番外編「賢人の剣と迷宮への迷い」
傷は……数えてない。斬った。それだけが重要だ。斬る。それだけを突き詰めよう。斬るの道へ至るために。斬るために。生きる気力とは斬ること。同胞たちから追放されても感じるものはなかった。斬る。それだけだから。
「森の賢人がどうしてッ!」
斬る。
「野郎どもあいつを殺せ!」
斬る。
「ぐるるる!」
斬る。
生きるものも。生きていないものも。道具も。命も。獣も。斬る。全て斬る。斬ることを証明する。そして証明してきた。
「助けてくれー!」
斬る。
「い、いやだぁ!」
斬る。
「ひぃぃぃっ!」
斬る。
気がついたときには、私には斬るしか残されていなかった。斬るだけだ。あるいはそれは、同胞たちが恐れた純化だろうか。悪鬼が生まれた?わからん。もう、そんなことは不要なのだ。斬ればよいのだ、そんな考えは。斬るが鈍る。
ひたりひたりと道を血に染めて。斬って、歩いて、それは斬るになり、斬るに至ったのだ。
森の賢人は斬ると成り果てた。それは同胞たちが危惧していた、純粋がゆえの思考が作り出した狂気にして怪物。怪物なのだ。
怪物は止まらない。斬られるまで、決して止まることはないだろう。やがて知恵ある種族たちが、砲と銃を開発した。火薬の力がもたらす一撃は、どんな槍の斬るよりも強力となる。
怪物は焦る。時代が変わり、斬られずに死ぬことが、そう思う世界になりつつあることに。怪物の体には、傷が増え始めた。一刻もなく、しかし怪物は生き残り続け、やはり焦り続けた。
銃をモノともせず、戦列へと食い込み、これを蹂躙した。銃諸共に銃士を両断した。
砲の弾幕を突き抜けた。大地に跳ね上がる鉄球を身に受けても決して屈しなかった。榴散弾が頭上で炸裂し、大量の銃弾を撒き散らし穴を穿っても、血溜まりから突き進んだ。
陣を食い破り、心を食い破り、肉を食い破りーーそして斬りに斬った。
だが、時間がない。怪物は死に方を準備するだろう。理想を作るだろう。銃弾よりも、より重い死である斬るによる死を。それこそを望んだ。
望んでいるのだ。
怪物の咆哮が戦場に斬り込む。死は、今だ遠かった。




