少し密談
咳払いを一つ挟んで、ジェストは語り始める。
「警戒するほど大層な話じゃない。僕はレイドルクを出奔した後、機を窺うために一旦遠くへ逃げたんだけど……あちこちを彷徨った挙句に行き倒れてしまってね。そこでたまたま、山間の小さな集落に住む男性に拾ってもらったんだ。で、その人は職人をやっていて、自宅にはちょっとした倉庫があった」
「ふむ」
その倉庫には仕事道具やら古ぼけた家具やら、取り敢えず嵩張る物を仕舞っていたらしい。しかし、ある日職人の弟子が倉庫の鍵を持ったまま失踪してしまい、一家は困り果ててしまった。犯人を捕まえることは最悪諦めるとしても、道具については無ければ収入に影響する。加えて職人の父は倉庫に亡き妻との思い出の品を保管していたため、どうにかして中に入りたいと願っていた。
なるほど。当事者としては大変な状況だろうが……聞けば確かに、大層な話ではなかった。
「後々で面倒なのは目を瞑るとして、力づくで鍵を壊すとか、入口の扉を外すとか、何かしらの手はあるだろうに。倉庫自体にそう出来ない問題でもあったのか?」
「正解、よく解ったねえ。その人のお爺さんは鉱夫だったそうでね、自分で掘り出したハンネラ石で倉庫を作ってしまったんだよ。フェリスなら知ってると思うけど、あれってとんでもなく頑丈でしょ? 壊そうにも、僕じゃどれだけ頑張っても傷一つ付かなくてさ」
「うげえ、あれかよ……。そりゃ無理だ、ジィト兄が全力を出してようやく斬った石材だぞ」
「あれ斬れるの!? 凄いな!」
ハンネラ石――実物を見たことは一度だけだが、あれを斬ったことでジィト兄が『破断』の称号を得たため、印象は残っている。剣聖として名高い男が魔力の全てを費やして身体強化を発動し、名剣と称される一振りを犠牲にして為した偉業。比喩でも何でもなく、ハンネラは恐らく世界で一番衝撃に強い石材だろう。
「反撃が来ないことを想定した、形振り構わない一撃でかろうじて成功したな。しかしハンネラとなると、あれを加工する専門の職人がいる筈だぞ。そっちは当たったのか?」
「そりゃ当然考えたさ。覚えている限りだと、国内でハンネラを扱える職人はヴァーチェ領にしかいない筈なんだよ。ただ石工職人はヴァーチェにとっては大事な人材だから、資金を援助される代わりに領の外へ出ることを禁じられてもいた。そこで僕は、あっちが出られないならこっちが行けば良いんじゃないか、と思った訳だ」
こいつ、隠遁生活をしていた割に活動的だな。ヴァーチェはレイドルクの縁者なのだから、顔を知っているヤツに出会ってもおかしくないというのに。むしろヴァーチェなら、口止め出来るという算段があってのことか?
……いや、レイドルクの人間が出入りしているかどうか、情報収集の面もあったのかもしれんな。
「行き倒れていた割に元気だな。ともかくヴァーチェに乗り込んで、その後どうなった?」
「嬉しいことに、倉庫を設計した職人がまだ生きていて、鍵の図面もしっかり残ってたんだよ。事情を説明したら、すぐに合鍵を作ってくれてね。完成したそれをありがたく頂戴して、僕は急いで村に戻り倉庫の鍵を開けてみた」
「何だ、開いたのか。それで?」
「ここからが本題で……中に入ったら、失踪したと思われていた弟子が死んでいたんだよ」
おや、流れが変わったな? 盛り上がりに欠ける話かと思いきや、不謹慎ながら面白くなってきた。
俺は地面に椅子を作り、腰を下ろして身を前に傾ける。ジェストも対面に座り、当時を振り返るように空を見上げる。
「失踪からかなり日が経っていた所為で、彼の死因ははっきりしなかった。如何せん腐敗が進み過ぎていて、半ば原形を留めていなかったからね。ただ正直……顔も解らない状態だとはいえ、鍵も懐に入ったままになっていたし、背格好からして遺体は弟子で間違いないだろうという結論になった」
「まあ、凶器が転がっていたとかいう状況でもなければ、そうならざるを得ないよな。で、お前は何に引っかかってるんだ?」
「合鍵が出来るまで、誰も中には入れなかった。だから弟子は倉庫に入った直後に体調を崩し、そのまま亡くなったものと考えられている。ここまでの話を聞いて、フェリスはどう思う?」
「その結論が一番波風が立たないよな、と思う」
この口振りからして、ジェストは誰かしらの凶行を予想しているのだろう。そして、周囲は積極的に事件を調べようとしていないようだ。現場を見ていない俺に言えることは少ないが、外から殺す方法も中に入る方法も幾つか思いついたくらいなので、他殺が難しい状況ではない気がする。
誰か、動機がありそうな人間がいるとして――ジェストが気を揉んでいるのだから、普通に考えれば職人かその家族が疑わしいのかね。
ジェストは眉間を揉みながら、思考を整理しているようだった。
「ううん……波風が立たないとはどういう意味で?」
「集落くらいの規模であれば、行政官どころか警察機構も存在しないなんてことはよくあるじゃないか。何かあった時に、領主に代わって取りまとめ役や自警団が独自で動く例は知っているだろう? そういった場合、彼等は本職じゃないから、捜査そのものを適当に終わらせてしまいがちだ。人を疑うのは結構大変なことだから、余程の証拠でも無い限り、わざわざ調査しようとは思わんよ」
「それはそうだね。……因みに、フェリスが弟子を殺そうと思ったら、どういう手段を選ぶ?」
ううん、倉庫の実物を知らない俺に訊かれてもな。事故死で終わっている件について、どうして他の可能性を探したがる?
「……遅効性の毒を飲ませる、というのが一番簡単かねえ。例えば弟子が倉庫の中に入り、作業中に邪魔が入らないよう自分で鍵をかける。その後に毒が回ってしまえば、勝手に密室が出来るという流れだな。他にも何処かの隙間から毒を流し入れて、中で揮発させるという方法もある」
「単純な手だね。じゃあ中に入る手段であれば?」
「お前が知らないだけで、実は他に開く場所があるのかもしれない。或いは合鍵があった、壁を抜ける異能持ちがいた、地術で倉庫を弄った、とかか? ハンネラは斬撃や打撃には強いが、魔術の通りを遮断する訳じゃないからな。壊れないってだけで形は変えられる。後は……本物の鍵があるなら合鍵は魔核で簡単に複製出来るんで、事前に用意しておけば済む」
因みに俺なら、自身を液状化させて内部に侵入する。
まあ単なる想像を垂れ流しているだけなので、これが正解だ、という確信は得られていない。犯人がいると仮定して話を進めているが、実は弟子が心臓に疾患を抱えていて……という真相だって有り得るだろう。答えを求められたところで、情報があまりに不足している。
「結局、お前は何が心配なんだ? 恩人はそんなに疑わしいのか?」
「うん……はっきり言って、彼がやったんじゃないかと僕は思ってる。どうして師弟関係を続けているのか解らないくらい、二人は仲が悪くてね。口論どころか殴り合いにまでなって、僕が彼等を止めたくらいだ。本人は否定するだろうけど、状況からしてそう考えざるを得ないよ」
「そんなに合わないなら、縁を切れば良かったのにな。因みに、何があったか聞いても?」
「弟子が恩人の奥方に手を出したらしいね。僕は本宅から離れた場所で暮らしていたんで、それが事実かどうかまでは確認出来ていない。でも、殴り合いがあったその日の夜に、弟子は行方が解らなくなった」
怪しすぎるというか、よくそれで捜査が入らなかったな。
ただまあ手を出したのが本当なら、そいつは殺されても仕方が無いという気はする。恋愛そのものは自由でも、行動には責任を伴うものだ。犯罪には違いないとして、情状酌量の余地はある……と俺なら判断する。
やっていたとしても、そんなに重い罪には問われないんじゃないかね。
「動機は充分にある、犯行も不可能ではない、でも取り敢えずは事故と考えられている。特にこのままでも問題は無さそうだが……お前はわざわざ真相を暴きたいのか?」
「まさか。僕が気にしているのは、何かの拍子にあの人が疑われないかってことだけだ。意見を訊きたかったのは、疑われた時にどうやってその場を切り抜けるかだよ。……今まで散々人を殺してきた僕等が、殺人を咎めようだなんて烏滸がましいじゃないか」
いや、必要なら俺は独断と偏見で以てその是非を問うが……ともかくジェストは恩人を売るつもりは無いと。
恐らくこのまま静観しているだけで、事件は風化し人々の記憶から消えていくだろう。しかしこういう場合、人は後ろめたさから迂闊な行動をしてしまうものだ。周囲の目を過剰に意識してしまい、普段当たり前にしていたことが出来なくなり、そこから――なんて展開も考えられる。
「お前は遺体を発見した後、周辺の調査はしたのか?」
「調査というだけのことは出来ていないよ。ただ、遺体を運び出したりその後の掃除をしたりで、何回か中に入る機会はあったね。作業の時は基本的に一緒に行動していたけど、その時もあの人に不審な動きは見られなかった。さて……僕はどう立ち回るのが正解か、ちょっと考えてみてくれないか」
いやはや、長い前置きだったなあ。
取り敢えず、内容は理解した。事件を解決しろと言われたら解りませんと返すしかないが、事を穏便に済ませたいだけなら、幾つか提案出来そうなものはある。この際なら、なるべく全員の負担がかからない形でまとめるべきかな。
まずは状況を整理しつつ、平和的解決とやらを目指してみようか。
今回はここまで。
ご覧いただきありがとうございました。




