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2話 特別生は曲者揃い?上

「ルミナス様……」


 大量の本に囲まれ、地面に座り込んでいる女生徒、セレナの不思議そうな顔を見て、ルミナスは気付いた。


(今世では初対面なのに、名前を呼んでしまったわ……!)


「どうして私の名前を知っていらっしゃるんですか?」


(そうよね、そう思うわよね)


 大きな瞳と小さな口を開けてこちらを見るセレナ。その顔を見詰めながらルミナスは咄嗟に言葉を紡いだ。


「お噂はかねがね聞き及んでおりますわ。同じ学び舎の生徒なのだから、名前を知っていてもおかしくはないでしょう?」


 混乱と恥ずかしさが混ざり、ある意味公爵令嬢らしい高圧的な態度をとってしまった。それも髪を払って。

 しかしセレナは気にしていない様子。何故か恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべて本を拾っている。


「そ、そうですよね! あっ別に私のことを有名人だと偉ぶっているわけでは! って、あぁ!」


 よほど否定したかったのか、ブンブンと両手を振ったことでまた本が床に落ちてしまった。目の前で目撃しておきながら放っておくのもよくないので手伝おう。

 本を手にかけたその時、ルミナスは動きを止めた。


「これ、一年生の授業で使う参考書じゃない。(読み直したから)見覚えがあるわ」

「あ……そうなんです。頼まれちゃって」


 えへへ、と頭に手を持っていき、先程とは違う照れ笑いを向けるセレナを見て、ルミナスの胸が少しモヤついた。

 この気持ちは、平民だからと彼女に雑用を押し付けた貴族達に対してなのか、気にしていない素振りを見せる彼女に対してなのか、どちらだろうか。


(私が今まで彼女に酷いことを言ったのも……いや、その時とは感覚が違うわね)


 ルミナスは本の半分を抱えて立った。片手で服についた埃を払う。


「教室に持って行くのかしら? 案内して下さる?」

「え! そんな! 悪いですよ!」


 正直なことを言うと、セレナとは関わりたくなかった。かといって見過ごすのも気分が悪い。


「いいのよ。人助けも貴族の義務だから」

「なるほど……!」


 ルンルンと足元を弾ませる後ろ姿を見て、ルミナスはクスリと笑った。


(まぁ、この程度なら関わってもいいでしょう)



――と、ルミナスが思ったのが昨日のこと。



「あの!」


 食堂で昼食をとるルミナスの前に現れた人物が一人。セレナだ。

 オムライスがのせられたトレイを持ち、おずおずとこちらを見てくる。


「よろしければ、一緒に食べてもいいですか?」

「別に構わないわよ」


 そう言うと、セレナは嬉しそうに笑った。隣に座ってもなお笑っている。


「早く食べないと冷めるわよ」

「あっ、そうですね。いただきます」


(美味しそうに食べるわね。でもそんなに急いで食べると……ほら)


「口にケチャップがついているわよ。これで拭い、こら、手で拭かないの。ナプキンはどうしたの?」

「ナプキンですか?」


 スプーンを持った状態でキョトンとしていることから、用意していないことが考えられる。今まで使ってこなかったからだろう。

 これからは貴族だらけの学園で過ごすのだから、多少の礼儀やマナーは身につけた方がいい。だが、それらを教えるのはルミナスの役目ではない。


「私の予備のハンカチをあげるから、今回はこれを使うといいわ。次からはナプキンを用意するのよ?」

「わぁ、綺麗なハンカチ! あっ、でもお断りします。お礼がしたくて来たのに、またお世話になってしまいますから」

「お礼?」

「昨日のお礼です。お恥ずかしながら、こんなものしか用意できなかったんですけど……」


 おずおずと鞄から差し出されたのは、簡易的な包装袋とリボンで飾られたクッキーだった。

 公爵令嬢へのお礼に手作りクッキーをプレゼント、なんて聞いたことがないが、彼女が純粋な気持ちで用意してくれたことは見て取れるため、受け取ることにした。逆に高価なものを贈られた方が困惑しただろう。


「いただくわ」

「よかったです」


 セレナにつられ、ルミナスの口角が動きかけた。それと同時に、セレナの肩に見慣れた存在がいないことに気付いた。


「今日は小鳥と一緒じゃないのね」


 名前は確かハルちゃんと言ったか。

 昔、食堂でセレナと出会った際、何を思ったのか一人でいることを友人達と共に指摘したら、ハルちゃんがいるので寂しくないです、と言われた記憶がある。

 実際、彼女の側には常にハルちゃんがいた。授業の時も、魔法の練習の時も、舞踏会の時も、常にだ。それほど仲がよく、もはや相棒のような存在だろう。それでも、鳥がいるから人間はいなくてもいい、と本気で思っているとは思えないが。


(あら?でも確か昨日もいなかった気がするわね)


「!」


 ちら、と隣を見てみると、セレナは今にも泣きそうな顔をしていた。


「ハルちゃんは……私が入学する数日前に……」


やってしまった。

 今まで当たり前のように存在していたため、今回もそうだと思っていた。姿が見えない時点で、何かあったのかもしれないと考えるべきだったのに。


 俯いてしまった彼女に今度こそ言葉をかけられないでいると、震えながらも彼女は立ち上がった。


「……本当は優しいんじゃないかって思っていたのに」


 小さくも、なんとか聞こえた言葉に、ルミナスの胸がズキリと痛んだ。

 本運びを手伝っただけで優しいと思うような、素直で純粋な子。そんな子に私はなんてことを、とルミナスは罪悪感に苛まれた。


(どうする? このまま放っておいたら彼女との関わりは無くなる。でも……)


 パタパタと彼女が走り去る音を聞きながら、ルミナスは机の上に置かれたクッキーを見詰めたのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 放課後、ルミナスは学園内を歩いていた。もちろん、セレナに会うためだ。会って謝るのだ。


(今までがどうであれ、傷付けたんだもの)


 また、今回彼女と話していて何も異変がなかったことが、ルミナスは気がかりだった。

 今までは、彼女に会うたびに意識が遠のき、思ってもいなかった感情が胸の奥から込み上がり、それを彼女にぶつけてきた。それは何度ループを繰り返しても変わることのなかったことで、今回でようやく変わったのかもしれない。


(それなら、もしかしたら……)


 彼女の悲しそうな顔が脳裏にチラつく。


 ルミナスは空き教室の扉を開けた。すると、誰かが扉の先に立っていたようで、軽くぶつかってしまった。


「きゃっ」

「わっ」

「ぶつかってしまってごめんなさい」

「いえ、こちらこそ申し訳……貴女は」

「え?」


 頭を上げると、先日ぶつかった青年が驚いた顔をしてこちらを見ていた。

 彼の僅かに開かれた瞳が、夕焼け色を宿してまた輝いている。


「あれからお体は大丈夫ですか?」

「はい。変わりなく」

「よかったです」


 青年のふわりとした笑顔は、ルミナスの急いていた心を穏やかにした。

 しかし、すぐに当初の目的を思い出し、教室の中を確認しようと視線を横にずらす。


 だが、青年の体に遮られてしまった。わざと移動したようにも見えたが、動きが小さかったため分からない。気のせいだろうか。


「ここにはどのような要件でいらっしゃったんですか?」

「人を探していたのよ。でもなかなか見つからなくて」

「人探しですか……あぁ、そうだ。実は僕、少し困っていたんです」


 青年は側にあった鍵を取り、ルミナスの前に小さな箱を差し出した。


「よければ、手伝って下さいませんか?もしかすると、探し人が見つかるかもしれません」


「困っているなら……」


 ルミナスは箱を受け取る。


「ありがとうございます。お優しいですね」


 そう言って、青年はもう一度微笑んだのだった。

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