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42.静かなる怒り

お久しぶりです。

気が付いたらかなりの時間が経ってしまいました。

すみません。


ではスタートー!

「さっきから黙って聞いていれば人の娘を何度も何度も犯人呼ばわり…」


怒りを押さえ込むようにキツく握りしめた拳を振るわしながら、私はゆらりと後方にいるベスパーバの方へと向き直り、誰の耳にも入らないほどの声で溜まっていた鬱憤をボソボソと零した。


「介抱した娘にお礼の一つもなく、自分からミュリエラ様に何かするわけでもないのにギャーギャーと文句ばかり…」


私のボヤキは段々と大きくなるが、まだ周りに聞こえるほどではない。

ただ表情のない女がゆらりゆらりとゆっくり近づいてくる様はどう考えても異様で、その光景を目の当たりにしているベスパーバはおろか、周りを取り囲んでいる貴族達も思わず「ヒッ!」と息を呑む。


「…な、何ですかな?お一人でボソボソと気味が悪い。言いたいことがあるのならハッキリ言ったらどうです?」


異変を察知したベスパーバは、私に気圧されながらもまだ悪態を吐いてくる。


「10年前といい、ファンドールは疑惑を晴らすことには長けておいででしょう。」


その瞬間、プツンと私の頭の中で何かが切れた。


「っこんのっ!」


既にあと1メートルという距離まで近づいていたベスパーバを思い切り睨み付けると同時に、思わずその胸ぐらに手が伸びる。

しかし私の理性がすんでの所でグッと踏みとどまるよう指示を出したので、その手は空中でブルブル震えながら止まっていた。


―っ 挑発に乗ってはだめよ、ステフィア!!

わかってるわ、この男!わざと私を挑発しているのよ!

王家の夜会で大声を出して私が騒げば、それだけでファンドール家は他の貴族から白い目で見られる。

私達が望んだわけでないにしろ、ようやく表舞台に復活した我が家が復活したその日に騒ぎを起こせば、やはりファンドールはダメなのだと不名誉な烙印を押されるのは間違いない。

ここで私が大声でベスパーバを罵倒すれば、我が家が醜聞に晒されてしまう。

それこそこの男の思う壺なのよ!

堪えなさい!ステフィア!!


私は必至に溢れ出そうな感情を唇を噛みしめ、どうにかして身の内に収める。


-引っ張られない-


私はキツく決心すると、一度仕切り直しをすべく大きく息を吐いた。


「――聞き捨てなりませんわね、ベスパーバ様。何を証拠に娘を疑うのでしょうか?」


まだ大勢の人が残る会場にどうにか冷静を装う私の淡々とした声が響く。

いつもならここまで声が響くこともないのだが、皆、私とベスパーバの間にある一発触発の雰囲気に圧倒され会場は静まりかえっていた。

会場中の視線が集る中、私は能面を被ったような笑みを浮かべて再びベスパーバへと照準を合わす。

私と目が合ったベスパーバはまだ酒が抜けていない赤い顔をくしゃりと歪めた笑みで答えた。


「あの状況では誰がどう考えてもファンドールのご令嬢が蜘蛛を放ったとしか思えませんでしょう。ネイリーン嬢がウチのミュリエラにハンカチを返した途端ですぞ。そう考えるのが普通です」


確かにベスパーバの言うことは分かるし、そう思われる状況ではあったのは確かであろう。

しかし親のひいき目と言われてもネイリーンがそんなことをしないのはわかっているし、ただ偶然落ちてきたハンカチを拾って渡したにすぎない。

いくら状況的にネイリーンが怪しいとしても、何の証拠も無しにこの場で何度も犯人だと糾弾するのはネイリーンの名誉の為にも許すことは出来なかった。


「そうであっても確たる証拠も無しに大勢の前で騒ぎ立てるのはどうでしょうか?私が見ていたところ娘はミュリエラ様の落としたハンカチを拾って届けただけです。仮に娘が故意に蜘蛛を放とうとしていたとしてはあまりに偶然に頼りすぎではありませんか?私ならそんな偶然に賭けることはしませんわ」

「じゃあ誰がミュリエラに蜘蛛を放ったのだ?どこかから降ってきたとでも言うのか!」


真相など今分かるはずがない。

ただ事実としていきなりネイリーンがミュリエラ様に近づく機を見計らったように蜘蛛が放たれたことだけは確かだった。

これだけの人が集まった空間に警戒心の強い蜘蛛がたまたま外部から忍び込んで来たと考えるのは不自然だし、仮に天井にでもへばりついていたとしても、2匹同時にポトリと落ちてくるなどあれないことだろう。

故に、誰かがミュリエラ様を狙って故意に蜘蛛を放ったと考えるのがやはり正しいと思われる。


「‥‥‥」

「そらみたことか。何も反論できぬではありませんか」


得意げに鼻を鳴らすベスパーバに嫌気が差すが、この悔しい状況を覆す上手い手と理由が浮かんでこなかった。


あの時あの二人の周りには他に数人の姿はあったが、ミュリエラ様はお一人で我が家に詫びに来ていた為、いつもは寄り添うように側にいる取り巻きなどはいなかった。

ミュリエラ様と、ネイリーンの二人きり‥‥


『二人‥‥』


まるで呪文のようにこの言葉が私の頭の中を駆け巡る。


ネイリーンでは絶対ないとすれば、考えたくはないが、あの場で蜘蛛を放てる人物はもうあと一人だけ‥‥


「ミュリエラ様ご自身で‥?」


思わずぽろりと呟いてしまった。


「!!なんと失礼なっ!!蜘蛛に襲われた娘を犯人扱いする気か?信じられない暴挙だ!」


私の呟きを拾ったベスパーバが一際大きい声で喚く。


いや、私だってまさかとは思うけれどあの場でネイリーンでないとすれば、一番しっくりくるのはミュリエラ様じゃない?

思わず口に出てしまったが、私自身だって考えはまとまっていない。

落ち着いて浮かんで来る疑問符を片付けたいが、とりあえずうるさいベスパーバを相手にしている今は諦めよう。


「ど、どちらにしても真実はミュリエラ様が回復されれば判明するでしょう。それまではあまり確証もなく騒ぎ立てるのはおやめになってください!」

「調子のよいことを!娘が犯人だと覆せないと思ったら襲われたミュリエラを犯人呼ばわり。あげく回復するまで黙っていろなど言い訳するにも程がありますぞ!ファンドールはやはりファンドールですな!!」


ベスパーバの勝ち誇ったような笑い声が響くと、私は悔しさと屈辱感でドレスの裾をギュッと握った。

少し離れた所で私達のやり取りを見ていた貴族達も、ベスパーバの笑い声に乗せられてヒソヒソと私の事を囁き始める。


最悪だわ。

何が最悪ってベスパーバにこの場を支配され、言いようにやられていることが我慢ならない。

もうこうなったら何もかも忘れてこの男を気が済むまでぶっ飛ばしてやろうかしら。

どうせ没落するならいっそ清々しくやりきってから落ちたい。


私は目を閉じると、脳裏に浮かんできたベスパーバ相手に先程我慢して出来なかった胸ぐらを掴み、何度もこの野郎とぼこぼこに殴り倒した。



「いやいやさすがステフィア。いい所に気付いたね」


そんな私の物騒な思考と、ベスパーバの笑い声を一蹴する穏やかな声が会場に響いた。

声のする方に顔を向ければ、そこにはパチパチと手を叩きながら嬉しそうにこちらに歩み寄ってくるギルバートがいた。


「え?どうしたの?ギル‥」

「君の言うことも一理あるかもしれないと言うことさ、ステア」


私のすぐ横に並んだギルバートはうんうんと頷くと、するりと耳元に顔を近づけて「よく耐えてくれたね」と囁いた。


ふぁっ!いきなりの耳元はやめてっ!!

ぞわわっとしたものが背筋を走るから。


私は耳元に手をやりながら抗議の視線を隣のギルバートに向けた。

しかしギルバートの視線はすでに真っ直ぐベスパーバに向いていたため、私の抗議に気付くことはなかった。



「いきなりなんですかな?ファンドール公爵」


良い気分になっていたのに横から割ってこられてベスパーバは不満顔だ。

対称的にニコニコとしているギルバートは、スラリと伸びる脚で大きく一歩前に出る。

すると、ちょうど私とベスパーバの間に入り込む形になり、絶えず私の視界に入っていたベスパーバの顔がひさしぶりにいなくなった。

ギルバートの背中しか見えなくなった私は、まるでギルバートに守られているかのような安心感を覚え、ギチギチに張りつめていた身体を少しだけ緩めることができたのだ。



「先程妻が言った『ミュリエラ様自身かも』というのがありえるという事ですよ」


高い位置からベスパーバを見下ろすギルバート。

どうしようもない身長差があると言え、ちょっと可哀想な光景だ。


「な‥何を馬鹿なことを。誰が好き好んで自分に蜘蛛など放つのですか?冗談も休み休みにしてほしいですな」

「ははは。いえ、冗談ではありませんよ。貴公のお嬢さま自身が放ったかもしれないという疑惑が生まれる物証を残念ながら見つけてしまいました」

「物証だと?」


ベスパーバが上目遣いでギロリとギルバートを睨む。

しかしギルバートはそんな視線に怯むはずもなく、一層笑みを深めた。

美しく上がる口角とは裏腹に、感情の読めない細められた目はゾクリとするほど冷たい。

それはベスパーバも感じ取っただろうが、これでも侯爵家の当主だ。

目線を逸らすことはせず、ジッと見据え続けた。


「ええ。先程ミュリエラ嬢が倒れた付近を捜索してみたら落ちていたんですよ、これが。倒れたすぐ近くのテーブルの影にね」


ギルバートはそう言うと、ベスパーバの顔の前に10センチにも満たない透明な小瓶をゆらりと揺らした。

その瓶を瞳に映すや否や、ベスパーバは一瞬だけだがギクリと顔をしかめたが、すぐに表情を戻しギルバートに問う。


「それがなんというのですかな?」


不覚にも私もベスパーバ同様にギルバートの手に持つ瓶の意味がわからない。


「一見ただの透明の小瓶でしょう?どこにでもあるような瓶だ。瓶の裏にはどこの瓶でもあるように製造元の刻印が彫られている。―これを作ったのはシリナルス商会だ。ロット番号もある。きちんと品質管理を徹底している模範的な商会だね」


ギルバートは瓶を逆さに持ってそこに記されいる情報をつらつらと言い始めた。


「だからそれが何だというのです?」


ベスパーバは言っている意味がわからないと苛つきながら再び同じ問いを投げかける。


「貴族の中には癖の強い者が多く、色々なものに細かく要望を付けることも少なくはない。やれ材料はどこ産を利用しろとか、蓋の形をあーしろこーしろとね。そんな貴族達のご用達になる商会は商品管理も丁寧なんですよ。他家の物との混入を恐れて徹底的に商品を管理するため独自に各家毎に少しづつ違いを付けているのさ。ウチに卸している商会だってロット番号の末尾にファンドールを表す「FD」を付けている。確かにこの家のオーダーに合わせた物だっていう証をしっかり残しておくんだよ。王室の物の全てに獅子のマークが入っているのと同じさ」


知らなかった。

高価な物や特別にオーダーした物に、我が家の家紋が入ることは知っていたけれど、商会が独自にこんな細かな物1つ1つにまで差別化していたとは驚きの事実だ。

どれだけいちゃもんを付けられてきたのだろうか。

そしてそれを少しでも回避するためにこんな涙ぐましい努力をしていたとは、商人魂、あっぱれである。


ギルバートの言葉を私は感心しながら聞き入っていたが、私とは違いギリギリという歯ぎしりが聞こえてきそうなほど顔を顰め始めるのはベスパーバだった。


「さて、ではこの小瓶の刻印が何を示しているのか、ここまで話せばもうわかりますかね?」


ギルバートはそれはそれは嬉しそうに目を細めて、持ってた瓶に彫られているロット番号を撫でながらベスパーバに見せつける。


「このロット番号の末尾「BP」 これは貴殿の家を指すのですよ、ベスパーバ侯爵。知っていましたか?」

「!!で、でたらめ」

「そう思うのでしたらシリナルス商会に問い合わせればいいでしょう。答えはすぐ出ます」

「そ、それが我が家の物だとしたら何だというのだ。たまたまミュリエラが瓶を持ち歩いていただけだろう。空だといっても中に蜘蛛が入っていたなど言いがかりに過ぎん!」


ベスパーバはまさに苦悶の表情を浮かべつつも、すぐにギルバートに噛みつく。

ベスパーバ家から持ち出された空の小瓶が落ちていただけで、そこに蜘蛛が入っていたなど分かるはずもない。

そう言いたいのだろう。

しかし、私は、いえ、我が家は知っているのだ。

散々色々な研究に狂った娘のおかげで、どこそこから検出できるとか、こうやって調べるのだと夕食時にひたすら聞かされてきた我が家の住人には、確認する術が容易にあることを。

思わず私から言ってしまいそうになったが、そこはギルバートが私よりも先に反応した。


「それもそうですね。ではこれをいち早く調べようではありませんか。調べたらすぐにわかりますよ。万が一蜘蛛が入っていれば瓶の内部には必ず蜘蛛の成分が付着するのです。顕微鏡で見ればすぐにです。よかったですね、ご令嬢の疑いはすぐにも晴れますよ」


ベスパーバに笑いかけるギルバートの瞳は、寒気がするほど冷たいものだった。

ギルバートの提案にベスパーバは明らかに動揺しているが、ここで嫌とは言えないだろう。

疑惑を晴らすと言っているのにそれを断ることは、空瓶の中に何が入っているかを知っていることになるからだ。


このベスパーバの様子を見れば、ミュリエラ様がやはり自身で蜘蛛を放ち、そのことをベスパーバも知っていたことがまざまざとわかる。


「そ、それがいいですな。ミュリエラに掛かったいらぬ嫌疑などさっさと晴らしたいですからな。今すぐその小瓶を研究室に持っていきましょう」


そう言うとベスパーバはギルバートの手にある小瓶に手を伸ばした。


ああ!すり替えられちゃう!!


そう思った私は焦ってダメだと手を伸ばしかけたが、そんなことはギルバートがさせるはずがなかった。


スッとベスパーバが手を伸ばして届かないとこまで瓶を掲げると、そのままカツカツと人垣を抜け会場の奥へと進んでいく。

その姿を追う私は、その直後、思わず自分の目を疑い、そして自分のやらかしていた行いを高速で思い返してフラリ目眩がした。


ギルバートが進むその先には、最初の混乱の最中でとっくに避難を済ませている思っていた陛下の姿があったからだ。

いつもいらっしゃる壇上ではなく、王家専用の扉の前で数人の側近に囲まれながら、腕を組みこちらの様子を凝視していた。


大変!!陛下の御前だったなんて!!

てっきり騒ぎが起きてすぐに退出されていると思い込んでいたわ。

やだ、待って。

じゃあこれまでのやり取りも全て見られていたって事よね。

お声1つも掛からなかったし、周りを見渡している余裕もなかったから、すっかり失念していたわっ!ベスパーバとのやり取りやらをしっかり見られていたことになるじゃない!


焦りまくる私はちらりとベスパーバを見ると、彼は私以上に驚いた顔をしていた。


「陛下」


ギルバートは陛下の前に片膝を突くと、例の小瓶を陛下の前に差し出しす。


「こちらの小瓶が此度の騒ぎを究明する鍵となるでしょう。陛下の名の下に公平な検証をお願い申し上げます」


陛下は鋭い目線で小瓶を見据えると、「相分かった。おい、すぐにこの瓶を城の研究室に回せ」とすぐ隣のいる側近に指示を出した。

側近は小瓶を布に包むと直ぐさま奥へと走り出す。

それを見送ると陛下は再び壇上の真ん中へと進んだ。


「小瓶の検証は私の名の下速やかに行う。真相はそれほど掛からずわかるであろう。せっかくの夜会をこのような騒ぎで締めるのは誠に遺憾であるが、追って沙汰を出す故、ファンドール家、ベスパーバ家以外は速やかに帰還するがよい。皆、ご苦労であった」


そう言うと陛下はマントを翻し、この場を後にした。

「結局いつもギルバートがいいところ、持っていっちゃうのよね」

っていつかステアさん気づくと思う。

うーーん、有能。


ではまた次回!

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