5話 へっぽこから平均へ
「この場から立ち去れ、公爵令嬢」
広間の真ん中で剣の切先を向けられたルミナスは、表情一つ動かすことなく空を見詰めている。
「斬られたくはないだろう?」
あぁ、これは夢か。夢で過去の記憶を辿っているのか。
そうルミナスが理解したのは一瞬だった。過去の自分を遠くから見つめる。そのようなことができるのは、夢だからだ。
ディランの側に立つセレナは何か言いたげだが、グッと唇を噛んで下を向いてしまった。その姿を見ても何も感じなかったことを覚えている。
ルミナスは遂に体を動かし、出口へと向かった。周りの視線は痛いほど冷たい。凍てつく寒空でももう少し優しいはずだ。
「お前のような者が何故こんなことをしたのか、俺には理解ができない」
背中越しに聞こえたその声は、今のルミナスにはどこか苦しそうに思えた。
ルミナスが外に出ると、夜風が肌を刺した。それでも表情は変わらない。
先で待つ馬車の元へ歩みを進めるルミナスだったが、突如、茂みから黒い物体が飛び出してきた。
魔物。そう気付いた時には、鋭い痛みがルミナスの体を貫いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
寝覚めがよくなかったせいだろうか。体に重みを感じながらルミナスは演練場で木刀を振っていた。傷なんてないはずなのに、背中が痛むような心地がする。冷や汗も止まらない。
(駄目だわ。頭が雑念でモヤモヤする……)
ルミナスとディランの練習は、(ペア練習なのに)暫くの間は個人で行うことになった。初日に基礎ができていないと、つまり、全属性が最低でも基礎レベルにならないと話にならないと言われてしまったのだ。要するに、互いを高め合う存在としてお前は相応しくないと、足手纏いだということだ。
しかし、一つアドバイスをしてくれた。安定して魔法を使えるようにするため、体を鍛えた方がいいと教えてくれたのだ。体が貧相では、魔法の出力エネルギーに体が耐えることができず、反動によって飛ばされたり、意図しない方向に魔法が向いたりするらしい。「急に鍛え始めると、筋肉痛で授業にすら出れなくなりそうだから、まずは腕力から鍛えたらどうだ」と木刀を渡されたのだが、そんなに筋肉がなさそうに見えるのか。
(ろくな運動もしてこなかった令嬢が、一ヶ月とちょっとで変わるはずもないか)
ルミナスは木刀を下ろし、上がった息を整えた。目標回数の素振りを終えたからだ。毎日振っていたからか、少し腕に筋肉がついてきたような気がする。ちょっと力瘤を浮かせてみたり……まだまだ小さい。
ちなみに、素振り以外の運動は授業外に行うことにしている。教えてくれる存在がいる時にこそ、魔法を使いたいからだ。
「今日は水属性からね。教科書によれば……うーん」
「下手すぎるな」
地面に残る数滴の染み跡を見つめるディランに表情はない。もはや呆れもしなくなったか。ルミナスの魔法の腕は「そこまで言わなくても」と言えないほどに下手だった。
「それでよくA階級になれたな」
「私も不思議だと思――あっ!」
突然、ディランに教科書を取り上げられてしまった。反射的に取り返そうと腕を伸ばしたが、威圧感を与える原因の一つであろう高身長の彼には届かなかった。
「今は教科書の説明を忘れろ」
「どういうことよ?」
ディランは片手を前に伸ばした。くるり、と掌を上に向けた途端、激しい水流が発生し、押し合い、混ざり合いながら空高く舞い上がっていった。それを銃弾のように放たれた闇魔法が貫き、水流を水の粒子へと一瞬にして変えてしまった。音もなく降り注ぐ。
見惚れているのはルミナスだけではないようで、同じように空を見上げている生徒がチラホラと見受けられる。
「すごい……」
そう呟くと、はぁ?と今にも言ってきそうな顔を向けられてしまった。
「いいか。魔法を使う時は感覚……流れを意識しろ」
「流れ?」
「ああ。水魔法が分かりやすいだろう。こうだ」
今度は小さな水流をつくるディラン。ルミナスはそれを見様見真似でやってみたものの、流れがいまいち分からず失敗してしまった。
ディランの魔法を見て、真似て、見て、真似て。何度繰り返してもやはり魔法は上達しなかった。
「魔力を腕に集中させろ。ただし流れは止めるな」
「はぁ!」
失敗。
「水の流れを思い出せ。それを動かすんだ」
「はぁ!」
また失敗。
「流れをつかめ。は、もう言ったな」
「……はぁ」
またまた失敗。
何度も何度も失敗を繰り返し、ついにお互い限界が来たらしい。
「だから腕と手からグルッ! バッ! だ!」
「はぁ?! あっ」
「……」
「……できた(私、ついに水魔法が使えた!)」
最初に見たディラン程ではないが、水流だと見てとれる規模の水を出すことができたのだ。今にもスキップをしたい気分だ。
喜びのあまりペアがなんと噂されている人物なのか忘れて、ルミナスは笑顔でディランに走り寄った。彼が疲労に満ちた表情をしていることに気付き、すぐにストップしたが。そんな相手にハイタッチはまずいだろう。
「今ので何故……」
確かに。ルミナスは成功した時の記憶を思い出した。
感覚を掴めたのかもしれない。魔力を出すことは闇魔法で証明済みのため、他の魔法も同じように行えば一気にレベルが上がるかもしれない。より細かな魔法の習得はまだ先になるだろうが、それでも大きな一歩だ。
(でも、それにしたってあの説明……)
「なんだその顔は」
またもやディランに睨まれ――というより引かれている気がする――ルミナスはサッと口角を元の位置に戻した。
「いえ……そういえば、魔法を教えて下さるのね。てっきり個人練習のまま課題試験を迎えると思っていたから、少し驚いたわ」
「話にならないとは言ったが、教えないとは言っていない」
「そうだったのね、ありがとう」
ルミナスに背を向けてディランは言った。
復習は自分でするとして、別の属性も続けて教えてもらいたい。ルミナスは声をかけようとしたが、講義の終わりを告げる鐘の音が聞こえてきた。
よかったら次も教えてほしい。その旨を挨拶代わりに手短に伝えたが、ちらりとこちらを見たかと思うと、ため息をついて去ってしまった。
「今のは肯定? 否定? 分からないわ……」
彼の予想される性格からして、否定かもしれない。
それでも、闇属性以外の魔法が使えるようになっただけでも十分な収穫だと言えよう。それが例え水属性だけだとしてもだ。
背後から近付いてくる、馬にも勝る大きな足音を聞きながら、ルミナスは小さく息を吐いたのだった。
次に来るであろう衝撃に耐えるために。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ルミナスの予想は半分当たり半分外れであった。前半は個人練習をし、後半はペア練習(ルミナスへの一方向的指導)をすることになったのだ。初めてディランに魔法を教えて貰ってから、今のところずっと続いている。
ペア練習の開始の際、最初の二、三回目はディランがルミナスのところへ声をかけに来ていたのだが、最近は時間がハッキリとしてきて、授業の終わりに次は何分から始めるかを話し合うようになった。それくらいにはディランと打ち解けることができたのは、嬉しいことである。怖くもあるけれど。
だからこそ、ルミナスはディランに対する冷酷非道という噂が気がかりだった。やや誇張のように感じられたのだ。確かに、彼は言葉足らずで、無愛想で、人をすぐ睨み、嫌そうな顔をするが……。それでも、多くの生徒達がディランを見かけると去る姿は不思議に思えた。
「(あの時も――)きゃっ!」
「余所見をするな!」
(やっぱりちょっと怖い!)
しかし優しいところもある。今だって、木属性の応用である風魔法を使ったのだが、考え事をしていたことで風に足を取られ、こけかけたルミナスを支えてくれたのだ。過去のループではセレナと結ばれたことがある訳で、やはり、ただ怖いだけの人物ではないように思える。もしかしたら、国や家が影響しているのかもしれない。
そういえば、オブシディアン帝国は闇魔法を得意とする者が多いと聞く。水魔法を初めて見せてくれた時も闇魔法を使っていたが、ディランもそうなのだろうか。
ルミナスは授業終わりに聞いてみることにした。この練習に休憩時間などないからだ。
「ヴァールハイト様は闇魔法が得意なのかしら?」
「……いや、特にできると思ったことはないな」
「そうなの?」
「他もできるからな」
「そう……」
サラッと言うものだから反応に困ってしまう。他の魔法も見せて貰ったが、確かにどれも素晴らしかった。
「よく使うのが闇魔法というだけだ」
「あらそうなの? 闇魔法の使用方法は殆どないと聞くから驚いたわ。実体も掴みにくいし……」
学舎へと戻る彼の足が止まった。
「だからこそだ」
「だからこそ……実体がないからこそ出来ることがあると?」
「ああ」
まぁ、教えるのは他の魔法がもっと出来るようになってからだな。と、不敵な笑みを浮かべてディランはまた歩き出した。意地悪そうな言い方と表情をするから良くない噂が出るんだと言いたくなったが、言わないでおこう。貴族間で他人の行動に口を出すのはあまりよろしくない。もちろん、敵対関係にあったり、逆にアドバイスできるほど親密な関係の場合は別だが。
「では、火魔法も?」
またディランの足が止まった。
水魔法の基礎がある程度身についた後に教えて貰ったのは、火魔法だった。感覚が似ているかららしい。しかし、両者にはある違いがあった。
水属性を含むディランが見せた他属性の魔法はどれも動きがあった。水魔法は細かい水の流れがうねり、混ざり合い、一つの大きな水流をつくっていた。木属性は植物の枝を動かしたり、なんらかの形に変形させたり、風を起こしたりしていた。ちなみに、闇属性は水属性の説明の時の一回だけだった。光属性に関してはまだ見ていないが、この二属性は他の三属性とは少し異なるため、今は考えなくても大丈夫だろう。
対する火属性の魔法は、人の顔程の大きさの火の玉を出しただけだった。全く動かない訳ではないが、他より流れがなく、迫力が控えめなことは明白だった。
大きな魔法を使えることと、上手いことはイコールではない。大規模な魔法を使う人には、魔力がコントロールできず単調で大規模な魔法しか出せない者がいれば、用途に合わせて魔力を調節することで出す者もいる。小規模の魔法でもそうだ。
「分かりやすいように調節してくれたのね」
「……ああ」
結局ルミナスに再び顔を見せることなく、ディランは学舎に戻ってしまった。
彼が何かを呟いたような気がしたものの、声が小さかったこと、足音が迫っていたことから、内容までは理解することができなかった。




