66話 変わり果てた親友 前編
「族を殺せッ!」
一方で紫炎はと言うと、兵士たちに囲まれていた。当然、兵士たちは武装しているわけで、一国の警備を任されているもので、強い。
今までに相対してきた強者たちには劣るが、クロリアの言っていた通り数が多い。
量は時に質を上回るということだ。
だが、同時にそれで死ぬなんて事はありえない。サティを悲しませることは絶対しない。
「消え失せろ」
睨む。その動作でさえ、兵士たちの戦意を失わせるには充分過ぎる程だった。
「王の出陣」
しかし、一言。この一言で兵士たちの目に光が戻る。それは希望の一筋。王という言葉が、彼らに勝利という名の栄光をもたらせてくれる。
「お前が王か?」
「逆に言おう。俺が王に見えないのか?」
「いや、周りの雑魚共より歯ごたえがありそうだ」
「ハンッ! 小僧が抜かせ。見たところ二十もいかないガキが。まぁ、魔族というのならそれも頷けるがな」
魔族とは長命だ。故に、見た目が若い。ルファーがその最たる例だろう。
「さて、お前の力を俺に見せてもらおうか」
ジンが足に力を込める。それだけで、地面に亀裂が走った。
「避けるものなら避けてみな」
刹那、ジンが消える。否、そう思わせる程に素早く移動したのだ。紫炎の後ろにへと。
「──ッ!」
紫炎は恐ろしく冴えた勘でそれを避けたが、続く二激目。大剣が上段から振り下ろされる。
「<闇>」
瞬時に闇を纏い、それを受け止める。
ギリギリと言ったところか。確かに紫炎のパワーは数値上に表されず、文面上に表記されているが、そんな紫炎がここまで押される。
「フンッ! 空白の力を耐えるか。流石は魔族か·····?」
ジンの笑みは尚、ニタァと気味の悪い。
まるで玩具と遊ぶ子供である。紫炎がいつまで耐えられるか遊んでいる。
「チッ!」
それを察したのか舌打ちをし、腕を動かし、大剣のパワーを受け流す。地面にへと豪快に突き刺さった大剣を見て、紫炎はすかさずジンにへと拳を繰り出すが。
「甘いわッ!」
恐るべき怪力。深々と突き刺さっているはずなのにそれをものともしないジンは、大剣を引き抜き拳をガードした。
そのまま、大剣を軸にジンは回し蹴りをし、距離をとる。
「多少なりとも出来るようだ。大概はあそこで押し潰されるのだがな」
「怖いねぇ。力が凄いのは分かったが、そのせいで頭まで筋肉に侵されちゃって」
「ほぉ?」
「すまん、獣人の·····しかも脳筋には伝わらなかったか?」
「·····殺す」
紫炎の挑発が効いたのか、ジンは先程とは比べ物にならないスピードで接近する。
「本当に脳筋かよ」
まさか引っかかるとは思っておらず、まんまと挑発に乗ったジンを見ながら、紫炎は一言。
「<制御解除>」
瞬間、世界が色褪せる。いや、そう感じる程に紫炎の目は、身体は制御が外れ、本来の力を発動させる。
「は?」
直前でジンは止まる。汗を噴き出しながら。
放つ黒いオーラがあまりの強さに具現化し、ジンにまとわりつく。それだけで、ジンは生物的本能で悟った。
──逃げるべきだと。
「なんだ来ないのか?」
「お前は一体·····」
ゼロはこんな紫炎を見て、不敵に笑った。
ジンはこんな紫炎を見て、恐怖に負けた。
この違いは何か? それは強者であるか否かである。故に──
「確かに王であるお前は強かったが、決して強者では無い。本当の強者というのは勇気と強さを兼ね備えた者である」
紫炎の言葉が、姿がジンの脳裏に焼き付く。
「さて、お前は一体だっけか? 答えてやる。俺は弱者だ、勇気も力も持ちわせないただの弱者だよ。だが、そんな自分が前を向くことが出来た。お前も、それで変われるといいな」
その言葉と共にジンは倒れた。紫炎からの一撃によって。
「ふぅ」
息を吐きながら、紫炎は己に装置を付ける。本来見せるべきではない力を制御する為に。
ジンのパワーだけは空白だと思う。スピードも空白でないにしろ、文面上で表記されているだろう。しかし、紫炎は別にリミッターカットしなくても勝てた。
それをしなかったのは本能的に分からせるべきだったからだ。これから、この国には復讐を果たす。それは紫炎が直接受けたものでないが、紫炎の大切なクレンが受けた以上、これは揺るぎない未来だ。
そんな大本命とも言える王を殺す訳にはいかないが、調子に乗せてもいけない。クロリアから量がえげつないことは忠告された。なら、その主将を戦意喪失させないことには厄介さは減少しないだろう。
『影の執行者』との戦いがあるかもしれない。無駄な消耗は抑えとかないと。故に本能的に悟らせたのだ。紫炎という存在を。
これなら、しばらく引きこもり生活だろう。
「任務を果たせたかな」
そして紫炎が、戦意を喪失している兵士やジンに踵を返す。瞬間、紫炎はバッと振り返る。
その視線の先に居たのは──
「光·····?」
「あれ? 僕の名前って、魔族にも知られていたんだ。勇者って凄いね」
──光とイフリートだった。




