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第47話 感情の迷子

『三年前の崩落事故を起こした委員会所属の主犯? ああ、そいつらなら殺したぞ。皆殺しだ。常識的に考えて、この俺が身内の仇を何年も生かしておくわけが無いだろう?』

「えぇ…………」


 事実確認のため、叔父さんに連絡したら、とっくの昔に俺の復讐は遂げられていたでござるの巻。

 え? マジで? つい先ほど湧き上がったこの灼熱の感情、どうすればいいの?


『しかし、そうか。余語千尋……いいや、今は七尾千尋か。そいつからの情報提供があったか。ならば、狙いはそこじゃないな。単純にお前の意識を逸らして、混乱させるだけの情報だ。委員会がお前の狙っているのは確かではあるが、あちらも一枚岩ではない。俺や協会と正面からことを構えることはしたくないだろうし。逆に、お前を襲ってくれれば、協会はそれを盾に様々な要求を押し通すぐらいの力を持った組織だ。安心しろ、とまでは言えないが、お前自身は少なくとも殺される心配はない』

「そっか。でも、その」

『だが、お前の身の回りの誰かについての安全は、俺や協会でも完全に保証することなんて出来やしない。極論、世界一安全な核シェルターみたいな場所にぶち込んだとしても、何がきっかけで死ぬかもわからん。委員会をけん制したとしても、今回の事件のような事が起こるかもしれん。まぁ、大体が強硬派の一部による独断だろうが』

「……叔父さん。委員会は俺の敵なのか?」

『馬鹿が。それを決めるのは、お前だ、天野伊織』


 窘められるような言葉を受けて、思わず言葉を詰まらせる俺。

 こういう時、叔父さんはとても優しい。優しいからこそ、一切の甘えを失くして、厳しく言葉を選ぶのだ。


『お前の敵も、お前の味方も、お前が決めなさい。そして、一度守ると決めたのならば、何が何でも守り抜いて見せろ…………それは、俺には出来なかったことだからな』

「…………ん」

『委員会やら、協会やらの面倒な背後関係の勢力争いは俺と草本さんに任せておけ。お前はまだまだガキだからな。成人するまでは、そういう面倒なことは俺たち大人が引き受けてやる。その代わりに、だ』


 厳しく、格好良く言うのだ。


『お前は、自分が手の届く範囲で精一杯青春を楽しめ。誰が何を言おうとも、折れることなく、己の信念を貫け』


 俺の背中を蹴飛ばすような言葉を。

 まったく、困ったものである。先ほどまで、頭に血が上っていた癖に、いつの間にか落ち着いているなんて、俺はなんて単純な造りの頭をしているのだろうか?


「わかった、頑張る」

『おう、頑張れ。それと、太刀川君が心配しているので、寄り道せずに早めに戻ってくるように』

「うーい」


 通話を切って、大きくため息を一つ。

 やれ、つくづく俺って奴は情けない。

 大人の話術に嵌って、自分を見失ったかと思えば、瞬く間に大人の力によって方向修正されるのだから、頭の中に脳みその代わりにメロンパンでも入っているんじゃないか? 

 …………メロンパンか、久しぶりに【九相屋】のパンを食べに行きたいな。グロテスクな名前のオリジナルパンを幾つも売っている店なのだが、商売っ気皆無の悪ふざけした名前ばかりの癖に、味は無類の美味さなのだ。

 まぁ、今日は太刀川が心配しているらしいので、寄り道せずに帰るけれども。


「さて、元気になったし。ちゃんと楓に挨拶してから、帰るとするか。そうだ、あんなことがあって倉森が気に病んでないか心配だし、うん。楓に挨拶する時に、倉森の様子を聞いてみるのもいいかもしれない」


 やれ、目を覚ましてみれば思いのほか、やることが多いじゃないか。

 ならば、いつまでも落ち込んでいられない。

 考えてもわからないことを、考える暇なんてない。

 まずは、目の前のことに全力で対処するだけの話だ。


「とりあえずは、八畑と犬飼の件だな。絶対、面倒な恋愛事が絡みそうだから、倉森に被害が及ぶ前に、俺がきっちりと型を付けてやらねぇと」


 俺は、自分に言い聞かせるように現状確認すると、ベッドから起き上がって大きく背伸びをした。

 さぁ、そろそろ格好つけ始めるとしようか!



●●●



「悪いわね、美優。急に押しかけて、夕食を多めに作らせてしまって」

「いえ、もったいないお言葉です、楓姉さん。私にとってこの程度、なんの痛痒にもなりませんので」

「ふん…………まぁ、美味しいんじゃない?」

「おっと、素直に私の料理の方が美味だと認めていただき、ありがとうございます、倉森先輩」

「はぁん? え? 何? 自分の得意分野でなんのマウントですかぁ?」

「マウントなんてやめてください。私はただ、当たり前のことを言っているだけなので」

「当たり前のことを態々口に出すなんて、変わった奴だなぁ、この後輩は」

「んもう、美優に鈴音。二人とも喧嘩は止めなさいよ。どっちも、私のことを愛おしく思っているのは分かっているんだから」

「…………ちっ!」

「え? なんか、恋人に舌打ちされたのだけれども? え?」

「楓姉さん、先ほどのお言葉は少しうざかったです」

「美優にうざいって言われたぁ!? うわぁん、二人とも酷い! そんな酷い扱いするんだったら、浮気してやるんだからね!」

「「何処の誰を誑かす予定だよ(ですか)?」」

「うわぁ、二人とも真顔で怖いわ」


 姦しい。

 俺の眼前…………というか、もはやそういうレベルではないほどの近さに、三人が居た。

 銀髪碧眼で、天使の如き美貌を持つ美少女、七尾楓。

 無造作な黒髪で、不機嫌な野良犬みたいな目つきの、黒縁眼鏡の少女、倉森鈴音。

 整えられた美しい黒髪に、人形染みた整えられた容姿の無表情系クール少女、太刀川美優。

 その三人がどうして俺の家に集合しているのかと言えば、それは偏に、三人の意見が合ったからである。

 曰く、あんな真似をしでかした俺を一人にするわけにはいかない。絶対に落ち込んでいるだろうから、励まして元気になるまで一緒に居る、とのことだった。

 まぁ、それはいいのだ。

 友達として、両想いの相手として、そのように好ましいと思う女子から心配されることは、決して悪くない。むしろ、心がこそばゆいながらも、温かな気持ちになるので、大歓迎だ。

 そう、ここまでならば、普通に大歓迎なのだけれども。


「…………あー、三人とも。少し、俺の話を聞いてもらっていいか?」

「駄目よ」

「は? 駄目だし」

「駄目です」

「待って。わかった、俺が独断で危ない真似をしたのは悪かったし、暴走気味になったのは本当に反省している」

「反省していない顔ね」

「絶対、また同じことをやるよ…………でも、助けてくれてありがとう」

「倉森……」

「楓姉さん、倉森先輩が足並みを乱しました」

「おっと、これは夜にお仕置きしてあげないといけないわね!」

「「…………」」

「なんで二人そろって私のお尻を蹴るの!? やめなさいよ!」

「いや、止めるのはお前ら三人っていうか――――近い! とてつもなく近い! 近すぎるというか、密着してるじゃんもう!!」

「「「それが何か?」」」


 三人と俺との距離が近すぎるのが問題だ。

 楓と倉森は、あの時の再現とばかりに、がっちりと俺の両腕を抱き寄せて離さない。加えて、告白の時から、ハニートラップの時のことを恥ずかしく思っているのか、肉体接触が控えめだった太刀川ですら、俺の背中にぎゅっと抱き着いているという始末。

 なんだろう、この状況?

 世の男子高校生に知られたら、抹殺不可避みたいな光景なんですけど? もはや、百合の間に挟まるというレベルじゃねーよ。可愛らしい女子が三人とも俺の体に抱き着きながら、その内の一人への好意に対してマウントを取り合っているって、相関図が複雑すぎるだろ、おい。


「待って。ねぇ、三人とも待って? この体勢、凄く恥ずかしいんだけど? 三人に密着されるとその、かなり駄目なんですが? 具体的に言いたくない感じで凄く駄目なんですが?」

「股間が反応したのかしら?」

「楓ぇ! なんでそういうこと言うの? ねぇ、このタイミングで俺がぼかして、三人に遠慮していただきたい空気を出そうとした時に、なんで直球ストレートなの?」

「ふふふっ」

「ははははは」

「なんで楓と倉森は、ちょっと誇らしげに俺に視線を向けているの? ひょっとしてあれか? 前にくっ付かれた時に、そっけない態度を取ったのが悔しかったのか!?」

「前に、くっつかれた時、ですか? 先輩、そのお話をもう少し詳しく」

「首が閉まるほど抱き着かないで欲しいんだが、後輩? というか、胸。胸が当たってる。物凄く当たっているから、やめて? はしたないぞ」

「当たりません、貧乳なので」

「自虐を兼ねた屁理屈やめてくれる? がっつりと背中に当たっている上に、実は露骨に恥ずかしいのが丸わかりな程、お前の顔が赤くなって――――ぐえっ」

「むー!」


 二人と友達に両腕を抑えられて、からかわれて。

 一人の想い人に、背中から抱き着かれて、首が閉まるほど強く抱きしめられて、嫉妬してくれて。

 俺はもう、気恥ずかしいんだか、嬉しいんだか、愛おしいんだか、よくわからない感情に陥っていた。

 恐らく、俺の顔は太刀川のそれに劣らず、真っ赤に染まっているだろう。

 …………やれ、今日は本当に心が休まらない日だ。

 七尾千尋という化外に、手玉に取られて、心を揺さぶられて。

 叔父さんに背中を押されて、立ち直って。

 いざ、気合を入れて格好つけようと思えば、過去の清算だとばかりに、少女三人に抱き着かれて、拘束されて、盛大にからかわれている。

 心配して、親しみを向けてくれている。

 今日だけで本当に、俺の感情は忙しく迷走していた。

 悔しかったり、怖かったり、嬉しかったり、愛しかったり、恥ずかしかったり。

 けれど、多分。こういう感情の変化を、ありのまま受け入れて認めるのが、叔父さんの言うところの、青春を楽しむってことで。


「あら、美優がこんな子供っぽい姿を見せるなんて珍しいわね。なるほど、誰よりも自分の体に欲情してほしいという、健気な想いの裏返しね、その嫉妬は」

「楓姉さん」

「はい、ごめんなさい。背後から私のお尻を蹴らないで? 最近のトレンドなの?」

「…………ふん。精々、二人で仲良くやるんだな。まぁ、楓は私の恋人で、天野は私の友達なわけだが」

「はぁー? それを言ったら、楓姉さんは私の主人で、先輩は私と両想いですがぁー?」


 結局のところ、天野伊織という人間は、この姦しさが嫌いではないらしい。

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