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20話 空も飛べるはず(飛べない)

 ダン以外の全員が固まっている中、警備兵の一人が敬礼をした。


「皆さんご無事でなによりです。ルミナス嬢も――お手を怪我されているではありませんか! 今救護班の者を呼んできます!」

「いや、いい。彼女は馬車の中で治療します。ちょうど光属性を得意とする方がいるので」

「馬車ですか?」


 再び部屋の外へと体を向けた警備兵は足を止め、不思議そうに尋ねる。


「陛下にこの事件についてお伝えしたいことがあり、ヴァールハイト家に荷物を取りに戻ったのち、すぐにアメトリア王宮へと向かいます。シュヴァルツ様にもご心配をおかけしましたから、出立前に一つ挨拶もする予定です」


(今突き飛ばしたシュヴァルツ様に?)


 ルミナスたちは一様に彼の言葉を疑うような目を向けた。

 警備兵はそんな変化に気づくことはなく、コクコクと頷いた。次いでまた敬礼をする。


「なるほど、そうでありましたか! では、馬車を用意してきます!」

「うん、ありがとう」


 ダンが微笑み、警備兵もどこか誇らしげに頷いた。

 その時、落ち着いてきていた辺りがまたざわつき出した。下を見てみると、警備兵たちがドラゴンの入っている檻の前で震えていた。強い上に珍しい存在だからだろう。

 また、ドラゴンは始業式の日に学園を襲い、ラルフと共に魔物を率いていたものだった。狭い檻に入れられて気が立っている上に、槍まで向けられてご立腹のようだ。


「ルミナス様」


 ふと、セレナが隣へやってきた。ルミナスの手を持ち、光が放たれる。


「ありがとう」


 元の白い肌に戻り、ルミナスはセレナへと感謝の言葉を述べた。その時、警備兵が下を覗き込みにきた。


「これはいけませんね。本来なら魔物は基本的に逃すのですが、このままだと殺すしか……あっ、すみません! このような話をレディーの耳に!」


 警備兵はガバリと頭を下げた。すごい風圧である。

 ルミナスは彼の顔を上げさせ、大丈夫だと微笑んだ。

 しかし、そうか。危険だと判断されれば、そのようなことをされてしまうのか。今後のためにも避けたいことである。


「あっ、ルミナス様!」


 ルミナスは魔法を使って下へ降りた。セレナも続いて落ちてくる。

 檻の元へと向かうと警備兵がルミナスたちの前へ立ちはだかった。


「ここは危険です。どうか私どもにお任せしていただけませんか?」

「ご心配には及びませんわ。彼を殺すよりいい方法がありますの」

「ですが――」

「彼女の言う通りにして差し上げてください」

「ダニエル殿下!」


 ルミナスが振り向くと、ダンがこちらへと歩いて来ていた。その後ろでは、ラルフとジャスパーを抱えたディランの姿が見える。


「彼女、ドラゴンにも乗れるんですよ」

「えっ?!」


 どうぞ、とダンに手で促され、ルミナスは頷いた。警備兵の隙間を通り抜けていき、檻の前へ飛び出した。

 威嚇耐性は変わっていないが、ドラゴンの唸り声が消える。


「槍を下ろしてくださる?」


 警備兵は戸惑いながら、ダンの方を見た。彼は笑顔で頷く。

 次いで、ルミナスへと警備兵は視線を戻すと、ゆっくりと槍の切先を下に向けた。


「ありがとうございますわ」


 ルミナスはニコリと微笑み、ドラゴンへと向き合った。


「今から貴方を檻から出します。でも、誰にも危害を加えないでください」


 ドラゴンはルミナスを睨んだままだ。


「ラルフ様は無事ですよ。ジャスパー様は怪我をしておられますが、意識はあります。治療すれば元に戻るでしょう」


 やはりこの二人のことが気がかりだったようで、ドラゴンはピクリと首を動かした。ルミナスの元へと近づいてくる。

 再び動こうとした警備兵たちを、ルミナスは視線を向けずに静止させた。


「そこで貴方にお願いがあります。私たちをヴァールハイト家へ連れて行って欲しいのです」

「えっ?!?!」


 バッと後ろを振り向くと、警備兵たちは自分たちの口元を覆い、視線を横に逸らしていた。

 ルミナスはため息をつき、再びドラゴンへと歩み寄った。


「承諾してくださいますね?」


 ドラゴンの真っ直ぐな瞳がルミナスを見やる。

 警備兵たちを下がらせ、ルミナスは檻を上げる装置を起動させた。重々しい音と共に鉄格子が上がっていく。

 ドシン、ドシン、と地面を揺らしながらドラゴンが檻から体を捻り出した。吐き出した息が砂埃を立ち上げる。

 警備兵たちへの牽制を緩めずに、ルミナスはドラゴンへと手を伸ばした。そして、闇魔法の綱を作り首へ巻きつける。


「いい子ですね」


 ルミナスはドラゴンの首元をそっと撫でた。ふと、ポカーンと口を開けている警備兵たちの後ろで、ダンたちが外へ出る姿が見えた。


「私たちも外へ出ましょうか」


 そう声をかけると、手綱を引かずともドラゴンは出口へと歩き出した。警備兵たちを踏まないようにしているのか、辺りをキョロキョロと見ながら、一歩ずつ踏み出している。

 かわいいな、と微笑んでいるうちに、すぐに外へと出た。ゆっくり歩いているとはいえ、ドラゴンの一歩は人間より遥かに大きい。


(ダンたちは……あ、いたわ)


 少し先でセレナと共にグリフィンに跨るディランと、ラルフと共にジャスパーを馬車の中へ入れているダンが見えた。

 近づくと、ディランが先に飛んできた。


「俺は一足先にヴァールハイト家へ戻っておく。また」

「えぇ、またね」


 空へと羽ばたいていくグリフィンの姿を手を振り見送る。

 すると、ようやくジャスパーを詰め終わったらしく、ダンがこちらへと歩いてきた。


「シュヴァルツ様をどうしたんですか? 死体は見たところなさそうですけれど」

「死体なんてありませんよ。彼のことはカイル様が受け止めてくださったはずですから」

「カイル様? エグマリヌ公国へ戻っていると聞きましたけれど、遊びに来ていらっしゃったのですね」

「いえ、呼んだんです」


 彼の言葉に首を傾げる。呼んだとしても、かなり距離があるため、たった二、三時間ではつかないはずだ。


「カイル様もグリフィンに乗れるのですか?」

「いえ、転送機能のある魔道具を使って、来ていただいたんです」

「そのようなものを?」

「はい。こっそりかれと開発していたのです」

「いつのまに…….」


 ルミナスはまた口を開け、簡単のため息をついた。


「あとは城下でカイル様にスタンバイしていただき、落ちてきたシュヴァルツ様をキャッチしていただき、こっそり馬車でお帰りになって頂いたんです」

「そうでしたのね……でも、どうしてシュヴァルツ様をお返しになったのです?」


 ルミナスの言葉にダンは微笑んだ。


「彼が望んで魔物取引を行っていたのか、少し引っかかる部分があったんです。それに……まずはヴァールハイト家へ戻りませんか?」

「あっ、そうですわね。殿下は、あら?」


 ふと、馬車を見て首をかしげた。馬がついていないのだ。


「殿下、馬はどちらに?」

「ああ、飛んだ方が早いので、このままドラゴンに連れて行って貰おうかと思いまして」

「でも、この背中にはあと一人二人しか乗れませんわ」

「馬車を掴んで貰いたいんです」

「なるほど、馬車を……えっ?」

「じゃあお願いしますね」


 ダンはドラゴンにも声をかけると、スタスタと馬車の中へ入ってしまった。


「えっ? えっ?」


 言葉が通じたのかドラゴンが舞い上がり、馬車をその大きく鋭い足で掴んだ。ほんの瞬きの間にルミナスは高く生い茂る森より何倍も高い位置にいた。

 鳥と平行移動をしている。

 下を見てみると馬車が見えた。重症のジャスパーにこの揺れはキツイのではないかと心配になってしまうが、辺りに下ろせるような場所はない。ダンが治療に当たっていることを願うしかないだろう。


(と、取り敢えずちゃんと操縦しないと!)


 それがルミナスにできることであるのだから。

 手綱を引き、ドラゴンを右へ左へ動かしていく。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 流石はドラゴン。翼を一つ振るうだけで数メートルは飛んでいく。

 そのお陰であっという間にヴァールハイト家へ着いた。生きた心地のしなかったルミナスはドラゴンから降り、息を整える。

 すると、ジャスパーを城の中へ入れるよう使用人たちに指示をしたダンが、サクサクと芝生を踏みながらやって来た。


「よく考えたら、落ちたら大変なことになりましたね」

「乗る前に考えて下さいませ!!」


(まさかこの人、困っている私を見て楽しんでいるの……?!)


 今更のような気もするが、爽やかだけれども胡散臭い微笑みを浮かべるダンを一睨みした。

 と、その時、パリーンッとガラスが飛び散る音が城から聞こえてきた。二人して振り向く。

 目に飛び入って来た光景に、ルミナスはまたもや口を開けた。


「シュ、シュヴァルツ様ーー?!」


 またもや、シュヴァルツが空を舞っていたからだ。

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