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第二章 3

小林 将宗

新城 楓

          3


 家から徒歩でおよそ20分ほど歩き、例の古本屋にたどり着いた。それなりに大きな店舗で、徒歩で行くには少し距離があるが、自転車なんかがあればどうということはないだろう。広々とした駐車場と、隣にはリサイクルショップも併設している。現在の時刻は午前10時を過ぎたところだった。お店は俺らが着く少し前に開店していたようで、自動ドアをくぐると店内の空気が俺たち二人を迎え入れてくれた。

 「すいません、私受付しちゃうんで、そこらへん見ててくれますか?」

 「はいよ」

俺は持っていた紙袋を受付カウンターへと出し、店内をぶらりと散歩することにした。平日の朝、しかも開店したばかりだというのにすでに数名先客がいたのには驚いた。やっぱり書店のアルバイトとしては、本は新品で買ってほしいという思いもあるが、こういったお店にしかないものというのもあるから一概には言えない。うちみたいな書店というのは基本的に新作を前面に押し出して販売をするので、古い作品は奥へと追いやられ、いずれは棚から姿を消してしまう。そういった作品を探す、という意味では古本屋さんというのはなくてはならない存在だと思う。最近ではインターネットの普及によって、欲しい本が1冊からでも手軽に手に入ってしまう時代になったが、実際に店舗に行ってみて、探してみるという楽しさもあると思っている。


 「なに見てたんですか?」

俺が店内をぶらぶらとのんきに歩いていると、受付を終えた楓が後ろから声をかけてきた。

 「別になに、ってわけじゃないけど。どのくらいで査定終わるって?」

 「15分ほど、って言われました。まぁ私たち、特に急いでいるわけでもないのでいいですよね?将宗さん今日アルバイトかなにか予定入ってました?」

 「本当は夕方からの予定だったんだけど、昨日ヘルプで入ったからその代わりに今日は休みになったかな」

昨日の午前中、急遽入ったその代わりとして、今日のシフトはなくなったというわけだ。まぁ春休みなので別に今日の夕方に入っても問題なかったのだが。まさか、隣の部屋に引っ越してきた人とこうやって出かけることになるというのをさすがに当時想像はしていなかった。結果オーライというかなんというか、そんな感じだ。

 「じゃあ問題なさそうですね」

そう言って彼女はにっこり笑ってうなずいた。知らない土地に引っ越してきたばかりの彼女に案内役を任されたからには、お店だったり、道だったりをざっくりとでも教えてあげられれば、そう思いながらここまで来たというのもある。

 「・・・私ここらへんのゲームとかっていうものは全然知らないんですけど、将宗さんはゲームとか詳しいんですか?」

 「まぁ人並みには」

たまたま歩いているところにあったのは今話題のゲームソフトたち。俺もとても詳しいというわけではないが、一応人並みには知っているつもりだ。ただ、興味はあってもやりこんでいるわけではないので、人になにかを語れるほど知識があるわけでもないと思う。

 「私、死ぬまでに一度『乙女ゲー』というのをやってみたいんですよね。こういったゲームって高いじゃないですか」

そう言って彼女はそのゲームに貼られている値札シールを虚ろな目で見つめていた。

 「死ぬまでにとか言わなくても、いずれできるだろ。多分」

確かに、いま目の前にあるような、ゲームソフトと、それを動かすゲーム機本体を買うとなると、さすがに安い買い物ではないかもしれない。しかし、今では携帯・スマホでできるゲームもそこそこ出てきているので、そこまで悲観することはないだろう。と言っても、彼女はまだガラケーなので、若干怪しいかもしれないが。

 「スマホなんかで基本無料でできるやつもあるみたいだからな。俺も詳しくは知らんけど」

 「そうなんですか。じゃあ私でも、本当にいつかできるかもしれませんね」

彼女にそのことを教えると、ちょっと嬉しそうなた様子だった。

 「でもそれじゃあここにあるゲームソフトをこんな高いお金出してまでも買う必要ってあるんですか?」

そう言って彼女は本当に不思議そうな反応を見せた。なんだかいろいろと問題がありそうな発言だが、彼女がこう思うのも最近のゲーム事情からすると無理はないのかもしれない。

 「まぁ、そこが難しいところよ。無料でできるのに比べて、お金を出してまで買う価値を開発側が提供しきれていない商品ってのは、どんどんと廃れていくだろうし、こういったパッケージ版でも未だに人気が根強い商品ってのもあるから、一概には言えないかな。ただ、手頃さ、手軽に遊べるって点ではスマホの方が少しリードしているかも」

 「将宗さん、詳しいんですね」

俺が本当か嘘なのかよくわからない知識を披露すると、楓はまるで全てを信じ込んだかのように、尊敬のまなざしでこちらを見つめてくる。別に詳しいというわけではないが、つまりそういうことだろう。据え置きゲームには据え置きゲームのいいところがあり、スマホゲームにはスマホゲームのいいところがあるってことだ。俺はなに小難しいことを彼女と議論しているのだろう、とふと思いながらそんなことを考えていた。

 「うちの大学はそういうのを勉強したい人たちが来るところでもあるから」

 「そうなんですか。私全然わかんないんですけど大丈夫でしょうか。今から少し不安になってきました」

 「まぁ、ゲームとかそういったのを作りたくて大学に入る人が結構多いんだろうけど、そいつらはプログラムとやらのむずかしさに途中で心を折られて挫折って感じだろうし、多分楓も大丈夫だとは思うよ」

 「???、言っている意味がよくわかりませんが、とりあえず大丈夫なんですね?」

 「そうそう。大丈夫」

 「なんだか返事が雑ですね。ま、いいですけど」

そんな話をしながら、店内を見て回り、本はあらかた見たので、隣に併設してあるリサイクルショップも見て回ることにした。こちらの店舗では本や雑誌ではなく、楽器や電化製品などを扱っているようだ。同じ建物内だが、受付のカウンターが若干異なり、社員さんの制服も若干違う。同じ系列の会社で、取り扱う商品を分けている、というところだろうか。

 「それにしても、平日にしては結構混んでますね。こちら側の店員さんも忙しそうです」

俺の少し後ろを歩いている楓が周りを見渡しながらおもむろに口を開いた。確かに、そう言われれば、と思いながら俺もあたりを見回した。まだ朝の10時を少し過ぎただけだというのに、店員さんも忙しそうなうえ、次々とお客さんが大きな段ボールやら、衣装ケースやらを持って店の中に入ってくる。このようなリサイクルショップは年度末、毎年どこもこんな感じで忙しいのだろうか。

 「引っ越しシーズン、ってやつかもしれませんね」

 「そういう楓こそ、引っ越してきた側の人間だしな。年度末の整理、というか引っ越しは時期的に重なるからな。こういったお店も必然的に人が来るんだろ」

 「私は家具や服に関しては、もう売るものもはありませんでしたけどね。家からは最低限のものしか持ってませんし、これ以上売ったら生活ができなくなってしまいますから。まぁお母さんが若いころに着ていたおさがりの可愛い服を売ってもいいんですけど、そしたら私、毎日スウェットかなんかで通学しなきゃならないですから。さすがに大学に寝巻きで来る人はいないですよね?」

 「男子だと結構適当な恰好で大学来てるやつもいるけどな。女子はそれなりの恰好してるよ」

 「その『それなりの恰好』ってのが私的には難しいんですよ」

そう言って彼女はやれやれ、と言った感じで肩をすくめた。俺も大学一年生の頃はどんな格好をしようか迷ったものだっけか。とりあえず大学生らしい、街中に出ても恥ずかしくない恰好を当初はしていたような気がする。しかし、俺の場合、学年が上がるにつれてそこらへんはずぼらになっていった。誰も俺の恰好なんて見ていないんじゃないか、と思い始めると、途端にそういったのはどうでもよくなってくるから不思議だ。それに同じ校内の大学生の中には、もっと適当な服装のやつらがわんさかいるから、なんだかそれにつられた形なのかもしれない。

 「無難な恰好ってのはまぁ難しいよな。正解があるわけでもないし」

 「難しいですよ。私みたいに服に興味がない人間から言わせれば、なにが違うのかさっぱりです。私、高校の頃から私服だったんですけど、いまだによく分かってないと思います。それに、うちは服を買うお金があれば食費に回したい家族でしたから」

 「そんなこと言って、下着は毎日変えてるんだろ?」

俺がそう昨日のことを思い出したかのように言うと、彼女は少し顔を赤くしながら俺から視線を逸らした。

 「なんでいまその話を思い出すんですか。確かに下着類は毎日変えてますけど。別にたくさん持ってるってわけじゃないですから」

 「パンツとかの方が取り替えなくてもバレなさそうだけどな」

 「男性はいいかもしれませんけどね、女性にはいろいろあるんです。っていうか、将宗さんも意外とずぼらなところあるんですね」

 「・・・いや、俺もちゃんと替えてるよ?でも別に替えなくてもいいんじゃないか、って一人ぐらしを始めてから思いはじめたところ」

 「それ、アウトなやつじゃないですか…。不潔ですね」

「いや、だからちゃんと毎日替えてるって」

 そんな話をしながら、店内を歩いていたところ、楓の持ってきた商品の査定が終わったらしく、店内放送から彼女の持っている番号が呼び出された。

 「私行ってくるんで、将宗さんは待っててください。絶対に来ないでくださいね」

 「わかったよ。そこらへんぶらぶらしてるから」

そう言って彼女はふらふらっと再び隣のフロアへと戻っていった。なにか俺に見られたくないものでも持ってきていたのだろうか。そう一瞬だけ思ったが、特にそれ以上のことは考えなかった。しばらくメンズの古着あたりを適当に眺めていたところ、空の紙袋だけを持った楓が隣から帰ってきた。嬉しそうな、悔しそうななんだか微妙な表情をしている。

 「終わったんだな?で、証明写真は撮れそうか?」

 「あっ、そうでした。私、証明写真を撮りにきたんでした」

彼女は口を半開きにしながら、少し笑ってみせた。

「忘れてたのかよ」

 「じょ、冗談ですよ」

 「いま絶対忘れてただろ」

彼女が明日、バイト先に提出する履歴書の写真を撮るため、というかその予算を捻出するためにいま古本屋にきたところだった。あとはそのついでにカーテンでも海苔でも買えればいいな、という話は予めしていた。さきほどまで本が入っていた紙袋は折りたたまれており、全て査定してもらったようだ。

 「とりあえず写真くらいは大丈夫そうです。じゃあ将宗さんの勤め先でもあるショッピングモールとやらに行きますか。そこに行けば照明写真機?はあるんですよね」

 「多分、俺の記憶が正しければあったと思うんだよなぁ」

俺がぼんやりとした記憶をたどりながら彼女にそう告げると、彼女からは、ため息交じりの返事が返ってきた。

 「なんか頼りないですね。ま、とりあえず行きましょうか。そこでいろいろお買い物もできるといいですね」

 「そうだな、とりあえず行くか」

そう言って二人は古本屋を後にした。


二人で古本屋を出た後、歩いて10分ほどで俺のバイト先でもあるショッピングモールに着いた。四階建てで、市内で一番大きなショップだと思う。俺の働いている書店のほかにはアパレル関連の店が数店、ファーストフードの店や日用雑貨屋、ゲームコーナー、自転車屋、各種ATMに最上階にはなんと映画館までついている。とりあえずここに来ればなんでも揃うといった感じだ。

 「ここが将宗さんのバイト先なんですね。とりあえず写真を撮っちゃいますか」

 「撮ってもいいけど、ちゃんと撮れるのか?」

俺は楓の様子を窺うように顔を覗き込んだ。そう言ったのはもちろん金銭的な意味でだ。さっき、古本を売ってお金にしたと言ってもいくらかは聞いていないのでこっちとしては聞かずにはいられなかった。

 「大丈夫です。いまの私に買えないものはないって感じです」

そう言って俺は彼女を店舗なかほどにあるエスカレーター横の証明写真撮影機へと見送った。彼女はいってきます、とだけ言い残し、カーテンの奥へと入っていった。彼女の写真が撮り終わるまで、俺はどこかに行って時間をつぶすということもできたが、見失って連絡を取り合うのも面倒なのプリント機の横で待つことにした。

 「・・・とりあえず、このあとは3階に行ってカーテンでも見ればいいか。あとは日用品、って言ってたからタオルとか?あと掃除用具なんかもあればいいのか?」

昨日は引っ越し作業の後もいろいろとあり結局、荷解き的なことは全然できなかったと言っていた。俺は彼女の部屋の完成図を勝手にイメージしながら待ち時間をつぶしていた。とりあえず今日、ここで必要なものを取り揃えて、部屋を一通り住める状態にまでしたいらしい。荷物自体はそこまで多くないので、一晩もあれば終わるだろう。ちなみに俺が一人暮らしを始めるときはほとんどを実家の俺の部屋のもので済ませたので新しく新調したものはほとんどなかった。強いて言えば一人用の食卓テーブルくらいだろう。

 「終わりましたよ。わざわざ隣で待っててくれたんですか?」

そう言って楓が写真機の中からゆっくりと出てきた。いつの間にか髪を後ろでまとめており、一瞬別人かと見間違えそうになる。

 「終わったのか?」

 「はい、あとはここから出てくるのを待つだけです」

そう言って彼女は照明写真機のわきにある「写真排出口」と書かれたところを指さした。

印刷して出てくるまで数分ほどかかるらしい。

 「じゃあこれが出てきたら買い物か。ところでなにを買うかはもう決めてあるのか?」

俺がそう尋ねると、彼女は留めてあった髪をほどきなら曖昧にうなずいた。

 「まぁある程度は、って感じです。とりあえず何度も言っていますがカーテンとLED電気ですね。あとのものは売り場を見ながら、って感じでしょうか」

 「あと必要なものといえば、テーブルとか?」

俺が彼女の部屋の引っ越しの荷物を思い出しながらそう尋ねた。

 「テーブルなんていらないですよ。段ボールをひっくり返せばテーブルになるじゃないですか」

彼女がさも当然かのごとくそう言った。

 「じゃああとはタンスとか?」

 「備え付けのクローゼットで用足りると思います。まぁ靴下とか下着とかはどっか適当に置いておけば、それこそ段ボールから取り出してもいいですし」

 「炊飯器はあったっけ?」

 「お米は炊飯器が無くても鍋で炊けるんですよ?まぁ私の家にお米がある方が珍しいですが」

 「じゃあ逆になに必要なんだよ・・・」

俺も若干呆れ気味になりながら彼女に聞くと、彼女は少しだけ考え込んだ後、結局なにも思いつかなかったように顔を上げた。

 「私もいまは海苔くらいから思い浮かびませんよ。だって一人暮らししたことないんですから。むしろ私に教えてほしいくらいです。将宗さん、一人暮らしってあとなにが必要なんですか?」

 「わかった、とりあえず照明とカーテンだ。確か三階にあったはず」

 「結局最初に話していたのと一緒じゃないですか。まぁ行きますけど」

そんな話をしているうちに、カコン、と隣から軽い音が聞こえてきた。写真の印刷が終わり、さきほどなかで撮った写真が出口に排出される。

 「どれどれ、どんな感じ?」

 「見ないでください」

彼女が手に取った写真を見ようと俺が覗き込むと、彼女は若干嫌な顔をしながら写真を胸に抱きよせた。

 「なんでよ、別に見せても減るもんじゃないだろ」

 「嫌ですよ。なんで見せなきゃならないんですか」

 「いや、どんな顔かなって」

別にどうという理由はないが、なんとなく好奇心でそう言っただけだ。俺が写真を勝手に見たことに対してだろうか、楓は若干怒っているようにも見えなくもない。

 「じゃあ将宗さんの学生証の写真も見せてくれたらいいですよ」

 「俺の学生証?なんで見せなきゃなんないんだよ」

 「将宗さんもこういう写真は見られたくないんじゃないですか?まぁ、ブサイクに写るから私も好きじゃないですけど」

そう言いながら彼女はその写真をかばんにしまおうとする。

 「いや、俺はただ単に財布から取り出すのがめんどくさいだけなんだけど」

 「じゃあめんどくさがらずに見せてくださいよ。三年前の将宗さんをちょっと見てみたい気もするんで。学生証を作ったのは3年前ですよね?」

俺が彼女に対して変に反論すると、彼女は目の色を変え、俺の背負っているリュックサックに魚のごとく食いついてきた。

 「そうだけどさ。おい、てかいま見んの?」

 「いまです、いますぐです!」

俺はめんどくさいことになったな、と思いながら財布のポケットに入っている緑色の学生証を取り出し、彼女に見せる。

 「・・・なんか言ったら?」

 「いや、普通に好青年って感じで若干腹が立ちますね。そこのごみ箱に捨てていいですか?」

 「おい、やめろって。返せよ」

そう言って俺は捨てられそうになった学生証を彼女の手から若干強引に奪い取る。

 「ほれ、俺の見せたんだから楓のも見せてよ」

 「さ、行きましょうか。三階でしたっけ?」

 「おい、無視すんなよ」

そう言って彼女が一足先に上へ登っていくのを俺は足早に追った。


そうして俺らは隣にあったエスカレーターをのぼった。3階のインテリアコーナーでは、この時期ならではの一人暮らしセットなどが置かれており、布団やテーブル、細かな家電まで取り揃えてあった。近くに大学が密集しているということもあり、こういった特設コーナーを設けているのだろう。

 「まず窓につけるカーテンな。どれにすんのよ?」

 「どれって・・・、私は視界が遮られればどれでもいいんですが」

 「じゃあ一番安いの買っとけばいいんじゃね?これか?」

そう言って俺が手に取ったのは中央の一番目立つ棚にあるグレー色の無地のやつ。地味っちゃ地味だが、これがここにあるなかでは一番安い。

 「長さもこれで・・・、大丈夫ですね」

楓は俺から手渡されたそれを特に吟味することもなくそのままカゴの中へと入れた。一応裏に書かれてあるサイズはきちんと確認したらしいが。

 「適当だな。もうちょっと悩んだらどうだ?カーテン一つで部屋の印象ってのは結構変わるもんだぞ」

 「これでいいんですよ。貧乏なんですから、一番安いやつにしておきましょう。もしかしたら隣にあるピンクのとかお花がついたやつとかの方が女の子らしいかもしれませんが、私に女の子らしさとか求められても、って感じです」

 「・・・まぁ楓がそれでいいってならいいけどさ」

来て数分もしないうちに目的の一つが買えてしまったわけだが、次は部屋の照明を買いに行くことにした。まぁ彼女らしいといえば彼女らしいが。そのLED照明コーナーとやらは展示品として照明が実際に点灯していたので、見るけるのは比較的容易だった。

 「これですね。えっと、6畳用?と8畳用?将宗さんはどっち買ったんですか?」

 「俺は部屋に最初から備え付けてあった、というか前の住人が置いていったやつだから分からん」

 「なんですかそれ、ずるくないですか?!」

楓が不満そうにそう口にした。まぁ俺に言われても、といった感じなのだが。それに、楓の部屋の前の住人がそれを引っ越しの際に持って行っただけの話だから、むしろそちらの方が引っ越し、という意味では正しい気がするけど。

 「ずるいって言われてもなぁ。6畳用の方が安いんだろ?じゃあそっち買っておけば?」

 「あっ、そうでした。値段大事ですよ。どれくらいなんですか?」

そう言って二人は6畳用LEDシーリングライト、と書かれてあるパネルの値段を確認する。

 「将宗さん。問題が発生しましたね」

 「・・・意外と値段するんだな。俺も初めて知ったわ」

俺もこの手の商品を初めて見たので今まで知らなかったが、楓にとって安い買い物ではないというのは、彼女の顔からもなんとなくだが想像できた。

 「さすがにどっちもは買えそうにないですね。電気とカーテンはどっちが優先順位高いでしょうか」

楓はどちらを買おうかと、真剣な面持ちで考え込んでいた。

 「あれ、俺ここの社員証あるからちょっと割引なるけどそれでも買えない?」

 「えっ、なんですかそれ」

 「えっ、話してなかったっけか?」

そう言って財布からここのショッピングモールのピンク色の社員証を取り出す。ここの店舗はアルバイトでも社員証が貰え、提示すれば特典、というか恩恵が受けられるというわけだ。ちなみにこの社員証の俺の顔写真は先ほど楓に見せた学生証の写真と全く一緒のものだ(どうでもいいか。)大学1年のアルバイトに採用されたときに店舗から渡されたものだ。俺はいつもここの映画館で映画を見るときに提示するときくらいにしか使わないが。

 「昨日ここでバイトしてるって言ったじゃん俺」

 「いや、社員割みたいなのがあるってのは聞いてませんよ。何割安くなるんですか?」

 「えっ、知らん」

 「えっ、なんで知らないんですか」

 楓が信じられない、と言わんばかりにその目を見開き、俺をじーっと見つめる。

 「いや、俺ここで買うとしても半額弁当くらいだし。お菓子とかはコンビニで買うし、大きい買い物はネットで済ますことが多いから」

 「わかりました。じゃああのレジのお姉さんに聞いてきてください。『無知な俺にこれを提示すれば何割引きになるか教えていただけませんかお願いします』って聞いてきてください」

 「えっ、なんでそんなに怒ってるんだよ。てか、押すなって」

何故か若干不機嫌になっている楓に背中を無理矢理押され、レジの人に聞いたところ、ここらへんにある家具家電・日用品は1割引きだそうだ。そのほかにも対象にならないものや、2割引きになるものの説明とかもされたが、俺的には全然頭に入ってこなかった。というか楓の方がむしろ真剣に聞いていたので、途中から聞くのは彼女に任せることにした。レジのお姉さん(というかおばさんに近いが)の長い説明が終わったので、とりあえずありがとうございますと言って楓といったんその場を離れた。

 「で、なんだって?」

 「なんだって、じゃないですよ!いまとっても重要な話をしていたじゃないですか。ここらへんは一割引きで、食料品も対象だと言ってましたよ!書籍やゲームソフト等はダメみたいですが。って、ちゃんと聞いててくださいよ」

 「いや、俺ここで買い物することないし、出すのもめんどくさいから」

書籍はともかく、ゲームはしばらく買ってはいないが、買うとしたらネットで予約するだろうし、食料品なんかは家の近くにコンビニがあるので、そこでいつも買っていたので、全然気にも留めなかった。

 「将宗さんは大学3年間なにをしていたんですか!?もったいないです。もったいないおばけが出ますよほんと」

 楓は相当ご立腹だったが、とりあえず割引があれば予算内でLED照明とカーテンが買えるようだったので、それを手に取り、さきほどのレジまで持って行った。お金が足りるのかと俺も一応財布を出して待ち構えていたが、楓はきちんと脳内で計算していたらしく、ぴったり商品を読み込む前に楓が出した金額がレジ画面に表示されていた。

 「すげーな。ちゃんと計算してる」

 「これくらい朝飯前ですよ。大学生をなめないでください」

 「お、おう」

そう言って少しうれしそうな楓にさきほど買った商品の荷物持ちをさせられながら、そこのフロアをあとにした。

 「なんかこう、節約しながら生活するって主婦みたいだな」

俺がそういうと、さきほどまで少し緩んでいた楓の顔がキリッとなり、俺の横腹をどすっとどついてきた。

 「いだっ、なにすんだよ」

 「将宗さんがズボラすぎるだけですよ。こんな素敵なものがあるのになんでここで買い物しないんですか」

そう言ってさきほどまで楓が持っていた俺の社員証を俺のリュックサックの中に突っ込んでくる。

 「いや、だって遠いじゃん。夏はともかく冬場はここまで来るのも若干しんどいんだって」

 「将宗さんのバイト先ってここですよね?なに甘えたこと言ってるんですか」

大学とは逆方向、ということもあり雪が降り自転車が使えなくなる冬場はどうしても近くのコンビニで買い物は済ませがちになってしまう。まぁ甘えと言われればそれまでだが。それに書籍は対象外、というのは俺も知っており、俺が書店でレジをする際にこれを提示する人がいない、というのもあってこの社員証にありがたみを感じることも少なく、今の今まで財布の奥底にしまいこんでしまっていた。

 「まぁでもこれで助かりました。まさかまたこんな形でまた将宗さんに助けられるとは思ってもいませんでした。海苔を買う余裕もあるんでとっても嬉しいです」

 「よくわからんが、役に立ったみたいで良かったよ」

俺的には、この社員証は映画を見るときくらいにしか使わなかったし、こうやって有用な使い方があったのかと目から鱗って感じだ。まぁ最近では、映画も電車で少し行った大きな駅なかのところを使っているから、特に使う場面は無くなっていたところだった。

「じゃ最後に食料品か?」

 「ですね、行きましょうか」

そう言って二人はエスカレーターを降り、再び一階に戻ってきた。そして、さきほどの照明写真機とは逆の食料品コーナーへと足を運ぶ。

 「それにしても、のりかぁ。海苔を食ったって腹は減るだろ?」

食料品コーナーを歩いている途中、特に意味もないが前々から素朴に思っていたことを楓に聞いてみる。

 「まぁそうなんですよ。向こうにいたころはお母さんがお米を炊いてくれたんですよ。でも私お米炊けるかが微妙なんですよね」

 「・・・???」

俺がわけがわからないと怪訝な顔をしていると、楓もそれを察してか、さらに追加で説明をしてくれた。

 「だって、お米炊くのって難しくないですか?」

 「炊飯器でボタン押すだけだろ?」

俺がそう言うと、楓は違う違う、と言わんばかりに大袈裟気味に首を横に振る。

 「違うんですよ。さっきも少し言いましたけど、私のうちの場合、炊飯器がなかったのでお米は鍋で炊くんですよ」

 「まぁ炊けなくはないわな。小学校の調理実習以来、やったことねぇけど」

確かにそうして炊くと美味しい、とか早く炊ける、などという話は聞いたこともあるが、火の加減とか水の調整とかが難しそうなので、詳しくは知らないし、今まで知ろうとも思わなかった。

 「お母さんが炊くとふっくら美味しいんですけどね」

 「逆に楓が炊くとどうなるんだよ?」

 「そうですね、真っ黒になるか、鍋からなにもなくなりますね。あっ、成功したこともありますよ?確率で言うとだいたい5%くらいですが」

 「・・・ガチャかよ。あと俺の家のキッチン用品には一切触れるな」

料理が下手、というかそれはもう才能とかのレベルではないだろうか。黙って炊飯器を買えばいいものの。いや、この手の料理下手はそういった道具を使ってでも失敗しそうだから恐ろしい。

 「だからお米を買ってももったいないかなぁって思ってるんですけど。どうでしょうか。お母さんからは『絶対やめなさい』って引っ越しする前に言われてるんですよね。でも私お腹空いて死んじゃいそうなとき何食べればいいんですかね。成功率5%を何度もチャレンジするしかないんでしょうか。いや、何度もやればいずれうまくなると私は思ってるんですけど」

そう言いながら俺たちは歩いてお米のコーナーまでやってきた。俺は楓がどれほどの予算があるのかは知らないが、ここまで来たということは、小袋のものくらいは買える余裕があったのだろう。

 「博打すぎて言葉もねぇよ。お母さんもやめとけ、って言ってるならやめといた方が良いと思うぞ」

俺はそう素直な感想を口にした。いや、俺は楓の料理を見たことがないが、本人とそのお母さんがやばいと言っているのだから、悪い意味で相当な腕前なのだろう。

 「そうですね。じゃあやめときます」

そう言って楓は意外と素直に引き下がったが、しゅん、とわかりやすく落ち込んでいた。

 「いや、そんな哀愁漂わせた顔しなくても。俺が炊いた米を食べればいいんじゃないの?」

 「いやいや、それでは将宗さんに迷惑がかかってしまいます」

なにを遠慮しているのか、俺のアイデアは違うと言わんばかりに否定してくる。

 「別に迷惑なんかじゃないしさ。いや、1食で一気に1キロとか食われたりしたらさすがに困るけど、炊くだけなら全然困らないし、それに炊飯器なら真っ黒になったりしないと思うぞ?」

 多分だけど、というのをあとに一応つけておく。

 「本当ですか?私迷惑じゃないです?」

 「逆に昨日の威勢はどうしたんだよ。あれだけ寄生するって言い張ってたくせに、良識というか、一般常識的なのはあるからなんか強く言いづらいわ」

 昨日の夜、あれだけのことを言って一生世話させてやる、とか言ってたくせに、こういったところはしっかりしているから、やはり根は真面目なのだろうか。俺の方だって毎日朝・昼・晩と三食食わせてあげることはできなくても、多少腹を満たしてやることくらいならできるはずだ。

 「じゃあお言葉に甘えて、お米は小さいの買っておきますね。海苔食べてて死にそうになったら炊飯器使わせてもらいます」

 「はいよ。あと海苔も買うんだろ?隣のコーナーに確か置いてあったぞ」

 「ほんとですか?じゃあ今日はお金もあるんで味付き海苔買っちゃいますね」

 「お、おう・・・」

何とも反応しづらいのはいつものことなので、とりあえず小さな米袋と味海苔と、あとは俺が買った食料品たちのお会計を済ませた俺たちは、買ったものをまとめて俺のリュックサックにつめる。電気とカーテンも買ったので、だいぶ荷物が多くなってきた。

 「お米重いんで将宗さんのリュックに入れておいてください。」

 「はいよ。そんで、これからどうすの?」

時計を見るとまだ昼前だが、とりあえず欲しいものはすべて手に入った形だ。

 「どうするって、帰るに決まってるじゃないですか。それともなんですか、このあと私とデートしに行くってのを想像してましたか?」

 「まぁ、全く想像していない、といえば嘘になるけど」

俺はそう正直に彼女に打ち明けた。行く前に彼女からちょっとそんな前振りもあったし、頭の片隅では期待、というわけではないが多少なりとも意識はしていたが、よく考えたら大きな荷物もあることだし、直帰するのが最善だろうか。リュックサックの中の米はともかく、右手のデカいLED電気さえなければどこか食べに行っても良かった気がする。そう思い俺は、いま考えていたことをそのまま楓に伝えた。

 「まぁそうですけど・・・。将宗さんってなんか可愛げがないですよね。そこは年下の女の子と一緒にどっかお洒落なお店なり喫茶店なりに行くとかでもいいんですよ?ほら、私も一応ですけどレディなので。あっ、それともお金の面を気にしてくれたんですか?それならそれで」

 「あ、いや金のことは全然」

 「・・・わかりましたよ。だから将宗さんは彼女ができないんですね」

 「余計なお世話だから」


なんだか以前、妹にも同じようなことを言われたなと思い返しつつ、俺たちは家へと帰ることにした。寄り道はしない、らしい。

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