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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
領土戦争編

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時間の浪費

 今後の不安を振り切るように、ヴィヌスで青空を舞う。

 そうして体が冷え切るまで空中遊泳を楽しみ、燥ぎ疲れた俺達を出迎えたのは兵達の群れだった。

「なあ……何か大袈裟なことになってないか?」

「そうだな。アイツ等、俺がもう戦争から帰って来たくらいに思ってんのかね?」

 着地地点として人気の無い土地を選んだつもりだったが、ヴィヌスの姿は捕捉されていたらしく、眼下にはファラ師と守備隊が既に強固な陣を敷いている状態だった。困ったことに全員が武器を抜き放ち、まるで式典のように最敬礼で俺達の着陸を待っている。

 ……そこまでしなくても良いだろうに。

 初動を完全にしくじった俺は、どうしたものかと降下を躊躇ってしまう。

「このままだと潰してしまうな。ジィト兄、ちょっと連中に呼びかけてもらえないか?」

「任せろ。……おーい、俺だ! 今から降りるんで、場所を空けてくれ!」

「ジィト隊長がお戻りだ! 総員指示に従え!」

 呼びかけに対して守備隊はすぐさま武器を仕舞い、列を乱さず迅速に後ろへと下がった。日々の訓練の賜物だろう、よく躾けられている。

 空けてもらった場所にすかさずヴィヌスを下ろし、ようやく俺達は地に足を着ける。ファラ師は全員の状況を確認すると、鎗の石突を勢い良く地面に突き立て、こちらを歓迎するように柔らかく笑った。

「何だか見覚えのある龍ですね?」

「そりゃあ、ファラ師が追い詰めた個体だからね。今は俺に従ってるんで、狩るのは止めてくれよ」

「承知しました。お二人とも、お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま。……といっても、用が済んだらすぐに出発するんだけどな」

 今は妊娠の件を聞く余裕も無いため、俺はとにかくミル姉と面会したいとだけ告げる。しかし間が悪いことに、当人は式典の件でカッツェ領に向かったらしく、暫く戻らないとの返答だった。

「残念だな、空振りか。なら諦めるよ、ミル姉によろしく頼む」

「解った。因みに、何の用があったんだ?」

「浄化の時にコアンドロという老人が参加していたんだが、作業に真面目に取り組む優秀な人材だったんで、王国へ亡命出来るようミル姉に根回しを頼んでいたんだ。御大はカイゼンの上層部と対立していたし、今回の件でも活躍が見込める。だから、その後どうなったのか確認したかったんだよ」

「その件でしたら、コアンドロ殿はカイゼンに一度戻ったと聞いておりますよ。首都に残してきた方がいるので、亡命は合流してからにしたいとの話があったそうです。ミルカ様も気にしておられたので調査を続けておりますが、現時点では入国の報せはありません」

 チッ、その感じだと軍部に捕獲されたか? あちらにはカーミン女史がいるからな……自分の身にどれだけ危険が迫ろうと、コアンドロ氏は彼女を見捨てられない。

 こうなったらダライに会うよりも、カイゼンへの潜入を重視した方が良さそうだ。あの人は味方にしておかないと、こちらが勝っている盤面を汚染により引っ繰り返されてしまう。そうなった場合の展開は考えたくもない。

 ……もしかすると、工国の切り札はコアンドロ氏なのかもしれないな。

「ファラ師は引き続き、コアンドロ氏の動向を追ってくれ。もし彼が参戦しているようなら、戦場にはジィト兄ではなくミル姉が出るよう厳守してほしい。俺はこのままカイゼン首都へ飛んで、場を攪乱してくる」

「首都へ直接乗り込むのですか? その方が敵陣にいるのは脅威だと?」

「脅威なんてもんじゃない。元々あの人は首都圏を汚染して、国の上層部を滅ぼそうとしていた犯罪者だからな。とにかく穢れの扱いに長けているんだ。野放しにしておくと、接敵するよりも先に味方が全滅している、なんて状況が普通に起こるぞ。武術師じゃ絶対に対処出来ん」

 話を聞いて、ファラ師とジィト兄の顔が青褪める。理解してもらったところで俺は踵を返し、すぐさまヴィヌスに飛び乗ろうとする。

 ――しかし、そこで俺を制止する声が響いた。

 何かと思い周囲を見回せば、部隊の中からサセットが姿を現し、こちらへ近づいて来る。

「止まりなさい、フェリス。先程の貴方の発言に、看過し難い点があります」

 構っていられないので無視して立ち去ろうとすると、抜き放たれた長剣の切っ先がこちらを向いた。本気で斬るだけの覚悟があるようなので、俺は嘆息して相手に向き直る。

「面倒臭えなあ。何だよ」

「そのコアンドロという老人のことです。何故、貴方はその老人を犯罪者と知りながら、捕まえもせず放置しているのです? それどころか、王国へ取り込もうと便宜まで図っているなんて、一体何を狙っているのですか?」

 ……難癖を付けるつもりかと思いきや、割と真っ当な質問だった。確かに違和感があるだろうし、これについては真面目に答えておく必要があるか。俺の意図をある程度示しておかないと、亡命に絡んだミル姉の立場に影響してしまう。

「俺があの人を捕まえていないのは、王国内での犯罪行為が確認されていないからだ。それと、王国貴族の権限はあくまで自国内でのみ機能するものであるため、余所で勝手は出来ないという理由もある。……後はまあ単純に、俺にとって彼は単なる気の良い爺さんだからだな。狙いは特に無い。以上」

「そうですか。では亡命を勧めた結果、当人が王国内で問題を起こしたらどうするつもりです?」

「目の前でやられたら止める。そうでなければどうもしない。基本的には国が対処すべきだろう」

「……特に何の対策も無いなんて、あまりにも無責任です。もしかして、貴方はあちらと内通しているのではありませんか? だからあちらへ戻ろうとしているのでは。不本意ながら……このまま見逃せませんね」

 サセットの唇が、喜色を隠し切れず僅かに緩む。長剣が陽光を浴びて妖しく煌めく。

 ふむ……質問の内容までは良かったが、結論は強引なものになったな。この感じだと、どう答えたところで相手の反応は同じだっただろう。サセットは単に俺とやり合いたかった――尤もらしい建前を掲げたところで、実際はそれだけの話だ。

 こんな茶番に付き合ってやらなければいけないのか?

 俺が視線を投げると、ジィト兄は困ったようにこめかみを揉み、こちらへと一歩近づいた。俺は守備隊長としてのジィト兄に、思わず素の疑問をぶつけてしまう。

「なあ……アイツ頭大丈夫か? 普段どういう指導をしている?」

「いや、その前に俺も確認しておきたい。サセットは周囲の者へ真摯に接しているし、職務にも真面目に取り組んでいる。不敬なのはお前に対してだけなんだ。許す許さないは別として、アイツに何かした記憶は無いのか?」

「正直、興味が無いから解らん」

「……そういう態度だから、嫌われたんじゃねえの?」

 知らん。

 俺はサセットに対し、訓練でたまに対戦する人間、という程度の印象しか持っていない。強いて言えば武術強度が近かったので、相手としては丁度良かったというくらいだ。

 まあ領地を抜ける際の対策として、守備隊が俺を侮るよう誘導していた所為もあるのだろうが……まだその意識を引き摺っているのだとしたら、心底正気を疑う。自分の眼前にいるのが、龍の主だと解っているのだろうか?

 ファラ師は石突きを刺した地面を睨みながら、周囲に聞こえぬよう小さく呟く。

「主家に対する不敬を放置すると、示しがつきませんよ。厳罰に処すべきでは?」

「それはそうなんだが、ここで俺達がサセットを罰したところで、フェリスへの意識は変わらん。そうだな……フェリス、今回の不手際についてはいずれ何らかの詫びをするんで、サセットの相手をしてやってくれんか? 折角の機会だし、俺達にも力を示してほしい」

「生死は問わずで?」

「問うに決まってんだろ。殺すなよ」

「はいはい。サセット、許可が下りたぞ」

 後ろから斬りかかれば良いものを、一向にその素振りが無いため、敢えて無防備に振り向く。

 呼びかけと同時、サセットは舌なめずりをしつつ即座に間合いを潰しにかかった。真っ直ぐに迫り来る敵に対し、俺はゆっくりと感覚を広げて応じる。

 空気の揺れ、地面の震え、体内で弾む水分。全てが知覚出来る。相手がどう動くつもりか、意図が読める。サセットは方向転換をするため、意図的に速度を抑えている。『集中』と『観察』を使うまでもない、予測した流れに俺はただ合わせるだけ。

 腕を誰もいない右側へと突き出す。

 衝突――こちらの虚を突こうと相手は斜めに踏み込み、無防備な顎を俺の拳へ捧げる形となった。骨の砕ける完璧な手応えが、肌を駆け巡る。サセットは足を縺れさせ、そのまま地面へと無様に転がった。

 体に力が入らないらしく、長剣は手から離れている。俺は相手の胸倉を掴み、強引に引き起こした。脳震盪を起こしているのか、こちらを見る瞳の動きに落ち着きが無い。

「あ、うふぁ」

 口の端から血の混じった涎を垂らしながら、サセットが何事かを呟く。顎が割れて喋れないのか、それとも単なる譫言か。いずれにせよ反撃出来る状態ではないようで、宙吊りにされた四肢はだらしなく垂れ下がっていた。

 終わりと判断して、鳩尾に掌底を叩き込む。苦しむ相手を地面へと放り投げ、念のため長剣を踏み折った。

 ……果たして今の戦闘に、何の意味があったのだろう?

 あまりの馬鹿馬鹿しさに頭を掻き毟る。あんなに威勢良く飛び出して来ておいて、長剣を振るうことすら出来ないとは。

 こちらが内心呆れかえっていると、ファラ師は拍手で俺を称え、ジィト兄は感嘆の吐息を漏らした。

「……今、何をしたんだ? サセットが自分から拳に飛び込んでいったように見えたが」

「あんまり動きが読み易かったんで、サセットが通るであろう軌道上に拳を置いてみたんだ。それで決まるとは思わなかったがな」

「完璧な先読みでした。お見事です」

 こちらが強かったというよりサセットが弱かったというだけなので、別に褒められるような話ではない。俺は賞賛を適当に受け流し、改めてヴィヌスへと飛び乗った。

 離陸直前、ジィト兄が俺の懐へ秘薬を差し込みつつ問いかけてくる。

「すまん、時間を取らせた。詫びは何が欲しい?」

「魔核を適当に。終わったら取りに来るんで、多めに頼む」

「持ち帰れないくらい用意してやる。生きて戻れよ」

「おう」

 それを貰ったら、出産祝いに何か作ろう。

 俺はジィト兄とファラ師に手を振って、空へ舞い上がる。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
世に愚物の種は尽きまじ。
一周回ってサセット好きになってきました。毎回フェリスに反撃されてほしい。
もしかして妊娠という戦力低下を知られたから、無茶振りかましてきたのかなと想像してたら… あの御仁関係の方が確かに可能性はあるか
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