軍靴の足音
今回から新章開始です。
起きたらまず魔核を加工し、昼を過ぎた辺りでルリとトラメと共に森を散策する。そこで適当な素材を採取して集め、日が暮れたら洞窟へ戻って皆で一緒に眠る。やがて行動を別にするのも面倒になったのか、二人は俺の体内に自身の領域を作り、そこで生活するようになった。
規則的で淡々とした日々を繰り返す。穏やかで充実した生活が続く。
そうしてかなりの時間が経過し、俗世の記憶が薄れた頃になってようやく、ジィト兄は特区にやって来た。
「おーい、フェリスー? 何処だー?」
「いるよ、こっちだ……?」
相手の姿を目にした瞬間、とてつもない違和感を覚える。
久々に会ったジィト兄は以前よりも体が厚みを失い、小さくなったような印象を受けた。とはいえ鍛錬は怠っていないのか、仕草から一切の無駄が削ぎ落されており、気配も静かで落ち着いている。周囲への圧は減っているのに、明らかに強くなっている――これはファラ師との訓練が影響しているのだろうか?
戸惑っている俺に対し、ジィト兄は昔と同じ顔で笑った。
「お、いたいた。どうした? そんな驚いて」
「いや、かなり痩せたというか……絞った? 何があったんだ?」
「ん、別に大したことじゃない。体が重いとファラについていけないんで、最近ちょっと食事を変えてな。筋肉を落とさず体型を変えられるか、色々試してるところなんだよ」
なるほど。確かに速さで言えばファラ師の方が上というか、ジィト兄よりも動作に余裕がある気はする。それに対応しようと思えば、肉体改造をする必要があるのだろう。
深刻な話ではなくて一安心したところで、相手は沢水で喉を潤し本題に入った。
「さて……前に話していたミル姉の陞爵の件だが、式典は来月末にやるってことで日程が決まった。ただ別件でちょっと問題が起きそうなんで、そっちも報せておきたくてな」
「問題?」
「お前も関わった、国境沿いの話だよ。王国はアディンバを浄化した勢いで、そのまま現地を実行支配しただろう? まあ多少の人員が配置されているだけで、街としてはまるで機能していないんだが……今になって工国から猛抗議が入ったらしくてな。あの場所の占拠は不法行為だとして、相手が無条件での土地の返還を要求している」
「はあ? え、遅くないか?」
ちゃんと数えてはいないが、浄化が終わってから少なくとも半年以上は経っている。返還を求めるにしても、もっと早くから交渉は始められた筈なのに、何故今になって動き出したのだろうか。
工国の上層部は一体どういうつもりなんだ? 金も労力も出さず、成果だけを持って行こうとしている? しかし、王国が素直に要求を呑むとも思えない。
「要求するのは自由とはいえ……如何せん無茶だよな」
「ああ。当然ながら、王国も拒否した。汚染が広がっていることも、放置するなら王国が回収に動くことも、事前に通知はしていたらしいからな。それでも対応しなかったんだから、取られても文句は言えない。……って訳で、近々戦争になりそうなんだよ」
「はあ。でも、それは国の問題だろう? いちいち俺らにお伺いを立てずとも、勝手にすりゃ良いんだ。何の関係がある?」
あの土地を取り入れると決めたのは国であって、クロゥレンではない。こちらは命令に従い浄化の仕事をしただけで、その意思決定には関与していないのだから、戦争なんて放置して式典に集中するべきではないか。
そういった意見をつらつらと述べたものの、ジィト兄は控え目に苦笑した。
「非常時とはいえ改めて日程調整をするのも面倒なんで、式典は予定通りやる。それは決定だ。ただ、今のまま状況が進んだ場合、俺は将として前線に据えられることになるだろう。参謀をやれるヤツはいても、単純な戦力が不足してるそうでな」
戦力不足? ブライに与していた軍閥貴族はどうなったんだ? 連中が内戦に備え集めていた戦力は、使われずにそのまま残っている筈だ。今こそそれを持ち出すべきだろう。
いや……俺の考えがずれているのか。
前提として、工国は戦争になっても構わないと思っている。少なくとも、勝ち得るだけの手札を持っていないと、喧嘩をふっかけてはこない。翻って、王国の主要な武力はクロゥレンに集中している。数ではなく個の力を求めるなら、王国としては話をこちらに持ってくるしかないのか。
「行ったところで何の得もねえなあ」
「それでも行かざるを得ないだろうよ。お相手はわざわざ海の向こうから、ヘンデン・コダーンを招聘したという噂がある。俺以外に対応出来るヤツがいない」
ヘンデン・コダーン――武術師の四位だったな。順位表に名前はあるものの、強度も使う武器も不明という厄介な相手だ。数字が全てではないにせよ、現在九位のジィト兄では勝てない可能性が高い。
しかし、相手の自信はそれだけなのか? 何か引っかかる。
「ううむ。軍の指揮をやって、更に格上相手の一騎打ちまで受け持つってのはなあ。素直にファラ師を出した方が無難じゃないか?」
「そこは完全に俺の所為なんだが、アイツは出さないというか、出せない。実はその……色々あって妊娠しているらしくて……」
「はあ? えっ、そうなの?」
ちょっと待て、陞爵なんかより余程重要な案件が発生している。おめでたい話である反面、不安というか心配が過ってしまった。誰かと結ばれたからといって、ジィト兄なら判断を間違ったりはしないだろうが……ここは素直に行かせるべきではない気がする。
そもそも王国が負けたところで、辺境のクロゥレンにまで影響が及ぶとは考え難い。どうにかして参戦を止めなければ。
「妊婦をほったらかして戦争になんか行ってる場合かよ。祝言はどうするんだ」
「どうせお互い、兵を集めるには時間がかかるからな。その期間を利用して、式典と同時に済ませようという話になっている。戦争に出る前に契りを済ませておかないと、何かあった時に困るだろう?」
何かあったら困る人がいるのに参戦するんじゃねえよ。
「そんなに大事な時期なら断れよ。国よりも妻子を優先すべきだ」
「いや、大事だからこそ行くんだ。子供の生きる場所も守れずに、これから胸を張って生きられん」
……ファラ師に勝つべく今も研鑽を重ねているのに、武人であることを理由にしないんだな。変われば変わるものだ、子供のためと言われてしまってはこちらとしても反論出来ない。
なら最低限、足場を固めるところから始めないと。
「ジィト兄はジャークと面識があったっけか」
「ジャーク? ああ、お前がミズガル領に紹介したヤツか。アイツがどうした?」
「アイツは元々、工国で軍人として働いていたんだよ。ある程度は内情を知っているだろうし、戦争に出るつもりなら話を聞いておくべきだ。基本戦術やら兵站やら、とにかく知っている情報を全部引き出しておけ」
俺は俺でコアンドロ氏を探し、別の方向から情報を集めた方が良いだろう。こうなった以上、少しでも有利な状況を作りジィト兄の生存率を上げる――気乗りしないからといって、ここで手は抜けない。
戦争なんて馬鹿らしいが、それで身内を失う方がもっと馬鹿らしい。
ジィト兄は頭の中で算段を整えているのか、気の抜けた表情のまま指で拍子を刻んでいる。
「なるほど、帰ったらすぐにでも会いに行こう。……それで、だ。俺が出ている間、代わりに留守を預かってほしいんだよ。隠居してるヤツに頼んで悪いが、どうにかならないか?」
ファラ師はいずれ出産のため仕事から離れる。執務を知っている者も限られている。こんな時こそ俺に頼りたい、という気持ちは解らなくはない。ただ、長らく領地を離れていた俺に、今更家臣が従うだろうか?
どうするべきだろう……少し考える。
戦争に介入するか、領地を守るか。どちらがよりクロゥレンのためになるか天秤に乗せ、結論を出す。
「……すまんが断る。というか状況次第では、式典にも出られないかもしれん。俺はこれから各地へ飛んで、可能な限り相手の戦力を探る」
「おいおい、お前まで参戦する必要は無いんだぞ?」
「いや、このまま黙って見ているのも落ち着かないし、性に合わん。まあ軍属にはならないんで、国から訊かれても俺の行方は解らないってことにしておいてくれ」
考えれば考えるほど違和感が募る。
何が本当で何が伏せられているのか、情報を精査しなければならない。ジィト兄が嘘を吐いているとは思わないが、戦争前に種が割れている辺り、恐らくヘンデンが本命ではないのだろう。そもそも王国には武術師三位であるファラ師がおり、他にもミル姉やジィト兄だって名が知られている――それなのに、四位の人間が自陣にいるからといって、相手が強気に出ている時点でおかしいのだ。
……王国を俎上に乗せるため、敢えて噂を流した可能性すらあるな。ヘンデン以外の切り札が絶対に隠れている。それが何か解らずして、ジィト兄を前線に出すべきではない。
大体にして、何故工国はアディンバに拘るんだ? 交通の便が良いとも言えないし、水場の近くなのに水産業は死んでいる。最大の価値である祭壇の存在を知っていたとしたら、半年も放置する筈がない。しかも祭壇は受託者以外には使えないため、戦争までして確保する意味が乏しい。
ああクソ、解らないことだらけだ。一番状況に詳しいであろうダライにも、後で会わなければならない。それに、暗部の真似事などしたくもないが……可能なら間引きもやっておく必要がある。
余計な仕事を増やしやがって。
工国方面に向かって呪詛を飛ばしていると、ジィト兄は呆れたような吐息を漏らした。
「俺が出る前に大勢が決してそうだなあ……」
「戦争に娯楽を求めるのは武人の悪い癖だな。労せずして勝てるならそうするべきだよ。俺は結果に繋がるなら暗殺や奇襲もする」
「真っ向勝負でシャシィ・カーマに勝ったんだろ?」
「だからといって、誰にでも正面からぶつかる理由にはならん」
あれは奇襲が出来なかっただけで、望んで迎えた状況ではない。やはり戦闘は結果ありきだ。
さてその結果を出すためにも、まずは動き出さなければ。
「ジィト兄はこれからどうする? 領地に戻るなら、ヴィヌスで送ろうか?」
「そうだな。俺も一回くらい空を飛んでみたい。頼めるか?」
「勿論。楽しいぞ」
これから暫くは憂さの溜まる時間が続くし、ジィト兄も気晴らしがしたくなるだろう。俺は打ち合わせがてら、まず領地に一度戻ることにした。
今回はここまで。
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