘆きの画家。さあ、ご覧あれ」
嘆きの画家と自称する男は手を上げ、一枚の絵を指さした。
そこに描かれていたのは、三十代くらいの夫婦と、綺麗な金髪の少女とやはり金髪の小さな男の子の姿だった。
皆穏やかに微笑んでいて、幸せそうな家族の肖像画だ。
「こちらはアルストロメリア侯爵の家族の肖像。愛し合う夫婦、愛らしい子供達。なんと恵まれた幸福な家族でしょう。しかし悲しいかな、幸せは長くは続きません。さあこちらをご覧なさい」
嘆きの画家は言葉とは裏腹に愉快そうにそう言うと次の絵を指さす。
絵画は悲しげな表情で死者を弔っている人々の姿が描かれていた。
参列の人々の中に、いささか線は細い、だがとても美しい女性と青年の姿があった。二人は互いを労るように寄り添っている。
「不幸な事故でご夫婦は亡くなりました。美しく成長したご令嬢はなんと国王に見初められて王妃になりましたが、王妃様は子供を産んですぐにお亡くなりに」
嘆きの画家はわざとらしく目元にハンカチを押しつけながら、別の絵を指さした。
そこに書かれていたのも葬式の絵だ。
先程の青年がほんの少し年を経て、やはり悲痛な表情で棺に花を捧げている。
若かりし日のアルストロメリア侯爵だろう。
アルストロメリア侯爵から少し離れたところに王冠を被った男性と乳母に抱かれた赤子の姿がある。
――国王とベルンハルトのようだ。
「母の葬儀か……」
ベルンハルトが怒りに堪えるように低い声で呟いた。
一方嘆きの画家は嬉しくてたまらない様子だ。
「喜びから一転。天国から地獄です。噂では王妃様は後釜を狙った高位貴族に毒殺されたようですぞ。両親に続いてたった一人の姉まで無残に殺されたアルストロメリア侯爵。哀れ、誠に哀れ。肺腑をえぐるような悲しみ。ああ、素晴らしい、創作意欲を掻きたてられます」
嘆きの画家はカチュア達に背を向け、なんとカンバスに向かって絵を描き始めた。
絵はアルストロメリア侯爵は姉の墓を見つめる横顔を書いた絵だ。その絵がぐにゃっと歪むと絵から黒い犬が現れた!
「ご紹介しましょう。私の傑作達、嘆きの犬です」
嘆きの犬達は、ガンマチームに敵意をむき出しにしている。今にも飛びかかってきそうだ。
嘆きの画家は高らかに宣言した。
「そして今ここで、たった一人残った大切な甥が嘆きの犬に引き裂かれ無残に殺されるのです。アルストロメリア侯爵はどれほど悲しむでしょう。さあ、お前達、私の芸術を完成させておくれ」
「がうっ」
うなり声とともに黒い犬の群れは飛びかかってきた。
「ガンマチーム君、そいつらは嘆きの犬。スロウに加え、全ての力を半減させる『嘆き』攻撃を仕掛けてくるぞ!」
戦闘開始だ!
嘆きの犬は数が多く、一頭一頭が強い。
「おそらくそれだけ侯爵の悲しみが大きかったのだろう。彼らは悲しみを食らって成長するんだ」
ナリスは嘆きの犬を見て舌打ちした。
「これほどの数が集まるとは。マズいな。見ろ、あの絵描きがまた一頭嘆きの犬を生み出そうとしている」
ナリスの言葉通り、嘆きの画家は喜々として悲しげな絵を描きまくり、次から次に嘆きの犬を生み出している。
これではいくら倒してもきりがない!
「なんとかあの絵描きが描くのを止めさせないと……」
「ということは、アイツに絵を描くのを止めさせればいいんですよね!」
リックはそう言うと、嘆きの画家に向かって駆け出した。そして盗賊スキルで見事、嘆きの画家の手から筆を盗み取った。
「わっ、私の筆が!?」
これでもう嘆きの犬が生み出されることはない。
「よし! 皆、下がって」
続いてオーグが前に出る。
オーグが新たに目覚めた力は、狼スキル『威圧の遠吠え』。
攻撃対象を威圧し、一時的に怯ませたり、弱体化させる効果がある。
そして人狼であるオーグの威圧は、犬系の魔物に効果が高い。
オーグの威圧攻撃で、嘆きの犬達はその場に立ちすくんだ。
「よし、今だ」
この隙にアン達が攻撃する。
嘆きの犬をすべて倒し、最後に嘆きの画家が残った。
「私の絵、犬……。私の芸術がぁー」
と彼は座り込んで嘆いている。
「とう、峰打ち浄化拳!」
どう見ても人型モンスターだが、もしかしたら侯爵の夢に迷い込んだ人間かもしれない。
念のためベルンハルトが闘士の気合いで悪霊を浄化させるという浄化拳と体力一にする峰打ち拳をコンポで打ち込んだ。これは人間だったら瀕死だけど死ぬことはない。だが、やっぱりモンスターだったようだ。
「ぎゃー、浄化されるー」
と嘆きの画家は消滅した。
ガンマチームの勝利!
「びょえ」
戦闘後、バクがまた部屋に漂う悪夢を吸い取ったが、部屋はやはり少し悲しみが残されている。
「あら、可愛い」
画家が消えた後、彼の絵もすべてなくなったのだが、肖像画が一枚壁に掛かっている。
目が覚めるほど可愛い男の子を抱き上げる侯爵の肖像画だ。二人とも楽しそうに笑っている。
「これは……?」
「僕と叔父上のようだな」
とベルンハルトが言った。
すごい美少年だった頃のベルンハルトと侯爵の姿のようだ。
二人とも大事な家族を失ってしまったが、まだかけがえのないものが残されている。
ベルンハルトはその肖像を見上げて、言った。
「行こう。夢馬マレを倒しに」
「ええ、行きましょう」
コゴゴッ。
またあの地震が起こった。しかもさらに大きくなっている。
「我々は夢馬マレの住処に近づいている。おそらく奴はこの先の部屋にいる。気をつけろ」
ナリスがそう言って、ドアを開けた。
カチュア達はついに夢馬マレの居場所に辿り着いた。
部屋は、全てが黒一色に塗りつぶされていた。
そのに佇む一匹の灰色の馬。
体色は血の気が引いたような病的な白灰色で、たてがみは黒いもやのようにはっきりしない。
不思議なことにその馬が息をする度に骨や血管が透けて見えた。
この世のものとは思えない不気味で不吉な雰囲気だ。
だが、それ以上にカチュアはマレを見て、呆然とした。
「えっ……」
「デカ……」
というのはリック。
「これがマレか」
熟練の冒険者であるベルンハルトやアンも驚きを隠せない。
マレは聞いていた通り、ナイトメアに似た馬形のモンスターだが、ナイトメアより大分大きい。
脚の長さだけで大人一人分はあるのではというサイズだ。
体高は三メートルを超えて、頭の先までは実に四メートルに達する。
邪神、笑い蜘蛛スレッドベインよりは小型だが、馬としてはあり得ないくらいの大きさだ。
「これと戦うの?」
思わず怯むカチュアだが、マレはマレの配下を倒したガンマチームの一行と天敵バクがここにやって来るのを既に察知していたようだ。
「ひひひーんっ!!」
敵意むき出しの声で鳴いた。
カチュアはくるっとバクを振り返り、応援した。
「バクちゃん、さあ、頑張って!」
だが、バクはふるふると首を横に振った。
「びょえ」
「バクは『弱らせてからじゃないと倒せない』と言っている」
ナリスがバクの言葉を解説してくれた。
ここに来て聞いてない新情報が明らかになった!
「じゃあ、俺達でなんとかアイツの体力を削らないと駄目ってことですか?」
オーグがマレを見つめ、呟いた。むしろ闘志を燃やしている。
「そのようだな」
とベルンハルトも気合い十分で構える。
戦闘開始だ!










