巷説!『かごめかごめ』! その2
もともとその病院は、この町には不釣合いなほどの大きな総合病院として建てられたものだったらしい。
外科、内科は言うに及ばず、小児科から眼科、産婦人科に及ぶまでの多彩な部門が24時間体制と言う、正に町の要といえる『総合病院』だった。
だが、やがて、時代が医者不足と言う事態に陥いった時。
田舎と呼んで差し支えないこの港町への赴任を希望する医者達が年々減っていき、ついには撤退と言う形で閉院してしまったのだと言う事だった。
特に、因縁話が有ったわけではない。
まわりからは惜しまれつつの撤退であり、ささやかでは有ったが、閉院する前日にはセレモニーも行われたという。
ただ、建物に買い手が付かないだけ、だから建物も放置されている。
それだけのこと。
ただ時間だけが過ぎて行き、未だ山の中腹にある――。
くたびれた鉄筋3階建ての建物は、あっという間に、まわりをまるで人の侵入を拒むかの様な背の高い雑草の群れに覆われ、その建物の壁の大半はさまざまな蔦が覆って行った。
そのロケーションをオカルト好きな者達が放って置かなかった。
「あらよぅ、病院だからねぇ。色々と悪い噂、立てちゃえば何だってそれっぽくなっちゃうんだよねぇ。最初は、もとは病院の敷地は墓地があって、その呪いで医院長が気が狂って、入院患者とお医者さんを殺しちゃったとかねぇ――」
中傷する噂は止まる事を知らなかったという。
もちろん、全て噂が一人歩きしたデタラメばかりだったのは言うまでも無いことだ。
「どこから噂を聞きつけたんだかねぇ。あちこちのテレビ局なんかが色んな霊能力者の先生様を連れてたくさん来たよぉ。多分、有名な先生達は全部来たと思うよぉ。占いの先生なんかもねぇ何人か来たねぇ」
そして、来るたびにその『先生』達は、各々に有りもしない因縁を語り、それがテレビや雑誌で流れる事により、噂は中傷を超えて、おどろおどろしい怪談へと変化していったのだった。
「三年前くらいがねぇ、一番ピークだったかねぇ――。最近はほとんど来なかったんだけどもねぇ」
話を聞けば、かなりの有名なスポットであったようだが、もともとテレビと言うものを観ないレンレンにしてみればまったく縁の無い話ではあった。
「だけどね」
おばちゃんが神妙な顔つきになる。
「だけどさ。去年の冬。あの『祟り』があってからねぇ――」
おばちゃんが益々神妙な面持ちになり語りだす。
去年の冬。
暮れも押し迫った12月の或る日。
件の病院の荒れ果てた駐車場の敷地で、一組の若い男女が発見された。
二人の若者は、前日に港の観光市場で買い物をしている所を目撃され、そのまま行方不明になっていた。
この街に遊びに行く事を聞いていた女性の両親が、連絡も無しに帰って来ない事を心配し、警察に届け出たことで捜索が始まり、すぐに山中の道路に止めてある車が発見される。
さらに探索が進むと、男女は病院の敷地で発見されたのだった。
二人は駐車場にへたり込み、生きながら死んでいた。
「もう、正気が無くってね。同じ言葉を繰り返すだけだったってさ」
「同じ言葉?」
レンレンが尋ね返すと、やっと観客が話しに乗ってきたことがうれしかったらしく、おばちゃんは雰囲気満点の低い声で答えた。
「あらよぅ、『かぁこめ、かぁこめ』って――。ずーと繰り返してたんだよぅ」
「囲め、囲め?」
二人は正気を失う前からずっとそこに居たのか。
それとも病院に入ってそうなったのか?
昼間の間からなのか、それとも夜半を過ぎてからなのか――。
さらに如何なる目的でそこにいたのか、今となっては誰も知る由もないことだった。
「それで?何が『祟り』なのよん?」
「ほら、童謡の『かごめかごめ』って知ってるかい?」
『童謡』と言う言葉を聞いて、レンレンが顔をしかめた。
『とおりゃんせ、とおりゃんせ――』
戦慄の過去が蘇る。
「な、なななな、なによん!童謡が何だって言うのよん!こ、こここここここ、怖くなんか無いんだからねぇ!」
「あらよぉ。まだ怖がる所じゃないよぉ――」
レンレンのあまりの慌てぶりにおばちゃんが面食らう。
「あらよぉ、そうか、アンタ外人さんだから童謡知らないんだねぇ」
おばちゃんは、レンレンが、『かごめかごめ』を知らないことを悟られることが恥ずかしくて慌てていると解釈した様子で、あからさまに哀れむような目で彼女を見つめている。
「な、何よん!何勘違いしてるのよん!違うわよん!別に私、知らない事を恥ずかしいと思ってるわけじゃないわよん!そりゃ、確かに知らないって事は事実だけど!」
耳たぶを真っ赤にして、尚も激しい口調で立ち向かってくるレンレンを、左手を開き盾にしてとどめながら、おばちゃんは伝票の用紙を前掛けの大きなポケットから取り出し、その裏に何やら走り書きする。
それは、不気味な童謡の歌詞だった。
かごめかごめ
カゴの中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面だあれ?
書きあがったそれを満足げに眺めると、レンレンの前に差し出す。
「この歌詞に合わせて子供がお遊戯するのさね。一人が屈んで、両手で目隠ししてね。まわりを手を繋いだ子供達が、この歌を歌いながら回って歩いて、最後、『後ろの正面だあれ?』で止まってね。目隠しした子が自分の後ろにいる子を当てるってぇ『げェぇーむ』だね」
おばちゃんはレンレンが『外人』と言う事を意識してか『ゲーム』と言う単語を使い、尚且つ、妙なアクセントをつけた。
多分、それも『外人・レンレン』へのおばちゃんなりの思いやりだったのだろう。
つい最近、どこかで体験した事のある展開に、レンレンは軽い眩暈を感じる。
「この『かごめかごめ』って言うのは、ある学者さんが言うには、『囲め囲め』って言葉から変わったもので――、ようは、周りを回っている子供達が互いに呼び合ってる掛け声なんだって言うのさ。それでね、『カゴの中の鳥』って言うのは『お腹の中の赤ちゃん』って意味でね、この歌はね、妊婦さんが『流産させられた』歌だってことらしいよぅ」
何某かの学者が本当にそんなことを言っているとしたら、一体如何なる学問の如何なる解釈なのか。
レンレンは眩暈のうえに頭痛までし始めていた。
そんなレンレンにお構い無しに、おばちゃんは書き込んだ歌詞の脇に矢印を書いて、一つ一つ、文節の意味を書いく。
かごめかごめ → 囲め、囲め
カゴの中の鳥は→ お腹の中の赤ちゃんは
いついつ出やる→ いつ生まれるの?
夜明けの晩に → 夜が明けても晩に(暗いの意)階段で
鶴と亀が滑った→ メデタイ鶴と亀が滑った→悪いことが起こった(滑って転んで流産した)
後ろの正面だあれ?→ 後ろから押したのだぁれ?
うなされそうな内容だ――。
「生川・ルークって、知ってっかい?」
「?」
「ほら、お人形さんで『悪魔払い』する人。ほらぁ、おかっぱ頭の紅い着物着たお人形さん抱いて――」
レンレンは再び廃墟での連中を思い出し「ああ、『あれ』か」と、ハリガネを執念深く最後まで蹴りつけていた、薄らみっともない体裁のデブ男を思い出していたが、ただ黙って首を横に振った。
「あれよぅ、知らないかい?最近よくテレビに出てるんだけどねぇ」
「その、なんたらルークがどうしたって言うのよん?」
要領を得ないおばちゃんの会話に、不機嫌そうにレンレンが尋ねた。
「そうそう。その生川・ルークが先週スタジオで霊視したんだよ。気が触れた二人が口走っていた『囲め、囲め』って言うのは『かごめ、かごめ』の事で、病院で流産して死んだ女性の霊の祟りなんだってさぁ!おっかないねぇー!そんなモンがずっとあそこに居たなんて、おばちゃん知らなかったよぉ」
おばちゃんはそう言うと、手を合わせて拝む仕種をした。
「つまり――。そのルークが今日来てるってことぉ?」
「あらよぅ、そうなんだよぉ!幽霊退治するってその時テレビで言ってね。今日来たってわけさぁ」
「ふーん」
レンレンは鼻を鳴らすと、クイと茶碗酒をあおった。
生川・ルークが如何なる術を使う何者なのか?そんなものに興味は無かったが、テーブルの上にいるハリガネへの興味はさらに膨らんだ。
(何があんたの気に障ったのぉ?)
ハリガネは、唯、眼を細め、うずくまっている。
「えーっとぉ、『かーきち』と、『かごめかごめ』――は後で確認するとしてぇ」
そんな事を考えていると、先ほどの『しげちゃん』と呼ばれた青年に勝るとも劣らない日焼けっぷりの青年が、舟盛りを持って現れた。
「おばちゃん!舟盛り、コッチラさんっスかー」
「あらよぉ、お客さん、おまちどうさんだよぉ!」
おばちゃんは元気よくそう言って青年から舟盛りを受け取り、レンレンの前に差し出す。
「あらよぉ、うちの父ちゃん、ハリガネのお客さんだからサービスしろって言ったからって!いくらなんでも盛り過ぎだよぅ!」
色とりどりの魚介類を、絢爛に盛りつけられた舟盛りを眺めながら、おばちゃんはそう言って威勢良く笑った。




