22話 のこしたものを拾い集めて 上
眠たい目を擦りながら、ルミナスは白亜の廊下を歩いていた。一日中緊張していたせいか、眠ることは容易かった。しかし、やはり今後のことが気がかりで、早くに目が覚めてしまったのだ。
「ふぁ……紅茶を飲んだだけではダメね」
欠伸を噛み殺したその時、やや慌ただしい背後から足音が聞こえてきた。
くるりと振り向き、足音の主を受け止める。
「おはようございます、ルミナス様!」
「えぇ、おはよう。貴女はちゃんと眠れたみたいね」
「はい! 王宮のベッドがふかふかで、すぐに眠っちゃいました!」
そう言って腕を離すと、セレナの手が目元に伸びた。
「ルミナス様はあまりお眠りにならなかったんですね。くまができています」
「あら、そう? 気付かなかったわね」
ルミナスは手鏡を取り出した。しかしくまのようなものは見つからない。
(……言われてみれば、少しくすんでいる気がするかも)
ほんのわずかだが。
鏡をポケットの中へと入れると、廊下の先からのそりとディランが姿を表した。ここまで眠たげなのは珍しい。今までは朝から魔道具造りや鍛錬を行っていたのに、流石の彼も気疲れしたのかもしれない。
「おはよう。緊張して眠れなかったのね」
「……ぐぅ」
返事だと言わんばかりのいびきがディランの口(鼻)から発せられた。
「立ったまま寝ているわね」
「船を漕いでいますね」
「……ぐぅ」
ディランが組んでいる腕を引っ張ると、目を閉じたままよろよろとついて来た。なかなか面白い状況である。
「このまま陛下の前で眠ったら困るのだけれど……大丈夫かしら?」
「その時はこっそり脇腹でも突きます」
「バレてしまいそうね」
ルミナスはセレナと共に苦笑した。
朝から集まったのは、国王陛下に呼ばれたからだ。朝食は各自部屋で済ませている(はず)。
二つの事件についてのことか、裁判についてこのことか、魔道具についてのことか、はたまたそのすべてか。話の内容はわからないが、その辺りが妥当だろう。
事実、ダンはルミナスたちより早くに呼び出されたらしいのだ。
「あら」
謁見の間の扉には、既にラルフとジャスパーが着いていた。
(よかった。歩けるまでには回復したみたいね)
今にも倒れそうな表情で、クルクルと歩き回ってはいるが。
「おはようございます」
そう声をかけると、ジャスパーの肩がビクリと揺れた。
「おはようございます、ルミナスお姉さん! あっ、ルミナス様!」
「あっ、えぇと、おはようございます」
キョドキョドと視線を下向きに泳がせ始めるジャスパー。何か言いたげに口を動かしている。
「その、申し訳ございませんでした。勝手に出て行ってしまって。おまけに、こうして助けていただいて」
そう言って頭を下げた彼の目の下には、はっきりと濃いくまができていた。
ルミナスは微笑し、顔を上げるよう背中を支える。
「いいのです。ラルフ様の気配がして、一緒にお帰りになったのでしょう?」
「は、はい」
頷くと、どこか苦し気な表情でジャスパーは扉を見つめた。
どうして彼はここまで自信がないのだろう。気質なのかもしれないが、ルミナスにはどうもそうには思えなかった。どこか違和感があるのだ。
「……こんな場所、足を踏み入れてはいけないのに」
「気弱だな。そのような気持ちでこれからどうするつもりだ?」
「寝起き早々、威圧しないの」
ルミナスはディランの肩を小突いた。ジャスパーは首を横に振る。
「ディラン様の言う通りです。弱いから、俺は……」
「パパ?」
言葉に詰まるジャスパーを、ラルフが不思議そうに見上げる。その姿を見て、ジャスパーはグッと唇を噛んだ。悔しそうにも、悲ししうにも見える。
そういえば、なぜラルフはアカシアのことを「母上」と呼ぶのに、ジャスパーのことは「パパ」なのだろうか。
「ふと思ったんですけど、ラルフ様は、ジャスパー様のことを父上と呼ばないんですね」
セレナがいたって普通に、ケロッとした表情で尋ねた。
「父上だと呼ばれる資格なんてありませんから。それでも呼ぼうとするものですから、パパと呼ぶように言ったんです」
「だって、魔物だとしても、結婚していないとしても、ぼくのお父さんであることに変わりはないでしょ?」
「うん、そうだよ。そうなんだけど……」
ジャスパーはまた、苦し気に顔を歪めた。
その時、扉が音を立てて開いた。現れたのはダンで、疲れの見えない表情でニコリと微笑んだ。
「皆さま、おはようございます。陛下がお待ちです。中へどうぞ」
彼に促され、ルミナスたちはジャスパーを先頭に立たせて中へ入った。
そこには陛下のみが椅子に腰掛けており、使用人の姿は誰一人として見えなかった。だから、ダンが扉を開けたのだろう。
視線を前へ向けると、陛下が肝の据わった王者の瞳でルミナスたちを見つめていた。久しぶりに目にする国王の姿に、ルミナスの喉が上下した。
そして、陛下は声を出すでもなく、おもむろに立ち上がり――
「へっ、陛下?!」
ジャスパーの両頬を掴み、ジッと顔を近づけた。
「……ふむ。なるほど、アカシアが言っていた通り、なかなかの色男のようだ」
「?!?!」
混乱を露わにするジャスパーへと微笑み、国王は両手を離した。その微笑みは微かにダンに似ている気がする。
次いで、国王はラルフへと視線を移し、彼を抱きしめた。
「其方は少し、大きくなったな」
「あ、えぇと」
ジャスパーと同じようにラルフは混乱した様子で、顔を真っ赤にさせている。それは恥ずかしさから来るものではないようで、彼の目にじんわりと涙が浮かび、溢れた。
「よく戻って来てくれたな」
「勝手に出て行ってごめんなさい」
泣き始めたラルフの頭にポンと手を置き、国王は立ち上がった。視線がルミナスの方を向く。
「おぉ! ルミナス嬢も見ないうちに成長したな。特に歴戦の猛者の如きオーラが身に付いておる」
(歴戦の猛者?!……そういえば、こんな人だったわね)
破天荒で大らかで、楽しいこと、新しいことが好きな人だった。
「お久しぶりでございますわ。お褒めいただき光栄です」
ルミナスはあくまで令嬢らしくたおやかに微笑み、国王から差し出された手を握った。その後ろでダンが肩を震わせている姿が目に入る。
「そちらはヴァールハイト家のご令息だな、我が国へようこそ」
「お初にお目にかかります、ディラン・ヴァールハイトと申します」
(ディランが礼儀正しい?!)
セレナと共に口を開けて驚いていると、国王がディランへと手を差し出した。
ディランは手を取ろうとしたが、ポンッと音がして止まった。
「ガルムの形の……アメ?」
「甘いものが好きだと聞いたのでな。そう緊張せずともよい」
呆気に取られた表情でアメを見つめるディランから離れ、国王のは軽快な笑い声を響かせた。
次いで彼の目が動いたのはセレナだ。彼女の肩がピクリと動く。流石に国王相手だと緊張するらしい。
「君は特別生のセレナ・フィオーレさんだね。優秀だという話は私の耳にも届いているよ」
「お、恐れ多いです! えぇと、あり、ありがとうございます」
「はははは。君もそう固くならんでいい」
そう言って国王はポンッと花を咲かせた。セレナの髪と同じ薄紫色の花だ。
「誰でも緊張しますわ、陛下」
「おっ、来たか!」
部屋の奥から姿を現したのは、女王陛下だった。呆れたとため息をこぼした後、ルミナスたちへと優美な微笑みを向ける。
次いで、女王はジャスパーへと視線を移した。
「貴方が、アカシア様の」
「も、申し訳ございません。俺が身分を弁えていれば、罪を犯さなければ、彼女は――」
「ありがとう」
「えっ?」
女王の震える声に、ジャスパーは顔を上げた。その表情はより混乱を極めていた。
「どうして、ですか。俺は……いや、俺が、彼女を殺したというのに」
「えっ?」
ルミナスが思わずまた声を出すと、ジャスパーは悔し涙を流し始めた。
「彼女が死んだ日は満月の日でした。狼化の抑制剤の効きが悪かったのか、狼となった俺は彼女に」
「――いや、それは違う」
急流のように吐き出され始めた彼の言葉を、国王がせき止めた。その後ろから、宝箱のような大きな箱を持ったダンが歩いて来た。
「陛下の仰る通り、アカシア様を殺害したのはビーシュです。捕獲時に口述していました」
「でも、俺は、この口で、牙で、彼女を……」
「それも含めて、これからのことをお話ししたい。そのために呼んだのだ。ダニエル」
「はい、陛下」
ダンは箱を机の上に置いた。ルミナスたちは辺りを囲む。
中に入っていたのは、大小形様々な、金属でできた小物たちだった。
「あら?」
その中に一つ、見覚えのあるものがあった。
黄色い宝石がついた丸い金属の塊。忘れていたが、かつてルミナスがダンと共に学園で探し、見つけ出したものである。
チラリとダンに視線を向けると、彼は微笑した。
ふと、国王がルミナスたちの後ろについた。そして小物を一つ取り出した。
「これは、アカシアと私がイグドラム王立学園の生徒だった際に作った、魔道具だ」




