瀬戸際の判断
地下に辿り着き、直感に従って先を進む。道中で兵士を数名埋めた所為か、ミンツはすっかり消沈してしまっていた。こちらとしても好きで殺している訳ではないが、言葉でどうにか出来る状況でもない。兵舎前でヘンデンと交戦状態になった時から、俺と工国の戦争は始まっている。
今は既に戦時下だ。
「さて、そろそろ素直に話してくれる気になったかな?」
「……殺せ。こうまで被害を拡大させておきながら、自分だけ無様に生き残る訳にはいかん」
「お前がどう立ち回ったところで、別に被害は変わらなかったがね。俺は単に邪魔な奴を排除しているだけだ。……いや、ある意味では、お前との会話があったから彼等の寿命が多少延びたとも言えるか?」
「そこまで理性的に振舞いながら、どうして人の命を軽々しく扱える? 君からは工国に対する殺意も憎しみも感じなかった。それほどの力があれば、兵を殺さずに済ませることだって出来るだろうに」
まあ確かに、俺は立ち塞がる相手が邪魔かどうかで手を下す判断をしている。戦闘というより作業という感覚だから、ミンツの印象は合っているだろう。
しかし……どうして、ねえ。
殺した場合と殺さなかった場合、各々にどんな未来が待っているか考え、今までの経験から理由を探す。
「そう言われてもなあ。容赦してやって、何か良いことがあるのか? 生かしたら生かしたで、お前等は俺を甘い奴だと見縊るだろう? 或いは恐れるのか恨むのか……どうあれ遺恨が残る。面倒なだけだよ」
「……フェリス・クロゥレン。君さては、他人が嫌いだな?」
「うん、まあまあ嫌いだな。だから本当は、戦争になんて関わりたくはなかった。身内が参戦することにならなければ、俺は今頃山奥で隠居生活を楽しんでいただろうよ。……っと、あの部屋は何だ?」
会話の途中で怪しい場所を発見し、俺は思わず足を止める。その拍子にうっかり腕を強く捻ってしまい、ミンツが呻き声を上げた。
木製の扉が並ぶ廊下に、何故か一つだけ金属製の扉がある。露骨過ぎて罠かと疑ってしまうが、ミンツが黙ったままなので、誘い込まれた訳ではないようだ。部屋は施錠されており、押しても引いても開く様子は無く、鍵穴や閂の類も見当たらない。
「これ、どうやって開けるんだ?」
「さあな」
答えてもらえないなら自力で解決するまでだ。『観察』を起動し周囲の様子を具に調べると、扉のすぐ横の壁が汚れていることに気が付いた。複数の人間が同じ場所に手で触れたらしく、色が若干くすんでいる。
まさかと思いつつミンツの手を押し当てると、金属製の扉が音を立てて左右に割れた。
「……指紋か、血管か? いや、魔力という線もあるか。生体認証とは……」
予想もしなかった光景に舌打ちが出る。
前世に劣らない、とんでもない技術を見せられてしまった。少なくとも、工国は王国の百年以上先を進んでいる。彼我の差をどう埋めるのかと思っていたら、むしろ劣っていたのはこちら側だったようだ。
「な、何故解った!?」
「使った後はちゃんと綺麗に拭くよう指導しておけ、目が良い奴ならこの汚れは気付く。……とはいえ驚いたよ。流石は工業国家だな、技術力では他の追随を許さないか」
「……ふん、誇るほどのものではない。我々は王国を打倒するため、只管に試行を重ね、失敗し続けてきた。回数をこなせば、時には成功も生まれるさ」
いやはや、謙遜も行き過ぎれば嫌味だな。こうなると、学ぶ時間を惜しんで奴隷を購入したのは失敗だったかもしれない。ここまでの科学力があるのなら、差別なんて気にせず学術院に入学するべきだった。
「本当に大したものだと思うぞ。じゃあ折角の機会だし、成功の形を拝ませてもらおうかね」
軽口に対しミンツは顔を顰めるだけで、何も喋らなくなってしまった。それどころか、視線を読まれないよう目を伏せつつ、逃げる隙を窺っている。必死に情報を守ろうという反応――中には余程重要なものが隠されているらしい。
備え付けの角灯に火を点けると、部屋には鎗や長剣、鎧といった装備品がびっしりと並んでいた。
「倉庫か、これはなかなか壮観だな。隠したい気持ちも解るよ」
試しに手近な長剣を一本手に取り、鎧を全力で斬りつけてみる。腕が悪い人間が振ったにも拘らず、長剣は刃毀れ一つせず、鎧もうっすらとした線が入る程度で済んでしまった。値段を付けるとしたら、どちらも三百万は超えるか? 使っている素材もさることながら、製作者の腕が良い。
……兵数や強度で比較すれば王国が上。しかし装備は工国が圧勝、といったところか。一般兵だけの争いなら、王国が負けていた可能性が高いな。ここにある分が全てということはなかろうが……だからといって放置する理由は無い。
名品を破棄することを惜しみつつ、陰術で全体に腐食をかける。装備から艶が失われ黒ずんでいく様に、ミンツは耐え切れず膝を折った。
「ああ、物資が……陰術まで使えるのか……」
「便利なのに皆使わないよな」
「誰が好き好んで外法など使うものか」
「命が懸かっている状態で、選り好みをする余裕があるなんて羨ましいね」
皮肉をぶつけてやると、ミンツは訝しげに眉を跳ね上げる。
「何を……もしかして、君ほどの魔術師が知らんのか? 扱う属性に人間は引っ張られる。中でも陰術を扱う者は、精神に異常を来し易いという統計が既に出ているのだよ。昔の人間は感覚でそれを知っていたから、陰術を忌避してきたのだろう」
「へえ、そうなのか? それは本当に知らんかった。勉強になったよ」
陰術の使用者が少ないのは、印象の悪さと、単純に素養の無い人間が多いからだと思っていた。ミンツがわざわざ警告してくれたのは、俺が発狂して暴れ回る方が厄介だから、かな?
まあそれはさておき。
腐食をかけた辺りから、ミンツの様子が落ち着かなくなっている。本人は必死でそれを押し隠しているものの、掴んでいる腕はねっとりとした汗で包まれ、視線は部屋の一点から離れなくなった。
あちらにあるのは……おや、何やら厳つい武器が並んでいる。他の武器よりも明らかに太く、頑丈そうな拵えの立派な鎗だ。大きさからして、獣車につける突撃鎗か?
疑問を抱えた瞬間、不意に胸が騒めく。邪精の権能が反応している。
劣化した鎗の内部から、穢れが微かに漏れている?
「おい、あれはどういうことだ。何故ここに穢れが存在している? 穢れを何処から抽出して、どうやって保管している」
「私は製作者ではない、原理など知るものか。ッ、ぐああ!?」
ヘンデンに使ったものと同じ毒を叩き込み、ミンツを床に投げ捨てる。悶える相手を蹴りつけ、更に苦痛を与えてから舌打ちを一つ。
他者の外法を咎めようなどとは片腹痛い。よくもと言うべきか、よくぞと言うべきか……とにかくやってくれたな。穢れを戦争に利用するこの展開を、俺は最も恐れていたのに。
どうしたものか……忌々しいと同時、悩ましいところでもあるな。
俺がこの距離になるまで気付かなかったのだから、あの突撃鎗は穢れを外部から遮断し、汚染を防いでいたということになる。邪精の感覚を掻い潜った以上、あれは容器として完璧だ。あのコアンドロ氏が制作を諦め、已む無く人間で代用していたものを作り上げるとは。
「本来なら金属も汚染される対象になるのですが……どういう仕組みでしょう? 人間の知恵には驚かされますね」
「ああ、全くだ。この技術だけはどうにか残したいな」
今まで黙っていたルリでさえ、感嘆の声を上げている。戦時下であるため物資など全て破壊してやりたいところだが、あの鎗は後に人類を救う切欠となるかもしれない。
武器でさえなければな……そういえば、穢れを扱うのなら浄化する方法も用意してあるのか? 穢れ祓いは使用者の魔力に依存するし、生物の体内には行き届かないため、対策としては頼りない。
拷問を避け、本人の自由に任せている場合ではなくなってしまった。俺は新たな毒を生成し、ミンツの意識を朦朧とさせ抵抗力を奪う。
「おい。穢れが広まったらどう対策するつもりなんだ?」
「知らん、何も知らん。聞いてない、答えるものか」
「じゃあ製造者は誰だ? あの鎗は天才の所業だ。健全な運用さえ出来れば、あれは人間に安寧の地を生み出す力となる。あの才能を保護出来るなら、王国の上を抑えても良い」
「ああ、製造者? ……さあ、学術院の誰かじゃないか。ああいうのは学術院の仕事だ、軍部にそんな頭の良い奴はいない……畜生、私は穢れの使用は反対だったんだ……」
本当に知らないのか? 何処までが本当で、何処までが誤魔化しか解らない。
取り敢えず軍部が馬鹿の集まりで、穢れの使用は反対だった、というのはミンツの本音らしい。汚染の危険性を知っていれば、当たり前の意見だろう。
果たして、工国に策はあるのか。
確かめるなら、この部屋の穢れを放置すればそれで済む。汚染が広まるか消えるか、時間の経過を見守っているだけで、結果は得られるだろう。ただし、工国が王国憎しでとにかく有用な武器を作り出しただけの場合、アディンバ地区の悲劇が今度は首都で発生することになる。そして、後始末をするのは俺だ。
深呼吸をする……考え方が違うな。
工国がどうあれ、穢れは回収した方が絶対に良い。相手の武器を潰し、一般人の被害は抑える。戦争を災害にすり替えてはいけない、ここは死守すべき一線だ。
俺は亀裂が走り始めた突撃鎗に手をかけ、穢れを吸い集める。そうして、一応仕組みを確認すべく中を覗き込み、穢れの発生源を理解して首を傾げた。
人の肉片?
今回はここまで。
ご覧いただきありがとうございました。




