第48話 共有と整理
「折角、四人で集まったんだから、互いの情報を整理して纏めつつ、作戦会議しないか?」
「「「賛成」」」
ということで、食後に作戦会議が始まった。
場所は、我が家の居間。
例によって叔父さんは仕事、草本さんは雀荘なので不在。
健全な男子高校生と一つ屋根の下に、年頃の男女が集まるというシチュエーションではあるが、目下、それどころではない状況ではあるので真面目にやろう。
そう、シリアスにやりたい。
なので、いつまでも俺にくっ付いている女性陣を引っぺがしてから、俺は作戦会議の立案者として議題を提示した。
「まず、俺たちの関係の中心にある問題。俺と楓の偽装交際に関して、当初の契約期間が差し迫っていることを話し合おう」
議題は偽装交際に関して。
俺と楓という不釣り合いな偽装交際関係が始まってから、後二週間も経たずに二か月。
つまりは、もうすぐ契約満了となるわけであるが、ここで一つ問題がある。
それは、偽装関係を解除したからと言って、楓が置かれている状況が、まるで改善されていないということ。いいや、むしろ、悪くなる可能性があるのが問題なのだ。
「そうね。ぶっちゃけて言うと、最近、色々問題が起きすぎて、別れる伏線とか全然入れてないものね、私たち」
「その件に関しては、従者として最大限のお詫びを」
「あー。別に責めているわけでは無いからいいのよ。美優」
「被害者である天野が何も言わないなら、別にいい…………それより、話し合うことって何? 契約期間を延長するってこと? それなら、私たちとしてはありがたい限りだけど」
「うん、私としては外食の件は最近、弟に対する餌付け行為として認識しているし、お金の余裕はあるから大丈夫よ?」
誰が弟だ。
にやにやと悪戯っ子みたいな顔で笑う楓へ、俺は口をへの字に曲げてリアクションを返す。
まったく、なんで楓も倉森も、俺のことを弟枠にしたがるのだろうか? 友達枠の中で、さらに弟枠に分類して、何かと世話をしようとしてくるから困るぜ。
いや、それはさておき、だ。
「学内での偽装交際に関しては、正直、どうでもいい。いざとなったら、俺と楓が音楽性の違いで全校生徒の前で喧嘩でもすれば、一応の理由としては十分だ」
「雑じゃない? 今まで結構真面目に考えていたのに、雑じゃないかしら?」
「仕方ないだろう。それよりもよほど大きな問題が見つかったんだから…………そう、俺が思っていたよりも、七尾家の問題。その根が深い。その上、俺という要素も絡み合ってしまった所為で、余計に問題が酷くなっている気がする」
「…………確かに、母を認めさせるのは難しいと思うわ。だけど、高校卒業して、一人暮らしの時まで時間を稼げば」
「駄目だ。七尾家を離れると、恐らく、逆効果になる…………なぁ、楓。一応訊くが、委員会という単語に聞き覚えは?」
「学校関係…………では、無さそうね、その顔だと。ごめんなさい、恐らく七尾家に関わる組織の名前だと推察するけど、聞き覚えは無いわ」
「ああ、いや、大丈夫だ。ただ確認しただけだからな」
申し訳なさそうにする楓へ、首を横に振ってから、俺は説明を始める。
恐らくは、七尾家の家族がそれぞれの愛情の元、末っ子である楓には余計な責任を背負わせないために隠していた苦労を、あえて、台無しにするための説明を。
「…………薄々気づいていたけれど、まさか、そんな異能バトルモノに出てきそうな組織が存在しているとはね」
「主に、お前の兄や母からの情報だぞ」
「…………教えてくれればいいのに。母はともかく、兄の方」
俺が説明を終えると、楓は目を細めたため息を吐いた。
母親に言及しないあたり、やはり楓も久幸さんと同様に、自らの母親に何かしらの警戒心を抱いているらしい。
思えば、楓が俺の元へ自らの従者である太刀川を寄こしたのも、千尋さんの行動を怪しく思い、退避させるためのことだったのかもしれないな。
「異能の血筋を途絶えさせないための組織、ね。爺様や、母さんの得体の知れなさは不思議に思っていたけれど、そう、やはりそうだったのね。私は、そういう血筋の家系に生まれた、絶好の素体というわけね…………ふん、気に入らない」
「安心しろ、俺も委員会は気に入らない。詳しくは話せないが、個人的な事情も含めて」
委員会。
古くから続く異能の血を保存し、途絶えさせないことを目的とする組織。
どれだけの規模で、その活動を続けているのかは不明であるが、委員会の所為で、俺も含めた俺の家族は死んだし、その上、今を生きる人たちが苦しめられている。
全部が全部、悪い組織ではないのかもしれない。
むしろ、悪いのは一部だけであり、それ以外はこの世界に必要な組織なのかもしれない。人知れず、世界の平和を守っていたりするのかもしれない。
だが、気に入らない。
少なくとも、協会よりも、格段に気に入らないのだ、そのやり口が。
「既に、七尾家の人たちはある程度動いてくれている。弥助爺さんも、久幸さんも、易々と楓の身柄や結婚相手を好きにさせないぐらいには、委員会へ配慮させていると思う」
「けれど、なるほど。それはあくまでも、私が『子供を産む』という前提があるからこそ、配慮されているという可能性があるのね?」
「そうだ。委員会からすれば、二人の交際はあまり推奨されないことなんだろうさ」
まったく、好きにさせてくれ、と思う。
そりゃあ、古い価値観を全部否定するわけじゃあ無いし、間違っても、俺たちの方が賢いなんて断言できる立場じゃない。
何せ、こちとら学生だ。間違えもするし、大人からすれば愚かとしか言いようがない真似をすることだってあるだろう。
けれど、限度がある。
何事にも、限度というのがあるのだ。
別に、外野からの指示で佇まいを正したり、人生のためになる忠告ならば大人しく聞いてもいいのだが――――好き合う二人の想いを踏みにじるような価値観など、クソくらえ、だ。
「だから、委員会をどうにかしないことには、恐らくは胸を張って二人が交際をすることは難しいと思う。もっとも、七尾家がいかに異能の血を引く家とは言え、委員会という組織が揺らぐほどの問題を抱えて、それでもなお、構っていられるほど重要事項ではないはずだ」
「…………伊織君? どうするつもり? 私、とても嫌な予感がするのだけれども?」
「別に、無茶をするつもりはない。ただ、今回の件で分かったことがある。教えられたことがある。きっかけは七尾さんとの偽装交際かもしれないが…………奴ら、委員会と俺はどうやら、浅からぬ因縁があるんでね」
七尾千尋の言葉が真実であるのならば、交渉の余地はある。
奴らが俺を、天野伊織という覚醒者に対して何かしら望むことがあるのであれば、最低限、交渉のテーブルに付くという判断はしてくれるはずだ。
少なくとも、あちらとしては俺が完全に協会へ所属して、管理下に置かれることは困るはず。だからこそ、俺が学生として行動している今こそが、唯一の好機なのだ。
一部の強硬派とやらが暴走したのも、恐らくはその所為。
何かを試そうとしている。
そして、それは俺の今後の人生に…………いいや、存在自体にすら重大な影響を及ぼしうる何かであると、俺の直感は告げてくるのだ。
「何、そんな顔するなって、楓。これでも俺は、覚醒者なんだぜ? お前の爺さんとは同類だ。こう言えば、お前ならどれだけ頼もしいかわかるだろ? それに、これは依頼じゃない。俺と委員会との個人的な因縁だ。お前たちを巻き込むつもりは――」
「言い訳しないで」
「はい」
「爺様も時々、そういう顔をする時がある。一人で無茶して、馬鹿やろうとして、後で、家族全員から怒られる奴……無茶よ。姉さんだってきっとそんな無茶はしないのに」
「いや、あの、今すぐ何かするというわけでも無いので、そんな過剰に反応せずとも」
「うるさい、馬鹿」
「はい」
頼れる男を演出したつもりだったのだが、駄目だったらしい。
折角引っぺがした楓が、今度は俺の背中にくっ付いて顔をうずめている。動けない。もぞもぞと背中に向けて文句をぶちまけているので、聞き取れない上にこそばゆいから困る。
仕方ないので、俺は先ほどから何かの意図をもって沈黙していたらしき倉森と太刀川の両者へ視線を向けるのだが、「お前(先輩)が悪い」とのお言葉を受けた。
マジかぁ。え? 涙目になるぐらいに?
「大体、天野は勝手に話を進めすぎ。そもそも、私に至っては覚醒者? とやらの説明がさらっとしすぎて納得できない! なんだよ、異能って! 確かに、お前が只者じゃないのは薄々分かっていたけどさぁ!」
「先輩は格好つけすぎです。確かに、先輩は私なんて比較にならないほど強いのかもしれませんが、たった一人で何が出来るおつもりですか?」
「あ、はい、ごめんなさい」
この後、俺は背中に顔をうずめる楓をくっつけたまま、二人へ覚醒者に関する説明を始めることになった。
説明の途中、何度か涙目になった二人に小突かれたり、背後の楓に齧られたりなどした結果、今後、単独での行動はしないように、との約束を結ばされてしまうことになった。
…………自惚れでなければ、なのだが、どうにも俺は一人で格好つけるには慕われ過ぎているというか、この三人からは一蓮托生の仲間として扱われてしまっているらしい。
困った。
ああ、まったく、それが全然嫌じゃないのが、困った。




