44話 相入れない二つの力
狭い道に金属音が響き渡る。
魔法の火花を辺りに飛び散らせながら、ディランが背後に寄った。鎧が自身の背後に迫っていたらしい。
「このままじゃキリがないわ」
「同感だ。前に進んでもすぐ鎧が出てくる」
ディランの言う通り、鎧は倒されては現れてを繰り返していた。鼓動に合わせるように、一定のリズムで前から襲ってくる。
恐らく、この鎧達は魔法で出来ている。なら発生源が何処かにあるはずだ。それを見つけ破壊する、もしくは停止させなくてはならない。
(もしそれが、ダンなのだとしたら?)
剣を握る掌に嫌な汗がじわりと滲む。
すると、小さな舌打ちと共に闇色の疾風が鎧達を二つに分けた。
ドン、と体を前に押される。
「早く行け」
「ディラン!」
「ディラン様!」
振り向くと、そこには風と同じ色の壁が出来ていた。とても濃い、魔力の壁だ。
「そんな……」
「カイル様もいません!」
「咄嗟に中へ入ったのね」
グッと唇を噛み、前を向く。
止まっている暇などない。今はただ、早く助けに戻れるよう、前へ進むだけだ。
しかし、鎧発生の頻度は先に進むにつれて増していっていた。もうそろそろ奥に着いてもいい頃なのに、扉らしきものは見えない。肩で息をしながら延々と道を切り開いていく。
「まだまだ来ますね」
「ええ。魔力切れに注意しないと」
ノアとセレナは頷いた。セオドアを含め、全員の額に汗が伝っている。
魔力もそうだが、体力は既に限界に達しかけていた。長くは保たないだろう。
「仕方がありません。ルミナス様とセレナさんは先へお進みください」
「闇魔法と光魔法が得意なお二人なら、きっと大丈夫です」
セオドアは腕で汗を拭い、間髪入れず振り落とされた鎧からの一撃を風魔法で防いだ。触れた先から風化していく。
ノアも魔法で出した植物で鎧達を次々と粉砕していっていた。
「これ以上人数が減るのは危険だわ」
それに、ただ闇魔法が得意な自身より、神殿に関与するノア、神話に詳しいセオドアの方が適任だと思う。ダンがいたとして、彼を助けられる方法がルミナスにわかる確証はない。可能性が高い人物を先に行かせた方がいいに決まっている。
しかし、セオドアとノアは複合魔法で鎧達を弾き飛ばし、不敵な笑みを浮かべた。
「ヒロインと悪役。私はそう思いませんが、もしそうなら二人が共闘するのはドラマティックだと思いませんか? どんな奇跡も起こせそうな気がします」
「俺達なら大丈夫です。時期に合流しますから」
「……わかったわ。でも、危険だと感じたらすぐに撤退すること。いいわね?」
「はい!」
後ろ髪引かれる思いで、ルミナスはセレナと共に駆け出した。喉が焼けるように痛くなろうと、靴擦れを起こそうと、頭が朦朧としようとも、足を止めたくはなかったからだ。
不思議なことに、セオドア達と別れた後は薄暗い道が続くだけで、鎧達が出て来ることはなかった。辺りに意識を張り巡らせながら先を急ぐ。
「この先には何があるんでしょう?」
「分からないわ。ダンが見つかるといいんだけど……」
先を行くセレナの背を見つめながら、小さく息を吐く。
もしこの先が行き止まりだったら。四人の捨て身の行動を、意味のないものにはしたくない。創造主の言葉を全て信じるのはどうかと思う一方で、この先にダンがいると、助ける可能性がゼロではないということを願う自分がいる。
しかし、それならどうしてダンはこんな場所へいるのだろう。舞踏会に来なかった理由が関係しているに違いないが、今までのループに彼は出てこなかったはずだ。全く読めない。
「あっ! ルミナス様!」
「静かに。敵がいたらどうするのよ?」
セレナは口に手をやり頷いた。
「……扉がありました」
顔を乗り出してみると、少し先に扉が見えた。今度は二人して頷く。
着くと、より一層豪華な装飾が扉にはなされていた。
この先にダンがいるかもしれない。そう思うと、緊張しているのか不安を感じているのか、鼓動が早まった。
手をかけ、喉を上下させる。すると、セレナが自身の手に触れた。
「ルミナス様なら大丈夫です」
今までもピンチから救ってきたじゃないですか。そう言って、セレナは微笑んだ。
本当、肝が座った頼もしい少女に育ったものだ。ありがとうと呟き、手に力を込める。
その時、セレナの顔色が急変した。扉から漏れ出た光が彼女を押し除けたのだ。
「セレナさん!」
数メートル先に飛ばされた彼女の元へ駆け寄り、体を起こす。
「(血は出てない……)どこか痛いところはあるかしら? 頭は打っていない?」
「はい……私は大丈、ウッ」
歯軋りをさせながらセレナは苦悶の表情を浮かべた。彼女の視線が向けられたのは足先。
「まさか足を痛めたの?」
「大丈夫です。歩けます」
「痛めたのね」
「これぐらい光魔法で治せます。……あれ?」
足元へと伸ばしたセレナの手が、だらりと床に落ちた。自身の腕にかけられている体重がより重くなる。かなりまずい状態だ。魔力切れを起こしかけているサインである。これ以上使うと回復するどころか命を落としかねない。落とさずとも、なんらかの後遺症が残ってしまうだろう。
「(私は下手だけど、仕方がない)治すから見せて」
「大丈夫です! 先に行ってください」
「でも辛いでしょう?」
「捻っただけだと思うんです。これくらいのことは魔法なしでも治せます。暫くしたら魔力も回復するはずですし。でも、失った命を戻すことはできませんから」
キッと意志の強い眼力で、セレナは自身を見つめた。本当、よくここまで成長したものだ。
「…………敵が現れたらすぐに呼ぶこと。いいわね?」
「わかりました!」
本当は辛いはずなのに、脂汗を鼻にかきながら笑うなんて。ルミナスは光魔法を少しだけ使い、セレナから離れた。ほんの気休めにはなるだろう。
「彼を助けたらすぐ戻るわ」
「気をつけて下さいね」
「えぇ。貴女もね」
もう後には引けない。力になってくれる仲間もいない。自分でやり遂げなければならない。
意を決し、ルミナスは扉を開けた。
「ダン!」
中に入ってすぐに目に入ったのは、地に倒れているダンの姿だった。目を閉じ、白い顔をした彼はまるで死人のようで、ヒヤリとした感覚が背中を走る。
「えっ」
彼の元へ膝をついたその時、ある物が目に入ってルミナスは身を強張らせた。
(白兎の仮面……?!)
どういうことだ。目の前にいるのはダンのはずなのに、どうして王太子の所持品がここに落ちているのだ。それも、彼の真横に。辺りに飛び散っている紫色の宝石も、どこか見覚えのあるもので。
(王太子もここに来たの? それともダンが……)
ダンの体が少し動いたような気がし、ルミナスははっとした。そうだ。今、彼が何者なのかを考える時間はない。
「ダン! しっかりして! ダ――」
彼の肩に触れたその時、剣の切先がルミナスの喉元を掠めた。
「っ!」
ひゅっと喉が締まる感覚と共に、咄嗟に後ろへ飛び退ける。
顔を上げると、ダンもまたルミナスを見ていた。虚な瞳で剣を構えている。いつも微笑んでいた彼の顔からは今、何の感情も感じられない。
「うっ……っあ」
突然、ダンが再び床に崩れ落ちた。苦し気に地面を掴み、悶えている。何かを堪えているような、必死に抑えているような気がする。
「ダン……?」
恐る恐る呼びかける。すると、ピクリと彼の肩が動いた。
しかし、一歩踏み出した時には斬撃が自身の髪の一房を両断していた。避けていなければ首をかき切られていただろう。かつてのループでそうされたように。
気を抜くと殺される。そう確信したのは一瞬だった。
闇魔法の剣を構え、再度繰り出された一振りを横へと流す。まさか、彼の剣の教えがこのような形で役立つとは思わなかった。役立ってほしくなかった。
ルミナスは今まで彼から一本取れたことがなかったが、今回ばかりは負けるわけにはいかない。その先には死があるだけだ。
(でも、やっぱり強いわ……! 躱すだけで精一杯!)
受け止める度に腕が痺れ、動きが鈍くなっていく。彼の速度について行けなくなるのは時間の問題だろう。
また、強さの理由は彼の能力だけではない。衝撃波が強すぎるのだ。一振りするだけで数メートル先の壁が削れるなど、普通はありえない。一向に刃が欠ける気配もない。
それでも自身が死なずに済んでいるのは、彼が意識の中で何かと戦っているからだろう。事実、攻撃に踏み込める程ではないものの、僅かな隙ができたり、動きが止まったり、力に波があったりする。そのことを思うと、胸が苦しくて、力の足りない自分が情けなくてたまらなくなった。
「!」
突然、ダンが壁に足をつき、空へと舞い上がった。空中からの旋回攻撃になす術もなく、正面から刀身で受け止めてしまう。大ダメージにルミナスの腕も、剣も限界だ。
しかし、彼の剣が間近に迫ったことで彼の強さの理由が判明した。
柄に嵌め込まれた国石に、光る刀身。かつてこの国について教育を受けた際に何度も見た国宝、神の力を宿すと言われる魔法の剣。
――聖剣だ
それは、彼が何者であるかを決定付けた。
ふと、ルミナスの頭に一つの可能性が浮かぶ。
アメトリア王国は最も神聖な国。最初に創り出された場所。創造主の力を宿すとはどういうことなのか。なぜ、アメトリア王国だけが他の国と違い、瞳の色分けが特殊なのか。……彼の人間離れした動きと強さの理由は何か。その姿に見覚えを感じるのは何故か。
――彼が、ハルちゃんと同じく媒体なのだとしたら。
だとしたら、心の底から創造主を許すことはできない。
「っ!」
より一層速く剣を振られ、闇魔法で瞬発的に足を補強する。しかし、無理をしすぎたのか足がズキリと痛んだ。
(それに、さっきから目が光でチカチカして……!)
ルミナスがよろけた隙を、ダンは見逃さなかった。間髪入れず助走をして剣を振り上げる。
しかし、あることに気付いたルミナスは迷いなく剣を消した。
「ごめんなさい」
受ければ死んでしまうほど濃く、強く、重い闇魔法をダンに放つ。
――と、見せかけて、避けようとしたダンの鳩尾を強く蹴り上げた。
「グッ!」
床に手を吐いたダンにすかさず手を伸ばし、剣を奪う。
下を向く彼の体は、淡い光に包まれていた。そして、それは頭上で一つにまとまり、まるで繰り糸のように天井へと伸びている。創造主の媒体、というだけでは操るには不十分だ。媒体として操る手段がいるはずである。それが、これなのだろう。
ルミナスは感覚を研ぎ澄まし、剣へと全身の魔力を注ぎ込んだ。
光属性と闇属性は背反しあう。
高出力高密度の二力が反発しあい、混ざり合い、黒い雷となって剣に宿った。
闇より深く、月より眩しく、水より痛く、炎より熱い。全てを呑み込んでしまいそうなほどの雷光が部屋中を駆け巡る。
ああ。やはり、設定が消えても自身はとことん悪役に向いているらしい。こんな状況なのに、姿の見えない創造主へと微笑む余裕があるなんて。
自身のことを悪役令嬢だというのなら。誰かを虐める者だというのなら。
「悪役らしく、物語の主導権を奪ってあげる」
ダンから伸びる光の金糸を、ルミナスは今、断ち切った。




