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40.ラストダンス

お読み頂きありがとうございます。

さて前回ちらりとワードが出てきたラストダンスです。


ではどうぞー

様々な人達と交流を交わした夜会も、もう終盤に差し掛かっていた。

婚約者選定夜会のクライマックスと言えば、ミュリエラ様が楽しみにしていろと啖呵をきっていた『ラストダンス』だ。


『ラストダンス』とは夜会の最後に婚約候補者のみで踊るダンスのことである。

国中の貴族が見守る中で未来の王妃となる少女がいかほどなのかを見定める、最終試験のようなものと考えればいいだろう。

パートナーは年の近い兄弟が務めるのが通例だが、もしいなければ付き添いという形で親族より一人連れてきたりもする。

ちなみに殿下は公平を期すためにダンスには参加せず、候補者達が踊る様子を皆と一緒に見守らなければならない決まりだ。

候補者側からすれば殿下や陛下、さらに国中の貴族達に自分が他の候補者よりも優れているとアピールできる最後のチャンスということだろう。


これ、きついよね。

3人とも最初にシャスティン殿下と踊って会場中の注目を浴びはしたけれど、この一同に揃って踊るっていうのは一目で優劣がわかるじゃない。

誰がどの子よりも綺麗とか下手とか、比較対象があるのとないのじゃ大違いよ。

しかも大規模夜会の大トリって楽しく踊るならまだしも試験になってるなんて私でも嫌だわ。

それに巻き込まれてパートナーを務める子も気が気じゃないだろう。

お家のこととはいえ一緒に晒し者にされる上、決して失敗できないプレッシャーにも襲われるのだ。

いかに選び抜かれた子ども達の集団といえども、家族や派閥の期待を一身に背負わされる子ども達のストレスはすさまじいと思われる。


まあ今ごねた所でこの慣習が無くなるわけでもないし大人しく受け入れるけれど…。

前も言った通り幼い子どもを晒し者にする文化はいただけないわ。

シャスティン殿下が即位されたら次代の婚約者選びにはもっと別な方法を取ってくれるよう期待するとしよう。



気心の知れた昔馴染みと楽しく談笑していると王宮の侍従からラストダンスへのお誘いがきた。

チラリと壇上の方を見ると既に他の候補者はパートナーを伴って集まろうとしている。

どうやら我が家への連絡が最後だったのだろう。

私は少々焦りながらネイリーンとハリオットを呼んラストダンスが始まる事を伝える。


子ども達には夜会の招待状が届いた時にこのラストダンスについての説明と、ネイリーンとハリオットのペアで参加するということは伝えておいた。

婚約を破断させたい私ではあったが、さすがにこの場での大失敗は今後の彼らの名誉に関わる為、対策として地獄のダンスレッスンにも強制参加させた。

彼らの貴重な研究時間を割いてレッスンを行ったので最初はブーブー文句を言われたが、どちらもやる気スイッチさえ入ればとことんハマる体質なので、飴を使いまくってやる気を出させた私を褒めて貰いたい。

その甲斐あって、今では二人とも親でも驚くほどのダンステクニックを手にしている。

ただ踊るのであればどこへでも自信を持って出せるだろう。

ただ今回心配なのはやはり、今までにない特殊な雰囲気に呑まれてしまうのではないかという点だ。

現に今、二人の表情は少し硬い。

ラストダンスは選ばれた者のみしか踊れないのだから、ここから先はたとえ親でも手出しは出来ない。

何が起こってもネイリーンとハリオットが自らの力でこのダンスを乗り切るしかないのだ。

それならいっそと私は2人に笑顔で言った。


「楽しんで踊ってらっしゃい。こんな大勢の前でハリオットと踊る事もないと思うし。周りで見ているのは全部カボチャよ。そう思ったらおもしろいわ」

「カボチャですか?」

「ええ、カボチャかじゃがいもね」


ネイリ-ンとハリオットは唖然としながら互いに目を合わせるブフッと吹き出した。


「ふふっ私達は畑の真ん中で踊るのですね」

「確かにおもしろい図ですね、母上」


クスクスと笑う二人にいつもの柔らかい顔が戻ったので私はこれで大丈夫だろうと二人の背中をポンと押す。


「さぁ行ってらっしゃい。お母様もカボチャの1つになってしっかり見守っているわ」

「父もだ」

「僕も見てます」


二人は私達にペコリと軽く会釈をすると、手を取り合って壇上の方へと歩いて行った。



ラストダンスはこの夜会を締める役割を持つので、踊る前に陛下からお言葉を頂くことになっている。

パートナーを含めた6人の子どもらが並ぶと、陛下は椅子から立ち上がり会場全体に響く声で話し始めた。


「今宵の夜会にはマグノリアの未来を担う若き芽を数人だが呼ばせて貰った。皆も知っての通り、今のマグノリアは先人達の苦労と叡智のおかげで豊かに栄えている。しかし何一つ憂うことがないかといわれれば決してそうではないだろう。内外問わず様々な問題は起こるものだ。このマグノリアの行く末は明るい物なのか、それとも暗い影にのまれていくのかと、いつの時代に生きる者も見えない未来への不安を口にする。しかし、我らには希望がある。我らの希望はここに集った者を始めとするこの子ども達だ。今日、国中の貴族が集まったこの日の事を何らかの形で糧とし、私達が辿り着けない未来をより豊かで実りあるものへ導いて欲しいと私は願っている。さあ未来ある子ども達よ。我々に其方らが作り出す未来が明るきことをどうか示して欲しい。これからを担う次世代の子ども達よ。其方らの時代を築く第一歩としてこの栄えある我が夜会に有終の美を飾るがよい。さあ、ラストダンスだ。踊れ!!」


陛下が勢いよく手を振りかざすと子ども達は一度深く頭を下げ、一斉にホールの中央へと歩き出した。

アニエスタ様はやはり涼しい顔で、反対にミュリエラ様は見なさいと言わんばかりに自信に満ちた笑顔を浮かべている。

そしてネイリーンとハリオットは私の掛けた言葉のおかげか、とてもリラックスした顔で微笑んでいた。


うんうん、心配などいらないくらいお三方ともマイペースのようですね。

どちらかというと外から見ている私の方が心配で顔が引きつっているんじゃないかしら?


あああああ緊張するわあああ


その証拠に私の心臓はドクドクと早鐘を打っていて、扇子を握る手にはじんわりと汗が滲んでいた。

とにかく何事もなく踊り終えてくれればいい。

それだけだ。

婚約が決定だといわれた今さら、誰にアピールとかもないし、転んだり何某の失敗がなければそれでいいのだ。


3組のペアが所定の位置へ辿り着くと、タイミングを見計らったかのように楽団が音楽を奏で始めた。

ゆったりとした美しい旋律が響き渡ると、子ども達のダンスが一斉に始まる。

広い会場を3拍子のワルツの調べに合わせステップを踏み、クルリクルリと3組が踊る様は、面白いくらいにそれぞれの個性が出ているのに気付く。


アニエスタ様は正確なステップとブレない姿勢が見事なもので、それこそお手本のように優雅に舞われた。

一方、ミュラエラ様は自信満々なだけあって、指先まで美しさが行き届いたダンスはまるで演者が踊っているような表現力豊かなダンスだ。

ネイリーンは2人と同等で踊れてはいるのだが、ダンスの良し悪しよりも、街娘がお祭りで踊っているかのような、それは楽しそうな表情の方に皆の目がいっていた。

子どもをぐるりと取り囲む大勢の人も、ネイリーンたち二人にとってはハロウィンばりに並べられたかぼちゃの大群にしか見えていないのだろう。

目と目で楽しそうに会話をする兄妹がニコニコと笑いながら踊っている様子は、ハラハラしていた私の心を温かくしてくれた。


「アニエスタ様の舞は本当に美しいわね」

「いや、あれは少し機械じみてはいないかい?本当に美しいのはミュリエラ嬢の方だろう」

「あら、あんなご自分しかないようなダンスでは相手をなさる方が不憫ですわ」

「殿下なら不足ないだろう」


大人達は3人を見比べながら好き勝手に品評会を開いている。

誰のどこが誰よりも優れているだの、ここがいただけないだの、まるで商店に並ぶ宝石を手に取って光にかざして眺めているような扱いだ。


「それにしてもファンドールの御令嬢の肝の座り方は凄いですな。ここが陛下の御前というのを忘れているようだ。あれは心からダンスを楽しんでおるぞ」


誰だかわからないけれど、その意見は正解!

アドバイスが効きすぎたのか、家で練習してるかのような雰囲気だわ。


他のお二方も堂々としてはいるが誰かに魅せるようなダンスだ。

それに比べてあの2人は畑のダンスを楽しんでいるのが丸分かりよ。

あー楽しそう!うん。楽しそう!!

お兄ちゃんとくるくる遊んでいるのね!!

よかったね!!って感じだわ、ホント!


曲の終盤に入ると緩やかだった旋律が転調し、一気にテンポが速くなる。

試験と称されるだけあって、ラストダンスの選曲は難易度の高い曲が選ばれているのだ。

この曲が演奏された時点でここにいる皆はもちろんこの展開になることはわかっていた。

ここからどうこの曲を捌いていくのかが見所だということだろう。


フロアの6人の踊りに全員の意識が集中する。

走っているに等しいような速いステップでフロア内を横切ると、次にはパートナーに手を引かれリフト。

3人のドレスの裾がフワリと揺れたかと思うと、すぐにまたピタリと寄り添い、よくぶつからないなと思わんばかりの細かい足裁きを見せる。

大人でも踊りきるのが難しいこの曲を、それぞれのペアが危なげなく披露していく様に、見守る大人達から感嘆の息が漏れた。


もはや1人1人を見るというよりも6人で1つのダンスを作り上げているかのような一体感さえ感じ始めていた。

そして曲の最後の見せ場に差し掛かる。

一度パートナーから距離を取りつつも、シンクロしているかのように同じ動きをするパートだ。

ヴァイオリンの速弾きに合わせるステップはかなりの速さになるので、パートナーと息を合わせることが難しいのだ。

女性の方から向かい合わせのパートナーに別れを告げると、後ずさりをするような形でホールの中央部へと集まってくる。

その間からすでにシンクロダンスは始まっていて、さすがの子ども達の表情も少しだが硬くなっていた。

まだ完成されていない小柄な身体で踊るそのダンスを私は固唾を呑んで見守るしかできない。

ここさえ乗り越えられればダンスの終わりはすぐそこだ。

頑張れ!頑張れ!!

私の扇を握る手も自然に力が籠る。


しかし踊り終えるまであと一歩というところにきて、ミュリエラ様が後ろに大きく距離を取りすぎてしまったのがわかった。

ミュリエラ様のすぐ後ろにはネイリーンの背中が迫っていて、このままでは誰の目から見ても二人が衝突するのは明らかだ。


「えっ?」


背後に人の気配を感じたネイリーンが小さく驚きの声を上げる。


危ない!!


きっと誰もがそう息を呑んだだろう。

しかし目の前の危険を察知したハリオットが機転を利かせてワンテンポ早くネイリーンの手を取ると、グイっと自分の方に引き寄せた。

危機一髪とはまさしくこのことだろう。

肩先が微かに衝突したくらいでミュリエラ様もネイリーンも無事だった。


はぁああ…


大人達も一斉に安堵の息を漏らす。


ハリオット…ナイスジャッジ…!!!


私は何事もなく切り抜けた二人に心の中で親指を立てた。


よくやったわ!ハリオット!!ナイス機転よ!!

あとで家に帰ったらご褒美をあげなくてはならないわね、これは。

しかし危なかったわ。

あれでぶつかっていたら二人とも倒れてせっかくのダンスが丸潰れになる所だった。


胸に手を当ててみると相当肝を冷やしていたようで、まだドクドクと心臓が波打っている。

きっとベスパーバ侯爵家の方々も生きた心地がしなかったことだろう。

自信があるとあれだけ言っていたミュリエラ様がミスするなんて、やはりこの悪意ある選曲と特殊な夜会は相当のストレスなのだろう。




―ジャンっ!!


あの場を切り抜ければあとはもう余裕の出来映えだった。

曲の終わりに合わせ3組のペアが最後の決めのポーズを決めると、会場全体から割れんばかりの拍手と歓声が子ども達に贈られる。

この観衆の中であれだけのダンスを披露したのだ。

皆も私も万感の想いで讃えるように手をたたいた。


それぞれのペアがハアハアと肩で息をしつつも陛下達のいる壇上に向かって最後の礼を取る。

陛下は嬉しそうに立ち上がると満面の笑みで6人に向けて拍手を送った。


「素晴らしい踊りであった。其方らがいればマグノリアの未来は明るいものとなろう。皆、子ども達に盛大な拍手を!」


それを合図に再び会場内から割れんばかりの拍手が6人に注がれる。

子ども達は皆、やり切ったという充足感に満ちた顔をしていた。

ただその中でただ一人、ミュリエラ様だけは笑顔の中に僅かながら影を落としている。

周りがいくら良く出来たと言ってもこの大舞台での自分のミスは引きずるに違いない。

特に自尊心の高く、殿下にアピールする為に踊っていたミュリエラ様なら尚の事だろう。


拍手に押されるようにしてホールの中央から退場する姿には何とも言えないほの暗さが漂っていた。


昔TVで社交ダンス部が見ていたのが役立ちました。

あれ好きだったなー


さて、次回は何かが起こりまーす。

お楽しみに!!

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