公爵令嬢
あたり一面、広がる藤紫。
その枝葉で花冠を作った。
こぼれ落ちた花蕾をかき集めてブーケを作った。
『ねえさま……まるで、花嫁さんみたいだ』
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煌びやかなシャンデリアの揺らめき、色とりどりのドレスの裾。
花の匂いがそこかしこに溢れる宴。
まばゆいほどの、ようやく迎えた春の夜。
今日は、父公爵にエスコートされての参加だ。
本来は従兄弟にお願いしていたのだけれど、急遽父の意向でエスコート役が変更になったのだ。
着ているのは、首元は白く、そこから裾に向かって徐々に濃紫のグラデーションとなるよう、今夜のためにあつらえたマーメイドラインのドレス。
先日のお茶会から3週間。
久しぶりに会う王女殿下を祝う気持ちを表すため、彼女が気に入ってくれている自身の髪と瞳の色に合わせたのだ。
父の隣で微笑みつつも、邪魔にならぬ程度の距離を保つ。
こうして公の場に顔を出すのも久方ぶりだ。
婚約破棄後しばらくしてから、方々へのお誘いは引きも切らずあったようだが、そのほとんどは私の元へ届く前に処分され、そうでないものにも気鬱を理由に丁重にお断りをいれるばかりだった。
出かける先といえば週に1回の中庭のお茶会ぐらいのもの。
そんな日々を過ごしていたものだから、ちらり、ちらりとこちらの様子を伺う視線も、扇子で隠した口元がさざめき合うのも、なんとなく緊張してしまう。
そうして父のそばで落ち着かなげにしばらく時間をやり過ごせば、華やかな音楽がやがて穏やかな曲調のものとなり、周囲のざわめきが少し静まる。
ほどなくして、主賓の入場を告げる声が響いた。
「国王陛下、王妃殿下、並びに王太子殿下、ご入場!!」
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ーーーその後のことは、正直、よく憶えていない。
もちろん、場は騒然としていた。
王女殿下のデビュタントだったはずが、いつの間にか新たに立太子した『第二王子』のお披露目にすり替わっていたのだから。
恐らく父は、知っていたのだろう。それから、一部の重臣たちも。
けれど、私を含めた有象無象は突然のことにただただ驚きを隠せず。
いつの間にか、『彼』が目の前に立っていて。
なぜ、と。
言葉は声にならず。
けれど同時に、
どうして、気づけなかったにだろうと。
どうして、気づかずにいられたのだろうと。
さらり、とこぼれ落ちる柔らかな黄金色。
涼しげな目元。
いつの間にか少し高くなっていた目線。
呆けたまま立ちすくむ私に跪いて、差し出される手。
「…どうか、私の花嫁に」
きゃあきゃあと、噂好きなご婦人方の好奇の視線も、今は気にならない。
柔らかな物腰、穏やかな…少しかすれ気味の声。
眼差しだけが、灼けつくようほどに、熱くて、ひりつくほどに、渇きを孕んでいて。
そうしてなぜだか、今にも泣き出しそうな顔で。
あぁ、『彼』だったのだと。
あの遠い日からずっと、私を捉えて離さなかった、この眼差し。
差し出された手を取ることにためらいはなかった。
彼の元へと踏み出す一歩は、驚くほど自然に出た。
そうして、
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『まるで、じゃなくて、いつか本物の花嫁になるのよ、私』
佇んで、揺れる、黄金色。
『そうなの?…そしたら、ぼくがねえさまを花嫁さんにする!』
『やくそくだよ!ねえさま!』
こころからの笑顔を、あなたに。