第1話 老騎士の定年退職
「今日で最後か……」
今日、私は騎士団の定年退職を迎える。
十五歳で騎士となってから四十五年。
数々の戦場へ行ったし、大きな戦争も経験した。
モンスターを討伐し、犯罪組織を壊滅させたこともある。
それも今日で終わりだ。
「後悔なんて微塵もないさ。はは」
私は勲章などとは一切縁のない騎士生活だった。
一度も昇級できず、六十歳になっても階級は最下級のまま。
四十五年間、ただひたすら任務を全うしたが、最後まで新米騎士と同じ扱いだった。
それでも毎日を精一杯過ごした。
全ての任務を誇りに思う。
「さて、行くか」
私は人生で最後となる鎧を着て、家を出た。
◇◇◇
ロルト王国の第三都市アルジェ。
山と海に囲まれた自然の要塞都市であり、食材が豊富な土地として知られている。
アルジェ市街地の中心地に建つロルト騎士団アルジェ支部の城は、いつもと少しだけ雰囲気が違っていた。
「なあ、今日って定年退職する人がいるんだろ?」
「そうらしいな。うちの小隊長が言ってたよ」
つい数日前、部隊に配属されたばかりの二人の見習い騎士が、任務中にもかかわらず私語をしていた。
「六十歳なのに、役職じゃないんだろ?」
「階級は最低の一般騎士だってさ。ああはなりたくねーな」
「でも、考えようによっては、適当に仕事して定年退職だ。退職金も貰えるんだろ? 最高じゃん」
配属直後の見習いたちは、普段なら口も利けないほどの厳しい訓練をこなさなければならない。
だが、今日に限って城内の警備を言い渡されていた。
「それにしても、今日はなんかおかしくないか?」
いつもよりも騎士の数が多い。
城内には顔を知らない騎士もいる。
他の支部から来ているのだろう。
「お、おい! 見ろよ! あのお方は氷剣サーシャ将軍だぞ!」
「あれは! 豪剣ジルベール将軍!」
「ま、まさか! あの純白の鎧は、神剣グランツォ総帥!」
見習いたちは、次々と訪れる伝説の騎士に驚くばかりだった。
その見習いたちに、一人の騎士が近づく。
「貴様ら、先程は何を話していた?」
二人の見習い騎士の前に、アルジェ支部の責任者である将軍ルディが姿を見せた。
「ル、ルディ将軍!」
「い、いえ、その……。わ、私たちはその……。あの……」
このルディもまた、雷剣という二つ名を持つ伝説の騎士の一人だ。
「見習いが、軽々しくルマート様を話題にするな」
天才剣士である将軍に睨まれた見習いたちは、恐怖におののき、身体を硬直させた。
「いいか。貴様らが今、騎士としていられるのは全てルマート様のおかげだ。そのこと、ゆめゆめ忘れるでない」
「「申し訳ございませんでした!」」
ルディは見習いを注意しながらも、自分にも言い聞かせていた。
「私語を慎んで、任務を続けろ」
「「ハッ!」」
本来なら罰を与えるが、今日だけは騒ぎを起こしたくない。
また後日、徹底的に騎士の精神を叩き込めばいい。
きっと見習いたちは、騎士として本当の地獄を見るだろう。
見習いに背を向けたルディ。
それは瞳から溢れる涙を隠すために。
◇◇◇
私は鎧からロルト騎士団の紋章を外し、事務局に返却した。
この城を出ると、私はもう騎士ではない。
「ふう、案外あっけなかったな」
退団手続きは思った以上にスムーズだった。
書類に記入し、紋章を返却して完了。
これで私の四十五年間の騎士生活が終わる。
「ルディ将軍には、最後のご挨拶をせねばな」
私は廊下を進み、将軍室へ向かう。
「ルマート様! 探しておりました!」
名前を呼ばれたので振り返ると、ルディ将軍の姿があった。
「ルディ将軍! 退団のご挨拶へ伺おうと思っておったのです。しかし、その敬称はやめていただきたい」
「ルマート様は退団なされた。私はもう上司ではないのです。今はあなたの一人の弟子です」
「そ、そうは言っても……」
「それよりも、こちらへ来ていただけませんか?」
「ど、どこへ行くのですか?」
半ば強引に、ルディ将軍に連れていかれた。
廊下の先にあるのは大広間だ。
「これからルマート様の退団式を行います」
「た、退団式ですと!? そんな話は聞いておりません!」
「はは、いいではないですか。さ、ルマート様。どうぞ、お入りください」
中に入ると、大勢の騎士が整列していた。
千人はいるだろう。
「さ、ルマート様、壇上へお進みください」
背後からルディ将軍が囁く。
私が大広間に一歩足を踏み入れると、全騎士が一斉に敬礼した。
千人もの敬礼だが、動作音はたった一つ。
圧巻の光景に対し、私も敬礼を返して壇上へ進む。
「あ、あなたたちは!」
壇上には騎士団総帥と、将軍たちの姿があった。
「ルマート様。四十五年間、本当にお疲れ様でした」
グランツォ総帥が、笑顔で私に敬礼している。
「ど、どうして、グランツォ総帥がいらっしゃるのですか?」
「どうしてって、我が師が定年を迎えられて退団するのです。お祝いしない弟子がいるものですか」
「し、しかし、私は……」
「あなたはもう騎士ではない。だから声高らかに、あなたの弟子と言いたいのです。ははは」
グランツォ総帥が、小さな木箱を取り出す。
静かに蓋を開けると、金色に輝く一枚のメダルが入っていた。
「これは、あなたの初めての勲章です」
「く、勲章ですか?」
「そうです。あなたこそ騎士団総帥になるべきお人でした。ですから、これは全騎士の気持ちです。ぜひ受け取ってください」
「い、いや……私に勲章は……」
「これが騎士団の想いなのです。受け取ってください」
「あ、ありがとうございます」
私が勲章を受け取ると、グランツォ総帥が壇上の一歩前に出た。
整列する騎士たちを見渡す。
「ロルト騎士団最高の英雄に! 敬礼!」
グランツォ総帥の掛け声で、全員が最敬礼をしてくれた。
「こんな私のために……」
潤んでよく見えないが、この光景は一生憶えておこう。
四十五年の騎士生活に一切の悔いはない。




