第49話 犬飼八恵子という覚醒者
ホイ、チャマ。
覚醒者について、改めて説明しよう。
白衣のクソ野郎曰く、覚醒者とは人類という枠組みに存在する別種らしい。
覚醒者という名称は、協会が正式に定めた物であるが、それを定める前には、覚醒者は様々な名前で呼ばれていた。
超能力者。
妖怪。
憑物筋。
魔女。
神憑り。
鬼。
土蜘蛛。
巨人。
一説によると、人類史に存在する神やら、妖怪やら、怪物やらも、全て古代覚醒者たちを示していた言葉だったのかもしれない。
常識、物理法則、現実。
そういう『当たり前』を凌駕する、人々の理解の及ばない力。
それを異能。
それを扱う能力者が、覚醒者である。
もっとも、前にも説明通り、人外の力を持っていたとはいえ、数の力を終結させた人類には敵うことなく、派手な力を持つ覚醒者たちは徐々に数を減らしていく。
炎を自在に操ったり、雷を発生させたり、氷のような息吹を吐いたり、そういう類の能力者は大体駆逐された。戦乱が世界中に満ちていた時期ならばともかく、産業革命が起きて近代的になった現代には、そういう一目分かる異能の力は求められなくなった。何故ならば、そういう力よりも、拳銃を持った素人の方が殺傷力を持つ時代になったからだ。
求められない力は自然と廃れ、途絶え、やがて、残ったのはこういう時代だからこそ、必要とされる能力である。
即ち、人間社会に於いて他を凌駕し、支配するための能力だ。
「私のお爺様の力もこれに当たるわね。神がかった直感。お爺様が援助する企業は、例外なく十年も満たずに大躍進するし、お爺様が災害対策として建設したダムや堤防は、完成後一年も経たずにやってきた災害を見事に防いでくれた。お爺様は、自分のそういう類の力を『いんちき染みて気に入らねぇ』と言っていたけれど、世が世なら予言者と呼ばれてもおかしくない力を持っているの」
人の心を読み取る能力。
時世の流れを読み取る能力。
他者の精神を誘導し、惑わす能力。
他者の才能を見抜き、見出す能力。
人を殺すための力よりも、人を利用するための力が求められた結果、古くから血を繋いできた異能の血筋は、そういう非戦闘型が残ることになった。
この手の、古くから異能を受け継いできた者たちのことを先天的覚醒者と呼ぶ。
覚醒者、という名称であるのに、生まれながらにして異能を携えているわけだが、これには理由が存在するらしい。
それは、主に後天的覚醒者の存在による物だ。
本来、覚醒者とは後天的覚醒者を示す言葉だったのだが、後々、枠組みが広くなり、生まれながらに力を持つ異能者も覚醒者と呼称することになったのである。では、後天的覚醒者とは、どのような存在であるのか?
簡単に言ってしまえば、異能バトル系の主人公によくあるような、あれだ。ある日突然、何らかの原因で異能に覚醒するとか、そういう類の『災害』に遭ってしまった被災者。
それが後天的覚醒者である。
「ええと、災害扱いなのか?」
「災害扱いだ。何せ、後天的覚醒者のほとんどは、覚醒直後に己の能力の暴走で死ぬからな」
「…………具体的にはどれぐらいの確率で?」
「千人の後天的覚醒者が居たとして、生き残る可能性があるのはその内の数人らしい」
「うわぁ」
後天的覚醒者は、先天的覚醒者に比べて、派手な異能を持つ者が多い。
何故ならば、後天的覚醒者の大半は、様々なアクシデントを経て異能を得るのだが、この時、分不相応な力に覚醒してしまうからだ。
原因は様々な理由があるが、主に、覚醒する者の傾向として、激しい精神的なショックを受けた結果、思考が過激になって巨大な力を求める傾向があるからなのだとか。基本的に、後天的覚醒者は、覚醒時の精神状態や、己の人格によって得られる能力が異なる。
望み、渇望する力を得られる覚醒。
そういう覚醒を経て、生き残った後天的覚醒者のほとんどは、社会という枠組みから外れ、犯罪行為に走ってしまう。
人類史の中で、何度か後天的覚醒者の数が増大することが多くなる時は、そのほとんどが世界的な混乱が起こる時期ともされており、それらを幾度も収めてきた組織が、協会。
賢人協会と呼ばれる、世界最高峰の天才たちによって創られた組織である。
『胡散臭い』
説明途中、三人娘には渋い顔でそう言われたが、仕方ない。何せ、実際に協会へ登録する時、俺だって似たようなことを思ったのだから。
賢人協会。
それは、正しい知恵を持つ者が、賢く世界の秩序を守っていこう、みたいな傲慢極まりない理念と、その傲慢さに見合った力を持つ、世界規模の巨大な組織だ。
彼らは主に、世界の常識にそぐわない、様々な超常現象の管理、対処を行う。
俺のような後天的覚醒者を保護、管理、あるいは排除するのも、当然のように協会の管轄であるが、それだけではなく、異界からの侵略者や、外宇宙からの未知なる冒涜的な叡智の封殺なども行っているらしいから驚きだ。
もっとも、俺もクソ白衣野郎――協会に属する人間の話を聞いただけなので、それが眉唾なのか、真実なのかは定かではないのだが。
少なくとも、宇宙人は居る。
異世界人は知らん。
「え? あの、先輩……居るのですか? 宇宙人? ええと、どのような?」
「宇宙『人』だから、普通の人間の形をしている。ただし、謎の眼力を使う」
「謎の眼力!?」
「マックスで熊ぐらいなら眼力で倒せるらしいぞ」
何故か太刀川が食いついて来たが、本題には関わらないので軽く流しておく。
肝心なのは、協会という組織は、覚醒者の管理も行う組織であり、それがそこの管理下にあるということだ。
本来であれば、身寄りのない後天的覚醒者は問答無用に、協会に管理、収容、教育を施されるのだが、俺は叔父さんの計らいで、幾ばくかの自由を得ている。
また、能力が極めて脆弱だったり、他者を害さず、社会を乱さない平和な異能の持ち主だった場合――極めて例外的であるが――定期的な検診のみで、ほぼ常人と同じく生活出来たりもするらしい。
だが、当然ながら、人を害する危険性を持つ覚醒者の扱いは厳しい。
「…………つまり、あれか? 私を襲ったって奴の場合、その」
「ああ、仮に倉森が気にしていない、無罪放免だと言ったところで、協会にとっては何の意味も持たない。何が原因で、どのような理由で起こった現象だとしても――――呪いを持つ覚醒者の扱いは、厳しくなるだろうさ」
例えば、類まれなる直感を持つ異能者でなければ感知できない類の、異能。呪いの類を扱う異能者ならば、協会は監視、管理、指導の手を緩めない。
意識するだけで、証拠一つ残さず完全犯罪を行える異能。
後々調べるにしても、過去視、あるいは未来視の類の覚醒者でも無ければ、証拠を掴み、捕まえることが難しい、危険な存在。
それが、呪術者という分類の覚醒者である。
本物の犬神憑きも、この分類に入る。
つまりは、犬飼八恵子という覚醒者は、協会からすれば第一級の危険人物という扱いになるのだ。
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じゃらん、と鎖がたわむ音がする。
鎖を持つのは、俺の右手。
そして、鎖は首輪へと続き、首輪は、鋼鉄製の重々しい冷たさを感じさせる首輪は、少女の柔らかな首へ嵌められている。
さながら、罪人のように。
あるいは、猛獣を扱うように。
犬飼八恵子は、俺の眼前で拘束されていた。
「…………何の用なの?」
倉森が襲撃を受けた事件から、三日後の夜。
場所は、協会が用意した『とある診療所』の地下に隠された取調室のような場所で。
俺と犬飼八恵子は、互いに灰色の事務机を挟み、パイプ椅子に座りながら向き合っていた。
「もう、何も話すことなんてないんだけど? アタシ、どうせろくなことにならないんでしょ? だったら、もうやめてくんない? 時間の無駄だし」
「八恵子! そんな言い方は駄目だ! だって、彼らは話の内容次第では、お前の罪を軽くしてくれるって――」
「ふん! そんなの、頼んでないし!」
犬飼八恵子の隣には、八畑が、八畑九郎が控えている。
本来は、部外者は立ち入り禁止なのだが、事件の要因の一つなので、特別扱いだ。
もっとも、その特別扱いは決して、慈悲ある物ではない。
協会は既に、現時点で犬飼八恵子に対する処遇を大体決めている。読心能力の使い手により、ありとあらゆる情報は抜き取られているので、黙秘したところで何の意味も無いし、ただ、俺が不愉快になるだけの話だ。
そう、多少なりとも協会に対するコネクションがあり、八畑から犬飼八恵子の待遇の配慮を頼まれているこの俺が。
「まったく。似合わない顔をしているわよ、伊織君。いつもみたいに、もっと不遜で、格好つけてハードボイルドを気取りなさい」
思考に苛立ちが湧き上がろうとしたとき、ふと、俺の肩に手が置かれた。
指先までも白く、美しい楓の手だ。
「…………悪い。助かるぜ、楓」
「ふふふ、そのための私だもの」
やれ、分かっていても俺は未熟だな。
だからこそ、今回は遠慮なく楓に頼ることにしたわけだが、うん。その時の俺の判断が間違っていないようで何より。
「さぁて」
俺は気を取り直し、じゃらり、と鎖を鳴らしてから不敵な笑みを浮かべた。
視線の先は、ふてぶてしい――否、恐怖を隠して、世を恨むように腐って、拗ねている同学年の少女へ。
「話し合いを始めようじゃないか、犬飼。今後のお前の処遇について、な」
まずは、手近な問題から片付けていくとしよう。
一つ一つ、片付けて、最後には委員会の――いいや、俺自身の問題だって片付けてやるさ。




