架空の人物
個人的には穏便に済ませたかったのだが、状況がそれを許さないようだ。穢れを戦場に持ち込むという発想の持ち主、これを徹底的に叩かなければ被害が大きくなってしまう。
取り敢えず俺は兵舎の地下を全て土で埋め尽くし、入口から悠々と撤退した。ヘンデンと兵は人形を追いかけて何処かへ行ってしまったし、ミンツは毒を抜いたばかりで呆けているので、暫くは安全だろう。
合図を出してトラメと合流し、次は服装を変えるため『緑の蔓』に向かう。
久々に会った店主はこちらの顔を見ると、泣きそうな顔で作業の手を止めた。
「ご無沙汰しております」
「……こんな大変な時期に、工国へいらっしゃったのですか。折角ご来店いただきましたが、ここは軍部に警戒されております。今すぐ逃げてください」
流石はコアンドロ氏の関係者なだけあって、戦争のことを既に把握しているらしい。話が早そうだと安堵しつつ、俺は念のため声を潜める。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。しかしまだ用事が済んでいないので、逃げる訳にもいかないのですよ。急に現れて不躾ではありますが、連中に一度見つかってしまったので、何か適当な服を購入出来ませんか?」
「既製品であれば、お体に合いそうなものはあります。ただしあくまで普通の服ですので、防具としての機能はありませんよ?」
「見た目を誤魔化せるのであれば構いません」
返答に店主は少し考えを巡らせ、奥にある棚から灰色の作業着を引っ張り出した。丁寧に仕舞われていた割に新品ではないようで、裾には飛び散った染料による斑模様が出来ている。多少古くとも、動き易く、かつ色が地味なものを選んでくれたらしい。
「以前勤めていた店員が使っていたものです。生地にある程度の厚みがありますので、こちらに並んでいる服よりは頑丈だと思われます」
「ありがとうございます、お幾らですか?」
「お代は結構ですよ。そもそも商品ではありませんからね」
簡素な袋に服を詰め、店主は俺にそれを押し付けながら笑った。俺は頭を下げ、部屋の隅で早速着替えをさせてもらう。今着ている服は……後で何処かに隠しておこう。
作業着に腕を通しながら、俺はふと浮かんだ質問を店主にぶつける。
「そういえば、一つお伺いしてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「店主殿は学術院に所属する者と交流がありますか? 金属加工か穢れの研究者で、すぐに名前が挙がるような者がいたら教えていただきたいのです」
「ううん……残念ながら服飾と無関係な分野は詳しくないので、お答えしかねますな。ただ、金属加工の研究所の場所であれば知っております。街の南側に三階建ての目立つ建物がありますので、探りを入れるならそちらに向かっては如何でしょう?」
南側……ああ、あそこか。
言われてみれば、確かにそれらしい場所があったと思い出す。ここで話を聞いていなければ、真っ直ぐ学術院に乗り込んでいただろう。俺は店主に感謝を述べ、その場を辞した。
外に出ると同時、影を纏って姿を隠す――街中の兵が、先程よりも明らかに増えている。
体内でトラメが悩ましげな吐息を漏らした。
「人形が全部潰されちゃった。目標を見失って、兵が散り散りになってるね」
「ありがとう、時間稼ぎとしては充分だよ。ヘンデンの動向は解る?」
「門の方に向かったみたい。お兄ちゃんが街から出ると思ったんじゃない?」
敢えて狙うだけの理由は無い、遠ざかっているなら放置だな。
念のため裏路地を使い、人目を避けながら動く。目的地に近づくにつれ、金属の削れる音が耳に刺さるようになっていく。炉の使用が影響しているのか、周囲の気温も心做しか高いと感じた。
「……随分と騒がしい場所ですね」
「だから学術院の本館とは別に建てたんだろうな。これだと周りから苦情が出る……おっと、圏内に入ったか」
「圏内? ……あら、音が小さくなりましたね」
「あんな音が響いてたらまともに会話も出来ないし、遮音を使える魔術師を配置しているんだろう。とはいえ元の音が大き過ぎて、効果がいまいちだな」
風の流れを読んだ限りだと、二階から上にはまともに魔術が届いていない。最低限、来客がある場所だけはどうにかしたい、という涙ぐましい努力が垣間見える。
……さて、来てはみたものの、どう動いたものか。部外者でも入れる施設なのか、まずは退屈そうにしている受付のお姉さんに話を聞いてみよう。
「失礼、こちらは金属加工の研究所で間違いありませんか?」
「そうですよ。初めましての方ですね、本日はどういったご用件で?」
「仕事の発注をしたいのですが、直接技術者と交渉することは可能でしょうか?」
「ううん、お仕事ですと、内容と金額によりますねえ。条件を教えてもらえれば、掲示板に貼り出すくらいはしますよ。お客さんに言うことじゃないんですけど、ここの人達は興味無い仕事だと、なかなか引き受けてくれないんです。空振りしても怒らないでくださいね」
ふむ。逆に言うと、興味を引く内容であれば技術者を引っ張り出せる、ということか。それなら手はありそうだ。
ちょっとした悪戯を思いつき、俺は笑いを悟られぬよう俯いて口元を隠す。そうして袖口から魔核を取り出し、魔力と精気を注ぎ込んで延べ板を生成した。
見た目は何の変哲も無い、単なる直方体。しかし各辺には一切の狂いが無く、常軌を逸した硬度に仕上がっている。才能がある者、探求心を持つ者であれば絶対これに反応するだろう。あの突撃鎗の開発者が引っかかれば一番良いが、とにかく内部と繋がりを作るところから始めないと、人物の特定すら叶わない。
まずは切欠が必要……とはいえ、調査には時間がかかるかもなあ。
金属加工の担当と、穢れを仕込んだ奴が同じかどうかもまだ解っていない。別人だった場合、開発者をうっかり殺さないようにしなければなるまい。
「魔力干渉に強い素材を探しております。出来れば、これよりも頑丈なものを作れる方を紹介していただけると嬉しいですね」
「ふむふむ。報酬はどれくらいになります?」
「要相談で。こちらの条件を満たしていただけるのであれば、ある程度そちらの条件も呑もうと考えております。その延べ板で支払っても構いません。掲示の期間は三日としてください」
残念ながら、こちらとしても時間にそう余裕は無い。受注者が誰も現れず、ただ延べ板を奪われてしまった場合は、遠隔で破壊してしまおう。
受付は期限が短いのではと心配そうにしていたが、手間賃として耳飾りを作ってやると、最終的には笑顔で書類を作り始めた。ノリが良く、扱い易い人は嫌いではない。
「はい、では依頼を承りました。希望者が出たら、どちらに連絡すればよろしいですか?」
「連絡先……いや、毎日このくらいの時間帯に顔を出します。そちらとしても、連絡のために人手を取られるのは嫌でしょう?」
「それは仕事ですから別に気にしませんよ。依頼人の表記はどうされます?」
「ああ、これは失礼しました」
なるほど、俺がずっと名乗らないから、連絡先を聞くという遠回しな指摘をしていた訳か。とはいえここで本名は使えないし、どうしようかな。
悩んだ結果、俺は懐を探すふりをしつつ、取り急ぎ魔核で身分証を偽造した。以前に一度見た教国のものを模して、架空の部隊に所属する人物を生み出す。そして、なるべく細部をじっくりと見られないよう、決して手渡しをせずに証を提示した。
「教国の山岳警備部に所属の、フェルと申します」
「山岳警備部、なんてものがあるんですね。現場で使うとなると、やっぱり頑丈なものが必要な感じですか」
「ええ、そうなんですよ」
適当なことを並べているだけなので、あまり深く突っ込まないでほしい。俺は平静を装いつつ、とにかく話題を切り替える。
「私のことはさておき、お姉さんの名前を教えていただいても?」
「アナシィ・ム・サナハと申します。この時間帯の窓口担当は私なので、よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします。では……他に手続きが無ければ、今日のところはこれで失礼します」
「大丈夫ですよ、お疲れ様でした」
態度に変化は無い、疑われてはいないな。
俺は一礼して足早に窓口を離れる。ある程度距離を取ったところで、ルリがそっと声を上げた。
「学術院の方は時間がかかりそうですね。今後はどうします?」
「軍の関係施設があれだけってことはないだろうから、もうちょっと街中を探索しつつ、適当に削り続けるしかないかなあ。その過程で、他に何か手がかりが見つかれば良いけど」
勝つだけなら首都全体を沈めれば終わりだが、流石にそれは最終手段だ。普通に日々を生きている平民まで巻き込む訳にはいかない。
……まあ巻き込まれたという意味では、ルリやトラメも同じか。
「こっちの都合に付き合わせて悪いな。戦争が嫌になったら、特区で待っていてくれ」
「人は基本的に争う生き物なので、今更どうとも思いませんよ。穢れが広まる方が私としては嫌です」
「穢れについては責任を持つさ。こうなった以上、戦争よりもそっちを優先すべきかもな……」
意識を深く沈め、『集中』を起動する。感覚を広げ、首都の隅々まで意識を伸ばしていく。あの金属板を突破して穢れを探知出来れば、話は早いのだ。俺も邪精としての権能を磨く時が来たのかもしれない。
しかしどれだけ頑張っても、俺の五感は何の反応も示さなかった。
今回はここまで。
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