地下の住人
軍人が出入りする施設に侵入し、機密文書を漁り、物資を破壊して時間を潰す。なかなか本命に出会えないまま首都は厳戒態勢へ突入し、軍人が通りを闊歩するようになった。平民は門からの出入りを禁じられ、街全体に不安が広がっている。
やはり国の中心部で騒ぎを起こすと、対応が早い。
歯応えが無いからと調子に乗って、やり過ぎてしまった感がある。軍部も俺の手口を理解したのか、偽の情報を掴まされることが増えてきた。そろそろ同じ方法を続けるのも限界が近いようだ。少数の兵を削り続けたところで、あまり効果は得られないだろう。
民間人への被害を抑えるため、学術院への手出しはなるべく控えていたが……こうなると、そろそろ制限を解除すべきかもしれないな。
依頼から二日、俺は今日こそ依頼を受ける者が現れてくれないだろうかと、期待を込めつつ研究所へ足を向ける。
「お疲れ様です。アナシィさん、依頼の方はどうですか?」
「あら、お疲れ様です。なんとですね……」
「なんと?」
「希望者が三名、手を挙げてくれました!」
アナシィさんが両手を広げて燥ぐと、跳ねた勢いで耳飾りが軽快に揺れた。喜ばしい返答に、俺は胸を撫で下ろす。どうやら無駄足を踏まずに済んだようだ。
「おお、素晴らしい。ありがたい話ですね」
「まあ三名とは言っても、その方々は同じ研究室の人達でして。共同で依頼を受けたいという話だったので、取り敢えず受け付けましたけど……人数に制限はありませんでしたよね?」
条件に人数は含めていない。内部に侵入する、或いは研究者と接触することが目的なので、むしろ希望者は多い方が好都合だ。俺は笑みを浮かべ、質問に対し歓迎の意を示す。
「ええ、問題ありません。折角の機会ですから、色々な方々のお話を伺いたいところです」
「ですよね。ということで、お時間があるようでしたら、すぐにでも面談をしていただけませんか? 今なら会議室が空いているようなので、フェルさんがよろしければ彼等を呼びますよ。ちゃんと防音の部屋です」
「報酬については要相談としましたからね。是非お願いします」
相手の都合が良いなら、早く話を進めた方が楽だ。俺は提案を受け入れ、アナシィさんの案内で会議室へ向かった。先を行く細い背を追い、綺麗に磨かれた廊下を進み階段を下りると、金属の削れる音が一気に小さくなった。
ふむ……意外と広いな。何の実験をしているのか、気密性が高く空気の流れを感じない。
「地下なのに結構明るいんですね」
「作業の効率を重視してますからねえ。あ、あの部屋です。ささ、どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
重そうな金属製の扉を開け、アナシィさんは朗らかに笑って俺を促す。一礼して部屋へ入ると、いきなり腰を蹴り飛ばされ、背後で施錠の音が響いた。痛みは無いに等しいが、それよりも敵意が読み取れなかったことに驚いてしまう。
壁に手を当てて気配を探ると、当人は大慌てでこの場を去るところだった。
「閉じ込められましたか。やられましたね」
「全く解らんかったよ。カイゼンは人材が揃ってるなあ」
ルリの苦笑に、俺も似たような態度で応じる。
自分の不甲斐なさは一旦忘れて、素直に感心してしまった。全力は出していなかったものの、『観察』を突破されるとは予想していなかった。恐らく、相手は自分の思考や意思を隠すような異能を持っていたのだろう。
いやはや、敵ながら天晴。ただし、詰めが甘い点もある。
アナシィさんは親密さを演出するためか、俺が贈った耳飾りをつけていた。そして、材質的に多少の抵抗はあるにせよ、気配が読めたのだからこの壁は魔力を遮断し切れていない。
ならば次はこちらの番だ。
俺は『集中』を起動し、遠ざかっていく耳飾りに接続する。急激に魔力を送り込まれた魔核は一気に肥大し、鋭利な針を四方へと伸ばした。手応えはあった……が、余程運が悪くなければ、まあ死にはするまい。蹴り一発に対するお返しにはなっただろう。
さて、気が済んだところで、今後どうするかを考えなければ。
部屋を見回してみると、一応会議が出来るようになっているのか、机と椅子は用意されている。他には明かりくらい――かと思いきや、いきなり向こう側の壁が横にずれ、隙間から瘦せ細った男が姿を現した。半身に麻痺があるらしく、左足を引き摺って歩いている。
邪精としての感覚が疼く。
彼の不調の理由は、ふくらはぎに埋め込まれている穢れか。
「よう、新入り。お前もあの女に騙されたのか?」
「アンタは?」
やたらと親しげな挨拶をされ、意図が読めず判断に迷う。
男の強さを推し量る――足が不自由ということは、格闘には不向き。魔力も一般人より少し多い程度なので、戦闘面での脅威は無い。密室で二人きりになって、俺を汚染するつもりなのだろうか? いや、刺客にしては言動が穏やかだし、そもそも敵ではないような気がする。
取り敢えず自然体のまま相手の対応を待っていると、男は苦笑いを浮かべつつ椅子に体を預けた。
「そんなに警戒するな、俺もお前と同じ立場だよ。会議だと言われてここまで来たら、いきなり監禁されてな。奥にも似たような連中がまだまだいる」
確かに、男が現れた通路の奥には大小様々な気配がある。年齢や性別は無関係に押し込まれているようで、微かに赤子の泣き声も聞こえた。
「……ひとまず信じよう。ここはどういう場所なんだ?」
「知っての通り、学術院の研究施設だ。ただ、中でも危険性が高い実験を、地下では行っているようだな。俺は戦争を止めるべく議員に上申したら、開発中の毒物を打ち込まれることになった」
なるほど、どうして汚染されているのかと思ったら、それが原因か。となると軍部の狙いは穢れを増やしたいか、性質を見極めたいかのどちらかだろう。赤子がいることから考えると、様々な対象で実験したいという意図があるのかな。
まあ検証の幅を広げる、回数を増やすのは基本だとしても、人としてどうかとも思う。
「脱出は出来そうなのか?」
「残念ながら難しいな。可能性があるとしたら……お前の後ろにある扉から定期的に食事が届けられるんで、そこで配膳係と護衛を倒せるなら、機会はあるかもしれん。思いつくのはそれくらいだ」
うん、楽勝だな。
もし敵がこちらの餓死を狙って姿を見せなかったとしても、扉を壊すか転移で脱出は可能。むしろ問題は、ここの連中を解放したとして、首都からどう逃がすかになりそうだ。ヴィヌスを使うとしても、衰えた人間を一気に運ぶのは難しい。
「俺に近づいたのは、敵に対抗する人手が欲しいからか?」
「いいや? 扉が開く音がしたんで、確かめに来ただけだ。まあ可能であれば、あの泣き叫んでいる赤子をどうにか救ってやりたくはあるな。あの子とその母親は、毒を入れられてから十日が過ぎている。二人ともまだ生きてはいるが、いつ状態が悪化してもおかしくはない」
「十日も? 症状はどうなっている?」
「母親は意識こそはっきりしているものの、体力の低下が著しい。左手の指も巧く動かなくなっているようだ。赤子は……背中が爛れ始めているので、痒くて泣いているんじゃないかと思う」
おや、思ったより影響が出ていないな?
穢れを取り込んでから数日も経てば、耐性の無い者は死んでいてもおかしくはない。強度の低い赤子であれば、泣くことすら出来なくなっているのが当たり前だろう。穢れの性質を変化させたか、人間の耐性を弄ったか……研究の目的はそれか?
元々、コアンドロ氏が国に対して穢れで対抗した所為で、軍部は敵のやり方を研究せざるを得なかった筈だ。結果として、色々な試験が行われるのは自然な流れだろう。
正直なところ、内容が気になる。
人間の耐性を上げるというのなら、誰かが人でなしの汚名を被ってでもやる意義がある。ただ、それを戦争と繋げるというのなら、俺の中では話が変わってしまう。理解はしても気に入らない。
「取り敢えずは解った。相手の狙いはどうあれ、すぐにでも毒を抜いてしまおう」
「開発されたばかりのものだぞ? 処置出来るのか?」
「使われているものがお前と子供で同じならな。悪いのは足だろ? ほら、見せてみろ」
男の背後に回り裾を上げると、膝から下はどす黒く変色していた。液体を注射した訳ではなく、汚染された何かを直接埋め込んだようで、ふくらはぎには不格好な縫い目がある。患部に手を当て、冷やしつつ穢れを吸い出してみる――俺の感覚ではアディンバ地区で扱ったものと同質。なら弄ったのは穢れではなく、人体の方だろう。
ひとまず応急処置は完了、これから先は医術の領域だ。
「毒性はどうにか出来ても、異物を取り除くには切開が必要だろうな。そっちは俺だとどうにもならん」
「いや、それでも足の感覚が戻って来た気がする。ははっ、血が巡っている感じがするよ。ありがとう」
男は膝下を拳で叩き、唇を震わせる。目尻には涙が浮かんでいた。
……どうやら状態は良くなっている。とはいえ、安心するにはまだ早い。長期に渡る汚染によって、筋肉や神経にどのような影響が出ているか、現状では解らない。
「ちゃんとした医者に診てもらうためにも、ここから出ないと駄目だな。さて、他の連中からも話を聞きたいんで、案内を頼む。ええと……アンタの名前は?」
「モルネク・ド・ゴナムだ。議会事務局の職員として働いていた」
なるほど、だから議員と繋がりがあったと。工国は議員の権限が強いようだし、軍部からするとなかなかに煩い存在だったのだろう。
「フェリス・クロゥレン。今の立場は……強いて言うなら調査員かねえ?」
「あれっ、クロゥレンって王国貴族じゃなかったか? そんな目立つ奴が行方不明になったと知れたら、いよいよ戦争が始まらんか?」
「目立ったからこうなったんだろうなあ。ま、心配するな、どうにでもなる」
ここで待っていれば、俺で実験をするべく誰かが来る可能性が高い。そいつを尋問すれば、新たな手掛かりに辿り着くだろう。それまでは毒抜きをしつつ待機だ。
俺があまりにも呑気に見えたのか、モルネクは困惑していた。
今回はここまで。
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