みずあそび。(挿し絵)
「なあサっ君、プール行かない?」
急に何を言い出すかと思ったら。
確かに最近暑くなったし、夏真っ盛りな感じだし。
庭で植木の水やりをしている僕に、詩奈が話しかけた。
僕の家と詩奈の家は隣同士だから、こうした鉢合わせはしょっちゅうだ。
「そんなことより昨日宿題やったのかよ」
僕は詩奈にカウンターを食らわす。
「もちろん、やってるわけないじゃん!」
自信満々に言うなよ。
「そういうサっ君はどうなのさ」
「まあぼちぼちやってるよ。でも、そんなんで大丈夫なんかよ」
「大丈夫でーす。昨日はやってないけど、もう先週に全部終わらせちゃったからな」
「なっ、マジか!? じゃあちょっと写させてよ」
「サっ君頭が暑さで腐ってんなあ。詩奈とは学年が違うから、写したって意味ないじゃん」
あ、そりゃそうだ。
詩奈は学年が一個上だから、宿題写しても仕方ないよな。
僕もだいぶ焦っているなあ。
「や、じゃなくて、僕の勉強を見てくれってことだよ。先輩なんだから、僕の学年の勉強なんかちょろいっしょ?」
「え、ああ、そうだね、よし、プール行ったらその次の日には勉強会を開いたげよう」
んー、微妙な取引だな。
でもプールに行くこと自体には賛成だし、まあよしとしよう。
「先輩はそのかばん、もう行く準備できてんの?」
詩奈の持つトートからは、まだ空気の入れていない浮き輪とかが顔をのぞかせていた。
「うん。実はもうできてて、いつでも行けんだよね~」
「水着も?」
詩奈はニヤリと笑うと、着ているワンピースの胸元を指で引っ張ってみせた。
ワンピースが大きく開いたその隙間から、ピンク色がちらりと見える。
「わっ、ちょっ、何やってんだよ先輩」
「うっふー。照れちゃってかわいいなあ。下は水着だから平気だもんね~」
「そう言う問題じゃないだろー。恥を知れ恥を」
「顔を真っ赤にしながら言っても、説得力ないなあ」
小悪魔的なニヤニヤ顔をしながら、詩奈は僕をからかう。
「じゃあ先輩、僕も支度すっからちょっと待っててよ」
「おっけー」
まさかこんな急にプールへ行くことになるとは思ってもみなかった。
連日の真夏日になるっていうので、案の定公営プールは人でいっぱいだった。
「うっわ~、サっ君混んでるねえ」
「キモ笑い状態だなー」
「それを言うなら芋洗い状態だろ」
「そう言ったろ」
公営プールだけに、遊園地とかのプールとと違ってアトラクションみたいなプールがない分人は少ないんだろうけど、それでも暑さから逃れようと沢山の人が泳いでいた。
「はあ、早く入りたいなあ」
さっさと着替えてプールサイドでストレッチをする。
日差しが熱い。
「お、早いねえ」
詩奈の声がするので振り返ってみると、そこにはTシャツ姿の詩奈がいた。
ピンクの花柄が白のTシャツから透けて見える。
「下に着てきたから早いんじゃなかったのかよ」
「それがさあ、ロッカーがめちゃ混みでさ、びっくりだったよ。
で、どうよ?」
「な、なにがよ」
「判ってんだよ~、さっきっから詩奈の水着姿に釘付けなのは」
「うっせ、そんな幼児体型、興味ねーっつーの」
「お、言ったなあ! これでも食らえっ」
詩奈が僕の首を小脇に抱えてお決まりのヘッドロックをかけてくる。
僕の顔に詩奈の胸が当たる。今回ばかりは、流石に気にならないわけがない。
「どうだ、これでも幼児体型か? うん?」
くっそう、思ったよりデカい。
背はちっちゃいくせに、こんなところばっかり育ちやがって。
「判った判った、降参だよ。いいから早くプール入ろうぜ」
苦し紛れに頭を動かす。
詩奈はこれまたいたずらっ子の意地悪な笑い顔で僕を見ていた。
「ふっふっふ。大人の詩奈を思い知ったか」
「思い知った思い知った。だからもういいだろ先輩」
「仕方がないなあ、解放してやるか」
ようやく詩奈のヘッドロックから自由になった。
そのまま僕は流れるプールに入る階段を降りていった。
「おっさき~」
「あ、ずるーい! 待ってよサっ君!」
「待たねーよー。おい、あぶねーから走んなよ」
「あっ」
言ったそばから、詩奈が階段で足を滑らせる。
大きな音と水しぶきを立てて、僕と詩奈がプールに落ちていった。
思わず水の中で詩奈を抱きしめる形になった僕は、深くないプールの底に足をつけてバランスを取ろうとする。
女の子って、男と違って身体全体が柔らかいんだな。
「サっ君、ごめん」
「あ、ああ。へーきだよ」
子供向けの流れるプールだ。詩奈だって落ち着けば楽に立てる深さだった。
「ほらそこ、飛び込まない!」
プールの監視員から注意が飛ぶ。
「怒られちゃった」
ばつが悪そうに肩をすくめた詩奈が、プールの流れに身を任せていく。
僕もそれに併せてゆっくりと流れていく。
雲が、高い。
「あー、涼しくて気持ちい~」
「だなー。久しぶりだよここのプール」
「確かにね。小さい頃は毎日のように行ってたもんな」
言われてみればそうだ。
昔は歩いて行ける距離のこの公営プールは、夏の遊び場として定番だった。
詩奈とは毎日のように行っていたっけ。
その頃に比べたら、いやでも意識してしまう。
「ねえ、サっ君」
「なんだよ先輩」
「詩奈Tシャツ脱ごっか」
それはあれか。水着姿を見せようっていうのか。
「……見たい?」
本当にこういう時、つばを飲み込むとごくりと鳴るんだな。
「ねえ、どうなんだよ」
素直な気持ちで言うと、見たい。
でも。
「Tシャツ、脱ぐなよな」
「え、なんで?」
期待していた答えと違ったのか、詩奈は少し驚いたような顔をした。
「いいじゃん、本当は見たいんだろ? 詩奈のこの、ナイスバディをさ」
「うっせ。そうじゃねーよ」
「じゃあなんなんだよ。ぷぅ」
詩奈が頬を膨らませて不満をあらわにする。
僕はそんな詩奈の顔から目を背けて、聞こえるか聞こえないかの返事をする。
見たいに決まってんだろ。
「けどさ」
「けど?」
「先輩の水着、他の男に見せたくねーんだよ」
ご覧いただきありがとうございました。
今回をもって一度完結と致します。
復活の際はまた改めて続きを書いていきたいと思っています。
お付き合いいただき、ありがとうございました。