第10話「心、風流で染めて」
一つの果てだ。他人事ではない。森の剣人の疲れ切った目を思い出すと、斬るものとしての果てを垣間見た気がした。絶望していたわけではない、悲観していたわけでもない、ただ、そう、疲れた目をしていた。ぼくの理想とした森の剣人は、どこまでも疲れはてていたんだ。どうして?と今更訊いたところで答えはないし、そもそも森の剣人は語りはしなかっただろうね。斬られるために来たのだから、言葉は不要だったんだから。
「正一さま」
それは、悪趣味、とはいえなかった。断じて、口が裂けてもだ。村の人たちが作ったのは、森の剣人の頭蓋と毛皮で作りあげたマント。肩には森の剣人を制したことを示威する髑髏が暗い目を変わらず輝かせ、生前と変わらないようにも思える黒光りの毛皮のマントが、ロボットを包んだ。制したものとしての、装飾。そして最後には、儀式用のドォレムから、森の剣人が使っていた長剣を渡される。
祝福と葬送の言葉は同じものだ。新しい剣が古い剣を超えて、そして斬った。ただそれだけのことだった。森の剣人は死のうと思っていなければ、死ななかった。だが、なぜ死ぬはずのないものを死に選んだのか。なんとなく、理由は察せていた。
「正一さま。お屋形さまが今回の功績をもちまして、正式に騎士団への入隊を勧めています」
「シュルルさん。辞退させてもらうよ」
「かしこまりました」
装束をいただいて、ぼくとロボットは村をでた。アメジ先生や村の人間には世話になったが、別れの悲しみは感じなかった。メルメルは置いてきた。あれは重機だからねぇ。置いてきたものがついてくることなんてないはずだからーー
「ーーいや、帰れ。ここは白亜紀じゃないからね」
道中の車代りにメルメルの砦に乗せてもらった。歩いて行くよりはずっと楽だ。ロボットに乗っているとお尻が痛くなる。ロボットは好きだが、ロボットは車ではないのだ。
「違う違う、こっちだ、こっち」
行くあてもない旅ではないんだ。シュルルの紹介状があるのは、都市サンムーン。人口五万人くらいの町だ。都市防衛隊の傭兵として参加してはどうかとのことで、推薦状を書いてもらった。個人だけではなく、部隊を扱うものとしての技をつけてこいとかなんとか。そーいえば、斬る、はぼくしかいなかったから気にかけもしてなかったけど、似たものはどこにでもいるんだよね。同胞、仲間として話せるかもしれないんだ。考えもしてこなかったことがあるかもしれないって、とてもわくわくする。
森の剣人は、最後まで一人で戦っていたな。戦いだけではなく、その生き方も孤独を感じた。森の剣人が自身で用意した死にも。ぼくもやがては、あのような、死を用意する日がくるのだろうか。わからないなぁ。
長い旅になりそうだ。帰る場所はないだろう。日本は遠すぎる。帰っても居場所がない。二重の意味での居場所がない。死んだことになっている。そう、祈ろう。望郷に思うものはない、とはいえないけど、それでも、大人になれば、いずれは家を追い出され、どこか遠い土地へと飛ばされるのがあたりまえらしい。それならば、今からでも少し早くて、少し遠いだけだろう。そんなに、変わらないよね。
よく晴れた空だ。乾いている。透きとおっているというよりも、複雑に塗り重ねられた絵の具の優雅さのよう。綺麗だ。いつまでも見ていられる。のんびりと、生きるのに急がなくてもよいのだ。
「メルメル。のんびりでいいからね」
心なしか、メルメルの足の運びが早足になった気がする。天邪鬼なやつだよ、まったく。ヒトツメイドさんだと、口にするか、まったく感情を隠すかのどっちかなところだ。
「綺麗だねぇ」
何もない。自然であるということはつまり、そういうことなのだ。木があっても何もなく。石があっても何もなく。山があっても何もなく。海があっても何もなく。あるというのに、ないと見る。斬るのなら、見なければならないし、見えていなければいけないと思うんだ。あるものを、あるように捉える。とても難しくあるなぁ。
斬る。それはロボットが斬る。それは、ぼくの意思で斬る。ぼくが剣や刀を振るうことはなかったけれど、それを振るう意思ではあり続けている。斬るとは、意思が介在した動きの中にこそあるんだ。異世界で、それを得た。大切なことだ。とても大切なことだ。やっぱり、触れなければわからないことがたくさんあるんだなぁ。経験からしか思いつけない愚者だねぇ。賢者なら、少し考えるだけで考えつくんだとうなぁ。
まぁ、いいんだ。
「メルメル、お前は食べ物とか大丈夫なのか?ぼくはお前のぶんまで食料を用意する自信がないぞ」
メルメルの顔がかつてない驚愕を浮かべたように振り返った。ロボットの中には、メルメルの食料はない。はいっても僅かなオヤツくらいだよ。そしてメルメルの背中の砦には、およそメルメルの食料らしきものは、パッと見たところでは見つからなかった。これはこの旅路でメルメルの食べ物は抜きにされているも同じだ。大変だね。
「生きるために斬るか、斬るから生きるのか」
とりあえず、この巨大なお供のために腐心しないとねぇ。食料やら何やらも全部。生きていて、生かすとはそういうことなんだから。
旅はーー終わらない。
旅はーー始まったんだ。




