真の敵
仕切りを生成して簡単な個室を作り、ヘレディ達が互いの顔色を窺えないように環境を整える。そこからはなるべく淡々とした進行で、必要な情報を抜き取ろうと質問を繰り返す。
ヘンデンの仲間の所在、コアンドロ氏の連行先、穢れを扱う目的等々。
程無くして、どうやら俺とヘンデンは尋問が下手なのだと自覚した。
一人はあまりに強情で、もう一人はあまりに怯えているため、会話が遅々として進まない。たまにまともな回答が返ってきても、今までの遣り取りから、俺達がそれを真であると信じ切れない。
これでは駄目だ。
作業が途中で面倒になり、俺は魔術で研究者達の正気を奪うことにした。まずはヘレディの頭を掴んで術式を流し込むと、相手の首から力が抜け、半開きの唇から涎が落ちる。
「無駄な時間だったな。最初からこうしていれば良かった」
「自分を拉致した相手に対して、人道的な処置ではあったんじゃないか? そういうところは好感が持てる」
「ううん……痛めつけても良かったんだろうが、外傷の治療は出来んからなあ。甘いとよく言われるよ」
「冷静と評すべきだと、個人的には思うな。だからこそこっちはお前と話し合いに持ち込めたんだ。敵を尊重したからといって、必ずしも悪い方に転がる訳でもないさ」
まあ確かに、ヘンデンと敵対せずに済んだのは幸いだった。ヘンデンは俺との相性が悪いだけで、決して弱い人間ではない。やり合えばこちらが勝つとしても、結果を出すためには相当に苦労させられただろう。
ただ……戦闘を回避出来たのは、俺の判断がどうこうではなく、ヘンデンの人格によるものという気がする。
「……評価についてはありがたく受け取っておこう。取り敢えず、この状態なら質問も通る筈なんで、最初は基本から行こうか。ヘレディ、軍部の主要施設の位置と、そこに配置されているヘンデン一族の人数を教えてくれ」
「……私が知っているのは四箇所で、それで全てとは限らない。聞いた話だと、基本的には一箇所につき三人ずつ、警備としてヘンデン一族を配置しているらしい」
拠点の位置を聞き出したところ、うち一つが司令部であったため、ヘンデンの配下二人はまずそこを探ることになった。また、コアンドロ氏が連行された場所も判明し、俺とヘンデンはそちらへ向かうと決まった。俺単独では一族と出会った際に戦闘になってしまうので、これは已むを得ない措置だろう。
「島からは何人来てるんだ?」
「この場にいる面子を含めて二十人だな。交代で休みを取ってるんで、全員が稼働している訳じゃない」
そのうち二人俺が殺したので、残りは十八人……配置次第ではあるが、そんなに時間をかけずに集まれそうではあるな。何か問題でも起きない限り、ヘンデン一族については概ねこれで解決だろう。
ヘンデンが合図を出すと、配下二人はすぐに部屋を出て現場へ向かった。
「じゃあ次。工国は今後、穢れをどう扱っていくつもりだ? アディンバ地区の浄化が出来なかったお前等じゃ、戦争に使っても被害を広げるだけだろう。何か対策はあるのか?」
「穢れについては被害を抑えられないか、未だ手探りの段階ね。症状の進行を遅らせる抗体が見つかって、今はそれを試験しているところだから……無策ではない、というくらいかしら。軍部から研究費用を引っ張るために一応武器は作ったけど、あれはあくまで威嚇用であって、実戦投入はすべきじゃないと思う」
「抗体?」
口にした瞬間、脳裏に見知った女の顔が浮かび、思わず天井を仰ぎ見る。
「……カーミンか」
「ええ。コアンドロを捕縛するだけで何人もの犠牲者が出たのに、一時期同居していたカーミンに症状が出ていないのはどう考えてもおかしいでしょう? 私達にとって、彼女は人質である以上に研究対象として価値があった」
「そうかい。で、本人はどうなったんだ?」
「コアンドロの死体から出る穢れを抑えるために、一緒に保管してあるわ」
保管、保管ねえ。
生きている人間に対して使う言葉じゃないな。
「ふむ……軍部には兵器の危険性を伝えてあるのか?」
「それは勿論。コアンドロから回収した穢れ祓いだけじゃ、手が回らない可能性が高いからね。あれを使える魔術師なんて、軍部には数人しかいないんじゃない」
ふうん……無茶な実験をしている割に、ある程度の分別はあるのか。ただ研究者が使用に否定的だったとしても、軍部が現場でどう動くかは別問題だ。追い込まれた時に、全員が同じ判断を下すとは限らない。
どうにも読めんなあ。
治療方法が確立していないのに、自国の兵士を巻き込んでまで使うものではないだろう。負けが確定して、自爆するしかない、となったら有り得るのか? いやそもそも、汚染がアディンバ地区だけとは限らないのだから、王国はそれを踏まえた上で戦争に臨む――であれば、敵に対処を押し付けるつもりで使うという手があるのか。
情報を整理していると、ヘンデンがそっと俺の肩を叩いた。
「フェリス、先程から話題になっている穢れとは何だ?」
「何、と改めて訊かれると困るが……ん? もしかして、工国から何も聞かされていないのか?」
「その話は初めてだな」
都合の悪い話を伏せるにしても、ヘンデン一族に穢れの存在を伝えていないとは。離反されたら終わりなのに、工国もよくやるな。
しかし……穢れとは何か、か。
邪精となった今でも、明確な回答が見つけられない質問だ。取り敢えずヘンデンが住んでいる島は汚染されていないようだし、解っていることを伝えるしかないな。
「具体的な正体については俺もよく解っていないが、まあ人体に有害な毒みたいなものと思ってくれ。体に付着するだけで意識の混濁等が起きて、抵抗力が低い人間なら数日で死に至る。工国が取り戻そうとしているアディンバ地区も、ちょっと前まで深刻な被害が出ていた」
「対処方法は?」
「除染には魔術強度が5000を超える陽術師か、教国に伝わる穢れ祓いという専用の道具が必要だ。因みにアディンバの時はシャシィ・カーマと教国の専門部隊、ミルカ・クロゥレンまで揃えてようやく事業を達成した。工国がそれを戦争に持ち出すつもりなので、俺は止めようとしている立場だな」
詳細を知り、ヘンデンは目を細め獰猛な笑みを浮かべた。尋常ならざる膂力で握られた短棒が、微かに悲鳴を上げている。
「……どうやら工国にとって、我々は信頼に足る味方ではなかったようだな。一族に被害が出たら、どう落とし前をつけるつもりだったんだ?」
「私に言われてもねえ。軍部はヘンデン一族を抑止力としたかっただけで、戦場に出すつもりはなかったんじゃないかしら? どうせこの戦争は工国が勝つと決まっているから」
「んん? ヘンデンを首都防衛にしか使わないつもりだったのか? それだと勝算が低過ぎるだろう」
穢れを扱える程度では、ジィト兄のような強者を止められない。工国の兵は正直質が低いので、装備の質で誤魔化すにしても限界がある。
何か見落としがあったか考えていると、魔術が効き過ぎたのか、ヘレディは首を仰け反らせて楽しそうに笑う。
「ヘンデンも穢れも、念のため用意した策でしかないよ。今回の場合はもっと根本的なところで勝ちが決まっているの。クロゥレン家がどれだけ強くても、兵力に差があっても、国の指導者が負けるつもりなんだから無意味でしょ?」
「は? ……ああクソッ、ダライか!」
一番大事な点を見落としていた!
確かに、アイツにとっては自身の願いを叶える絶好の機会だ。ここまで状況が揃ったなら――いや、自力で揃えたのだろうが――動かない筈がない。
苛立ちで我を忘れた所為で、魔力が制御を失う。脳に負荷がかかっていたヘレディは、鼻血を噴き出してそのまま絶命してしまった。
状況が呑み込めず、ヘンデンは只管に困惑している。
「ど、どうした?」
「王国の第一王子は死にたがりでな。誰かに殺してもらえる機会をいつも窺っているんだ」
「……何故そんな人間を上に据えている……?」
仰る通り。
あまりの現実に俺は顔を覆う。
「内乱があった所為で、継承権を持つ者はダライしか残っていない。王そのものは存命なんで、新たな後継者を待っているところだったんだ」
「それにしたって、政務からは切り離しておくべきだったろう。いっそ殺してやった方が、双方にとっても幸せだったのではないか?」
「何度か殺そうとは思ったんだがな……そうすると国の舵取りをする人間を変える必要がある。俺にそんな責任は背負えないし、かといって誰か任せられる者も思いつかなかった。これは俺の覚悟が足りなかった所為だな」
深く長く息を吐く。
後悔したところで何も解決はしない。やれることはまだある。ダライがそのつもりなら、まずは工国の戦力を形振り構わず徹底的に潰し、戦争の機会を奪ってしまおう。その過程で人類の進歩は止まるかもしれないが、もう気にしていられない。
工国に、ダライに、散々やられた借りを返す時だ。
俺は手を叩いて仕切りのある空間を圧縮し、ヘレディの遺体をただの染みに変える。すっかり怯えているもう一人は一応生かし、施設の案内をさせることにした。問題が起きた場合は処分すれば良いだろう。
「うん、方針は決まった。お前の一族との合流もあるし、すぐにでも施設に向かおう」
「切り替えが早いな……。頼むから味方を巻き込んでくれるなよ」
「そっちこそ、俺に仕掛けないよう命令を徹底しろよ。なるべく注意はするが、お前等相手だとそう手加減も出来ん」
ヘンデンは生き残りを気絶させ担ぎ上げると、何か言いたげな表情をこちらに向けた。俺は敢えてそれを無視し、この階層に存在する穢れを吸収する。ついでに手術室の鍵を壊し、天井に穴を空け、地上へと続く階段を生成した。
拉致被害者については自力で脱出してもらうとして、これでやり残しは無い……かな。
「随分と魔術が達者だな」
「そうでもないさ。行けるな?」
「おう」
階段を一気に駆け上がると、外は暗くなっていた。夜に紛れて、俺達は次の目的地を目指す。
今回はここまで。
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