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1話 夫の君はよき友人

過去編は一人称となります。

アカシア視点です。

 背高ノッポで、ゴツゴツとした体、鋭い吊り目、潤いのない薄い唇。アメトリア王国の騎士団に所属する、クライノート伯爵家の長女。

 それが私、アカシア・クライノートだ。

 兄弟は私以外みな男。武道にしか興味のない厳格な父と、騎士に憧れる質実剛健な兄弟たちに囲まれて育った私は、心身共に、男のように育っていった。

 最初は貴族の令嬢として、一人の乙女として振る舞おうとした。だが、無理だった。ティーカップを持とうにも、力の加減を誤って指先で粉々に潰し、ダンスを踊ろうとすれば緊張で力がこもってしまい、パートナーの手を砕きかける。フリフリのドレスを着ようとも、女性の割には筋骨隆々とした体には合わなかった。自己満足で着られるほど、私は他人の目を気にしない人間ではなかった。オフショルダーのドレスなんて、私にとってはただの「胸元が空きすぎているドレス」に過ぎなかった。

 かわいさの真逆にいるような少女だった。

 幼い故の無遠慮な発言は、同じく幼い私に深い傷をつけた。

 気付けば、かわいいものから目を背け、一心不乱に剣を振り、兄弟たちと変わらない服装と髪型をするようになっていった。傷ついていないふりをして、むしろ男のような素振りをするようになった。


 しかし、そんな私にも春が来た。寂しさと悔しさを埋めるために、森へ狩に出かけていた日のことだ。その日は途中で天候が急に変わり、雨に濡れながら馬を走らせていたところ、私は操作を誤って、馬の上から崖下へと転がり落ちてしまった。そんな時、倒れていた自身を、近所に住む男爵家の少年が家へ連れて帰り、助けてくれたのだ。

 彼は優しかった。怪我をした私を気にかけて何度も見舞いに来てくれた。似合わないのに、花束だってくれた。

 初めて異性に優しくされ、私は愚かにも、彼に好意を寄せてしまった。彼も、私のことを好きだと言ってくれた。

 言葉なんて、どうとでもなるというのに。


 怪我が回復して数ヶ月経った頃、私は町で彼を見かけた。最近は顔を見せなくなったため、久しぶりに会えた嬉しさに、彼の元へ何の迷いもなく駆け寄った。

 そして聞こえたのだ。

 本当は私のことなど微塵も好きではないこと、モテないからちょっとでも優しくすれば落ちたと、他の伯爵家の御令嬢と結婚できなかった際の保険でしかないと、友人たちに話す声が。

 他にも私を卑下する言葉が流れ出ていたが、ショックで頭が真っ白になった私はその場から逃げ去った。

 そのことに彼も気付いていたようで、翌日私の元へ会いにきた。しかし、もう私の心が開くことはないと悟ると、彼は捨て台詞を残し、クライノート家の戸を叩くことはなくなった。


「何年も思い続けなかっただけマシだな」

「またあの男のことを思い出していたのか?」

「そういう気分だっただけさ」


 苦笑する唯一の男友達、現国王の言葉を鼻で笑い、まだ湯気の立つコーヒーを一口のんだ。

 口元を離れたコーヒーに映る自身の姿は、多少は女性らしくなっていた。相変わらず背は高いが、体だって、まぁ、女性らしくなったといえよう。

 初恋が敗れたあの日から、私は恋に希望を抱かなくなった。自身に近寄る男は誰だろうと構わず警戒をした。

 しかし、この目の前で(何か悪いことを企んでいそうな)笑顔を浮かべてコーヒーの香りを楽しんでいる男は違った。良くも悪くも変わっていたからだ。

 まず、彼は人間のことを第一に面白いか否かで判断する。面白くなければ自分から関わることはせず、面白ければ相手が引こうが絡みにいくのだ。とはいえ、王族であるため目に見えて引くものはいなかったが。

 彼は同い年で、入学式初日から私は目をつけられた。仲良くなった後から聞いたのだが、どうやら、確かな自分があるところに興味をそそられたらしい。あと、自身に媚を売らないため、気楽らしい。

 私も彼と過ごすのは楽だった。魔道具造りも馬鹿にせず一緒に楽しんでくれたし、変に見下げてくることもなかった。魔道具造りをいたずら道具として悪用されかけた時に怒ったことがあるのだが、「ちぇっ」と不満を口にしつつも、無礼だと逆ギレすることはなかった。

 だからだろう。彼との縁談話を両親に持ちかけられても、さほど嫌な感情を持たなかった。むしろ、変な男に嫁がされるより何倍もいいとさえ思った。跡継ぎはいつか来るであろう側近に任せて、それ以外の責務をしっかり果たせばいいいと踏んだ私は、すぐにオーケーを出した。彼もその案に乗った。

 そして今に至る。


 ふと、国王が顔を上げた。


「やはり、お前と話すのは楽しいよ。何を言ってもズバズバと返してくれるからな」

「かわいげがなくて悪かったね」

「お前だって、私のことを好きにはならんだろう」

「こっちから願い下げだ。それより、彼女がきて一年経つが」


 国王の肩が揺れた。その様子を見て笑みをこぼす。


「まだ何もできていないようだな」

「し、仕方がないだろう。彼女がかわいすぎて、何もできなくなってしまうのだ」


 コーヒーを急にゴクゴクと飲みだした彼に、思わずため息が出てしまう。微笑ましい限りだ。

 一年前、側近として他家の娘がやって来た。リリーといい、名前にピッタリな可憐な少女だ。性格も穏やかで、かわいらしい。素直だからか自身とも気が合ったようで、たまに茶を飲むようになった。

 彼はリリーに一目惚れをしたのだ。毎週のように彼女に対する気持ちを語られているのに、まっっったく進展がない。お飾りの私が言うのも何だが、結婚しているくせに、火遊びをしたこともあるくせに、何をウブな反応をしているんだと呆れてしまう。彼が珍しく狼狽える姿を見るのは、なかなか面白いが。


「あと、照れる姿を見たらこう……加虐心のようなものが湧き上がって来て、抑えられなくなりそうなんだ」

「頼むから犯罪は犯さないでくれよ」

「彼女を傷付けたくはない。だから、それはない……と思う」

「不安だなぁ。まぁ、自覚しているだけマシだけど」

「私だって不安だ。お前が悪い男にひっかかかってしまうんじゃないか、気が気じゃないよ」

「国王の妻を口説くような命知らずなんていないよ。いらない心配をするくらいなら、さっさと寝たらどうだい?」


 国王を立ち上がらせ、グイグイと外へと押しやる。


「私が言っているのは、そういうことではな――」

「明日は彼女とデートなんだろう? 早く休みなさい。はい、おやすみ」


 バタンッと扉を閉め、鍵をかけた。彼とは結婚したその日から寝所を別にしている。

 少しして、執事と共に帰っていく足音が聞こえてきた。

 ベッドへと向かい、乱暴に体を投げ捨てる。


「はぁ。いいなぁ」


 本当は、彼らが羨ましい。

 今になって、諦めたはずの恋心を、それこそ恋しく思うなんて。

 でも、神様にやり直すチャンスを与えられたとしても、私は断るだろう。

 たった一度の失恋が、私の心に影を差し、離さないから。

 傷つくことが、怖いから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「やはり、悩んでいてはいけないな」


 自身の声が、木々を揺らす風の音に混じって消えていく。

 私は早朝から近場の森へと遊びに来ていた。

 森はいい。誰もいなくて、静かで、穏やかだ。自分がいてもいなくとも、ただただ変わらずそこにいて、必要とすれば何も言わずに受け入れてくれる。澄んだ空気は心を落ち着かせる。

 あの二人は今頃、お忍びで出かけた先で、甘い菓子でも食べている頃だろうか。弁当は食べたのだが、もう小腹が空いてきた。


(なら、予定より少し早いが、小川の近くで間食をとろうか)


 木々へと手をかけ、崖を降りていく。最初は使用人たちに咎められたこの行動も、今となっては黙認されていた。

 慣れてきたおかげで、最近は五分とかからずとも降りられるようになってきた。


「ん?」


 ふと、何か「ヒュー」と笛のような音が聞こえてた気がした。

 耳を澄ますと勘違いではないようで、間隔を空けながら似たような音が聞こえてきた。意識を向け、音の方向へ歩いていく。


「(確かこの辺りから)――なッ?!」


 長く伸びた葉を退けると、眼前で、黒く大きな狼のような生き物が、全身から血を流して横たえていた。

 感覚でわかる。魔物だろう。


「おい、おい」


 声をかけるも返事はない。

 表情も感情も理解できないはずなのに、助けを求めているように思えた。苦しくて、辛くて、どこか諦めているような。

 息を継ぐ間隔は広がっていき、胸の上下する高さはほぼ変わらなくなっていた。


「……くっ」


 ほんの少し歯軋りをたて、私は剣から手を離した。

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