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1話 眠りと目覚め、新たな変化


(あぁ、やっと終わるのね)


 一人でポツリと夜道を歩くルミナスは、足を止めて月を仰いだ。夜に負けぬほど深い林の隙間を、冷たい風が駆け抜けてゆく。

 この場所に来たことも、このドレスを着たことも、これまで歩んできた人生も、これで四回目だ。

 唯一の違いは、今まで苦しくて堪らなかった胸が軽いということ。


(本当に、本当に長かった)


 頭は今もずっと霧がかかったようにはっきりとしない。それでも、視界の端で揺らめいた光をルミナスは見逃さなかった。


――予想より早いお別れのようだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「お嬢様、朝です」

「ん……あと少し」

「起きてくださいませ。今日は入学式ですよ」

「にゅうがく……入学式?!」


 聞き覚えのある専属メイドの声と言葉を聞き、ルミナスは柄にもなく飛び起きた。


「私は二年生になるのよね?」

「はい。そうですが……いかがなさいましたか?」

「い、いえ。なんでもないわ。支度をお願いできるかしら?」

「かしこまりました」


 ルミナスは心配そうなエミリーを宥め、準備に戻るよう伝えた。テキパキと髪のセットやドレスの用意が行われ、去年も見た、いや、前世で見た自身の鏡に映る姿を眺める。


(今度こそ終わると思っていたのだけれど……読みが外れたわね)


 この世界はループしている。そしてこれは五回目。

 そのことに気付いたのは、二回目の人生が始まった時のことだった。二年生の時に迎える入学式まで戻っていたのだ。


(終わるのはいつも卒業パーティーの後。学校主催のイベントなのに、まったく楽しくなかったわね)


「そういえば、今年入学する特別生の内、一人が既に注目を浴びているそうですよ」

「女性の方よね?」

「はい。流石はお嬢様、既にお知りでしたか」

「たまたまよ」


 その女生徒は、ループの原因を解く鍵ではないかとルミナスが予測している人物なのだから。


 彼女が特異な存在であることだけが理由ではない。ループで起こる出来事の中には、毎回変化が起こるものがあり、それらの全てが彼女に繋がるものだったのだ。

 また、彼女が原因だとすれば、ルミナスにとっては中途半端な、二年生という時期からループが始まることにも納得がいく。

 ルミナスとも関わりのある人物で、何故か理由もなく話しかけたり、柄にもなくキツい言葉を投げかけたりした記憶がある。舞踏会での出来事は、全て自身の行動が招いたものだ。


(でも、自分でも理由がわからないのよね。彼女を前にすると、元々ぼーっとしている頭に白いモヤがかかって……)


「あら?」


(そういえば、私、頭がすごくハッキリしているみたい)


「ねぇ、一年生の時に使っていた教科書はあるかしら?」

「はい。お持ちいたしましょうか?」

「ええ、お願い」


 ルミナスはエミリーから教科書を受け取り、ページを開いた。視線が、手が、休むことなく動いていく。


 どうやら、五回目にしてルミナスにも変化が起こったらしい。今までは常に意思を持たない操り人形のような心地がし、授業では教科書の内容も説明も理解しづらかったのだが、今は情報がスラスラと頭に入っていく。


「なるほどね」


 教科書を読む感覚がパズルのピースを嵌めていくようで面白い。理解する、学ぶということがどれほど楽しいものなのか、ルミナスはようやく分かったような気がした。

 もしかすると、今回こそ魔法が使えるようになるかもしれない。


(闇属性の魔法は使えたけど……それも扱いきれてなかったもの)


 今までの人生におけるルミナスの成績は良いものではなかった。魔法なんて闇魔法がちょっと出せるくらいだった。それでも教師陣からのお咎めがなかったのは、彼女が公爵家の令嬢だからだろう。

 両親の愛を一身に受け、心身ともに甘やかされ、お金を使わせてきたルミナスだが、性格はそこまで悪くなかった。やや高飛車ではあるものの、それは公爵令嬢として恥ずかしくないようにするためのもので、基本的には誰かを虐めたり、必要以上に偉ぶったりはしなかったはずだ。……ただ一人を除いて。


(今回はそんなことしないわ)


 きっとできる。そんな気がするのだ。


「エミリー」


 ルミナスはエミリーだけを残し、他のメイド達に出て行くよう指示をした。エミリーは何か察したようで、いそいそと教科書を机の上に乗せ出す。


「私ね、ちょっと気分が悪いみたい」

 そう言って、ルミナスはほくそ笑んだ。

「では、しばらくお休みいたしましょう。いつ頃治りそうですか?」

「(察してくれたみたい)そうね……一週間でものにし、治してみせるわ」

「かしこまりました。旦那様と学園には連絡をいれておきますので、ゆっくりとお休みください」


 後で図書室から参考書を持ってきますね、と言って去るエミリーの背を見送り、ルミナスは本に向き直した。


「魔法に歴史、政治に経済……体力もつけなくちゃいけないわね。ふふ、これから忙しくなるわ」


 春の香りをのせた風が、応援だとでも言うように、彼女の元に花びらを送り届けた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ルミナス、体調はもう大丈夫なのか?」

「遂に行ってしまうのね。一緒にいる時間が長くなったと喜んでいたのも束の間だったわ」

「お父様、お母様。また夏には帰ってきますから」


 勉強を始めて一週間が経った。短くも濃い時間を過ごしたルミナスは、涙を浮かべる両親に、これでもかというほど抱き締められている。

 公爵家ということで普段は威厳があり、社交会でも憧れの的である二人だが、家ではいつもルミナスに甘々な子煩悩夫婦だ。ルミナスはそれを気恥ずかしく思う時もあるが、いくつになっても嬉しいもので、今更ながら別れが惜しくなってしまう。


「達者でな。お前は私達の大切な一人娘なのだから」

「そうよ。お勉強も社交活動も大切だけれど、自分を大切にしてね。大好きよ」

「……私も、お二人のことが大好きです」


 この五回目のループが、変化が、神様に与えられたチャンスなのだとしたら。

 ニ年後、いや、何年先も、両親と共に幸せに満ちた時を過ごしたい。


 今度こそ悲しい顔はさせない。そう心に決め、ルミナスは二人から体を離した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 学園に着いた初日、朝から生徒達に心配の声をかけられ続け、ルミナスの周りが静かになった頃にはもう、時計の針が十二時を指していた。時間だけ見れば、ルミナスが交友関係の広い人徳者のように見えるが、実際は違う。彼女が公爵家の娘だからだ。

 また声をかけられるかもしれないが、お腹を空かせたまま授業に出るわけにはいかない。仕方がないので、食堂に向かうとしよう。


(一年間過ごして、仲のいい友達の一人や二人もいないだなんて)


「あら?」


 物陰から、何やら噂話をする声が聞こえてきた。微かに聞き取れたのは、セレナという名前だった。


(エミリーが言った通り、もう注目を浴びているのね)


 それもそのはず。彼女は特別生なのだから。それも光魔法が得意の。


 ルミナスが通うのは、出身国であるアメトリア王国が設立したイグドラム王立学園。ここでは、貴族に必要な知識だけでなく、魔法や錬金術、希望するなら武術も学ぶことができる。数百年前から存在し、優秀な臣下や名高い君主を排出してきた名門学園だ。


 生徒は貴族のみだった。しかし、型破りな性格で有名な先代王が、優秀な人材をより多く育てるために、平民からも生徒を取ることにしたそうだ。この話を聞いた時、合理的なアイデアだとルミナスは思ったのだが、どうやらそうは思えない貴族が多かったらしい。最終的には、二から三名のみ特別枠としての採用を行うという形になったのだ。

 特別生に選ばれる基準は厳しく、魔法、武術、知力、これら全てが平均以上、かつ一つは上位に食い入るほどの能力と才能を持ち得た者のみと限られていた。(ただ、一つの基準が並外れて優れている場合は、他の基準がやや低くとも採用されることがあるらしい)

 そして、全部で五属性ある魔法のうち、闇魔法と並んで最も難しいとされる光魔法に驚異的な能力を発揮した者が一人いる。


 それがセレナである。


(入学式の日もそう、食堂に向かう道の途中で――)


「きゃっ!」


 曲がり角から出てきた誰かとぶつかり、尻餅をついてしまった。入学式の日ではないのに、結局セレナさんとぶつかることになるのか、とルミナスは内心ため息をついた。


(今まではセレナさんが尻餅をつく側だったのに……)


「すみません。大丈夫ですか?」

「えっ?」


 立とうと腕に力を込めたルミナスの前に、手が差し伸べられた。女性にしては骨張った、スラッとした手が。


「だ、大丈夫よ……ありがとう」

「大丈夫ならよかった。本当にすみません」


 顔を上げたルミナスの目に映ったのは、申し訳なさと、心配する気持ちが混ざったような顔をした、白皙の青年だった。


 彼の絹のように柔らかく細い髪が陽光に照らされているからだろうか。

 ルミナスの手を取り微笑む彼の姿が輝いて見えた。白い髪のはずなのに、角度によって光が水色に、桃色に、紫色に変わってゆく。


(わ……なんて綺麗な瞳。薄い紫と黄色が混ざっていて、宝石みたい)


「あの、やはりどこか具合が……」

「えっ? あっ、何でもありません! その、お腹が空いていて、頭がぼーっとしてしまっただけですので」


(何言ってるのよ私! それだと私が食いしん坊みたいじゃない!)


 貴方の瞳に吸い込まれそうになっていました、なんて言える訳もなく、口からポロッと出た言葉に呆れてしまう。


「それは失礼しました。お腹が空くのは一大事ですよね。僕も空腹だと何もできなくて」


 くしゃり、とあどけなさの残る笑顔をルミナスに向けた後、青年はチラリと食堂に目線を移した。

 気にしていない。声にはしないものの、そう言っているように見える。


「ありがとうございます」

「こちらこそ失礼しました。それではまた」

「えぇ、また」


(ん? また?!)


 こちらにお辞儀をして、青年は行ってしまった。

 名前を聞けばよかったかもしれない、と思っていたところ、椅子に座った生徒達のある視線に気付いた。青年が去って行った方向を見て何やら話している。生徒達の眉に皺が寄っていることから、いい内容ではないようだ。


「平民のくせに」


(平民?)


 ルミナスは生徒の声に耳を疑った。


(特別生は別の男子生徒と、セレナさんの二人だけだと記憶していたけれど、もう一人いたのね)


 ルミナスの目に映った青年は、とても平民には見えなかった。美しい見た目もそうだが、何かを感じさせる圧倒的なオーラを感じたのだ。


(それに、あの瞳)


 アメトリア王国の民の瞳の色は、薄い紫色か黄色のどちらかだ。そして、王族のみがこの二色のグラデーションの瞳を持つと言われている。

 平民でこの瞳を持つとは、やはり特別生は特殊な人が多いようだ。


「キャッ!」


 先程の青年のことを考えていると、背後から本が何冊も地面に落ちる音が聞こえてきた。


(こ、この声は……)


「セレナさん?」


「へ?」


 この、薄紫色の瞳を見たのはいつぶりだろうか。

 彼女の瞳に宿る大粒の光は、眩しいほどに輝いた。

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