第34話 串焼き屋への依頼4
数日後、私の屋台にラウルとルディが姿を見せた。
ラウルがうやうやしく頭を下げる。
「ルマート先生、この度はありがとうございました。迅速かつ適切な侵入は、情報局の教科書に載せたいくらいです」
「やめなさい。私はただ普通に侵入しただけだよ」
「ふ、普通ではありません……」
少し引いたような表情を浮かべるラウル。
隣でルディが満面の笑みを浮かべながら、私に視線を向けた。
「さすがはルマート様です。こちらの犠牲はゼロ。相手の死人も最小限です。ヴァルシア公もハルファド大使も生きてますから、騎士団の想定以上の成果です」
「ハルファド大使はどうなるのだい?」
「難しいところですね。これは予想ですが、ハルファド本国は切り捨てるでしょう。ですので、情報局が喜んで利用するはずです」
「あそこの局長は……」
「そうですね……。死んだほうがマシと思うかもしれません」
私は二人をベンチに座るように促したが、二人は表通りに向かって跪いた。
ハルバルト殿下が姿を見せたからだ。
「ルマート、ご苦労であった」
「殿下!」
「座ってよいか?」
「もちろんでございます」
殿下がベンチに腰を下ろした。
屋台二回目にして、もう馴染んでいる。
「晩餐会の会場で、串焼きの匂いが漂ってきてな。我慢するのが大変だったのだぞ。わははは」
あの時の殿下は、恨めしそうに串焼きを見つめていた。
「食べていかれますか?」
「無論だ。今日は何がある?」
「本日の肉は四種類で黒毛牛、黒長豚、赤羽鶏、森鹿です。海鮮は短剣海老です」
「私は赤羽鶏が気に入ったのだ」
「い、一番安い肉ですよ?」
「旨いものは価格ではないということを知ったよ。わははは」
麦茶を出すと、殿下は微笑みながら口に含んだ。
「ひとまず、串は全種類を六本ずつ焼け」
「そ、そんなに食べるのですか?」
「ラウル、ルディ、貴公らも食べるだろう?」
「「はっ!」」
「座れ」
「「はっ!」」
殿下を中心にして、その左右にラウルとルディが座った。
王位継承権を持つ第三王子と、その配下たちが屋台のベンチに並んで座る。
信じられない光景だ。
「これが屋台か。いいものだな。わははは」
串が焼き上がり、皿に乗せてそれぞれ手渡す。
三人は勢いよく串焼きに食らいつき、さらに二本ずつ追加していた。
私は殿下に麦茶のお代わりを注ぐ。
「ルマート、これからは頻繁に来られるはずだ」
「どういうことですか?」
「わははは。それと週一回でよい。私に剣を教えるのだ」
「え? 週一回ですか? 毎週ヴァルシアにいらっしゃるのですか?」
「そうではない。私が王位に興味がないことは知っておるだろう?」
そう、殿下は王位に興味がない。
それよりも王都を出たがっていた。
のどかな地方で暮らしたいと言ってたことを思い出す。
「なるほど、最初からこうなるように計画していましたか……」
「そうだ。ここだけの話だが、私がヴァルシア公を拝命する。ヴァルシア公ハルバルト・フォン・スヴェロイだ」
殿下がヴァルシア公を拝命すれば、王位継承の可能性はほぼなくなる。
殿下は最初からそれが目的で、今回の計画を陛下に提案したのだろう。
「本当に王都を出ると……。しかし、よいご決断かと」
「そうだろう。私が父や兄を裏切ることはない。私がこの地を治めて、ヴァルシアを王都以上の大都市に発展させる。そして国庫を助けようじゃないか。わははは」
それほどの大都市になれば、殿下が望むのどかな地方とは言えない。
しかし、民や国のために殿下の考え方も変わったのだろう。
立派に成長された証拠だ。
殿下が串焼きを頬張る。
以前、毒味の影響で、食事は全く楽しくないと仰っていた殿下。
だからこそ、串焼きを旨そうに食べる姿を見ると、つい感動してしまう。
「殿下……」
「どうした?」
「いえ……、成長されましたな」
私はタオルで涙をそっと拭った。
「お、お前……年を取ったな」
「定年退職した老い先短い老人ですぞ」
「私を訓練で殺そうとした、あの悪魔のルマートはどこへ行った?」
「や、やめてください」
殿下に対しても手を抜かず、いつものように訓練しただけだ。
ルディとラウルが顔を見合わせる。
「私も何度死ぬかと思ったことか……」
「私もです……」
三人が同時に頷いた。
そして大声で笑い飛ばした。
三人とも私が剣を教えた愛弟子だ。
これほど立派になったのに、今もこうして引退した私を気にかけてくれることが嬉しい。
「ルマート、私がヴァルシア公として最初にやることを決めたぞ」
「何でしょうか?」
「ルマートの串焼きをヴァルシアの伝統料理にする。それを世界に広める。串焼きと言えばルマートだ。観光に役立つぞ。どうだ、凄いだろ。わははは」
大笑いする殿下の隣で、ルディとラウルが大きく頷いていた。
「あ、ありがとうございます、殿下」
私としてはそこまで大層なことは考えていない。
一生懸命、旨い串焼きを焼くだけだ。
だが、殿下が私のことを考えてくれることに、また感動してしまった。
「ルマート、涙もろくなったな。わははは」
「殿下も年を取れば分かりますよ。はは」
三人は串焼きを食べ終わり、麦茶で一息ついた。
数えられないくらいの串が、皿に積み上げられている。
「ルマート、今回の報酬は後日渡す。屋台で支払うような金額ではないからな。わははは」
「かしこまりました」
私としては、こうして会いに来てくれるだけで満足だ。
報酬など不要なのだが、受け取らないわけにはいかない。
「さて、では戻るか」
「「はっ!」」
殿下はラウルとルディを引き連れ、表通りに向かった。
珍しくこちらを振り返り右手を上げている。
よほど機嫌がいいのだろう。
「ありがとうございます」
私は騎士としての敬礼ではなく、屋台の主人としてお辞儀をした。
そして、しばらくの間、殿下の後ろ姿を眺めた。
「これから賑やかになるな。ははは」
三人は仕込んでいた串焼きをほぼ食べ尽くしていった。
若者の食欲は恐ろしい。
「たくさん食べてくれることが一番嬉しいよ」
私は急いで仕込みを始めた。
『伝説の老騎士、定年退職して裏路地で屋台を始める』を読んでいただき、ありがとうございます!
今回でひとまず最終回を迎えました。
この作品はコンテストに応募しています。
コンテストの都合で物語は一旦休止しますが、実はこの先も執筆しています。
ルマートのエピソードはまだまだ続きます。
ですので、最終回というより第一部完という感じです。
受賞すれば連載を再開しますので(受賞しなくても?)、ルマートファンの皆様、どうか受賞を祈っていてください。
また第二部でお会いできることを楽しみにしています。
犬斗




