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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
閑章

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237/242

少し歓談

 捜査を止めるという一点だけなら、話は非常に簡単である。

「基本的には事件について触れず、皆が忘れるまで待つのが最善だと俺は思う。問題が起きた時にその集落で誰が判断を下すかまでは知らんが、どうあれ事故という結論になったなら、普通それ以上の調査をしないだろう。責任者ってのは色々と日々の仕事を抱えている訳だからな」

「なるほど。でも急に担当者の気が変わって、やっぱり再調査したいとなったらどうする?」

 話の内容には頷きつつも、深掘りをするためか相手は疑問を呈してみせた。実際、ジェストが一番気にしている点はそこだろう。訊いたところで仕方が無いと解ってはいても、一旦生じてしまった不安は簡単に消えないものだ。

 ただ、それに対する回答は用意してある。

「ううん……まあ心配する気持ちは解るよ? とはいえ、その可能性はかなり低いんじゃないか、と個人的には思うんだよなあ。集落なんてそんなに人がいないんだから、誰それとその弟子の仲が悪いだなんて、全員知っていてもおかしくないんだよ。なのにその職人が見逃されているって状況を考えると……弟子が不貞を働いたことは既に把握されていて、何らかの処分が下る予定だったんじゃないか、と俺なら読む」

 明らかに疑わしい人間がいるのに、詳しい調査をせず、事故で片付けたという一連の流れ。これはどう考えても不自然さが拭い切れない。閉鎖空間特有の、正規の法を無視した裁きとでも言おうか――とにかく周囲はその恩人の味方なのだろうな、という空気を感じる。

 まあ人数が少ない場所では、皆が力を合わせなければ生きていけない。付き合いの長さやこれまでの働きぶり、能力の高さから職人を優遇すると決めてもおかしくはないだろう。或いは人が少ないからこそ、和を乱す人間は不要ということかもしれない。

「勿論、これはただの推測に過ぎない。直接集落を知っているお前の目からは、また違ったものが見えているだろうしな。それでも黙って見ているのが嫌なら、もういっそお前がやったことにするって方法もある」

「いやいや、流石にそれは無理筋だろう。僕に代わりに捕まれって?」

「捕まらないだろ。レイドルクは王国に四家しかない侯爵家の一つで、お前はその当主なんだから。礼儀知らずの平民を手討ちにしたからといって、何を咎められるんだよ」

 当主である自覚が無かったらしく、ジェストは明らかに愕然としていた。別に難しい話ではないと、俺は肩を竦めて返す。

 本人がどういうつもりであれ、元々、貴族であるという時点で平民を処分する権利は持っている。加えて決闘によって正当な復讐を果たし、自分以外の直系を絶やしたことにより、ジェストは自動的に侯爵としての地位を継承――自身の立場をより強固なものにしてしまった。

 恩人に不義理を働いた平民を一人殺したところで、誰も彼を責められない。正直、法を称するには雑というかやり過ぎな感はあるが、それくらい上位貴族の持つ権限は強力である。

「因みに、権利を行使するなら今のうちだぞ? お前は家臣もいないし領地も持っていない特殊な立場だから、国へ貢献出来ないという理由で爵位を落とされたり、貴族籍を剥奪される可能性がある。結論を出すなら早い方が良い」

「汚れ仕事が嫌で復讐を果たしたのに、また特権を持ち出せと? それじゃやってることが何も変わらないじゃないか!」

「なら再調査する気が起きないよう、担当を脅迫でもするか? そもそも法的に正当な行為を邪魔しようとしてるんだから、後ろ暗い手段が出てくるのは当然だろう。俺はあくまで選択肢を提示しているだけで、別にやれと命令している訳じゃない」

 やはりジェストは貴族というには潔癖症過ぎる嫌いがあるな。だからこそ友誼を結んでいるのではあるが、今回はそれが悪い形で出てしまっている。

 恩人に義理は果たしたい、でも自身を切り売りしたくないというのは、如何せん我が侭ではなかろうか。

 さて、状況をどう整理したものやら。

「あのなあ……強引なやり方はジェストには向いていないだろうから、俺は最初に静観を勧めたんだよ。この答えに納得出来ないなら別の何かを捻り出すしかないが、俺は知らん人間のために必死にはなれない。まず一旦、ここを飲み込んでくれ。その人を救いたいのはあくまでお前だろう?」

「……そうだね、すまなかった」

「構わんよ。しかしどうしたもんかな……」

 まあ復讐のために全力を費やし、それ以外を切り捨ててきた人間の視野が狭くなっていても仕方が無い。それは良いとして……何か他に手はあるものか? 見て見ぬフリをしてやるのも一つの答えではないかと、やはり俺は思ってしまう。

 我慢を強いられた挙句、答えが明確な形として見え難いのがよくないのかねえ。

「ああ、そうだ。何かしてやりたいなら、いざという時に歯止めが効くよう含みを持たせておいたらどうだ? どうせお前はそこを出るんだから、担当へ自分の身分を明かし、恩人に便宜を図るよう頼んでおく。そうしておけば普通のヤツなら空気を読んで、処分を思い留まるだろう」

 そしてこれくらいの権利行使であれば、ジェストが納得出来る。俺みたいな過激派にしては、珍しく穏便な手段じゃないか?

 ジェストは提案をゆっくりと咀嚼し、あれこれ考えた後、ようやく頷いた。

「うん、かなり現実的な案だね。いや……本来、真っ先に思いついて然るべきだよな。どうして僕は、これが出来なかったのかなあ」

「他のことに気を取られている余裕が無いからだろうよ。どれだけ恩があっても、優先順位は別だったってことだ」

「それはそれで寂しいことだね」

「そういう寂しい人生を過ごさないために、ずっと頑張ってきたんだろう? これからだよ」

 邪魔者を消して解き放たれたのだから、今後は誰に従うでもなく自由に生きられる。抑圧されて歪んでしまった自認を、ゆっくりと丁寧に正していけば良い。

 これからは、明るい未来を期待しても許されるのだ。

 ジェストはふと笑みを覗かせると、力無く後ろへ倒れ地面に寝転んだ。

「フェリスは強いねえ……そっちも色々あった筈なのに、どうしてそう揺らがずにいられるのかな」

「いや、色々と変節はしたし、揺らぎっぱなしではある。根っこが適当だから、どうにか折れずにやっていけてるんだろうな」

 俺の性格がもう少し真面目だったら、問題を処理し切れずもっと早くに病んでいただろう。もしかしたらそれを見越して、上位存在は『健康』を付与したのかもしれない。

「俺はまず自分に出来る範囲がどれくらいか考えて、手に負えないものは放り投げるようにしている。やりたいこと、やれること、やらなければいけないこと……これ等を切り分けて、無理なものは弾いていくんだ。無理なものの中にやらなければいけないことが入っていた場合は、代替案を捻り出すか、諦めるかだな」

 そうして俺は、受託者としての仕事を諦めた。

 内容を精査すればやれる仕事はあるかもしれないが、どうしても頑張る気になれない。今後については、自身の生活に直結するものだけ対応していく形になるだろう。

「暗部をやっていたお前なら解るだろうけど、頑張ったところで報われない仕事をしても、自身の満足に繋がらないんだよな。そんな仕事ならやらない方が良いと気付いたら、無理をする理由が減っていった」

「フェリスがそこまで言うなんて、余程のことがあったんだねえ。かつてはファラ様に切り刻まれても、当たり前みたいな顔をしていたのに」

「領地を出てから短期間で何度死にかけたか解らんからなあ。責任感だけで命は捨てられん」

 そりゃそうだと呟いて、ジェストは勢いをつけ突然跳ね起きた。強張っていた表情が緩み、肌にも幾分血色が戻っている。これまでの遣り取りが効いたのか、どうやら迷いは消えたらしい。

「……うん、とても有意義な会話だった。参考になったよ。今後はもう少し自分本位になってみようという気になれた」

「おう、なれなれ。自分を犠牲にするなんて馬鹿らしいぞ。頑張っただけ報われろ」

「お互い、そういう生き方がしたいねえ。……さて、折角助言をいただいたことだし、僕はそろそろ集落に戻るよ。やることがあるって飛び出したままで、恩人にまだ報告も出来ていないんだ」

 何事も報告は大事だ、と自分を棚に上げ俺は鷹揚に頷く。それを察したのか、ジェストは忍び笑いを漏らす。

 何となく和やかな空気が流れた。

「じゃあ……色々ありがとうね。またいつか会おう」

「おう、またな」

 ジェストは寝転んだ所為で汚れた裾を払うと、丁寧に一礼してから森の奥へと去っていった。話の通り国外へ出るなら、いつかなんて日はもう来ないかもしれない。

 ……どうだろうな? まあそれでも、ジェストが幸せに生きていけるなら構わない。先の遣り取りが手向けになったなら充分だ。

 感傷に浸っていると、こちらの様子を窺っていたらしいルリが、ふと物陰から姿を現す。

「行ってしまいましたね」

「ああ、行ったなあ。元気でやってくれれば良いけど」

「……ふふ」

 ルリが悪戯っぽい顔で見詰めてくるため、何かあっただろうかと俺は訝しむ。指先がこちらの唇に宛がわれ、爪先が這い回る。

「敬語が抜けてますよ。そちらの方が、私としては好ましいですね」

「……善処するよ」

 最後の最後で気が抜けていたようだ。どうにも格好がつかないまま、俺達は手を繋いで洞窟へ戻る。

 閑章はこれにて終了。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
過激派の自覚あったんだ さて、この閑話が今後どう本編と繋がってくるのか
お互いがやっと正常に戻りつつある
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