軍人の鑑
トラメの仕事は完璧だ、外にいる兵はまだ人形と踊っている。連中が陽動に気付き、中に戻ってくるまでが勝負。
俺は短棒を床に投げ捨て、無害を装ってミンツと向かい合う。
「向かって来るなら対応せざるを得ないが、現状、俺はアンタを殺すつもりは無い。安全については保証する、まずこれを明言しておこう」
「それは質問に対して素直に答えるなら、という前提だろう?」
「本当のことを話してほしいのは確かだが、まあ別に嘘を吐いても構わんよ。誤魔化されても何となく解るし、こちらはその情報を切り離して考えるだけだ」
視線の揺れ、言葉の震え、表情の動き、その他諸々。身体の端々に現れる細かい変化を『観察』で捉えれば、真偽は判定出来る。こういう場合、全てを嘘で答えれば発言の価値が落ちるため、ミンツも多少の真実は混ぜてくるだろう。
看破されることを恐れてか、相手は額に浮いた汗を拭った。
「緊張するなら、煙草は自由に吸って良いぞ。さて、じゃあ最初に……工国に来ているヘンデンは何人だ?」
「実数までは聞かされていない。ただ、私が直接話した者は八名だな」
「順位表に載っているヘンデンとは話したか?」
「どうだろう? 皆ヘンデンとしか名乗らなかったから、私には区別がつかん。外のヘンデンは昨日配属になったばかりだし、まともな会話があったのはあの二人くらいのものだ」
八名という話は嘘、それ以外は全て本当……やはり重要な部分については伏せられてしまうか。取り敢えず、八名よりは多いという想定で動くしかあるまい。仕留めた二人が部族内でどの程度だったかは解らないが、あの強さが他にもいるというだけで、局面はかなり難しくなってしまう。
強度7000を止められる戦力が、王国に何人残っているだろうか。ジィト兄がどれだけ強くとも、ヘンデンが所属する部隊が複数に分かれた時点で、恐らく抑えることは不可能だ。
「じゃあ次。戦争間近なのはこちらも重々承知しているが、工国は具体的にいつ動き出す予定だ?」
「いつと言われても、王国との対話はまだ終わっていない。そちらが巧くまとまれば、戦争にはならんよ」
ミンツの口元に皮肉げな笑みが浮かんでいる。これは強がりだな。
「戦争にならない? わざわざヘンデン一族を呼び込んでおいて、本気で言ってんのか?」
「いやまあ……遺憾ながら、開戦には至ってしまうだろう。しかし個人的には、どうにかして戦争を回避出来れば、と思ってしまうのだよ。意地を張るべきことは確かにあるが、正直なところアディンバ地区に命を賭けるだけの価値があるとは考え難い。扱いに困るような土地のため、お互いに人的資源を削り合うなんて馬鹿げているではないか?」
それは質問に対する回答になっていない。が、興味深い内容ではある。
ミンツの狙いは明確だ。回答を感想にすり替えつつ、こちらに同意を求めることで話題を引き延ばす――武力を持たない人間としては最善の策だろう。ただそれはそれとして、軍人でありながら戦争を厭うという想いにも嘘は無い。本音だからこそ、引き込まれそうになる。
震える手をどうにか抑え、新たな煙草に火を点けながら、ミンツは机の上をじっと睨んでいた。甘ったるい匂いが部屋の中に広がり、鼻の奥を刺す。
俺はどう答えるか迷い、誘いに乗らないよう慎重に言葉を選んだ。
「……確かに、戦争にならなければ理想的ではあるな。それで、開戦はいつだ?」
「誤魔化されてはくれんか。はっきりと決まっている訳ではないが……恐らく二か月から三か月後には始まるのではないかな。私がどれだけ抗ったところで、軍部では戦争をしたい奴等が多数派だ。議会の流れもやがてそちらに傾いていくだろう」
「ああ、なるほどな。妙だと思ってはいたんだよ。国内での意見がまだ統一されていないから、街中の雰囲気が緩いのか」
となると、軍部のお偉いさんを早めに仕留められれば、計画を頓挫させられる可能性があるか? 単身で工国全体を相手にするよりはずっとマシだな。一考する価値はある。
「和平の障害となる奴はこちらで処理してやる。戦争を止めたいから協力しろと言ったら?」
「何を馬鹿な。私に仲間を売れと?」
「そうだ」
「なら君が王家の人間を殺してみてはどうだね。話を持ち掛けるなら、自分がまず手を汚すべきではないか? そうでなければ交渉にはならんよ」
反論にこめかみが疼く。心臓が跳ね、呼吸を忘れた。
同じだけの危険を背負ってこそ対等。ミンツの切り返しは至極当たり前のものだ。しかし俺が何度王族殺しを夢想し、堪えてきたかこの男には解るまい。
制御を失った感情が捻じ曲がり、圧力へ変わると、ミンツは一気に顔色を悪くして身を引いた。
「どうやら失言だったようだ。君にとって、王家はそれほどまでに重要な存在か」
「とんでもない誤解だな。俺は王家に敬意なんて抱いていないよ」
国内が荒れてしまうから、まともな政治を出来そうな奴が他にいないから、俺は我慢しているだけだ。あの自殺志願者の王子には、残念ながら国の運営を任せるに足る能力がある。
そうであることが、口惜しい。
「確かにお前の言う通り、一方的な押し付けは交渉ではないな。ならば協力は求めず、それらしい者を順番に処分していくことにしよう。では次の質問だ」
「待ってくれ、結論を急がないでくれ!」
「次の質問だ。アディンバ地区の浄化を命ぜられていた、コアンドロ氏はその後どうなった?」
「コアンドロ……? 何故君があの罪人を気にする?」
焦る表情に若干、怪訝そうな色が混じっている。この反応からすると、ミンツは俺とコアンドロ氏の繋がりを把握していないようだ。もしかしたら賭場での遣り取りくらいは調べたかもしれないが、あの対立状態から親交を持つようになるとは流石に想像し難いのだろう。
こちらの内情を探ろうと、相手は舌で唇を濡らす。震えで落ち着かない手から、煙草の灰が落ちた。
「……こちらに質問する権利があるかは解らんが、君は一体あの男とどういう関係なのだ? 共同作業を通じて情でも湧いたのかね? もしそうなら、考えを改めるべきだ。あの男はかつて首都に穢れを持ち込んだ大罪人で、前途のある若者が触れて良い存在ではない」
「敵陣の真っ只中にいる人間の前途なんて気にするなよ。そもそも俺の心配をするなら、その煙草はどう説明をするつもりだ? ここで俺を仕留めたいから吸ってるんだろう?」
ミンツの動きが止まる。
……最初から気にはなっていた。
ミンツは何故、すぐに護衛を呼ばなかったのか。執務中にいきなり敵と遭遇したものの、自身は文官で戦力に乏しいという状況。あれは、他国から招聘した強者を使うに足る局面だった。なのにミンツは諦めた様子で、まず煙草へ火を点けた。
隣に護衛がいるのだから、声を掛ければすぐに助けは来ただろう。なのに、真っ先に選んだ行動が煙草という違和感。
喫煙者だから、緊張でつい手が伸びてしまった、という訳ではあるまい。この甘ったるくて特徴的な匂いは、あの時点では部屋からも本人からもしなかった。つまりミンツに喫煙習慣は無い。では何故急に煙草を吸い出したのか。
『健康』がさっきから小刻みに反応している。
「その煙草、本来は自決用なんじゃないか? ただ煙が出る関係で、密室なら周囲の人間も巻き込めるから、お前はそれを利用してやろうと思いついた。護衛を呼ばなかったのは、巻き込む範囲にヘンデン一族まで含めたくはなかったからか」
「よく頭が回るものだ。しかし今更気付いたところで、君にも私にも毒はもう回っている。今から適切な処置を受ければ、命は助かるかもしれんぞ? 尋問するのは我々であって君ではない。死にたくなければ工国に降りたまえ」
直接毒を摂取している筈なのに、ミンツの言葉はまだはっきりしている。耐性があるのか遅効性なのか、匂いだけでは判断出来ない。いずれにせよ、初手から自爆を選ぶとは勇気ある男だ。
……そういえば昔、賭場でも食事に一服盛られたな。あれも大した毒ではなかったが、相手は結構確信を持って仕掛けていたような気がする。
何だろう、工国の文化なのかな?
「うーん……流石は文官と言うべきか。発想は悪くないし、同じ立場なら俺でもそうしたかもしれん。だがまあ、所詮は強度が低い人間の浅知恵だったな」
魔力を全身に巡らせる。
室内に満ちた煙を全て吸収し、無害化して正常な空気に戻す。ついでに俺はミンツの鳩尾に拳を突き入れ、相手の解毒もしてやった。ただし毒は消えても衝撃は消えないため、相手は胃の中身を吐き出しながら床に倒れ伏す。
浄化部隊で活動していた人間が、この程度の毒に屈すると思ったのだろうか? いや、自国の製品に、それだけの自信があったのか。
「なあミンツ、そんなに俺と遊びたいのか? 向かって来るなら対応せざるを得ないが、現状、俺はアンタを殺すつもりは無いんだ。仲良くしようじゃないか」
最初と同じ言葉を優しく繰り返す。心が折れたのか、ミンツは涙を浮かべた弱気な目で俺を見上げた。
うん、ようやく素直になったな。これなら手荒な真似をせずに済みそうだ。
……文官一人に護衛を二人つけているということは、ミンツは上級将校だ。加えて戦争を避けようとしているなら、戦後も交渉面で役に立ってくれる。先の抵抗はちょっとした子供の悪戯のようなものであり、殺す決断を下すにはまだ早い。
俺はミンツの襟首を掴んで引き上げ、腕の関節を極めながら扉へ向かう。苦痛で呻きを上げながらも、ミンツは素直に歩き出した。
「時間を使い過ぎたんで、このまま地下に行こう。因みに、コアンドロ氏の話は終わってないからな」
「コアンドロは首都へ帰還後、別部署の人間に連行されていった。その後どうなったかは知らん!」
「おお、この期に及んでまだ嘘を吐ける? ここまで来ると凄いな」
たとえ心が折れても誇りは捨てない。打てる手は全て打つ。軍人の鑑だ。
ミンツの在り方に内心で賛辞を送りつつ、俺は地下への階段を目指した。
今回はここまで。
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