16.悪夢を食べるモンスター、バク3
※ep.107 14.悪夢を食べるモンスター、バク1の内容を間違えておりました。差し替えました。(2026/11/4)
「ここです」
ナリスはコンコンと乱暴にノックすると、返事も待たずに勝手にドアを開けた。
中にいたのは寝室のベッドに横たわる人と、その側にいる執事らしい人物。
病人らしいその人物は眠っているようだ。
「殿下、どうしてこちらに?」
執事は唐突に現れたベルンハルトに対し、驚いた様子だ。
「久しいな、ルマンド」
ベルンハルトは知り合いなのか、執事に親しげに声を掛けた。
「もしや旦那様のお見舞いにいらしてくだされたのですか?」
「いいや、違う。だが、叔父上を助けに来た」
ベルンハルトの言葉に、ルマンドは平伏せんばかりに喜んだ。
「おおっ、そうでしたか。お願いでございます。どうか、旦那様をお助けください。一週間前、ナリス様の聖水の効果でほんのわずか目をお覚ましになった後は、もう一ヶ月以上眠ったままなのです」
ベッドの男性は、会話の間も眠り続けている。
ベルンハルトの叔父さんは四十代くらいに見えた。顔立ちそのものはベルンハルトに似ているが、こちらは女性と見まごうほど繊細な印象の美男である。
ただとても衰弱しており、顔色が悪い。
「さあ、始めよう」
ナリスは早速夢魔マレ退治を始めるようだ。
「バク、どうだ? 侯爵の悪夢を晴らすことは出来るか?」
ナリスがバクに質問すると、バクは「ふぉー」とちょっと気の抜けた鳴き声を放った。雰囲気からして多分、雄叫びである。
すると不思議なことに侯爵の頭の上に黒い不気味な渦が浮かんだ。
バクはその光を鼻で吸い込み、もしゃもしゃと食べ始めた。
「あら」
その途端、カチュアは侯爵の寝室に立ち込めていたなんだか嫌な空気が少し晴れた気がした。
侯爵の表情も少し和らいだように見えた。
だが黒い渦は消えずに、侯爵の頭上に居座っている。
「侯爵は、眠ったままね……」
アンが少しガッカリしたように呟いた。
「叔父上! 目を覚ましてください!」
ベルンハルトの呼びかけにも答えず、侯爵は眠っている。
「やはり、夢の中に入り、夢魔マレを退治するしかないようだな。バクよ、夢の中に連れて行ってくれ」
ナリスがバクにそう頼むと、バクは「びょえ」と一声鳴いた後、後ろ足にぐっと力を入れた。
カチュアはバクの側で「頑張ってー」と心の中で応援しながらその様子を見ていた。
相手が夢の中に住むモンスターなら、カチュアに出来ることと言えば応援するくらいだ。
完全に傍観者ポジにいたカチュアだったが、バクはその時思いがけない行動に出た。なんとバクがむっちりした体に似つかぬ軽いステップで飛んだ先はカチュアの背中。
リュックの持ち手部分、オシャレに言うと『グラブループ』。あれをムギュッと咥えたのだ。
「え!?」
そしてバクは小さな体でカチュアを咥えたまま、侯爵の頭上、黒い渦目がけ、勢いよくジャンプする。
バクに咥えられたカチュアも当然、その渦に吸い込まれていく。
「きゃぁ!」
「カチュア!」
思わず悲鳴を上げるカチュアの腕をあわててアンが掴み、
「アン!」
アンの腕をベルンハルトが引き寄せようとし、
「ベルンハルトさん!」
俊敏なオーグがベルンハルトを捕まえ、
「オーグ!」
引きずられるオーグをリックが羽交い締めし、
「リック!」
すんでのところでリックのベルトをローラが握りしめ、
「おっと!」
最後にナリスがローラの肩を掴んだ。
ガンマチームとナリスは、執事の目の前でカチュアを先頭に折り重なるようにして倒れた。
「殿下! どうなされたのです?」
侯爵の寝室で、あわてふためく執事の声に応える者はいない。
全員、一瞬にして死んだように意識を失ってしまったのだ。
騒ぎをよそにアルストロメリア侯爵もまた、苦しげな表情で眠り続けていた。
***
カチュアはバクに引っ張られ、暗黒の空間に入り込んでしまった。
「……!?」
バクは、前方にある小さな光に向かって突っ込んでいく。当然バクにリュックを咥えられているカチュアも一緒だ。
誰かに腕を捕まれている気がするが、真っ暗で何も見えない。何より空気がすごく悪い。
「もっ、もう駄目」
カチュアは思わず目を閉じた。
「カチュア」
「うっ……うーん」
「カチュア、しっかりして」
「えっ?」
「カチュア、大丈夫?」
アンの声が頭上から聞こえて、カチュアの手を引いて立たせてくれた。
いつの間にか、カチュアは地面に座り込んでしまっていたようだ。
「あ、ありがとう、アン。……あら?」
お礼を言って立ち上がったカチュアは、周囲を見まわし、思わず呟いた。
「ここは……どこ?」
カチュアが座り込んでいたのは公園のような場所だった。
目の前には石造りの大きな門扉が設えられた建物があった。
両脇には人間より大きな天使の彫像が手に槍を持ち、建物を守るかのごとく立っている。
一見すると教会のようにも思えたが、それにしては建物の造りがおかしい。
辺りはどこかヒンヤリした空気が漂っていた。
「ここは、アルストロメリア侯爵家の霊廟のようだな」
とベルンハルトが言った。
「えっ、霊廟?」
「どうしてそんなところに?」
「ワープしたのかな?」
ガンマチームはどよめき、考察を始める。
そんな彼らに鋭い声が投げかけられた。
「違うぞ、ガンマチーム君。ここは現実ではない。侯爵の夢の中だ」
「えっ、侯爵様の夢の中?」
声の主は聖人ナリスだ。
彼の他にガンマチームが勢揃いしている。
カチュアのことをアンが助けようし、そのアンを助けようとしてベルンハルトが、ベルンハルトを助け(略)してオーグが、オーグを(略)してリックが、リックを(略)してローラが。と、結局チーム全員が夢の中に来てしまった。
そして最後にローラの手を掴み、ナリスがやって来たという訳らしい。
当のバクは知らん顔で後ろ足を動かし、頭を掻いている。
ちょっと短足気味なので姿勢が苦しそうだ。
「ちょっと、ナリスさん、どういうことよ?」
アンがナリスに詰め寄った。
「そうですよ、説明してくださいよ」
とリックはもっともな質問を投げかけた。
聖人ナリスはガンマチームに向かい、おもむろにもう一度繰り返した。
「ここはアルストロメリア侯爵の夢の中だ」
「侯爵様の夢? 本当に夢の中に入っちゃったの? 私達?」
カチュアは驚いてナリスに聞き返す。
「そうだ、他人の夢に入り込める。これがバクの力、『夢渡り』だ。より正確に言うとここは単なる夢ではなく、彼の精神の根幹とも言える場所、精神世界だ」
「精神世界……」
静かに呟くローラに、ナリスは「うむ」と頷く。
「精神世界は人によって随分と形が違う。草原や森、街、住み慣れた家などが多いと言われている。彼の場合はこの先祖代々の霊廟が精神世界となったようだ。気をつけてくれ。教会に伝わる文献で見たことはあるが、私も始めて入る領域だ」
「えー」
「……怖いんですけど」
意外と頼りにならないナリスだった。
「それから、他人の精神世界に迷い込んで死んでしまうと人は目を覚ませなくなる。つまり、現実の死になるから十分気をつけてくれ」
続けてナリスはギョッとするようなことをガンマチームに忠告した。
「だから、そういう大事なことは最初に教えてよ」
アンがナリスに呆れ顔で言った。
「アンの言う通りだ」
「そうねぇ」
「うん」
「俺もそう思います」
「俺も」
ガンマチームは一斉に同意した。
「君達を巻き込むつもりはなかった。バクと私、二人でマレと戦うつもりだったのだ」
ナリスは釈明した。
「だが、バクは君達ガンマチームの力が必要だと考えたようだ」
「俺達の力ですか」
リックは驚いてナリスに聞いた。
「ああ、その通りだ。あれを見ろ」
ナリスの指さす先にあったのは、動き出した天使の彫像だ。
だが、先程までの美しい姿ではない。
羽は黒く染まり、天使の顔は馬の顔に変化していた。
天使像は、台座から降りて、こちらに向かってくる。
「マレとマレの手下の夢魔達の仕業だ。モンスター達が襲いかかってくるぞ!」










